第149話:魔族領②
一度口を開いた智香子は止まらない。
「信じられないわ!いいこと?見た目が大人でも中身は子供という人は大勢いるのよ!逆もしかり!相手をそのままで判断せずに、きちんと対話をすること。手順も踏まず、相手を自分よりも格下と決めつけるのはただの考えなしのクソみそ野郎のすることよ!」
「バイトしてると、しょっちゅうそういう客と遭うよな。そんで理不尽な言いがかり付けられる」
「そうそう。って、晴馬!アンタもアンタよ!人前で絡まない!大人しくする!仮にも私たちは成人と認められているの。それでなくても、最低限のTPOは守るべきだと思うわ。だというのに、息もできないくらい締め付けて来て…。しつこい!鬱陶しい!」
「おい黄様ぁ!陛下に向かってなんだその口の利き方はぁ!人の身の癖に生意気だぞ!!」
「はぁん?!私の言い分に少しでも可笑しいところがあったって言いたいのかしら?!」
「そうだ!我らが魔王陛下は陛下!つまりこの国の王!一介の人族ごときが、常識を説いていい相手ではない!」
「王とか関係ないわ!親友が道を踏み外すのを黙って見ていられるほど淡白な性格じゃないのよ!駄目なことは駄目って言う!」
「なにお!陛下が黒といえば白も黒なのだ!陛下こそが絶対のルールなのだ!」
「なんかそれ誰かも言ってたわね…。そんな暴君がまかり通っていいわけないでしょうが!そんなことしたら破滅の第一歩踏みしめることになるわよ!」
感情の高ぶりから、距離が近づく智香子とサミュエル。腹に力が込められたと思えば、晴馬の腕だった。そのまま腕の中へ戻される。サミュエルも同様に、グレイソンが肩を持って落ち着かせていた。
「どーどー」
「馬じゃないって言ってんでしょ!」
「サミュも落ち着けって」
「サミュって言うな!」
いつの間に用意していたのか、アビゲイルが茶を出してくれた。落ち着くために一口飲む。甘い紅茶が荒い心を撫でていった。
「なんですか、この無礼な生き物は!本当に人なのか?」
「人に見えないってんなら一体何だって言うのよ。節穴のようね。遠くまで見通せる犬の目と取り替えたら、その使えない目よりも随分とマシになるんじゃないかしら。あらでも、取り換えられる犬の方が可哀そうねぇ」
「っ~~~!」
「アビゲイルさん、このお茶とっても美味しいわ。後で茶葉を見せていただけるかしら?」
「かしこまりました、チカ様…」
恭しく頭を下げるアビゲイル。その横でローガンも紅茶にホッと一息ついた後、サミュエルとグレイソンに鋭い目を向ける。
「いい加減になさい。でないと私、怒りますよ?」
「「……すみません」」
女性のように柔らかい話し方をしていたから、彼から発せられるドスの聞いた声はより恐怖を感じる。しかし、横で眉をハの字に下げながらも微笑むアビゲイルも、なんだか怖いなと思った智香子だった。
「普通に聞き流してたけど、晴馬。貴方、魔王になったの?」
「陛下を呼び捨てにするとはなんたる不敬!」と暴れるサミュエルをグレイソンに任せ、晴馬は新しいバイトを始めた時のように「そう。今二日目」と軽く頷いた。アビゲイルが机の上に茶菓子まで用意してくれる。色は黒いが、クッキーもマドレーヌも、どちらも大変美味で何度も手が伸びてしまう。
「急に王様やるのって大変でしょう?大丈夫なの?」
「問題はないな。魔王不在の五百年の間に、俺がいなくても国が回る体制は整ってるし。それに俺には、先代魔王の記憶があるからな」
「記憶?」
「仕事の仕方とか、諸外国のこととか?所々ぼけてはいるが、これがあるお陰で生活できてるし、魔法も使える。後任に記憶全部引き継ぎされてるとか、まじ便利。どういう仕組みかは知らないけど」
「流石魔法の世界というか…。不思議なことが起こるものね」
「あとは大宮さんから、経営について少し教えてもらってたから、それもほんと少しだけど、役に立ってると言えなくもない」
「役に立ってるって認めたくないのね。気持ちは分かるわ」
「あんなんでも、まぁ、凄い人だったなとは思うわ。あ、大宮さんな、智香子がいなくなった後に自殺したらしいぞ」
「さらっと言わないで頂戴。知ってるわ。そんな晴馬に嬉しいお知らせよ。大宮先輩、こっち来てる」
「え、きも」
「人のお尻触ろうとする変態が何ほざいてんのよ」
「あれは別格の変態だって」と何やらほざく晴馬。彼を見る智香子の目は冷たい。無くなる茶菓子だが、直ぐにアビゲイルが新しいものを用意してくれる。視界の端に鬼の形相をしたサミュエルがいる以外は、至れり尽くせりでゆっくりしていた智香子は、ハッと思い出しては飛び上がる。
「ゆっくりしてる場合じゃないわ!私、帰らないと!」
「どこに?」
「こっちに来てから、ずっとお世話になってる方たちがいるの。カタールから帰ろうとした時に、私、変な人から飛ばされちゃって…。きっと心配してるわ。沢山もてなしてもらったのにごめんなさい、帰るわ。アドリオンへはどうやって帰れるのかしら?」
重い扉を開けようとする智香子。少し開いたことに喜んだのも束の間、直ぐに閉じられてしまう。背後には晴馬の姿。
「ちょっと晴馬、邪魔は止めて頂戴。私は、」
「どうして?どうして帰るんだ。帰る必要なんてないだろ」
「何言ってるのよ。お世話になってるの、心配はかけられないわ」
陰になって顔が見えずらい晴馬を睨み付けても、彼は怯んだりしない。上から見下ろされるのは威圧されている気分になる。
「別に、家族じゃないんだろ」
「そ、うだけど。でも、」
「お世話になってる、心配させている。それは全部お前の主観だ。もしかしたら違うかもしれない。お前が言う家族じゃないけど家族のような人たちは、お前を心配なんかしてないかもしれない。それどころか、お前を邪魔に思ってるかもしれない」
「…晴馬。言っていいことと悪いことがあるわよ」
「俺は可能性の話をしてるだけだ。考えたことはないのか。優しくしてくれる人間の本性は、本当に優しいのか。私利私欲が何もないと言えるのか」
「私を騙してあの人たちに何か利益があるとは思えないわ」
「お前はそう思うんだろう。でも向こうがどう考えてるかは分からない。だろ?」
「…やめて。あの人たちは優しいの。見ず知らずの私を家に入れて、この一か月、一緒に過ごしてくれた。まるで本当の家族みたいに、」
「利益があれば家族ごっこくらい簡単にできる」
屈んでも、晴馬の目線は智香子と変わらない。彼の大きな手が、智香子の手を包み込む。とても冷えた手だった。
「智香子、お前もさっき言ってただろう。俺たちはもう大人だ。自分で考えて、自分で判断して生きていかなきゃいけない。見かけだけの優しさに縋りついてちゃいけない」
「…レッドフィールド家の皆は、見かけの優しさじゃないわ…」
「そうかもな。でもそうじゃないかもしれない。疑う要素がある人間の元にいて、お前は安心できるか?…智香子、俺はお前を心配してるんだ。心配で、大切で、だからここまでやって来た。今までと一緒。国が違っても、世界が違っても、俺はお前が心配だから会いに来るんだ。そうだろう?」
智香子は頷いた。智香子が元の世界で国を飛び出た時も、晴馬は迎えに来てくれた。
「心配してくれる人が気にかかるって言うんなら、俺は?俺のことも、安心させてくれよ。だって俺たちは、親友、なんだろ?」
「は、晴馬…」
涙を流して、寂しそうな顔で抱きしめてくる晴馬に、智香子は口を噤んだ。
(レッドフィールド家の人たちは優しいわ…。見ず知らずの私を受け入れてくれた…。異世界から来たなんて、到底信じられない私を、信じて、本当の家族みたいに接してくれて…。でも、普通なら、怪しいと思うわよね…。私がいくら、少し、ほんの少しだけ小さくても、怪しいって、思うはずだわ…。だって彼らは王族で、いくら警戒しても足らないくらい、危険な目に合ってきた人たちだもの…。そんな彼らが、どうして私を簡単に受け入れたの…?)
信じる心の隙で、親友から植えられた疑心は智香子の心を揺さぶる。
「慌てて考えることはありま、せん…。落ち着いてください、ませ…。我が国からアドリオンへの交通は、航路のみ…」
「えぇ。それまでゆっくりと考えて下さいませ」
「あ、ありがとう…」
穏やかな笑みを浮かべるローガンとアビゲイル。表情を一変した彼らが責めるのは晴馬だった。
「陛下も落ち着いてください、ませ…。大事なご友人を引き留める方法にしては、些か、強引な手かと…」
「全くです。チカ様を思うならばこそ、逃げ道を塞ぐよりも温かく接することが、関係良好に繋がるかと」
「何を根拠に、」
「「年の功で、ございます」」
何のことか分からない智香子。抱きしめていたことで顔が見えなかった晴馬が体を起こす。そこには先程の寂しそうな顔はどこにもなく、ケロッとしてる男がいた。
「なっ。貴方、さっきまで泣いて、」
「泣き落としなら聞くかと思ったんだがな。残念」
智香子は思い出す。目の前の男が、高校と大学合わせて、数多くの人間から告白され、全てを断っていたにも関わらず、ずっと好印象を抱かれていた理由。猫を被ること、演技をすることがとても上手なのだ。
「私を騙したのね!?」
「騙される方が悪いんだよ~」
「このクソ野郎…!同情した私がバカだった!」
「いや~長い付き合いでも涙は効果的なんだな。良いこと知ったわ」
智香子のクソ野郎に耐えられなくなったサミュエルが「人風情が!陛下にクソとは何事か!」と騒ぎ始める。
「陛下がクソなわけがないだろう!クソなことをしても、陛下の行いは全てクソではなくなるのだから!」
「それは結局魔王様がクソって認めてるってことかー?」
扉が再び叩かれる。今度は「入っても良いですか~?」と幼い声が聞こえた。ローガンが頷き、サミュエルとグレイソンが扉を開けると、小さな少女が立っていた。
「王妃さまのお風呂の準備が整いましたので、お迎えに上がりました~!」
「王妃様…?え、晴馬結婚してたの?!いつの間に!私式に呼ばれてないわ!」
「いない。俺はまだ独身どころか恋人すらいない!アビゲイル、どうしてアロディを迎えにしたんだ」
「はい、アロディです!よろしくお願いします、王妃さま!」
「ん?私は王妃じゃないわよ。私は智香子よ、アロディ。よろしくお願いするわ」
「アロディは、優秀な子…。当然の配役かと…。もしもの時の引き留め役になれば、などとは考えておりま、せん…」
「はい、アロディは優秀です!チカ、コ?さま?」
「呼びにくいでしょう、チカで良いわ。様もいらないわよ」
「チカさま!」
「…アビゲイルさんもローガンさんも、様を取ってくれなかったわね…。あぁ、もう良いわよ!好きに呼びなさい!」
お風呂と聞こえた。服は変わっているし、別に体がベトベトするわけではないが、智香子としては現在二日風呂に入っていない感覚なのだ。しっかり汚れを洗い流したい。
「…俺も一緒に入る」
「寝ぼけてんじゃないわよ」
「小さいころから入ってるし」
「入ってないわよ。私たちの出会いは高校でしょうが」
「ここの風呂は大きすぎるから補助が、」
「アロディがいるので、王さまはいらないです!」
「…久しぶりなんだから、裸の付き合いが必要、」
「陛下。子のように駄々を捏ねてはいけませんよ」
あれこれ理由をつけては一緒に風呂に入ろうとする晴馬。怒られる彼を見てると、修学旅行の時を思い出す。
(あの時も女子にめちゃくちゃ怒られてたわね…)
修学旅行の宿は旅館だった。時間帯が決められており、風呂は貸し切り状態。最後の方だったため、智香子のクラス数名しか風呂場にはいなかった。露天風呂でまったり湯に入っていた智香子は、悲鳴が上がり何事かと声のした方を見る。女湯の入り口に見合わぬ巨体。変質者かと皆が体を固くするが、湯気が風で流され、現れたのは晴馬だった。再度上がる悲鳴に黄色いものも混じる。体を布で隠した智香子は、友人たちの姿が見えないように晴馬の前に立ちはだかった。
「アンタがそんな変態だとは思わなかったわ!いいこと、まだ嫁入り前の乙女の体を、そう易々と見れると思うんじゃないわよ!」
汗を拭った晴馬は、女湯に入って来たとは思えない堂々っぷりだ。
「いや、見たいのは智香子の体だけだ」
「「「「逮捕」」」」
先程までキャアキャアと悲鳴を上げていた女子高生とは思えぬ素早い動きで、クラスメイトたちは外にいた男子生徒たちにも手を借りて、晴馬を叩き出した。周囲の男子生徒からは勇者なのか馬鹿なのか分からないと言われていたが、晴馬が持ち前の顔の良さで逮捕を免れた時は「納得いかない」と文句を言っていた。
女風呂に入ろうとしたのだ。いくら顔が整っていようといけないことである。思い出してうんうんと頷く智香子は、尻に感じた違和感に、わなわなと体を震わせる。
「子どもが見てるでしょうが!」
思いっきり振りかぶった手は、綺麗な男の顔に、綺麗な紅葉模様を作った。怒った智香子がアロディを連れて出ていく後ろを、晴馬も追いかけようとする。しかしローガンから肩を掴まれた。
「粘着質な男は、嫌われますよ?」
「先程のお怖い顔も、見られては逃げられてしまい、ますね…」
昔はもっと落ち着かれてたのに…と嘆くふりをするアビゲイルとローガン。
「先代魔王だって、出会って数日もしない相手に「一緒に国を守って行こう」とかプロポーズ紛いのことを言ってた。俺の方がまだマシだ」
「確かにドルトマ様は即断即決。口数も少ないため、突飛と思われる言動が目立ちましたが…。どちらかといえば、ハルマ様はチカ様への実害がありますので」
「しかし真っ向から想いを伝えられず、照れと恐れを誤魔化される奥手さは、やはり陛下だなと思い、ます…」
ムフ、と笑うとアビゲイルは部屋を出た。智香子の元へ向かうつもりなのだろう。ローガンはサミュエルとグレイソンに指示を出している。両者先代魔王がいる時代の生き残りであるため、例え記憶があっても晴馬では太刀打ちができない。
「…この記憶は先代のもので、俺のものじゃないんだけどな…。でも、どこか、懐かしさを感じるのは、なんでだ…?」
ローガンから促され、執務室へ足を向けた。




