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転移小人の奮闘記  作者: 三木 べじ子
第2章
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第148話:魔族領

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 智香子と晴馬の出会いは、高校一年の秋。


 紅葉が姿を見せ、うだるような暑さが徐々に涼しい風を運ぶ中、智香子は文化祭に向けて準備を進めていた。高校初めての文化祭だ、自然と気合が入る。二日間実施される文化祭で、最も素晴らしかったと票を集めたクラスに贈られる出店優秀賞があるなら、クラスのやる気が上がるのも当然だろう。


「智香子ちゃん、これどうかな?」

「端の方の縫い込みが甘いわ。これじゃ動いてるときに解けちゃうじゃない。わざわざ私が言わないと分からないのかしら。でも裁縫が苦手なアンタにしてはマシよ。しっかり縫い付けときなさい」

「ちかちゃーん!どうっ!この看板!」

「あら、良いじゃない!文字も色もつい目が引かれる!良いセンス持ってるわね!」

「智香子ー」

「…微妙どころの話じゃないわ。何かしらこのきったない模様。さっきよりマシになってるだけ努力は認めてあげるけど、アンタがやるって立候補したからには自己責任。ちゃんと字の練習しなさいよ。学習能力ないの?」


 しかし通常の授業もある。一旦作業を中断して移動教室のため教材を持って扉を出ようとした時、智香子の前に大きな大きな青年が立っていた。このクラス、学年、もしかしたら教員含めた学校関係者を合わせても、最も身長の高い人物。そしてモデルと思うほどに整った顔立ちだけではなく、頭脳も身体能力も高いと有名な人物が、目の前に立っていた。

 友人を探しに来たようだが、視線は智香子に定まっている。なんだか見下されている気がしてきて智香子の眉に力が入り始めた。しかし口を開いた彼から放たれたのは、思いもしない言葉だった。


 懐かしい記憶に馳せている余裕は今の智香子にはない。痛む手首、見知らぬ場所、いるはずがない親友。まず何から解決すべきか唸る智香子の手首に、ひんやりとしたものが当てられる。目を開けてみれば、晴馬の手だった。


「痛いの痛いの、飛んでけー」

「…何かしら、その子供騙しの治療法は。それで痛くなくなる歳はとっくに過ぎて…あら?なんだか本当に痛くなくなったわ」

「魔法使ったからな」

「使えるの?!」


 当たり前だろ、と再度欠伸をする晴馬に、智香子は「当たり前じゃないわよ!」と吠える。


「私魔力ないからって魔法使えないのに!ずるいわ!寄越しなさいよ、私だって魔法が使いたい!」

「寄越すったって、やり方分からんから無理だ」


 痛くなくなった手首に感動する智香子の横で、晴馬は伸びをするために立ち上がる。見上げた時、智香子はあることに気づいて驚愕する。


「う、うそ、でしょ…?嘘よ…そんな…!晴馬、貴方…!」

「…………」


 震えながら立ち上がった智香子は、その手で晴馬の頭の上を指した。


「な、な、なんで身長が更に伸びてるの?!」

「……そこ?」

「可笑しいわよ!私の見間違い?いいえ、確実に10センチは伸びてる…この明確な差を見間違えるはずがないわ!なんで?!成長期はとっくに終わってるはずでしょ?!異世界効果なの?!ならなんで私は一ミリも伸びてないの?!いや、もしかしたら私が気づかない間に伸びているという可能性も…?!」

「いや、ミリも伸びてないな。なんなら縮んだか?」

「っ~~!縮んでないわよ!アンタが伸びただけでしょうが!」

「どーどー」

「私は馬じゃない!」


 聞きなれた叫び声に笑いを零す晴馬が、なんだかホッと安心している気がした智香子は首を傾げた。すぐに抱えられて目線を合う。相変わらず整った顔立ちだった。しかしよくよく見て見れば、違うところがいくつか見られた。


「あら?晴馬貴方…私がいなくなってから日サロにでも行ったの?随分と肌黒くなったわね。それになんだか顔に変な模様が見えるような…。目も髪もちょっと青っぽい?大幅なイメチェンでもしたの?って、何かしら、これ…。角?え、異世界効果がこんなところにまで。でもこの角邪魔じゃない?」


 ペタペタと遠慮なく触られて細かく確認されるのを黙って受け入れていた晴馬は、耐えられないと体を震わせる。


「ブフッ!想像通り過ぎる…!」

「何笑ってんのよ」

「いや、四年の月日は伊達じゃないなって思っただけだ」

「そんなに面白いことあったかしら」


 笑いの壺が理解できずに呆れていた智香子は、自分が晴馬に抱えられている現状を思い出して慌てだす。


「ちょ、お、降ろしなさい!」

「……………」

「急に無言かつ真顔になるんじゃないわよ!どこ向いてるの?!こっち見なさい!てか降ろしなさい!」


 悲鳴を上げる智香子を晴馬は決して降ろさない。騒がしい部屋の扉が軽く叩かれる。現れたのは女性と男性が一人ずつ。恭しく頭を下げて扉を開けた彼らが見たのは、幼い少女が王の頬を引っ叩いている場面である。


「お尻触るなって何度も言ってるでしょうが!」

「そこに尻があれば触るだろうが」


 呆然と二度瞬いた彼らは、「失礼いたします」と述べて入室する。


「そこに尻があっても触ってはいけない、かと…」

「女児猥褻…。五百年ぶりの再会がこれほど早く終わってしまうのは悲しいですが、致し方ありませんね。衛兵をここへ!」


 冷静な対応は、年の功のおかげであった。


「チカ様。本当によろしかったのですか?陛下であろうと犯罪行為は許されざること。しかと罪を償うべきことなのですよ?」


 壮年男性だが、その口調は女性のように優しい。智香子が寸でのとこで止めたため、晴馬が牢屋へ入れられることはなくなった。部屋のソファに腰かける智香子と、強制的に引き離されたため智香子の隣で一見大人しく座っている晴馬。晴馬の不貞腐れている心情を理解している為、顔が険しくなる左大臣ローガン。そして眉がハの字になっている右大臣アビゲイル。晴馬から再び手が伸ばされていることに気づき叩きつつ、アビゲイルとローガンの心配に智香子は感謝を述べた。


「心配をありがとう、でも大事にしなくても良いわ。長い付き合いだから慣れてるの」

「長期間に及ぶ猥褻行為、ですか…」

「えいへーい!」


 衛兵が召喚される前に食い止める。


「智香子が問題ないって言ってるんだ。騒ぎ立てるな」

「アンタが大きい顔するのは違うでしょうがッ!」


 横でふんぞり返る晴馬の腕を殴りつつ、智香子は説明を求めた。記憶にあるのはカタールから巨大な湖に落とされて、意識を失う前のことまでである。口を開いたのはローガンである。


「ここは黒の国、レジエントラスト。アドリオンから東南に位置する国でございます」

「私はカタールにいたはずなんだけど、どうしてここにいるのかしら?」

「それは一重に、我らが王が望まれたから、ですね…」


 若い見た目だが、アビゲイルは随分とおっとりした女性のようだった。ベネッタを思い出す。


「は~る~ま~」

「俺を悪者にするのは間違ってるからな。そもそも智香子はカタールにいなかった。お前がいたのはシルナリヤスって国にあるリナバス湖の上。水上に浮かんでるお前を、言わば保護したんだ。感謝して欲しいくらいだが?」

「うぐ…。確かに、そのままだと死んでた可能性あるわね…。助けてくれてありがとう…」

「お礼に尻を、」

「「それとこれとは話が別よ!」です!」


 せっかくの感謝が台無しだ。成人式ではちゃんと大人しく出来ていたのに、何故今は出来ないのか。


「人前なのよ。弁えなさい」

「人前じゃないなら良いってことか」

「ダミアンみたいなこと言わないの!全く…」


 息を吐く智香子は、「あ…?男…?」と黒い気配を滲みだす晴馬に気づいていなかった。アビゲイルとローガンが晴馬の方を見て動きを止めていることに不思議に思った智香子だったが、それよりも早く部屋の扉が開かれる。現れたのは簡単な防具を身に着けた二人の男。


「陛下!お目覚めになられたのですね、おはようございます!」

「はざま~っす」

「サミュエル!グレイソン!しっかりとノックしなさいと何度も言ってるでしょう!」


 母親のようにしかりつけるローガン。サミュエルと呼ばれたのは神経質そうな男。グレイソンと呼ばれたのは軽薄そうな男。


「ノックはしました。陛下の私室に入るのに僕がノックしないわけないでしょう」

「サミュがしたから「サミュと呼ぶな!」はいはい。俺はしてないけど、一緒に入るなら別にいいっしょー。てか聞こえなかっただけじゃないんすか?ほら、大臣様方、もう良い御年だしさー」

「貴方たち~!」


 震えるローガンと、ハの字眉のアビゲイル。二人の横を通り過ぎたサミュエルとグレイソンは晴馬の前にやって来て、サミュエルは跪き、グレイソンは軽く頭を下げた。


「お早いお目覚め、何よりでございます、陛下。今日も魔王陛下のご尊顔を拝見することができ、感動に打ち震えております。本日のスケジュールは如何いたしましょうか。いや、まずは朝食ですね。すぐにご用意いたします。お顔はもう洗われましたか?まだでしたらすぐに極上の湯を用意いたします。お着替えもお任せください。陛下の身の回りのお世話を完ぺきにこなせるようにと、介護施設にて鍛錬を、」

「それだと魔王様がまるでおじいちゃんだって言ってるみたいだぞー。はざます魔王様。元気そうっすね。あ、ちなみに俺も元気っす」


 いつの間にか晴馬の腕が体にまとわりついていた智香子は慌てて逃げようとするが長い腕から逃げることはできず、捕まってしまう。挨拶を述べていたサミュエルは、智香子に気づいて満面の笑みをしかめっ面に変えた。


「…どうして人の子が陛下の膝の上にいるのですか。無礼だ」


 子、という言葉が聞こえてこちらも眉を吊り上げる智香子だったが、晴馬に口ごと抱え込まれて話すことができず、声にならない音が漏れるだけ。


「何言ってんだよ。わざわざ魔王様が探せって言って、俺たちが連れて来た人間だろ?大事ーな大事ーな人間なんだから、そりゃ膝の上にいるのも当然だろう」


「は、はる、ま、手を、放しなさいよ…!」

「どーどー。智香子どーどー」


「我らが陛下は尊いお方…その膝もただの体の一部ではない。尊い膝なのだ!矮小な人が易々と乗っていいものではない!」


「わたっ、わたしはっ、ムグッ!」

「どーどー」


「そう怒るなって。ほら、よく見ろよ。あんなにちっさいんだぜ?魔王様に何かできるように見えるか?あんなにちっさいとさ、人間も可愛く見えてくるだろ?」

「む。確かに、魔力もない人の子に、我らが陛下が傷つけられるわけはない、か。しかしあれほど小さいとは、歳も80に満たないのではないか。人の世はあれほどの小さい存在を外に出せるほどに安全なのか?」


 晴馬からの拘束を抜け出し、顔を真っ赤に染めながら空気を大きく吸う。


「私は、子どもじゃないわ!立派な大人よ!」


 嘘だと笑う彼らは、智香子の後ろで頷く晴馬を見て驚きに目を見開く。サミュエルとグレイソンだけではなく、ローガンも。アビゲイルは驚いている風には見えなかったが、智香子は体を震わせて叫んだ。


「見下すな~~~!!!」


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