15話 - 未消化
「毛布、ここに置いておくね、マオ!」
るん! と弾むように、ミラは木のベッドへ毛布を置く。
ミラは、エリオットが錬金術で建てたマオの家に、必要なものを運び込んでいた。
「トリコちゃんの籠も、机に置くね!」
「ピ」
「いつの間にマオと仲良しになったの……? いいないいな……!」
「ピ」
「…………」
じ、と無言でミラを見下ろすマオ。
「どしたの? マオ」
ミラは不思議そうに見上げる。
その小柄な身体を、マオはぎゅ、と抱き寄せた。
「ミラがいい」
「マオ……」
「ずっと一緒だったのに」
「ごめんね、マオ。でもエリオットがだめだって」
「…………」
む、とマオは目を細める。
「……エリオットとは……ミラよりかわいい少女、とミラは言っていた。男とは聞いてない」
あっ! とミラは目を見開いた。
「…………」
「…………」
「…………かわいかったでしょ?」
「全然」
ですよね、とミラはきゅ、と口をつぐむ。
むす、と不満そうに顔をしかめるマオを見つめると、背伸びをして、よしよしと頭を撫でた。
「でも、マオが来てくれて嬉しい! 一緒には住めないけど、もっと一緒に過ごせるよ!」
「ミラ……」
「なんといっても! こっちでは聖女の仕事はないし! 錬金術も…………そう、錬金術も……使えなくなってたし……ほんと……やることないっていうか……」
言いながら、ずーん……と気落ちしていくミラに、マオは困ったような目を向ける。
するとミラが、はっ!? と顔を上げた。
「でも、向こうではやってなかった料理とか! あと、丸描くお手伝い……」
「丸……」
「……まる……」
丸描くのって、よく考えたらいるかな……と、再び落ち込んでいくミラを前に、マオの口からふっと声が漏れる。
「いいと思う。(かわいいから)ミラに合っている」
「……マオ……」
ぽんぽん、と今度はマオがミラの頭に軽く触れた。
ぽわ、とミラの頬が染まる。
「ありがとう、マオ!」
にこ! と、マオの好きな、全てを受け止めてくれるような笑みがミラからこぼれる。
マオは自然と表情を緩めた。
「かわいい」
「エリオットのが、かわい――」
「――くない」
「……ですよね」
つい条件反射で……と恥じらうミラを、そんなミラもかわいい、と見つめるマオであった。
ふと、そのミラの視線が窓の外へ向く。
マオもつられて、その視線の先を見た。
木々の隙間からかすかに、ミラの家のメルヘンな庭が望めた。
――ミラが異世界にいた1年の話を終えた後。
エリオットとダニーは無言だった。
何とも言えない空気が漂う。
2人の表情から、その真意が読み取れず、困ったミラは、やんわりと席を立ったのだった。
「…………」
どちらからともなく顔を見合わせるミラとマオ。
「…………お話長すぎて、眠くなっちゃったのかな」
「そうかもしれない」
ピ……と思わず鳴く鳥であった。
その夜。
猫足のついた可愛らしい風呂に、ミラは1人浸かっていた。
ぱちゃ……と、静かに湯を腕にかける。
(……何か……)
昼間のエリオットとダニーの様子を回顧し、もや……と妙な違和感が胸を渦巻く。
(静かすぎて、怖いような……――)
――昼間。
エリオットを頼った客に気づいたのは、マオの家と自分の家を行き来していたミラだった。
おずおずと、エリオットの元へ向かう。
「エリオット。お客さん来てるよ」
そう言うと、静かに立ち上がるエリオット。
じ、と見上げるミラの頭を軽くぽんぽん、と叩くと、さらっと頬に触れた。
「行ってきます」
「……はい……行ってらっしゃい……」
ぱちぱち、とミラは目を瞬く。
ふわ、とミラの額に軽い口づけを落とすと、エリオットは颯爽と庭を後にした。
エリオットの背をぽやっと見つめている横で、ダニーも立ち上がる。
「俺も、仕事行くね」
「あ、行ってらっしゃい――」
するとダニーは、昨日と同じように、ぱっとミラの手を取った。
「また、道中だけ付き合って」
「えっ」
そう言って手を引くダニーは街へと向かう道中、何かを考えているようで、無言だった。
そして別れ際。
むに、と軽くミラの頬をつまむと、じゃ、また明日、と大人びた笑みを浮かべたのだった。
(――……エリオットにしてもダニーにしても、何だったんだろ……しかも)
ぽ、とミラの頬が染まる。
(しかも2人とも、距離が何となくいつもより近かったのは気のせいかな!?)
なんで2人してほっぺ……ほっぺ何かついてた!? と頬をごしごしとこする。
取れたかな……、と手を止めた。
とたんに、2人の甘いようなかっこいいような、どきどきしてしまう表情が脳裏に浮かび、ぽ――……っとミラはしばし惚けた。
はっ!? と我に返ると、熱くなった顔を紛らわすように、ぶくぶくぶくぶく……と沈んでいく。
(話が長かったから……ってわけじゃなさそう……? アーヴィンの軽い話ばっかりで気に障ったのかな? ……それとも)
ふと、異世界での話をしているときの、2人の表情を思い浮かべた。
――それは言ってしまえば、「楽しそうな表情ではなかった」。
しょぼん、とミラは眉を下げる。
(アーヴィンを見て……ダニーを思い出したの、失礼だったよね。ダニーはダニーなんだから。それに……居心地がいいって、言わない方が良かったかな。エリオットはその間、ずっと私を待っていてくれていたのに……。マオも……。マオを拾っておきながら、帰りたい、居場所はここじゃないって思ったこと、マオは悲しかったかな。……何か……)
ぷく……と静かに顔を出す。
(私の言動は……みんなを傷つけてしかいないような……? 私が転生してた1年って…………何か意味あったのかな)
その瞬間。
アーヴィンの、軽いけどどこか惹きつけられる笑みが、ふっと浮かんだ。
(……アーヴィンにとっても……私って、転生しない方が良かったんじゃないかな)
ふとそう思って、首を振った。
今大事なのは、アーヴィンじゃない。
「もう……会うことはないもんね」
身体を拭き、ネグリジェへ袖を通すと、浴室の扉に手をかける。
押すが、動かない。
「あれ?」
すると、扉の向こうから「あ」と聞き慣れた声が聞こえた。
ガチャ、と扉が開かれる。
「ごめん、ミラ」
「エリオット? なな……何でここにいるの?」
「ごめんね、いつもはちゃんとミラが出る前にここ離れるんだけど。ちょっとぼーっとしてた」
「聞かなかったことにしたい」
いつもいるってこと……? と顔を両手で覆うと、ぷるぷる震える。
「な……なにしてたの?」
「え? もちろんミラの入浴中の音を聞いて――」
「何で聞いちゃったの私!!!」
何でそんな爽やかなの! と顔を真っ赤にするミラ。
エリオットはその肩からタオルをすっと取る。
甘い笑みを浮かべながら、タオルをぽんぽんとミラの髪に当てた。
「今日出るの遅かったね」
「そそ、そうかな?」
「沈んでなかった?」
「音でわかるの?」
「わかるよ。ミラも僕が入ってるとき、聞いててもいいよ」
「遠慮します」
「見ててもいい――」
「怖いから」
「残念」
手を引かれ、ソファに座ったエリオットの脚の間におさまる。
エリオットは慣れた手つきでミラの髪を梳かしながら、優しく拭いていく。
当然のように準備されている、果実酒の入ったグラスを手に取った。
「あの……ありがとう、エリオット」
「どういたしまして」
森の夜は、とても静か。
エリオットが髪の水気を拭く、ぽふぽふという音だけが部屋に響く。
「もう一度会いたいの?」
突然、エリオットがそう告げた。
ミラは心臓が飛び出るほど驚き、思わずむせ込んでしまった。
こほ! こほ! と咳き込むミラを、じっと見つめるエリオット。
「会いたいんだ」
「こほ! ……え? なっ、何が? だ……誰、に?」
「アーヴィン」
はた、とミラは目を見開いて固まった。
『もう……会うことはないもんね』
(……お風呂で……そう、口にしたから?)
むせて涙目になりながら振り返ると、じっとミラを見下ろすエリオットと視線が絡む。
その、いつになく真剣さを帯びたような表情に、ミラの胸がもう一度大きく跳ねた。
「えっ……と、全然……」
「嘘」
「ほんと」
「視線、泳ぎすぎだから」
「ほんとだよ? ほんとに……ちっとも――」
「ミラ」
ずき、と胸が痛む。
きゅうっとミラは口を結んだ。
何も言われていないのに、ミラの眉がみるみる下がる。
「ミラ、話してないこと、あるよね」




