この世界を、頼む
時が、止まったようだった。
崩れ落ちる、巨躯。
セオドアは、絶叫した。
「ザリーンッ!!」
次の瞬間、彼女の魔力が、爆発した。
漆黒の衝撃が、ラインハルトを、遥か彼方へと、吹き飛ばす。
だが、そんなことは、どうでも、よかった。
セオドアは、倒れたザリーンに、縋りついた。
「いやだ、いやだ! ザリーン! 死ぬな! 私が、治す! 治してみせる!」
魔王の力の限り、回復魔法を、注ぐ。
胸を、押す。息を、吹き込む。
だが──傷は、塞がらない。
聖剣の傷は、魔の力を、拒んだ。
「なんで……! なんで、治らないの!お前は、いつも、みんなを、助けたのに!」
「なのに、なんで、お前を助ける力が、ないのよ……!」
ザリーンの、震える手が。そっと、セオドアの頬に、触れた。
涙を、拭うように。
「……泣くな。魔王が、そんな顔を、するな。ウフフフ」
「喋るな! 傷が……!」
「セオドア」
彼の声は、驚くほど、穏やかだった。
「この世界を……頼む」
「優しい世界に……してくれ。……お前なら、できる」
「いや……いやだ……! 一緒に、やろう! お前と、一緒に……!」
ザリーンは、最後に、もう一度だけ、笑った。
誰よりも、優しく。
「ウフ……楽しかった。……ありがとう」
ぱたり、と。頬に触れていた手が、落ちた。
温もりが、ゆっくりと、失われて、いく。
青い空の下で。魔王は、ただ、泣き叫んだ。
世界で一番、優しかった男の亡骸を、抱きしめて。
――数日後。
ザリーンの治めた町で、葬儀が、営まれた。
棺の周りには、数え切れぬほどの、人々が。
かつて彼を恐れ、そして、救われた、民が。
貴族が。子どもたちが。そして、王までもが、訪れた。
喪服のセオドアは、王の前に、立った。
その瞳は、燃えて、いた。
「貴様の国の、勇者が、やった」
王は、静かに、首を振った。
「……知らなかった。あの男が、そこまでするとは。……止められなかった、私の罪だ」
二人の間に、言葉は、それ以上、なかった。
ただ、並んで。
静かに、眠る優しい男を。最後に、もう一度、見つめた。




