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オカマ悪女、魔法使いをしていましたがギルドを追放されたので魔王と手を組みます。  作者: 黒沼司


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13/17

13 契約の裏を読む悪女

「開けるのは、陛下がやってちょうだい」


 保管庫の鉄扉の前で、ヴィオラは足を止めた。

 鍵穴の周りには、古い文字が刻まれている。


「許可は出しただろう」

「ええ。でも、どこまで開けていいかは、まだ聞いてないわ。調査の前に、保管庫を丸ごと壊したくないもの」


 レオンハルトが鍵を差し込んだ。

 金の魔力が文字をなぞり、扉の留め具が外れる。


 中には、背の低い棚が並んでいた。

 土地の境界を記した図。古い王の印。革で包まれた書類。

 レオンハルトは奥の棚から箱を取り、閲覧用の卓に置いた。


「これだ」


 ヴィオラは、箱を開ける前の封を確かめた。


 保管の記録には、最後に原本を調べた日付が残っている。

 レオンハルトが王位を継ぐより、前だった。


「継承の時は、説明の冊子だけ?」

「冊子と、供給設備の管理記録を受け取った。国境の結界を維持する義務についても、そこで確認した」


 レオンハルトが封を解く。


 箱の中には、厚い表紙の契約書があった。

 何度も書類を加えたらしく、途中で紙の色が変わっている。


 ヴィオラは、最初の頁を開いた。


 戦を終えるための取り決め。


 国境の共同設備に、魔王が魔力を供給する。

 王国は境界を守り、補修に必要な資材と人手を負担する。


 両国が守る範囲と、最初に定めた供給量も書かれていた。


「あら。最初から、陛下の国だけが全部払う話じゃなかったのね」


 レオンハルトは、王国側の負担を記した行を見た。


「資材を求めれば、今は購入になる」

「その違いも調べるわ。王国が払うべき分と、別に売買していい分を、混ぜたままにはしない」


 ヴィオラは、署名の頁まで進んだ。

 双方の名と印がある。

 魔力を通す設備も、それぞれ特定されていた。


 この時の魔王は、戦を終わらせるために力を出すと決めた。


 ただし、その力を何に使うかも、決めていたのだ。


「国境の結界を保つための魔力よ。王都の噴水を、昼も夜も動かすためじゃない」


 レオンハルトの指が、卓の縁に掛かった。


「今も、国境の結界は動いている」

「ええ。だから、供給の全部が不正だとは言わないわ。どこから、別の用途が入り込んだかを見るのよ」


 ヴィオラは次の頁をめくった。


 設備の交換。供給口の移設。

 変更のたびに、承認した者の名が加わっている。


「今夜、全部読めるか」

「読めるところまではね。でも、眠い頭で署名の違いを見落としたら、また最初からよ」


 ヴィオラは窓のない保管庫を見回した。


「写しを取っていい?原本は動かさずに、執務室で照合したいの」

「許可する。どの頁の写しを持ち出すか、記録を残せ」

「ええ。明日はグレタとニコにも来てもらうわね」


 ヴィオラは新しい紙を広げた。


 レオンハルトが、卓の灯りを少し近づける。

 文字に落ちていたヴィオラの手の影が、横に退いた。


 ヴィオラはその灯りを見てから、ペンを取った。


 ーーーー


 翌朝、グレタは保管庫の閲覧記録を持ってきた。

 ニコは、宰相府へ送った月次集計と、魔力の追加供給を命じた書類を並べている。


 ヴィオラは、昨夜取った写しへ日付を書き添えた。


「最初の契約には、決まった量がある。その後の変更は、まだ全部読めてない。現行の量と比べるのは、承認の順番を確かめてからよ」


 ニコが頷いた。


「僕は、日付と供給口の番号を合わせます」

「お願い。読めない名前は、勝手に埋めないでね」


 グレタが、古い一覧を開いた。


「歴代の担当者の記録もある。王国側から来た文書と照合する」


 ヴィオラが紙を渡した時、扉が叩かれた。

 門番が、王国の使者の到着を告げる。


「宰相からの通告を、陛下に直接渡したいと」


 レオンハルトが立ち上がった。


「武器は預からせろ。応接室に通す」


 ヴィオラは写しを重ね、鞄にしまった。


「ちょうどいいわ。払う側の話を読んでたところよ。請求する側の説明も聞きましょう」


 ーーーー


 王国の使者は、グレタの角を見てから、レオンハルトに一礼した。

 差し出した封書には、宰相府の印があった。


「共同設備の供給不足に伴い、魔力の追加供給を求めます」


 レオンハルトは封書を開いた。


「討伐を宣言した相手に、力を出せというのか。愚かな人間め」

「設備の維持義務は、別の問題です」


 ヴィオラは、椅子の肘掛けに手を置いた。


「あら。こちらに運ぶ麦や薬を止めるのも、別の問題なわけ?」

「王国の安全を守るための措置です」

「食べる物と薬を取り上げておいて、力だけは前より出せ。ずいぶん立派な安全だこと」


 王国の使者が、ヴィオラに顔を向けた。


「あなたの取引については、現在、宰相府が調べています」

「結構よ。買った品と払った代金を聞きたいなら、順番に説明してあげる。陛下に請求する分も、同じように説明してちょうだい」


 ヴィオラは、レオンハルトが卓に置いた通知を見た。


「どこの設備が、どれだけ足りないの?」

「必要量は、その通知に記されています」

「不足した理由は?」

「国境の警備体制の変更に伴うものです」


 グレタの眉間に皺が寄った。


「こちらに向ける軍を増やすためか」

「王国の軍務に関する詳細は、開示できません」


 ヴィオラは、通知の下に指を滑らせた。


 追加分の代金は、書かれていない。

 その代わりに、適用する契約の項目が示されていた。


「この番号が、請求の根拠ね」

「正式な取り決めに従っています。受領と承諾の署名をお願いします」


 王国の使者が、もう一枚の紙を出した。

 ヴィオラは、紙をレオンハルトに渡す前に読んだ。


「受け取ったことと、承諾したことを、一緒にしないで」

「供給の義務は、既にあります」

「だったら、今日の承諾まで欲しがらなくてもいいでしょう」


 レオンハルトは、自分の紙を取った。


 通知を受領した日付だけを書き、名を記す。


「追加供給を承諾したという記録は渡さない。契約と照合して、返答する」


 王国の使者は、用意した紙を引き戻した。


「期限までに必要量が届かなければ、履行不足として記録されます」


 ヴィオラの口元が上がった。


「ええ。こちらも、王国が資材の供給を止めた日を残しておくわ。お互い、忘れないようにしましょうね」


 グレタが扉を開けた。


 王国の使者が出ていくまで、レオンハルトは席を立たなかった。


 ーーーー


 王国の使者が帰ると、ヴィオラはレオンハルトたちと保管庫に移った。


 通知にあった番号を、ヴィオラは原本で探す。


 最初の契約にはない。


 設備の更新記録にも、まだ現れない。

 何度か頁を戻し、古い供給口からつながる記載を追った。


 後から加えられた付則の中に、同じ番号があった。


 共同設備に供給不足が生じた場合の、緊急の取り決め。

 王国側の管理者が不足を認定し、追加する量を指定する。

 指定された分は、共同設備につながる魔力の蓄えから、優先して徴収する。


 ヴィオラは、最後の行をもう一度読んだ。


「……ここね」


 レオンハルトが隣から覗き込む。


「変更の承認はあるのか」

「あるわ。王国だけじゃない。魔王側にも」


 グレタが、保管庫の記録を開いた。


 承認の日付と、付則が加えられた日付を確かめる。


「先王の印だ。受け入れた旨の記録も残っている」


 レオンハルトは、署名を見つめた。


 ヴィオラは、最初の契約の写しを、付則の隣に置いた。


「勝手に書き足しただけなら、元の契約に新しい効力は付かない。でも、これは当時の王が承認して、供給設備に組み込まれてる」


「……俺は、この追加分を承諾していない」

「ええ。ただ、今日の署名で始める話じゃないの。陛下が引き継いだ設備が、昔に承認された条件で動き続けてる」


 ヴィオラは、徴収の対象を記した箇所を指した。


「取られるのは、ここにつながった設備の蓄え。陛下が水場のために補った魔力も、同じ蓄えを経由するなら、王国への供給に先に回される」


 レオンハルトの手が、頁に伸びた。


「あたしが読むから。陛下は、その紙を破らないでちょうだい」


 レオンハルトは、伸ばした手を卓に置いた。


 ヴィオラは、付則の続きを読んだ。


 不足が解消したと認めるのも、王国側の管理者。

 追加の量に応じた支払いは定めず、従来の供給義務の一部として扱う。


「緊急の取り決めなのに、追加供給を終える期限がない」


 ヴィオラが言った。


「王国が足りないと言えば増やせる。もう足りたと言わなければ、戻さなくていい。しかも、増えた分には払わない」


 ニコが、宰相府の指示書を開いた。


「追加分を、通常の購入量とは別に記録するように、とあります」

「ええ。……最初から、買うつもりがなかったのよ」


 ヴィオラは、付則の頁の隣に、宰相府の指示書を置いた。


 付則が指定する供給口と、宰相府の指示書の番号が一致している。

 増えた量も、ニコの月次集計に残っていた。


 王国は、魔王領から力を買った分と、取り立てた分を分けていた。

 魔王領の設備では、それが同じ蓄えから出ていたのだ。


「先王は、なぜこれを受け入れたんだ」


 レオンハルトの声が低くなる。


「そこは、当時の交渉記録を調べたいわ。署名だけ見て、何を考えていたかまで決められないもの」


 ヴィオラは、継承の説明冊子も開いた。


 国境の共同設備を維持する義務。

 そこまでは書かれている。

 だが、不足の認定と徴収の手順は、省かれていた。


「これで引き継いだ人には、普段より多く減った理由が分からないわね」


 レオンハルトは、自分の名がある管理記録を見た。

 足りない分を補う印が、何度も続いている。


「足りなければ、俺が入れればよいと考えていた」

「入れれば入れるほど、向こうが使える分も増えていたのよ」


 ヴィオラは、手帳に番号を書いた。


 領民の桶を満たすために、レオンハルトが出した力。


 それがどこへ流れるか、王国側は別の欄で数えていた。


 ヴィオラが、ガレスに説明を求めた数字も、その一部だったのだ。


 ーーーー


 グレタは、古い設備図を卓に広げた。


 国境の共同設備から、王国側に伸びる線がある。

 その上に、後年の更新図を重ねた。


 西部供給所。

 そこから先に増設された経路。


 ヴィオラは、王国で扱っていた保守記録を手帳で探した。

 見覚えのある供給口の名が、いくつもあった。


「今、どの設備に送ってるかも確かめる。古い図だけで、線を外すわけにはいかない」


「切る方法はあるのか」


 レオンハルトが聞いた。


「解除の条件は、これから読む。余分に取られてるからって、紙を破れば済む話じゃないわ」


 ヴィオラは、付則の写しを取った。

 原本を閉じる前に、もう一度、承認の頁を確かめる。


 王国が作った追加の取り決め。

 過去の魔王による承認。

 その条件を、今、使う者の名。


 新しい通知の署名は、オルドリックだった。


 ヴィオラは、葡萄色の爪でその名の脇を叩いた。


「国境を守る約束を、こちらの水まで取り上げる道具にしたのね」


 王国は荷を止め、軍を集めた。


 そのために必要な力まで、討つと宣言した相手に出させるつもりだった。


 ヴィオラは、レオンハルトに顔を向けた。


「陛下。あたし、先王様に代わって署名を悔やむ仕事は、引き受けないわよ」


「では何を引き受ける」


 ヴィオラは、原本と同じ番号を写しに記した。


「今、これで得をしてる相手に、払わせる仕事よ」



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