12/30
舞踏会の惨劇
年に一度の、貴族の舞踏会。
ザリーンは、意を決して、出席することにした。
「今夜こそ……紳士的に、振る舞ってみせる」
その決意が、悲劇の始まりだった。
まず、彼は、老貴婦人に挨拶をした。
「お会いできて、光栄です」
深く、頭を下げる。
その巨躯が影を落とし、老婦人は失神しかけた。
次に、握手を求められ、そっと手を握った。
「……っ、い、痛い痛い痛い!」
力加減が、わからなかった。
給仕が運んできたワインを、気を利かせて受け取ろうとして──
グシャッ。
グラスが、彼の手の中で、砕けた。
広間が、静まり返る。
数百の視線が、血の滴る彼の手に、突き刺さる。
「……ウフフフ」
場を和ませようと、彼は微笑んだ。
それが、とどめだった。
「きゃああああ!」
貴婦人たちが、いっせいに逃げ出す。
たった一人、壁際に残ったのは──潜入中の、ローズリンドだった。
彼女は、見ていた。
砕けたグラスの破片を、そっと拾い集める、公爵の姿を。
「……誰かが、踏むと、危ない」
小さな、呟き。
誰にも、聞かれるはずのなかった、言葉。
ローズリンドの胸が、ちくりと痛んだ。
その痛みの名を、彼女は、まだ知らなかった。




