14話 - それぞれの居場所
(――はっ!? あれ!? 私、何やって――)
ミラははたと我に返る。
森で踏んづけた血まみれの男を、ミラは気づけば無我夢中で回復していた。
「大変!!! 街に行かないと!!!」
本来の目的を思い出し、ばっ! と立ち上がる。
すると。
男は、ミラの服の裾を、きゅ、と掴んだ。
「…………」
きょとん、と見下ろすミラ。ぱちぱちと目を瞬く。
ちょい、と半歩進むと、ぎゅ、と服を掴む力が強まる。
「…………(しょん……)」
「…………(きゅん)」
その男のどことなく、しょぼん……とした表情に、ミラの庇護欲に火が付いた。
「どうしたの? もしかして迷子?」(←なわけない)
こく、と頷く男に、きゅううん……! と胸が鳴る。
ミラは、ぐっ! と両手を胸の前で握ると、きらきらとした瞳を向けた。
「わかった! もし帰れなさそうなら、ここで待っててね! 街に、魔族がいっぱい来て、私はみんなの回復をしないといけないの! 終わったらまたここを通るから!」
そして、街からの帰宅時。
木と木の隙間にすん……と丸くなっている男に、ミラは目を瞬いた。
「…………(まだいた)」
「…………」
「…………うちくる?」
「(こくっ)」
「なんかね! 魔族があっという間に撤退していってね! 突然統率がとれたみたいに。びっくりしたー! でもおかげですぐ戻ってこれた。よかった!」
「…………」
部屋のソファで静かに丸くなる、その大柄な男をじっと見下ろす。
「…………おうち、どこなの?」
「…………ない」
「ないの? 何で森にいたの?」
「勇者に負けたから」
「……勇者? 君は誰?」
「魔王」
「…………まおう?」
「魔王」
「…………名前は?」
「魔王」
ぱちぱち、と目を瞬くミラ。
ちら、と漆黒の髪から生える2本の角に目をやる。
(……人ではないかなとは思ってたけど……)
魔王……まおう……? どうしよう、まおう……と呟くミラを、じ、と見つめる魔王。
「………………マオ、にしよっか!」
「!?」
ミラはこうして、魔王を拾った(悩んでいたのは名前だった)。
事の重大さに気づいたのは、しばらく経った後だった。
「えっ!? マオが魔族を統率してたの!?」
「魔王だから」
「あ、そっか! 魔王って、魔族を統率してるんだっけ!?」
こく、と頷くマオ。
マオかわいいから……なんか魔王ってこと忘れてた……! とミラは目を丸くする。
(みんなが戦ってる、魔族……その魔族を統率してた魔王を……拾っ――!?)
あれ!? これ大丈夫……!? とわなわな震える。
ふと、不安そうにしょん……としているマオを見た。
きゅん……! とミラの胸が鳴る。
「……マオ、すごい魔王だったんだね!」
「(うれしい)」
ミラは、深く考えないことにした。
「ただいま――」
言い終わらないうちに、がばっ! とミラにくっつくマオ。
「おかえり、ミラ」
ミラも嬉しそうに微笑む。
「マオ、もしかして今日、魔族に何かした?」
「……(ミラに早く帰ってきてほしいから)多少操った」
「やっぱり……! いっぱいいたのに、気づいたらいなくなってて」
ありがとー! と満面の笑みを向けるミラを、マオは嬉しそうに見つめる。
「今……恐らく、次の魔王の座を巡って、魔族が対立しているんだろう」
「えっ」
ミラは目を丸くした。
「魔王って、なれるものなの!?」
「魔族であれば、なれる。人の王が国王だろう。魔族の王が魔王」
「マオ、すごい……! 王様だったの……?」
「…………ミラは、魔王を何だと思っていたんだ」
「何かすごい魔族」
「…………」
魔王は魔王として生まれるんだと思ってた……! なれるんだ……! とミラは感嘆の声を漏らす。
ふ、と笑ってミラを見下ろすマオ。
「ミラはかわいいな」
「!」
ミラの頬が、ぽ、と染まる。
「そ、そんなことないよ! うちにいるエリオットの方がかわいいんだよ!」
「何度も聞いた」
「マオにも見せてあげたい……! 天使なの……!」
「多分、ミラのがかわいい」
「そんなことない!」
もー! 絶対だから! と頬を膨らますミラを、かわいい……とマオは眺めていた。
騎士団から帰宅し、マオと会話をする、という生活に慣れてくると。
マオが居てくれて良かった、と思う日が増えた。
マオといると、自然と元いた世界の話が多くなる。
その度に、「早くエリオットに会いたい」「早くエリオットの元へ戻らないと」と強く思った。
というのも。
交戦中、いつものように、ミラはアーヴィンを回復していた。
「ミラって、どっから来たの?」
何気なくアーヴィンが口にした。
ミラも、傷口に目を向けながら、何気なく答える。
「ええー? どこかなあ? どっか遠いところ」
「えー曖昧」
「私も、よくわかってない」
「へえー……。……また戻るの?」
「それも、よくわかってない」
「行かないでよ」
「!」
はたと見合うミラとアーヴィン。
「何で……アーヴィンがそんなこと言うの?」
「寂しいから」
「シェリルも、騎士団のみんなもいるじゃん」
「ミラは、元の世界に戻りたいの?」
「…………」
「……ミラ?」
「…………戻りたいに……決まってるじゃん……」
「…………」
ぽん、とミラの頭に触れると、アーヴィンはひょいとミラの顔を覗き込んだ。
「やだ」
「(軽……)」
騎士団にいて、アーヴィンの傍にいて。
「もしかしたら帰らなくてもいいんじゃないか」と思う日が来るのが、怖かった。
その日は夜、騎士団の飲み会だった。
むすうっとしながら、あむあむとご飯を食べているミラ。
「……今度のアーヴィンの誕生日に、すっごい重い石でもプレゼントしようかな……」
「えー? ミラ、何で何でー!?」(←酔っ払いアーヴィン)
「軽いから……」
「発想がかわいすぎ、ミラー」
にっと笑うアーヴィン。
「ミラがくれるんなら、何でも嬉しい」
「…………」
わいわいと盛り上がる輪の中心にいるアーヴィンを、ミラは酔って頬を染めながらぽわ、と無意識に目で追った。
数日後のアーヴィンの誕生日に、すごく重い石に顔を描いてプレゼントしたら、シェリルが死ぬほど笑い転げていた。
後日、シェリルが野菜を漬ける重石に使ってると聞いて、やっぱり何かいい夫婦だなと思った。
(別にアーヴィンが持ってて欲しかったとか思ってませんから)
事件が起きたのは。
あと1ヶ月ほどでこの世界に転生して1年、という頃だった。
魔族との交戦を終え、いつものように騎士団の皆と街の巡回をしているとき。
突然、魔物の群れが現れた。
それは特に珍しいことではなかった。
クロウは魔界に近い。
魔物が突如出現すること自体は、今までもよくあった。
一斉に構える騎士団員たち。
もちろんミラと、アーヴィンもいた。
「ミラ、下がれ!」
アーヴィンの声で、ミラは距離を取る。
巨体の魔物に最初に気づいたのは、ミラだった。
魔物の群れが囮かのように、少し離れた場所に静かに、低く唸りながら立っていた。
狼を何倍も大きくしたようなその魔物に、恐れおののく。
(――大きい……!!!)
何とか知らせようと震えながら口を開いた瞬間――
逃げ遅れた小さな女の子が、視界に入ったのだ。
――その横顔が、幼いエリオットの横顔と重なった。
ミラは衝動に駆られたように、駆け出していた。
同時にその魔物も地面を蹴る。
「ミラ!!?」
アーヴィンが背後で叫ぶ。
(間に合え……!!!)
何とか手を伸ばし、女の子の手を引いた。
ぎゅっ……! と強く頭を抱え込む。
目の前に迫った魔物に背を向け、目を伏せた。
次の瞬間――
何かが刺さるような、嫌な音がものすごく近くから聞こえた。
と同時に、顔や手に、生暖かいものが降り注ぐ。
驚いて、ミラは目を見開いた。
庇うように背に立つアーヴィンが、魔物に剣を突き立てていた。
そのアーヴィンの半身に、魔物の爪が食い込む。
「――アーヴィン!!!!」
他の皆も駆けつける。
数人の騎士が、アーヴィンから魔物を遠ざけた。
「聖女様!!! その子をこっちに! 急いで!!!」
「……は、はい!!!」
震える声を、何とか絞り出す。
女の子を騎士に預けると、急いでアーヴィンの元へ駆け寄った。
「アーヴィン……――」
ふら……と倒れ込むアーヴィン。
それをミラは慌てて支える。
すると、次の瞬間――
アーヴィンはミラにがばっ! と抱きつくと、震える声で呟いた。
「……よかった……!!!」
その声に、きゅう……! と胸が締めつけられた。
瞳に涙が滲む。
(…………泣くな…………今泣くな……! 私に泣く資格なんて、ない……!!!)
涙をこらえるように1度強く目を伏せると、アーヴィンの傷口に手を添える。
ぱあ……! と2人は光に包まれた。
その時、視界の端に、騎士団補佐メンバーであるシェリルの姿を捉えた。
はっ! とミラは顔を上げた。
「――シェリル!!! 傷は塞いだけど、すごい出血量!!!!」
「――!?」
脇目も振らず、シェリルは駆けてきた。
しばらくして、ゆっくりと目を開くアーヴィン。
自身の頭を膝に乗せ、くしゃくしゃな顔で泣くシェリルを見て、ふっと笑う。
「……ぶさいく」
「うるさい」
ぐいっと涙を拭うと、シェリルはぺしっと頭を叩いた。
やっぱり、美しい夫婦だなと思った。
と同時に、やっぱり居場所はここではないという思いが渦巻いた。
あの場で涙を流していいのはシェリルであって、ミラではない。
(別に私があそこにいたかったとか、そういうことじゃなくて)
ここには長居してはいけないような。
これ以上、近づいてはいけないような。
(アーヴィンの本気めいた言葉を鵜呑みになんてしてないんだけど。…………じゃなくて)
ふと、逃げ遅れた少女を見たとき脳裏をかすめた、可憐な美少女の横顔が頭に浮かぶ。
この世界へ来て、少しだけぼんやりとしてきていたその輪郭が、再び鮮明さを取り戻した。
やっぱり、自分の居場所はあの、森の質素な小屋の、かわいい少女の横なんだと。
ぽろ……とミラの瞳から涙がこぼれた。
――帰りたい。
(……会いたいよ…………エリオット……!!!)




