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市場の微笑み

その朝、公爵ザリーンには、ひとつの決意があった。


「今日こそ……民に、笑いかけてみよう」


リナは、いやな予感がした。


止める間もなく、巨躯の公爵は、市場へと繰り出した。


まず、果物売りの前に立つ。


にっこりと、微笑む。


──それは、獲物を前にした肉食獣の笑みにしか見えなかった。


「ひっ……!」


果物売りは、腰を抜かした。


次に、泣いている子どもの頭を、そっと撫でようとした。


大きな、分厚い手が、影のように伸びる。


「ぎゃああああ!」


子どもは、全力で逃げた。


ザリーンは、パンを買い、代金に、多めの金貨を置いた。


善意だった。


だが、パン屋は震え上がった。


(口止め料……! 何か、恐ろしいことに、巻き込まれる……!)


気づけば、賑わっていた市場から、人影が消えていた。


石畳に、ぽつんと立つ、大きな背中。


「……ウフフフ」


「今日も、いい天気だ」


その声が、ほんの少し、掠れていた。


離れて見ていたリナは、なぜか、胸が締めつけられた。


(この人……ただ、みんなに、好かれたかっただけなんだ)


はじめて、リナは、思った。


怖い、ではなく──かわいそうだ、と。


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