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16話 - 気づかないふり

 エリオットとダニーに話した、1年間の転生生活の話の中で。


 ――ミラは、話さなかったことがある。



 アーヴィンがミラを庇って大怪我を負った、あの日から。



 ミラはアーヴィンと、わずかに距離を取った。



 そして、それはアーヴィンも同じだった。

 もちろん他の騎士団やシェリルから見たら普段通りだったかもしれないけど。


 アーヴィンは「死にかけたから」という理由を口にして、それまでより魔物に突っ込まなくなった。

 結果、ミラがアーヴィンを回復する機会がめっきり減った。


(……何だ。やっぱり普通に強いんじゃん)


 次期魔王の座の争いも落ち着いたのか、魔族の無秩序な襲撃も減り、時間が空くようになったミラは、魔法円解析に時間を費やした。


 もしかしたら、1年経ったら戻れるかもしれない。

 という希望の光が見えた時。


 ミラは、アーヴィンに会った。


 ……というか、アーヴィンが会いに来たのだ。




「どうしたの? アーヴィン」

「いや? 最近ミラが近くに来てくんないから、寂しくて」

「…………アーヴィンが怪我しないから、当たり前じゃん。いいことだよ。これからもあんまり突っ込まないでよ」

「ミラいなくなるから?」

「…………」


 ミラは、にこ、と小さく笑った。

 そして、ふいっとそっぽを向く。


「聖女って、みんなそうなの?」

「……突然現れて、突然いなくなるって言われてるな」

「そっか。ほんと聖女に詳しいね、アーヴィン」

「憧れだから」

「……何で、そんな憧れてるの?」

「男子は憧れんだよ。聖女様とか王女様を守る騎士に」


 ちら、とミラはアーヴィンを見た。

 すると、じっとミラに視線を向けていて、慌ててすぐにその視線を逸らす。


「……そっか……! ごめんね。そんな憧れを壊すような、ポンコツな聖女で」

「何で?」


 強めの語気に、ミラの胸がどきっと一度跳ねる。

 反射的に見たアーヴィンの、思った以上の真っ直ぐな瞳に、今度は目が離せなくなった。


「何で」

「……だって」

「ミラ、ちゃんと聖女だったよ。最初、城で会った時からちゃんと惹かれ――」

「――アーヴィン!」


 続きを遮るように、声を上げた。

 

 次の瞬間。

 アーヴィンが突如ミラの後頭部に手を添えると――


 そのまま、ぐいっと引き寄せた。


 ぽふっとミラの顔がアーヴィンの胸に当たる。


「――!?!?」


 ミラの息が止まる。

 アーヴィンの、大きく速い鼓動が、耳に響いた。


 するとアーヴィンは、ミラが高く1つに結んでいた髪紐をしゅるっと解いた。

 そして、ミラのポケットに、何かを差し込む。


 ぱっとアーヴィンは手を離した。


「もらっとくね! 憧れの聖女様の神聖なリボン」

「……!?」


 ちゅ、と髪紐に口を当てるアーヴィンに、ミラはわなわなと震えた。


「…………っ……軽――!!!」

「あはは!」


 

 ――そんな感じが、最後だった。





(――……ってことを……)


 ミラはきゅっと口を結んだまま、じっと絡んで離さない視線を落とすエリオットを見上げた。


(言わなくてもいいかなと……思ってたんだけど……)


 リボン勝手に持って行ったとか言ったら、なんかエリオット怒りそうで……、と目を細める。


『ミラ、話してないこと、あるよね』


 どき、とミラの鼓動が速まる。

 おずおずと口を開いた。


「……最後に……アーヴィンに、会った、こと?」

「え?」


 はたと見合うミラとエリオット。


「……会ったの?」

「……会った……え? その話じゃない?」

「…………」


 にこ! と微笑むと、エリオットはミラの頬を優しくつねる。


「きゃ!」

「その話じゃなかったけど……それも詳しく聞きたいなあ……?」


 頬をむにむにむにむにとつまみながら、目は笑っていない笑みをミラへ向けるエリオット。


「エリ……エリオット!? なな……なんで……」


 ミラは、おろおろと泣きそうな顔でエリオットを見上げる。


「最後に会ったって、2人きりで? それって多分、アーヴィンが会いに来たんでしょ」

「なんでわかるの!?」

「ミラがいなくなるかもって察して、会いに来た」

「見てたの!?」

「わかるよ。だってどう考えても、アーヴィンって、ミラのこと――」


 ばっ!


 とミラは、咄嗟にエリオットの口を両手で塞いだ。


「…………あ」

「…………」


 じ、と見つめるエリオットの視線に、ずき、と胸が痛む。

 あわあわと視線を逸らした。


「……あ、あと、そう! アーヴィンとシェリルの夫婦仲の良さとか、団員のみんなとの関係とか、話してなかったよね! あと――」

「ミラが、アーヴィンをどう思」


 ぎゅ!


 とミラは、さらに強く、両手をエリオットの口へ押し付けた。


 赤い顔で俯く。

 顔が上げられない。


 すると、エリオットがミラの手を軽く舐めた。


「――!?」


 驚いて、ばっ!!! とミラは手を離す。


「……苦しいんだけど、ミラ」

「ごめっ……ごめん……」

「……ミラ」


 行き場の失ったミラの手を、エリオットは掴んだ。

 ミラの表情が、みるみる悲しげに歪む。


 エリオットは、わずかに目を丸くした。


「ミラ、別に僕は責めてるんじゃなくて――」

「や、やっぱり、話してないこと、ないよ! 話した以上のことは何もなくて」

「ミラ、今のままだと」

「アーヴィンは、本当にただの軽い騎士! それだけ!」

「苦しいままなのはミラ――」


 遮るように、ミラは強引にエリオットが掴む手から手を引き抜いた。

 俯いたまま、ばっ! と立ち上がる。


 果実酒の入ったグラスを、ぐいっと傾けた。


「寝ます!」

「え?」

「おやすみなさい、エリオット! また明日!」

「ミラ――」


 エリオットの声を聞き終える前に、ミラは駆け込んだ寝室の扉を慌てて閉めたのだった。



「…………」


 きゅうっと悲しげに歪んだミラの顔が、エリオットの脳裏から離れない。

 空になったグラスを手に取ると、ミラが口をつけた場所に、同じように口を合わせた。


『アーヴィンは――』


 ミラがその名を口にするたびに込み上げる焦燥感をかき消すように、エリオットはわずかに残る果実酒を飲み干す。


 静寂が包む中、ガチャ、と入り口の扉が開いた。


「…………」

「…………」

「……ミラは?」

「普通に入って来るなよ」


 不思議そうな顔のマオに、家建てた意味……! と頭を抱えるエリオット。

 ふと、マオを見る。


「……おまえは、アーヴィンを知ってたのか?」

「顔は知っている。ミラが、ずっと見ていたから」

「…………」


 エリオットは、ぐっ、と小さく口を結んだ。




 ミラはベッドで横になり、長い間膝を抱えるように丸くなっていた。

 ぎゅっと固く目を瞑り、寝ようとするも、様々なことが次々頭に浮かび、寝られない。


(……アーヴィンのことは、本当に……何もないのに……)


 何で信じてくれないの……? と滲みそうになる涙を、慌てて堪える。


 すると、背後から扉の音が聞こえ、ミラはどきっ! と身体をこわばらせた。

 ばたん、と静かに閉まる。


 部屋の空気が動き、近づく気配だけを感じる。


(…………エリオット……)


 ぎし、とベッドの軋む音とともに、髪にさらさらと触れる感覚がする。

 ミラ、と小さく呟くエリオットの声がとても近く感じた。


 様子を窺うようにかすかに瞼を開くと、上から影が落ちる。

 次の瞬間――エリオットはこめかみにちゅ、とキスを落とした。


(……――!?!?)


 ミラが起きていることに気づいているのかいないのか。エリオットは顔を離すと、じっとミラの顔を見つめているようで、動かない。

 しばしの間そうしていたかと思うと、エリオットは隣で横になった。


 すると、今度は首筋にも柔らかく温かい感触が伝う。

 ピシ、とミラは固まった。


(………………いつもやってるの? これ)


 普段先に眠りに落ちてしまうミラは、きゃ……、と内心パニックであった。


 


「おは…………おはよう、ミラ……?」

「おはよう……ダニー……」


 翌朝。

 いつものように森へ向かおうと街を歩いていたダニーは、ちょうど森の方から歩いてくるミラを見つけ、駆け寄っていた。

 そのミラの、ずーん……と目の座った表情に、えっ、と目を瞬く。


「ど、どうしたの? ミラ!?」

「気にしないで……ただの寝不足だから……」

「寝不足……?」


 ああ……暖かくて今目閉じたら立ったまま寝られそう……、と目を伏せながらふらふら揺れるミラを、ダニーは慌てて支える。

 自然に触れられ、どき! とミラの胸が大きく跳ねると、秒で目を見開いた。


「あり、ありがとう、ダニー! ほんと大丈夫大丈夫ほんと! 今日は一日街でのんびりぶらぶらするから! あっ、ベンチでお昼寝でもしちゃおっかな!? だから気にしないで!」

「一日? 街で?」

「そそ、そうそう! 10年ぶりの街をね! そういえば隅々まで回ってなかったなと思ってね!」

「エリオットと何かあった?」


 どーん!


 とミラは、街灯の柱に勢いよくぶつかったのだった。

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