11 代金を取り立てる悪女
「ずいぶん大勢を集めたものだ」
商談所の広間に入ってきたガレスは、並んだ椅子を見渡した。
白と青の制服。胸の勲章。大きな印章指輪。
ヴィオラを追放した日と、同じ格好だった。
「あんたの誕生日会に集まる人数より、多いんじゃない?」
ヴィオラは卓の向こうで言い、ふん、と鼻で笑った。
今日は、商人の一人が声を漏らした。
金具の商会の責任者。灯りを止められた二人の商人と、運送屋。
〈白銀の冠〉に仕事を頼んでいる者たちも、席についている。
入口には市の兵が立ち、卓の端では役人が記録を取る用意をしていた。
ガレスは、その役人に書類を差し出した。
「説明に来た。だが、王国の調査中に持ち出された資料を、勝手に公開されては困る」
「提出する記録は、それぞれの持ち主が説明する。異議があれば、その場で述べてくれ」
役人は書類を受け取り、ガレスにも席を示した。
ガレスは座る前に、広間の後方に目を向けた。
そこにはセドリックがいた。
剣を鞘に収め、膝の上に書類を置いている。
「セドリック。こちらへ」
「……僕は、ここで聞きます」
ガレスの手が、椅子の背で止まった。
ヴィオラは髪を肩の後ろへ払う。
耳飾りの紫の石が、窓からの光を受けて揺れた。
「さあ。あたしが盗んだという金貨二百四十枚から始めましょう」
ーーーー
最初に立ったのは、金具の商会の責任者だった。
王都の魔力設備に納めた金具の種類と数。
納品した日付。
受け取った代金。
責任者は一つずつ読み、持参した記録を役人の前に置いた。
「金貨二百四十枚。〈白銀の冠〉の支払所で、当商会の会計係が受領しています」
ヴィオラは、自分の手帳を開いた。
同じ番号が、そこにもある。
「品を受け取ったのは?」
「ギルドの設備担当です。受入の承認は、ガレス殿が」
責任者が、別の紙を出した。
納品の受入記録。
下にある署名を見て、ガレスは口髭の端を動かした。
「納品があったことは否定していない。問題は、その後の会計処理だ」
「ええ。だから、あんたが監査に出した支払記録を見せてちょうだい」
ガレスは、持ってきた鞄を開けなかった。
「監査資料は王国で保管している」
「僕に渡された控えがあります」
後方から、セドリックが立った。
膝に置いていた紙を持ち、卓に歩いてくる。
ガレスがセドリックを見た。
「それは内部資料だ」
「この資料を根拠に、僕はヴィオラの拘束を求めました。間違っているなら、確かめなければなりません」
セドリックは紙を役人に渡した。
並べられた二枚を、商会の責任者が覗き込む。
「出金番号は同じです。……しかし、受取人が違うな」
ガレスの資料には、別の商会の名があった。
同じ金額が支払われたのに、納品が確認できない。
それを、ヴィオラが承認した架空の支出としている。
「うちが受け取った代金です。その番号で、よその商会に払ったことにはできません」
責任者の声が、硬くなった。
「記載の誤りかもしれない」
ガレスが言った。
ヴィオラは、ゆっくりガレスを見た。
「誤りなら、あたしが直してって言った時に調べればよかったでしょう。あんたはその紙で、あたしを横領犯にしたのよ」
ガレスは、今度はニコに目を移した。
「転記したのは事務員だ。元の帳簿に間違いがあれば、監査にも引き継がれる」
ニコの肩が動いた。
ヴィオラは、ニコの代わりに答えなかった。
ニコは椅子から立った。
「僕が発送した月次集計には、こちらの商会の名が載っています」
紙を持つ指が震えている。
それでも、卓まで歩いてきた。
「金額も、出金番号も同じです。発送した日付と、宰相府から届いた受領の返書があります」
「持ち出した書類を、自分に都合よく並べているだけではないか」
「僕の持ってきた記録だけなら、そう言えるかもしれません。でも、商会の記録とも合っています」
ニコは、責任者の紙の隣に自分の控えを置いた。
「……ヴィオラさんの処分を聞いた時、僕は間違いだと言えませんでした。僕まで追い出されるのが怖くて」
一度、息を吸う。
「でも、ここにある支払いは、実際に行われています。ヴィオラさんが盗んだ金ではありません!」
広間の奥で、椅子が鳴った。
ガレスは紙に手を伸ばした。
その前に、役人が自分の手を置く。
「確認するなら、ここで。提出された記録は持ち出させない」
ガレスの手が止まる。
ヴィオラは、あの日、卓に伏せられた紙を思い出した。
支払先の違いを指摘すると、書類を取り上げられた。
だが今日は、誰も伏せさせなかった。
ーーーー
「ギルドからの説明を改める必要があることは認めよう」
ガレスは、椅子に座り直した。
「だが、ヴィオラが魔族と取引し、王国の設備に関する情報を渡している問題は残る。我々が商品を止めたのも、その危険を調べるためだ」
灯りを買った商人が、通知を持ち上げた。
「なら、八台の何が危ないんだ。検査の結果を聞かせてもらおう」
「確認には時間がかかる」
「終わる日も知らせず、保管代だけ取るのか?」
ガレスは答える前に、周囲の商人たちを見た。
「王国との取引を続けるなら、慎重に判断するべきだ。魔王領の商品を扱うことで、今後の契約に支障が出てもよいのか」
「あら。検査の話をしてたんじゃなかったあ?」
ヴィオラが顎を上げる。
「危ない箇所は言えないけど、買った相手には嫌がらせをする。そういう説明で記録していいのね?」
「言葉を歪めるな!」
「だったら、正確に言い直しなさいよ。今日は何度でも聞いてあげるわ」
ガレスの指輪が、卓に当たった。
「魔族の力に頼る者を、王国が信用すると思うか」
「その件も、僕から報告します」
セドリックが、昨日の測定記録を出した。
「僕の剣に補充された魔力は、魔王の魔力と同じ特徴を示しました。……僕自身の魔力とは違います。市の立会いの下で、確かめています」
「相手の魔法で測ったのだろう」
「供給所にも照会します。ただ、記録を読む前から偽物だと決めることは、もうしません」
ヴィオラは、セドリックの横顔を見た。
セドリックは、広間にいる者たちへ顔を向けた。
「僕は、ヴィオラの説明を聞かず、横領を認めるよう求めました。その判断は誤りでした」
セドリックは頭を下げる。
「僕の言葉を信じた方々にも、訂正します。彼が金貨二百四十枚を横領したという説明は、今日の記録と一致しません」
ヴィオラは黙って聞いた。
胸の内には、まだ腹立たしさが残っている。
あの日にしてほしかったことを、今になってされても、全部は消えない。
けれど、聞いた者の前で勇気を出して言い直したことまで、なかったことにはしなかった。
ーーーー
前の列で、年配の商人が契約書を開いた。
街道沿いの倉庫の結界を、〈白銀の冠〉に任せているという。
「受託者による会計の不正が判明した場合、委託を解除できる。うちの契約には、そうある」
ガレスが顔を向けた。
「この支払いは、あなたの倉庫とは関係ない」
「会計の説明を信用できるかどうかには、関係がある。引き継ぎの期限まで、今の結界は維持してもらう。その後の更新はしない」
年配の商人は役人に、解除の通知を預けた。
隣の商人も、新しい護送の依頼を取り下げると言った。
金具の商会は、未払い分が清算されるまで、ギルドへの掛売りを止める。
ガレスは一人ずつ引き止めようとした。
しかし、返ってくるのは、自分の契約と代金についての質問だった。
ヴィオラを庇うために来た者ばかりではない。
だからこそ、ガレスには説得しにくかった。
最後に、ヴィオラが一枚の紙を出した。
「さて。あたしの分よ」
没収された今月の報酬。
不当な告発のために負担した移動と、照合の費用。
横領の告発と、記録を不正に持ち出したという申し立ての撤回。
取引先への訂正の通知。
ガレスは、金額の欄を見た。
「この場で、全てを認めろというのか」
「違うと言う項目があるなら、説明してちょうだい。あたしの報酬を没収できる根拠からでいいわ」
「君も、ギルドに戻る道を残しておきたいだろう」
ヴィオラは笑った。
「え、やだ。まだあたしが戻りたいって、そう思ってるの?」
ガレスの目が、ヴィオラの顔に止まる。
「あたしが欲しいのは、払われてないお金よ。あんたの椅子のそばに立つ許可じゃないわ」
紙を、指一本分だけ押した。
「工房の被害は、別に調べてる。あんたが関わっていたと分かれば、その時に請求する。今日払えば全部終わりだなんて、勘違いしないでね」
ガレスは、広間を見渡した。
誰も、ヴィオラに黙れとは言わなかった。
役人が撤回の文面を確認する。
王国への提出先と、支払いの期限も書き加えた。
長い沈黙の後、ガレスはペンを取った。
印章指輪で押した印が、紙に残る。
ヴィオラは、署名と金額を最後まで確かめた。
「ええ。今度は、ちゃんと払ってちょうだい」
ーーーー
二日後、ガレスからの支払いが届いた。
同じ日の夕方、王国の窓口から市への返答も来た。
ギルドが告発を撤回し、商会の受領記録が提出されたため、ヴィオラの横領容疑による手配は解除される。
持ち出した記録は、今回の調査資料として受理された。
市の役人が、商談所の掲示を貼り替えた。
ヴィオラはその紙を見上げ、しばらく動かなかった。
横領犯と書かれた名の下に、訂正がある。
「あの似顔絵まで描き直してくれたら、満点だったのに」
隣でニコが笑いかけ、目を擦った。
「泣いてるの?」
「……少しだけ」
「じゃあ、書類を濡らす前に拭きなさい。まだ仕事があるわよ」
ニコが頷く。
ヴィオラは、自分の鞄から清潔な布を出して渡した。
戻った金を数え、照合にかかった代金を清算する。
ニコへの報酬も、その場で払った。
残った分の一部は、工房の材料代に回す。
灯りの八台については、差し止めの根拠を改めて示すよう、市からも照会している。
まだ、荷は戻っていなかった。
「帰る支度も進めておけ」
グレタが言った。
「陛下への報告は、書いたか」
「急かさないでちょうだい。今、書くところよ」
ヴィオラは宿の卓につき、新しい紙を広げた。
ガレスに訂正させたこと。
取り戻した報酬と、まだ回収できていない荷。
そこまで書いて、ペンを止めた。
ーーレオンハルトに、褒めてほしいと思っている。
気づいて、少し顔が熱くなった。
仕事の成果を報告するのだから、評価を求めてもおかしくはない。
そう考えながら、最後に一行を足した。
帰ったら、少し長く話を聞いてちょうだい。
紙を折った時、廊下で足音がした。
市の使いだった。
グレタが扉を開けると、市の使いは封書を差し出した。
「王国から、市内の商会へ通知が来ています。魔王領の使節にも、知らせるようにと」
グレタが封を開く。
読み進めるにつれ、眉間に皺が寄った。
「……どうしたの」
グレタは答える代わりに、紙をヴィオラに渡した。
王国の魔力設備に対する、魔族の干渉。
違法な取引による、安全の侵害。
それを排除するため、魔王討伐を行う。
末尾には、宰相オルドリックの名があった。
ヴィオラは、折ったばかりの手紙を見た。
取り戻した金が、その横にある。
ようやく帰って、報告できるはずだった。
あの食卓も、作り直している工房も、王国が討つという魔王の領地にある。
ヴィオラは通知を卓に置いた。
「……踏み倒した分を払うより、戦争の方が安いと思ったの?」
葡萄色の爪で、宰相の名を押さえる。
「とんだ計算違いよ。オルドリック!」




