第150話:魔族領③
引き続きよろしくお願いいたします。
風呂上がり。アロディからタオルを受け取り、髪の水気を拭っていた智香子は衝撃の事実を聞いて目を見開いた。
「えぇ?!アビゲイルさんって600歳なの?!」
「ムフフ…。正確な数は忘れましたが、それくらいになります、かね…」
この世界の風呂はどこに行っても大きい。平均身長が2メートルであれば仕方のないことだと思うが、風呂に入る度に足台が必要になる智香子は自分の背の低さを痛感させられた。アドリオンは西洋のような雰囲気であるので、お湯を溜めるバスタブは無いかと思っていた。しかし風呂場へ行った時に見つけて、湯に浸かる習慣があったことには驚いたものだ。
カタールの風呂も大きかったので、ここもそうだろうと風呂場に入れば、大浴場にあるような大きな風呂。の近くに、小さな、といっても十分な広さのある風呂。お湯が入っている中に浸かっても溺れることはない。丁度良い大きさの風呂。実は子供用とは知らない智香子は暖かく心地の良い湯を満喫した。
「全然見えないわ…どんな美容してれば600年その綺麗な肌を保てるのかしら…」
「十分な保湿と、あとは…日々、よく食べ、動き、眠ることです、かね…」
「どこに行っても、長寿の秘訣は日々の健康的な生活ってことね…!でもそれにしては長生きし過ぎよ」
「私共の一族は長寿なの、です…。…私が幼い頃は、人族の中にも長寿の者がおりました、が…今ではとんと見ません、ね…。これでも、遥か昔よりも、寿命は減っているの、ですよ…?」
「なんで減ってるのかしら。医療や技術の進歩で増えそうだけど」
「アロディも大きくなりたいです!…なれますか…?」
話している間に素早く着替え終わったアロディが智香子の服を持って駆け寄ってくる。
「大きくなるわ。アビゲイルさんのように、よく食べて動いて寝たら良いのよ。そうしたらすぐよ。貴方は今いくつなの?」
「んーと、えーと、100歳です!」
「ひゃ、100?!」
「正確には106歳です、よ…」
「106?!」
「そうでした!そうでした!」
エへへと笑うアロディは到底100歳越えには見えない。智香子よりも小さい少女はまだ二桁にも満たないように見えた。
「100を超えると年齢に見た目が追い付くの、です…。それ以降は基本、寿命が来る5年前まで見た目が変わることはありません、が…。アロディは100を超えても幼体のまま…。本人はこの通り元気、解析をしても異常は見られず、精神的な問題だろうと言われており、ます…」
「はい!アロディは元気です!モリモリです!」
「それは、見て分かるわ」
「チカさまも元気です!モリモリのモリです!」
「それは…私は私の体のことだから分かるけど、アロディ、貴方は分からないはずよ。というか、なに?モリモリの…森?」
「モリモリよりももっと元気でモリモリだからモリモリのモリです!」
「理屈だけなら理解できるわ」
「ハァ!」と何か思い出したような顔をして、アロディはトコトコと扉の方へ姿を消す。智香子は横から感じる、まるで子供と子供の戯れを見ているかのような生温かな眼差しに、苦虫を嚙み潰した顔を返した。
「……何よ?」
「…いえ。チカ様は、我々の肌色に嫌悪感を示されないのだなと、思っておりま、した…」
「肌?って、あぁ…そういうこと」
晴馬の肌が元の色より黒く染まっていたこともそうだが、アビゲイル含め、この国の人々は髪の毛から瞳の色まで黒い。掌はほんのりとピンク色だが、それ以外は黒色だった。晴馬の部屋から風呂場への道すがらに通り過ぎた人たちも一様であり、そして彼らは智香子を見ると複雑な表情をする。
嫌悪と、憎悪と、困惑。
「私は肌色なんて些細なことを気にするほど、暇じゃないの。私が嫌悪感を示すのは、中身の無い話しかできない、もしくは話の出来ないクソみそ馬鹿野郎だけね。嫌悪感で言うなら、貴方たちの方もよっぽどだと思うわよ。少なくても、廊下ですれ違った彼らや、サミュエルさんたちとか、ね」
「大事な大事なお客人に対して失礼な、態度、本に本に、申し訳ありま、せん…。…どうにも、忘れがたい過去が、そうさせるのでござい、ます…。そして忘れがたい過去があるからこそ、我らは人族を心の底から忌み嫌うことができないのも、事実でございま、す…」
「…一体何が起きたって言うの?」
話ながら、馴染みない服をもたつきつつ身に着けようとしていた智香子をアビゲイルが手伝う。彼女が言葉を続ける前に、扉の方から何やら物音が聞こえた。
「だーめーでーすってば!まだご入浴が終わっておりません!いくらおうさまでも、入っちゃだーめーでーす!!」
「いや別に入ろうとしてたわけじゃない。ただ安全を確かめるために、中の様子を確認しようとだな、」
「それは中に入らないとできないことです!だーめーでーすーよー!!!」
「晴馬…本当にどこ行ってもぶれないわね…」
変わらない変態精神が、逆に彼本人だと安心してしまうなんて、口が裂けても言えないことである。
「………チッ。発情小僧が、舐めた真似を……」
「?!」
智香子には長かったズボンの裾を曲げていたアビゲイル。屈んだ彼女の方向から聞こえた信じられない単語に、驚きすぎた智香子は言葉が出ない。顔を上げたアビゲイルは今までと同様に笑みを浮かべた優しい雰囲気で、ほっと息を吐く。
(さっきのは幻聴かしら…?)
「チカ様、こちらで少々お待ちくださ……いえ、安全を考慮して、ご一緒に来ていただいてもよろしいでしょう、か…?」
「も、勿論よ!」
アビゲイルと智香子が近づいてきたことに気づいた晴馬は、「だーめーでーすー!まだお体のケアがすんでないんですー!」と静止してくるアロディを押しのけて風呂場に入ってこようとする。
「智香子。お前の好きなフルーツ牛乳っぽい奴、作っておいたぞ。風呂上がりにはこれが一番だろ」
「ぐっ、それは、ちょっと、いえ結構惹かれるけども…!ッ、お手伝いをしているアロディの邪魔をわざわざ進んで買って出て、彼女の仕事を増やすような阿呆とは、話したくないわ!」
「チカさまぁ!スキッ!!でもアロディのこれはお手伝いじゃなくてお仕事です!」
「あら、ごめんなさい」
「はな、話したく、話したくな、い…。うそ、だろ、智香子…」
まだ風呂上がりの為、湯気の立つ智香子に手を伸ばす晴馬。叩き落としたのはアビゲイルだった。彼女は智香子を自分の背に隠してしまう。
「陛下…。いくらご親友様といえど、限度がある、かと…。加えて現在は業務にお戻りになられているはず…つまり、仕事を放られ、女湯を覗きに来るという下劣な行いは、非常に目に余る行為でございま、す…。しばらくの接近禁止を、言い渡させていただき、ます…」
晴馬が文句を言う前に、アビゲイルはフッと前に息を吐く。すると黒いモヤが現れた。黒い雨雲の中で雷が瞬くように、所々光を帯びたモヤが晴馬に触れると、彼の首にはシンプルな首輪が現れる。首輪から伸びた光る帯は地面を伝って智香子の足に結び付いた。「わっ!」と驚く智香子にアビゲイルが「失礼いたし、ます…」と跪く。確認を終えた彼女は、安心させるように笑って見せた。
「ご説明なしに、驚かせてしまいました、ね…。これは、チカ様を害するものではございま、せん…。チカ様に害のあるあちらの魔王のような存在を、近づけさせないようにするための、魔法でございま、す…」
「さっきのもやもやが、魔法陣のような役割になるということ?」
「いかにも…」
晴馬が智香子に近づこうとするが、鎖は一定距離近づくとピンッと張ってそれ以上距離を縮めることを許さないらしい。魔法に感動するとともに、自分に害がないならいいかと智香子は受け入れた。
「晴馬もこれに懲りて、人様の裸を見たがったり、お尻に触りたがったりする変態行為は止めることね」
地面に膝を付く巨体の男が扉の前にいると大変邪魔だ。現在もアロディが「じゃーまーでーすー」とポカポカ腕を殴っている。
「修学旅行の時に十分懲りていたと思っていたけど、どうしてそんなに女性の肌なんか見たいのかしら。自分とは違う体の作りを見てみたいという好奇心?ただの興味本位?」
「一般的な男性の意見は存じ上げませんが、陛下に限っての話であれば、特定の方のお体にこそ意味があるの、かと…」
「より正確には、いつもは邪魔な服で隠されている秘密の場所を暴く快感と、裸を見られたことに照れて恥じらう顔が見たいか、」
「…斬首刑に処しましょう」
「ローガンさん」
息を荒げた老紳士は、その手に大きな剣を持っていた。
「はぁ、はぁ…。少し目を離したすきに執務室から姿を消して、もしやと思い来てみれば、このような…!婦女の風呂を覗くに飽き足らず、異常性癖をぶちまけるなど紳士の風上にも置けぬ!貴方をお待ちした500年が、かくも短く終わってしまうのは心苦しい…がしかし!偉大なる魔王陛下が生き恥を晒すことなど側近として許容できる問題ではない!短い出会いに別れを告げましょうぞ、陛下!願わくば、貴方様が正しき王となることを、心よりお祈り申し上げます…!!」
ドガンッ
「ッ…!!!」
大きな剣が地面とぶつかったことで発生した低い音が響く。すれすれの所で交わした晴馬は、首元を抑えていた。
「先代魔王の記憶なかったら終わってた……!本気で切ろうとする奴がいるか!」
「おや、大事な我が愛剣に、錆びを付け損ねましたか…しかし次は外しませぬ!!!」
始まった鬼ごっこ。呆れて見ていた智香子の裾を、アロディが引っ張る。
「お体のケア、します!すみずみまでピカピカのピッカピカです!」
「…ピカピカよりももっとピカピカなのね」
「はい!!」
アロディに手を引かれるまま、大人しくボディメンテナンスを受けようとした智香子を呼び止める者がいた。
レッドフィールド家でお風呂に入るときは、基本智香子が一番最初に入ります。何故かというと、バスタブいっぱいにお湯溜めちゃうと智香子が溺れちゃうからです。なので前の人があがると、次の人がどんどんお湯の量を増やしていきます。




