借金を買う男
その日、市場の外れに、ひとりの商人がいた。
名を、ゴドー。
金を貸し、法外な利子で村人を縛る、悪名高い男だった。
「払えないなら、娘を寄こせ。畑を寄こせ。ウフフ、商売とはそういうものだ」
その光景を、ザリーンは、じっと見ていた。
そして──懐から、ずしりと重い袋を取り出した。
「その証文、すべて私が買う」
「……は?」
「村人全員分だ。言い値で払おう」
ゴドーは、目を見開き──それから、下品に笑った。
「ヒヒッ、さすがは公爵。人の弱みを、まとめて買い占める気か!」
金貨が、音を立てて積まれていく。
証文の束は、すべてザリーンの手に渡った。
その噂は、瞬く間に広がった。
「大変だ……! あの公爵が、俺たちの借金を、全部買ったらしいぞ!」
「終わりだ……。俺たちは、命ごと、公爵に買われたんだ……!」
村は、絶望に包まれた。
──その夜。
ザリーンは、村の広場に、村人を集めた。
松明の灯が、彼の巨躯を、不気味に照らす。
村人たちは、震えながら跪いた。
(殺される……! 搾り取られる……!)
ザリーンは、証文の束を、高く掲げた。
「ウフフフ……」
「よく見ておけ」
そして──松明に、近づけた。
*ボッ*
炎が、証文を包む。
借金の記録が、夜空に舞い上がり、灰になって消えていく。
「……これで、お前たちの借金は、無い」
静寂。
村人たちは、何が起きたのか、理解できなかった。
そして──誰かが、囁いた。
「……証拠を燃やしたんだ。俺たちを、逃がさないために……」
ザリーンは、背を向けて、歩き出した。
感謝の言葉は、ひとつも、なかった。
けれど彼は、振り返らなかった。
「ウフフ……。勘違いも、ここまで来ると、いっそ見事だ」
その背中が、ほんの少しだけ──寂しそうに、見えた。




