10 勇者の剣を止める悪女
「話なら、王国で聞く」
セドリックは、市の兵に止められたまま言った。
手にした書類には、ヴィオラの拘束と、持ち出した記録の回収が命じられている。
ヴィオラは、入口の内側で足を止めた。
「王都では、あたしの話全然聞かなかったでしょう」
「監査の結果は出ていた」
「その監査で使った支払先が、違う名に書き換えられてる。今、実際に代金を受け取った商会に確認してるのよ」
セドリックの目が、卓の書類に動いた。
「……それは魔族の領地から持ってきた記録だろう」
「あんたが来たのは、魔王領じゃないわ。ここの商会が自分の帳簿を出す。市の役人も見る。それでも、読む前から偽物なの?」
セドリックは、すぐには答えなかった。
代わりに、兵に命令書を差し出す。
「王国からの正式な要請です」
兵が呼んだ役人は、命令書と入市の許可を確かめた。
「要請は預かる。拘束の判断はこちらで行う。本人の同意なく書類を持ち出すことも認めない」
「犯罪者が記録を広めてからでは、遅い」
「ならば、何が偽られているのか説明してくれ」
役人が返す。
セドリックの指が、紙の端を握った。
ヴィオラは彼の腰に目を向けた。
剣の柄に、小さな魔石が組み込まれている。
柄から鍔へ続く文字にも、見覚えがあった。
王国の魔力設備と同じ規格で補充する、魔法剣。
ヴィオラも、以前、その整備記録を確認していた。
「その剣。今回も、西部供給所で魔力を入れてきた?」
セドリックが眉を寄せる。
「装備のことは、関係ない」
「あるかもしれないから聞いてるの」
ヴィオラは、剣から彼の顔に視線を戻した。
「あんたがあたしを連れ戻すために持ってきた力が、どこから来たか。確かめたことはある?」
ーーーー
セドリックは、補充の記録を市の役人に見せた。
出発前に、西部供給所で整備を受けている。
供給口の番号も、補充した日付も記されていた。
その番号を、ヴィオラは手帳で探した。
魔王領から伸びる経路につながっていると疑い、調べてきた供給所のものだった。
「そこに入る魔力の一部は、魔王領から流れてる」
「そんなはずはない」
セドリックが即座に言った。
「王国の供給所だ。僕自身の魔力も使っている」
「供給所の建物が王国にあることと、そこに入れる力の出所は同じじゃないでしょう」
ヴィオラは卓に紙を置いた。
魔王領で測った流れと、王国側の記録。
数字は重なっている。
だが、この剣に同じ魔力が入った証拠には、まだ足りない。
「なら、比べましょう。あんた自身の魔力と、剣に残ってる蓄え。それから、陛下の魔力を」
「君の魔法で、何をされるか分からない」
「条件は全部見せる。あんたの身体にも、剣の設定にも触れない。こちらの結界に届いた魔力を記録するだけよ」
セドリックの目が険しくなった。
「僕に、君を斬れと言うのか」
「人のいる場所に撃つ試験なんか、させないわ。市の訓練場を借りる。結界を置いた的に、魔法剣の出力を通して」
「君の結界では、耐えられないかもしれないよ」
ヴィオラは笑った。
「あら。あたしが整えた結界に守られてきたのに、ずいぶん失礼ね」
市の役人が二人を見比べた。
「場所と、使用する魔法を確認する。許可する前には始めるな」
ヴィオラは頷いた。
「記録が出たら、それを読んで。あたしが魔族に唆されたと言う前に、あんた自身で確かめてちょうだい」
セドリックは、剣の柄に手を添えた。
「……偽物なら、そのことも記録に残す」
「結構よ。どちらの結果も隠さない。それで決まりね」
ーーーー
その夜、ヴィオラはグレタと測定の条件を書いた。
魔力には、出した者ごとの癖が残る。
違う魔力が混ざれば読み取りにくくなるが、蓄えに残っている間なら、比べられる。
量や強さだけでなく、記録に現れる線の形を確かめるのだ。
最初に、同じ魔力を二度測る。
次に、別の者の魔力を測る。
それぞれを区別できることを、立会人にも見てもらう。
比べる元になる魔石を用意するため、城に使いを送った。
レオンハルト自身が補充し、封をした物を頼む。
運ぶ途中で別の魔力を加えないよう、受け渡しも記録する。
「剣の蓄えを全部使われたら、測り直せなくなる」
グレタが言った。
「ええ。最初は低い出力で受ける。でも、本人が自分の魔力だけだと言い張れば、二つの供給を分けて使ってもらう必要があるわ」
ヴィオラは携帯結界の金属札を並べた。
国境の橋で使った、四枚の札だ。
今度は、それだけでは足りない。
訓練場の図面に、外側の防護も描く。
市が備える防護設備へ、剣の光が逸れた場合の備えを頼んだ。
内側の測定と、外側で人を守る範囲は分ける。
「記録紙は、ニコに渡す。お前が結界を支えている間に、写しを取らせる」
グレタが指で図面をなぞった。
「本人にも、数値を確かめさせる」
「ええ。あたしが読み上げるだけじゃ、聞かないでしょうからね」
ヴィオラは札を持ち上げた。
磨いた金属に、葡萄色の爪が映る。
一本だけ、包帯の白が混じっていた。
力でセドリックを倒す勝負なら、勝ち目は薄い。
だから、剣が振られる前に決める。
何を受け、どこへ逃がし、誰に見せるか。
ガレスが用意した説明を、剣の力で押し通させないために。
ーーーー
翌日の昼、城からの使いが着いた。
グレタが封と受け渡しの記録を確かめる。
箱の中には、比較用の小さな魔石と、結界に補充するための魔石が別々に収められていた。
添えられた紙には、レオンハルトの署名がある。
比較用は、測定だけに使え。
もう一方は、防護に回せ。
その下に、短い一文があった。
帰ってくる分の力まで使い切るな。
ヴィオラは、そこを二度読んだ。
「陛下らしいな」
グレタが言った。
「ええ。あたしが何も考えずに倒れると思ってるのかしら」
そう言いながら、ヴィオラは手紙を折った。
書類の束へは戻さず、上着の内側にしまう。
「返事は?」
「試験が済んでから書くわ。借りた魔力を何に使ったかも、知らせないと」
比較用の魔石には、触れなかった。
防護用の方を取り、蓄えを確かめる。
城で手を取った時と同じ男が、この力を出した。
そう思うと、指に馴染む重さまで、少し違って感じられた。
ヴィオラは箱を閉じ、髪を高く結んだ。
「さあ。勇者様に、請求先を見せてあげましょう!」
ーーーー
訓練場には、市の役人と兵が立っていた。
低い石壁に囲まれた広場だ。
中央に的を置き、その手前に四枚の金属札を並べる。
ヴィオラは横に離れた位置から結界を支える。
グレタとニコは、外側の防護の内にいた。
セドリックは、測定紙の条件を読んだ。
結界の外から届く魔力を、改変せず記録する。
魔力の量と、線の形を別々に残す。
結界を支える魔力は、測定に含めない。
剣の制御には干渉しない。
市で用意した白紙にも、同じ条件を書き写した。
ニコが読み上げ、役人が内容を確かめる。
まず、比較用の魔石から僅かな魔力を流す。
二枚の紙に、同じ形の線が浮かんだ。
もう一度測っても、形は変わらない。
次に、セドリックが自分の魔力を通した。
今度は、違う線が現れる。
「この線が、あんた自身の分よ」
ヴィオラが言った。
セドリックは二つの記録を見て、頷いた。
「始めて」
彼が剣を抜いた。
白い光が、刃に沿って伸びる。
最初の一振りは、小さかった。
的へ向けて放たれた光が、紫の結界へぶつかる。
測定紙に、線が走った。
ヴィオラはその形を見た。
レオンハルトの魔石を測った紙と、重なっている。
ニコも気づいた。
声を出しかけ、口を閉じる。
先に写しを取り、役人に渡した。
セドリックが近づき、二枚を並べた。
「……剣に、君が魔力を入れたんじゃないのか」
「触れてないわ。自分でも見てたでしょう。往生際が悪いわね」
剣の補充口は、整備を受けた時の封が残っている。
役人も、開始前に確かめていた。
「僕自身の分が出ていなかっただけだ」
「なら、切り替えて。蓄えを使わず、あんたの魔力だけで同じことをしてごらんなさい」
セドリックは柄の切替具を動かした。
自分の力を刃に通す。
再び、光が走った。
紫の壁にぶつかり、細かく散る。
現れた線は、最初に測ったセドリック自身のものだった。
セドリックは記録を見下ろした。
自分の魔力と、剣に蓄えられた力は違う。
蓄えの方は、レオンハルトの魔力と同じ形を示している。
「……もう一度だ」
セドリックが言った。
「普段の出力で使う。混ざった状態でも測れるのか」
「測れる範囲まではね。強さも先に教えて。結界の設定を変えるわ」
告げられた量を確かめ、ヴィオラは札に魔力を通した。
測定紙へ流す量を絞る。
剣の出力全てを紙に入れれば、記録を取る前に紙が焼ける。
「いいわ」
セドリックの両手が、剣を握った。
刃が強く輝く。
広場の砂が、足元から巻き上がった。
剣が振られる。
光が的へ走り、結界に叩きつけられた。
金属札が鳴った。
ヴィオラの指が、支える紙の端に食い込む。
包帯の下に痛みが走った。
結界は破れていない。
だが、この力を受け続けるつもりはなかった。
内側の壁を斜めに重ね、光を的の足元に逃がす。
地面に伏せた札が受け止め、石の台座に光が散った。
測定紙の文字が、揺れる。
「ニコ、先に記録を!」
「取れています!」
ヴィオラは、防護用の魔石から残る壁に力を回した。
金の光が紫の線に重なる。
足元の砂が、こちらまで飛んできた。
札が持ち上がりかける。
ヴィオラは膝をつき、結界の範囲を狭めた。
的の前だけを、最後まで守る。
白い光が、細くなった。
セドリックが剣を下ろす。
出力が止まり、広場に静けさが戻った。
ヴィオラは息を吐き、指を開く。
レオンハルトから届いた蓄えは、まだ残っていた。
使い切らずに済んだことを確かめ、魔石をしまう。
「……ね。あたしの結界も、安物じゃないでしょう」
セドリックは答えなかった。
ニコから記録を受け取り、比較用の紙に重ねた。
強い出力でも、二つの形は読めた。
セドリック自身の力。
それに重なる、レオンハルトの魔力。
どちらも、紛れもなく同じ剣から出ていた。
ーーーー
「……供給所に、確認する」
セドリックが言った。
剣は鞘に収めたが、手は柄から離れなかった。
「それでいいわ。何を入れたのか、誰から受け取ったのか。あんたが聞いてちょうだい」
ヴィオラは、補充記録を指した。
「ただし、今日の記録を捨ててから聞くのは駄目。自分の分を持って帰りなさい。市にも同じ物を残す」
役人が記録の封を確かめる。
グレタも、自分たちの控えを受け取った。
セドリックは、紙を畳まずに見ていた。
「魔王が、王国へ売った力かもしれない」
「どんな約束で流れてるかは、まだ調べてる。だから、魔王領の設備も確かめたの」
ヴィオラは、彼の目を見た。
「でも、領民の水場が止まってる横で、陛下が補った力が王国へ流れていた。増えた供給に、支払いが増えていない記録もある。あんたには、それを読んでほしい」
セドリックの唇が、わずかに開いた。
追放の日には、先にヴィオラを説得しようとした。
今は、手元の紙を見直している。
「……ガレスからは、君が魔族に違法な魔力取引を教えていると聞いた」
「あたしが来る前から、その供給はあったわよ。日付を確かめなさいよ、おバカさん」
セドリックは補充記録と、供給所の名を並べた。
返事はなかった。
「明日の午後、商談所で待ってるわ。支払先の商会も来る。あたしの話を聞くのが嫌なら、その人の話から聞けばいい」
セドリックが顔を上げた。
「君は、王国をどうするつもりだ」
ヴィオラの口元が上がる。
「まず、あたしを横領犯にして追い出した連中に、きっちり払わせるわ」
包帯を巻いた指で、鞄の留め具を閉じた。
「その先の話をするなら、あんたも確かめてから来なさい」
セドリックは命令書を取り出した。
拘束と、記録の回収。
ガレスの署名を、もう一度見る。
その紙を、市の役人に押し出すことはなかった。
ヴィオラはグレタとともに、訓練場を出た。
宿に戻って、返事を書かなければならない。
結界は守れた。
借りた力も、全部は使わなかった。
上着の内側で、レオンハルトの手紙が胸に触れる。
報告の最後には、もう一行だけ足そうと思った。
席を空けたままにするのは、あと少しよ。




