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オカマ悪女、魔法使いをしていましたがギルドを追放されたので魔王と手を組みます。  作者: 黒沼司


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9/18

9 舞台を選ぶ悪女

「その印だけで、本物と決めるんじゃないわよ」


 ヴィオラは、卓に並べた書類を指で押さえた。


 向かいでニコが頷く。


 昨日より顔色は戻っているが、紙をめくる手はまだ慎重だった。


 宰相府からの指示書、月次集計の発送控え、受領を知らせる返書。


 番号と日付を順に確かめる。


 指示を受けた後、供給量が増えている。


 増えた分は別の欄に移され、通常の購入に使う金は変わっていなかった。


「この欄は、誰が埋めたの?」

「供給所の報告を僕が転記して、担当の係員が確認しました。最後の承認は、ギルド長です」


 ヴィオラは自分の手帳を開いた。

 調査中に控えた量と、ニコの運んだ数字が一致する。


 伝票番号も同じだった。


 グレタは、これまで城に届いた王国の公文書を持ってきていた。

 印の形と文書の書式を並べ、違いがないかを調べる。


「見た範囲では、不自然なところはない。ただし、王国側の保管記録とも照合したい」


「ええ。そこまで済む前に、全部本物だと叫ぶつもりはないわ」


 ヴィオラは紙を一枚、横に動かした。


 月次集計には、保守にかかった費用も載っている。


「先に、こっちを確かめる」


 支払先は、彼が仕事を頼んだ金具の商会だった。

 金額も、手帳に残した控えと合う。


 追放の日、ガレスが見せた紙には、別の名が書かれていた。


「この支払いも、宰相府に報告したのね」

「はい。僕が発送しました」

「なら、商会に受領の記録を出してもらう。いつ、誰から、いくら受け取ったか。あたしの控えだけじゃ、向こうは好きに言えるもの」


 ニコが顔を上げた。


「その商会、国境にも店があります。納品の時、そちらから金具を送ってもらいました」


「知ってるわ。だから、会いに行くの」


 ヴィオラは地図を広げた。


 国境の川沿いにある交易都市、ベルカ。

 両国の商人が集まり、市の兵が門と商談所を守っている。


 魔王領の城で記録を出せば、ガレスは敵に作らされたと言う。

 王国に持っていけば、今度こそ鞄ごと取り上げられる。


「市の商談所を借りる。買い手も、支払先も、同じ場所で記録を出せるようにしたいわ」


 グレタが地図を見た。


「市の許可を取る必要がある。お前の手配も、まだ解かれていない」

「黙って入るつもりはないわ。市に身柄を引き渡す気があるなら、書類の写しを先に送るだけ。あたしは門を越えない」

「許可が出れば、私も同行する」


 グレタは、ニコに目を移した。


「この者はどうする」


 ニコの肩が固くなった。


「連れていく。記録をどこから出したか、自分で説明してもらうわ。ただし、その前に、並べ直す仕事がある」


 ヴィオラは新しい紙を取った。


「照合と書類の整理。まず三日分。報酬と旅費は、ここに書く」

「僕、償いに来たので……」

「あら。償いに来た人間なら、食べなくても働けるの?」


 ニコが口を閉じた。


「謝罪と仕事代を混ぜないで。あたしがやってほしい仕事を頼むなら、あたしが払う」


 紙を青年の前に置く。


「今度は、分からないことも、都合の悪いことも、黙らないでね」


 ニコは条件を読み、頷いた。


「……はい。ちゃんと、話します!」


 ーーーー


 二日後、市から返答が届いた。


 ヴィオラは魔王領の使節団に同行する者として入市を認められる。


 市内では、市の兵が警護に当たる。


 拘束や書類の押収を求める者が来た場合は、市の役人が根拠を確かめる。


 グレタが交渉して得た条件だった。


「安全を保証するという言葉だけじゃ、足りないと思ってね」


 彼女が許可証を渡す。

 ヴィオラは最後まで読み、顔を上げた。


「いい条件ね。交渉代を請求されるのかしら?」

「領内の取引を妨げた件の調査だ。私の仕事だよ」


 ヴィオラは許可証を鞄に入れた。


 滞在と警護の契約も、照合の会を終えて城に戻るまで延長した。

 ニコとは、同行中の仕事と報酬も改めて取り決めた。


 工房では、ローザが仮の作業場を整えていた。

 最初の材料も届いている。

 出発前に、防護の札と、二つの出口を確かめた。


 王国の検問に向かった商人たちにも、使いを出した。

 差し止めの通知と、品を預けた証明を持って、ベルカで会いたい。

 荷を取り戻すために、取引の経緯を一緒に確かめると伝えた。


 返答を待つ間、ニコは書類を日付順に並べた。


 分からない番号には印をつけ、勝手に埋めなかった。


 ヴィオラは、その印を一つずつ確認した。


 ーーーー


 出発の朝、城の中庭には馬車が待っていた。


 ヴィオラは髪を片側に流し、耳飾りの留め具を確かめた。

 上着の焦げた裾は切り詰め、縁を縫い直してもらった。

 修繕代は、自分のために残した銀貨から払った。


「その格好で行くのか」


 振り返ると、レオンハルトが階段を下りてきた。


「何よ。あたしだと分からなくなるほど、地味にする理由はないでしょう」

「逆だ。目立つ」

「知ってるわ。隠れて入らなくていい許可を、グレタが取ってくれたもの」


 ヴィオラは袖を整えた。


「……何よ。変?」


 レオンハルトの目が、紫の髪から耳飾りへ移る。

 それから、顔に戻った。


「いや。よく似合っている」


 ヴィオラは、袖をつまんだまま止まった。


「……あら。商談の前に褒めるなんて、何を安くさせたいの?」

「何も」


 答えは短かった。

 次の要求を待っても、続かなかった。


 ヴィオラは耳飾りに触れた。


「そう。だったら、素直に受け取っておくわ」


 レオンハルトが、彼の鞄に目を向ける。


「記録の原本は、城に残したか」

「ええ。持っていくのは写し。向こうで確認を求められたら、取り寄せる段取りにしてある」

「無理に全てを決めようとするな」

「分かってるわ。今回は、相手が逃げにくい場所を作るだけ」


 グレタが馬車の反対側で、兵に指示を出していた。

 ニコは荷を確かめている。


 ヴィオラが乗り口へ向かうと、レオンハルトが手を差し出した。


 工房から出た時は、足がふらついたから支えられた。


 今日は、自分で上がれる。


 ヴィオラは一度、彼の顔を見た。

 それから、包帯のない方の手を重ねた。


 大きな手が、ヴィオラの指ごと包む。

 踏み台に靴を置く間、ヴィオラはその感触を意識していた。


「帰ったら、食事の時に報告するわ」

「分かった。お前の席は空けておく」


 ヴィオラは馬車の床に上がった。

 手を離してからも、すぐには中に入らなかった。


「……温かい物、用意しておいてちょうだいね」

「ああ。そうさせる」


 いつもの食卓に、自分の席がある。

 ヴィオラはそれを確かめるように頷き、ようやく座った。


 ーーーー


 ベルカに着いた翌朝、ヴィオラは金具の商会を訪ねた。


 応対した男は、手配書の名前を聞くと顔を固くした。

 グレタが市の許可証を見せても、すぐには帳簿を出さない。


「王国の調査に関わるなら、本店に確認しないと」


「確認してちょうだい。あたしが頼みたいのは、取引した記録を保存すること。それと、この番号の代金を受け取ったかどうかよ」


 ヴィオラは紙を卓に置いた。

 男が、伝票番号を見る。


「この分は、確かに納めた。代金も届いている」

「誰から?」

「〈白銀の冠〉からだ。君が取りまとめた仕事だろう」

「ええ。追放の日には、その支払先が違う名になっていたわ」


 男の眉が寄った。


「別の商会が、うちの品を納めたことになっているのか?」

「そこを確かめたいの。記録を出せるなら、あたしが受け取るだけじゃなく、市の立会人にも見てもらう」


 男は紙を引き寄せた。


「うちの納品まで、なかったことにされては困る。日付と番号を照会しよう」


 ヴィオラは頷いた。


「返答は、商談所の受付にお願い。あたしが留守でも、ニコが確認するわ」


 隣でニコが名を告げ、連絡先を書いた。

 男は、その紙も受け取った。


 店を出てから、ニコが息を吐いた。


「話してくれましたね」

「自分の仕事を消されるかもしれないんだもの。あたしを好きかどうかとは、別の話よ」


 ヴィオラは次の店に向かった。

 会う相手と、聞く順番は決めてある。


 ーーーー


 午後には、灯りを買った商人二人も商談所へ来た。


 八台は、まだ検問の倉庫にある。

 保管料まで請求されそうだという。


「検査は向こうの都合だ。俺たちが払うのか」


 商人が通知を卓に置く。

 ヴィオラは請求の文面を読んだ。


「同意する署名はしないで。期限があるなら、その前に異議を出す。品の状態を確認させないまま、保管代だけ取る話には付き合わないわ」

「お前に任せれば、戻るのか?」


 ヴィオラは顔を上げた。


「必ず戻ると約束できる段階じゃないわ。でも、取り戻すために手を打つ。工房を焼かれたからって、荷まで諦めるつもりはないわ」


 二人が、彼の指先の包帯を見た。


 グレタは、工房への襲撃について記録した報告を出した。

 検査を名乗った四人の拘束と、持ち込んだ武器。

 押収した命令書についても、確認できた事実だけを説明する。


「ガレスが命じた証拠もあるのか」

「そこは、まだ調べている」


 グレタが答えた。


 ヴィオラは、二人の通知を並べる。


「だから、あんたたちには、自分が見たことだけ話してほしいの。買った品を、誰に、どんな理由で止められたか」

「場所は、ここか」

「ええ。支払いを受けた商会にも、記録の確認を頼んでる。ギルド側にも説明を求めるわ」


 商人の一人が椅子に座り直した。


「また、魔族と組んだ犯罪者の言い分だと言われるぞ」

「やあねえ。だから、あたしの話だけで終わらせないのよ」


 ヴィオラは、市の受付から受け取った用紙を出した。

 五日後の午後、同じ商談所の広間を借りる。

 記録の照合と、取引停止の理由について説明を求める会だ。


 市の役人には、書類と証言が残る形で立ち会ってもらう。


「商会にも、運送屋にも案内を出す。あんたたちが取引してる相手にもね。こちらの売り物が危ないと言うなら、どこが危ないのか、人前で説明してもらいましょう」

「ギルドが来なかったら?」

「説明を求めた日付と、返事がなかったことを残す。次に誰があの連中に金を払うか、それを見て決めればいいわ」


 商人が通知を見下ろした。

 やがて、頷く。


「俺は出る。止められた日に、一緒にいた運送屋も呼べる」

「こちらもだ。保管代を払う前に、話を聞かせてもらう」


 ヴィオラは二人の名を書いた。


 助けたくて集まる者ばかりではない。


 自分の荷と金を取り戻すために、ここへ来る。


 それでよかった。


 ガレスが一方的に紙を読んだ広間とは、違う場所にする。


 絶対に誰の記録も、途中で取り上げさせない。


 ーーーー


 三日後、商会から返答が届いた。


 本店の納品記録と、入金の控えが残っている。

 確認の場には、店の責任者が写しを持って出るという。


 ヴィオラは返書をニコに渡した。


「番号を合わせて。違うところがあれば、もう一度聞くわよ」

「はい」


 ニコが紙を受け取る。


 商談所の入口では、市の係員が案内の掲示を貼っていた。

 〈白銀の冠〉にも、受領を確かめられる形で説明の依頼を送ってある。


 王都に届けば、ガレスにも分かる。


 ヴィオラが持っているのは、自分で書いた手帳だけではない。


 その時、通りの向こうで声が上がった。


 白銀の鎧が、人の間を進んでくる。

 青い外套。

 明るい金髪と、迷いのない足取り。


 ヴィオラはペンを置いた。


「……自分では来ないのね」


 市の兵が、入口で青年を止めた。

 青年は書類を見せ、名を告げる。


「〈白銀の冠〉から来ました。セドリックです。ヴィオラ・ヴェインに会わせてください」


 グレタがヴィオラの前に立った。

 ヴィオラは鞄を閉じ、入口へ歩いた。


 セドリックの青い瞳が、こちらを捉えた。


「ヴィオラ。君が持ち出した記録を、僕に渡してほしい」


 ヴィオラは顎を上げた。


 追放の日、この男は、彼が何を言っても聞かなかった。


 今度も、紙を取り上げるところから始めるつもりらしい。


「あんたね……順番を守りなさい、セドリック」


 葡萄色の唇に、笑みが浮かぶ。


「今度は、あたしの話が先よ」



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