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オカマ悪女、魔法使いをしていましたがギルドを追放されたので魔王と手を組みます。  作者: 黒沼司


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12/20

12 帰る場所を守る悪女

「注文の麦は、出せなくなった」


 翌朝、ベルカの荷捌き場で、穀物商が伝票を卓に置いた。

 グレタが城のために手配していた荷だった。

 王国側の倉庫から、今日、運び込まれるはずだったという。


「代金は受け取ったでしょう」


 ヴィオラが言うと、穀物商は小さな袋を押し出した。


「返す。魔王領へ送る品は、王国の検問を通せない。今朝からだ」


 荷捌き場の掲示板には、新しい通知が貼られていた。

 食糧、薬、金具、魔石。

 魔王領への輸出を停止する品が、並んでいる。


 灯りの八台を止めた時とは、違う。


 暮らしに必要な物まで、国境で押さえるつもりだった。


「討伐の準備で街道を閉じる。王国との取引を続ける者は、魔王領への運送もやめろとさ」


 穀物商は、積み荷のない荷車を見た。


「うちだけじゃない。薬を運ぶ商隊も止まった」


 グレタが、返された金を確かめる。


「城に知らせる。先に兵を一人、戻す」

「お願い。あたしたちは、ここにある物を確かめるわ」


 ヴィオラは穀物商に向き直った。


「王国から届く分は分かった。市の倉庫に、売れる麦は残ってる?」

「ある。だが、買い占められては困る」

「市の人間を飢えさせてまで買う気はないわ。売りに出せる分を教えてちょうだい」


 穀物商は、すぐには帳簿を開かなかった。


「魔王領へ売ったと知れたら、次の仕入れで何をされるか」


 ヴィオラは、押し出された袋を引き寄せた。


「怖いでしょうね。でも、売れる在庫があるなら、あたしたちは今日、代金を払えるわ」


 市が出した入市の許可証を、卓に置く。


「買った物は、市の西門から運ぶ。王国の検問を通るつもりはない。市の役人にも、取引を確認してもらう」

「それで王国の嫌がらせがなくなるのか」

「そこまでは言えないわ。だから、王国の客を捨てて、あたしたちだけに売れとも言わない」


 ヴィオラは穀物商の目を見た。


「今ある在庫を、現金で買う。その取引をするかどうかは、あんたが決めて」


 穀物商の指が、帳簿の表紙を叩いた。

 やがて、留め紐を解く。


「全部は渡せない。市内へ納める分を除けば、荷車一台だ」

「それをお願い。値段は?」


 告げられた額は、昨日より高かった。


 ヴィオラは、運送と積み込みの代金を分けて聞いた。

 倉庫から出す手間の分は払う。

 こちらが引き受ける運送の代金は、外させた。


「あんたが国境まで運ばないなら、その料金は要らないでしょう」


 穀物商が、渋い顔で数字を書き直す。


 グレタが数量と金額を読み、支払いを承認した。

 ニコが控えを作り、市の役人を呼びに行く。


 買えたのは、荷車一台分。


 魔王領に届くはずだった荷の、ほんの一部だった。


 ヴィオラは返された袋から代金を数えた。


 昨日取り戻した信用だけでは、麦は増えない。


 王国は、それを分かった上で止めたのだ。


 ーーーー


 出発前、セドリックが西門に来た。


 グレタの兵が荷車を確かめ、ニコが袋の数を控えている。

 ヴィオラは馬車の乗り口で足を止めた。


「今度は何?まさか、その麦まで押収するつもり?」

「違う。討伐の命令が、僕にも届いた」


 セドリックは封書を出した。


「王都へ戻るように、と」

「そう。次は軍勢を連れて来るのね」


 セドリックの手が、封書を握った。


「僕は、供給所の説明を聞いてから判断したい。魔族が設備に干渉したという根拠も、確かめる」

「ガレスが間違ってたから、今度は宰相を信じる。そういう話なら、お断りよ」

「分かっている」


 ヴィオラは、セドリックの顔を見た。


 すぐに許す気にはならない。

 けれど、王国の中で記録を求められる者は、必要だった。


「西部供給所への照会は、続けて。補充の記録も、消させないで」

「返答は、ベルカの商談所へ送ればいい?」

「ええ。こちらで受け取れるようにしておくわ」


 セドリックが頷いた。


 それから、荷車の麦に目を向ける。


「魔王領では、どのくらい食糧が足りないんだ」

「帰って確かめるわ。でも、今の入荷が止まれば困るから、グレタは買いに来ていたのよ」


 ヴィオラは上着の裾を持ち上げ、踏み台に足を置いた。


「あんたが聡明な勇者様なら、剣を振る前に考えてちょうだい。あんたが止める荷を、誰が待ってるのか」


 セドリックは、何も言わなかった。


 馬車が動き出しても、セドリックの手は剣へ伸びなかった。


 ーーーー


 翌日の夕方、ヴィオラたちは魔王領の城下に着いた。


 通りを、荷車が上っている。


 荷台には寝具と衣服が積まれ、端に小さな子供が座っていた。

 国境近くの集落から、親族を頼って来た一家だという。


 グレタは門番に、一家の行き先を確かめさせた。

 城にも、国境の兵から知らせが届き始めている。


 王国側で、兵と荷が集められていた。


 ヴィオラは馬車を降り、水場を見た。


 以前は、空の桶を持つ者たちが待っていた場所だ。

 今は、汲み上げる時刻を記した札がある。

 水槽には水が溜まり、老人が桶を並べていた。


 ヴィオラに気づくと、老人が立ち上がった。


「戻ったのか」

「ええ。水はどう?」

「出ている。だが……戦になっても動くのか」


 ヴィオラは、点検扉の前へしゃがんだ。


 魔石の蓄えと、次に汲み上げる量を確かめる。

 設定に、異常はなかった。


「今は、次の汲み上げに必要な分があるわ。供給が減るなら、回数を調整する。その時は、先に知らせるわね」

「……止まらないとは、言わないんだな」

「言うだけで水が出るなら、いくらでも言ってあげるわよ」


 老人が鼻を鳴らした。

 ヴィオラは立ち上がり、水槽の縁を見た。


 水の跡がある。


 ヴィオラがいない間も、ここで桶を満たした者たちがいた。


「勝手に部品を外させないでね。点検に来る職人が変わる時も、絶対に知らせるから」

「分かっている。……お前も、次に出かける時は、いつ戻るか言っていけ」


 ヴィオラは老人を見た。


「……ふふ。ええ、今度はそうするわ」


 ーーーー


 城の倉庫を使った作業場では、ローザが金具を磨いていた。


 窓の前に、完成した灯りが並んでいる。

 数は少ないが、焼けた工房に置いてきた物と、同じ形だった。


「おかえり。無事だったんだね」


 ローザが顔を上げる。


「ガレスに払わせたんだって?」

「ええ。あたしの名前も、訂正させたわ!」

「そりゃ、よかった」


 ローザは笑った。

 けれど、すぐに作業台に目を戻す。


「材料が止まった。来週届くはずだった魔石も、金具も」


 ヴィオラは、並んだ灯りの一つを手に取った。


 工房の印が残っている。

 その隣に、自分の印もあった。


「今ある分では?」

「受けてる注文の一部は作れる。でも、王国の客には運べない。これ以上作っても、売れる先がなければ金にならないよ」


 ローザは、奥で道具を片づけている職人たちを見た。


「あいつらの給料も、宿代もある」

「分かってる。新しい注文は止めて。受けた分は、材料と届け先を一つずつ確かめるわ」


 ヴィオラは灯りを作業台に戻した。


「城から、道具や金具の修繕を頼まれるかもしれない。何ができるか、一覧にしておいて。工房の仕事として受けるなら、代金も決める」

「戦の支度まで、ただでやれって言われたら?」

「言わせないわよ。職人だって食べるんだから」


 ローザが、ようやく顔を上げた。


「……あんたは、どうするんだい」

「何を?」

「王国で追われる理由は、なくなったんだろ。ここにいれば、今度は戦に巻き込まれる」


 ヴィオラは、包帯の端に触れた。


 工房から連れ出した職人の重さを、腕が覚えていた。


「あたしがここで売ったのは、灯りよ。逃げる時に職人を置いていく商売なんて、始めた覚えはないわ」


 ローザは、磨いていた金具を置いた。


「じゃあ、できる仕事を調べておく」

「お願い。寝ないでやるのは駄目よ。間違った数で見積もりを出されたら、あたしが困るもの」


 作業場を出る時、ヴィオラはもう一度、窓の前を見た。


 灯りを待つ客は、まだいる。

 あの印を付けて売る場所も、取り戻さなければならなかった。


 ーーーー


 食卓には、約束通り温かい煮込みが用意されていた。


 ヴィオラの椅子は、前と同じ場所にある。

 向かいでレオンハルトが、城下の報告を読んでいた。


「戻ったか」

「ええ。ただいま……」


 口にしてから、ヴィオラは少し黙った。


 仕事の報告より先に、その言葉が出た。


 レオンハルトは報告を閉じた。


「ベルカから届いた記録は読んだ。よくやったな」


 ヴィオラは、椅子を引く手を止めた。


「……あら。今度は何を頼むの?」

「労をねぎらっただけだ」


 ヴィオラは腰を下ろした。


 本当は、褒めてほしいと思っていた。

 だが実際に言われると、受け取り方に困る。


「そう。だったら、もう少し喜んだ顔で言ってちょうだい」


 レオンハルトの口元が、僅かに緩んだ。


 ヴィオラは器を引き寄せ、煮込みに匙を入れた。


 約束した温かい物が、ここにある。


 ヴィオラは一口食べてから、荷の話を始めた。


 買えた麦。

 止まった薬。

 工房の材料と、国境から移ってきた一家。


 グレタが、倉庫の在庫を記した紙を広げた。


「主食は、城下への今の配給なら二十日分。次の収穫までは、一月以上ある。病人に使う薬は、種類によってもっと早く尽きる」


「領内で調達できる分は?」

「集落ごとに調べている。隠している者を責める前に、何人で食べるための蓄えかを確かめさせている」


 ヴィオラは、紙の空いたところに書き足した。


 運べる道。荷車。倉庫の場所。


 麦だけ集めても、届かなければ食べられない。


「王国側の軍は、まだ国境を越えていない」


 レオンハルトが言った。


「兵は出す。だが、街道を守っても、向こうから荷が出なければ入ってこない」

「ええ。剣で麦を増やせるわけじゃないものね」


 ヴィオラは匙を置いた。


「あたしが黙ってれば、まだ商隊は来てたのかしら」


 レオンハルトの金色の瞳が、ヴィオラに向いた。


「宰相に、黙っていれば取引を続けると言われたのか」

「……言われてないわ」

「なら、お前一人の判断で始まった話にするな。俺も、記録を出すことに同意した」


 レオンハルトは、グレタの紙に手を置いた。


「取り戻した名誉を手放せとは言わない。お前がここを離れることも、今の仕事を終えた後なら選べる」


 ヴィオラは、自分の器を見た。

 まだ、湯気が上がっている。


 逃げ込んだ日に欲しかったのは、身の安全と報酬だった。


 それを手に入れ、ガレスにも払わせた。


 王国の手配も、解除された。


 けれど、水場では戻る日を知らせろと言われた。

 ローザは、明日も職人を働かせるための金を心配していた。


 ここには、自分の食事まで用意されている。


「……今の仕事を終えたらって、あんたも意地が悪いわね」


 ヴィオラは顔を上げた。


「焼かれた工房は、まだ元に戻ってない。売った灯りも、検問に置かれたまま。あたし、引き受けた相手に渡す物が残ってるのよ」


「分かっている」

「それに、あたしがいなくなったら、陛下はまた一人で全部払おうとするでしょう」


 レオンハルトは、すぐには答えなかった。

 ヴィオラは、その沈黙を見逃さなかった。


「やっぱりね。そんな危なっかしい共同出資者、放っておけないわ」


 ヴィオラは、倉庫の記録を自分の方に引き寄せた。


「残る。ここで稼ぐつもりだったんだもの。あたしのお客を飢えさせて、どうするのよ」


 レオンハルトが頷いた。


「なら、俺からも話がある」


 ーーーー


 食事を終えると、レオンハルトは執務室にヴィオラを呼んだ。


 卓には、古い冊子が置かれていた。

 新しい供給記録とは、綴じ方も紙の色も違う。


「ベルカから剣の測定記録が届いてから、王位の継承に使った資料を調べ直した」


 レオンハルトが冊子を開く。


「歴代の王は、国境の結界に魔力を供給する義務を負っている。俺も、その義務を引き継いだ」


 ヴィオラは、示された頁を読んだ。


 国境の共同設備。

 管理を引き継ぐ魔王の名。

 魔力を通す、古い供給口の番号。


 その番号に、見覚えがあった。


「あたしたちが、地下で調べた経路?」

「一致している」


 レオンハルトの声は、低かった。


「継承時の説明では、国境を守る設備への供給だった。……王都への販売とは、別のものだと考えていた」

「でも、実際には陛下の魔力が、王国の供給所に入っていたのよね」

「ああ。どこでつながり、何を根拠に量を増やしたのか。今の管理記録では分からない」


 ヴィオラは頁の端を押さえた。


「この義務を決めた契約は?」

「最初に戦を終えた時、両国の間で交わされたものだ。ここにあるのは、その引き継ぎの説明だけだ」


 レオンハルトは、冊子の下に置いていた鍵を取った。


「契約の原本は、城の保管庫にある」

「あら、読ませてもらえるの?」

「そのために話している」


 ヴィオラは椅子から立った。


 髪を高く結び直す。


 宰相府は、供給を増やし、代金は変えないと命じていた。

 こちらは、戦を始めると言われても、魔力を送り続けている。


 ただの売買とは、違う。


 ヴィオラは、自分の手帳を開いた。


「行きましょう。あたしの共同出資者が何を払わされてるのか、隅々まで見せてもらうわ!」



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