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オカマ悪女、魔法使いをしていましたがギルドを追放されたので魔王と手を組みます。  作者: 黒沼司


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14/20

14 止め方を選ぶ悪女

「その線を切った後、どこが止まる?」


 翌朝、レオンハルトは執務室の卓に、古い設備図を広げていた。

 ヴィオラは、その隣に付則の写しを置く。


「それを調べるのよ。昨日も言ったでしょう。古い図だけで外すわけにはいかないって」

「王国は、今日も追加分を求めている」

「ええ。だから、急いで確かめる」


 ニコが、保管庫で取った写しを日付順に並べた。

 グレタは、城に残る補修の記録を開いている。


 最初の契約では、国境の共同設備が指定されていた。


 後の変更には、供給口の移設と、設備の増設がある。

 だが、王国側へ出た先の図は、途中の年代までしか揃っていなかった。


「解除の条件は?」


 レオンハルトが聞いた。


「通常の解除は、両国で協議して、残る設備の扱いまで決める。供給方法を変える時も、共同設備に関わる分は承認が必要よ」

「……王国側が応じるとは思えない」

「あたしも、頼んだだけで喜んで印を押してくれるとは思ってないわ」


 ヴィオラは、付則の番号を指した。


「ただ、こちらの水まで取り上げていいかは、別に争う。王国が負担する資材を止めた記録も揃える。協議に応じないなら、何を拒んだか、残しておくの」


 紙を破っても、設備に組み込まれた条件は消えない。

 供給線を壊せば流れは止められるだろうが、それだけで契約上の義務までなくなるわけでもなかった。


 ヴィオラは新しい紙に、三つの欄を作った。


 今、魔力が届いている先。

 止めた時に困る者。

 代わりに用意できる設備。


「まず、これを埋める。グレタ、昨日見た供給口へ行きたいわ。原本の指定と、今の設備が合ってるか確かめる」

「職人にも立ち会わせる。変更するつもりか?」

「今日は測るだけ。勝手に外したら、陛下より先にあんたに怒られそうだもの」


 グレタが図を畳んだ。


「分かっているなら、いい」


 ーーーー


 城の東の設備では、中央の魔石から細い音がしていた。

 ヴィオラは髪を高く結び、土台の脇に測定紙を置く。


 最初の調査で見つけた、床下へ伸びる古い線。

 その接続部に刻まれた番号が、付則の指定と一致している。


 グレタが現在の管理記録を確かめた。


「供給口は、ここだ。途中の交換でも番号は引き継がれている」

「なら、次は蓄えね」


 ヴィオラは測定する範囲を紙に書き、自分の魔石から力を通した。


 中央の魔石に残る量。

 領内の設備へ送る量。

 床下の経路へ流れる量。


 文字が、別々の紙に浮かぶ。


 水場に送る分が増える時刻を待つ間、ヴィオラは古い接続金具の周囲を調べた。

 新しい修繕の跡と、奥に残った古い文字。

 王国への供給が不足した時、同じ蓄えから先に出す条件が刻まれている。


「ここに入れた力は、あたしたちが使う前に数えられるのね」


 レオンハルトが中央の魔石を見た。


「水場のために補った分もか」

「この経路を通る限りはね。付則の通りよ」


 やがて、水場へ流れる量が増えた。

 その間も、床下へ伸びる線の文字は消えない。


 中央の蓄えが、少しずつ減っていく。


 ヴィオラは時刻を控えた。


「今の設備をそのまま使って、陛下が補う量だけ増やしても、終わらないわ」

「別の蓄えを置けるか」

「領内の水場や灯りを、別の魔石から動かすことは考えられる。ただし、そこまで新しい線を引くか、道具を置かなきゃならない」


 ヴィオラは、村の水場の図を出した。


「水場にも小さな魔石は付けた。でも、今は中央から来る力を溜めてるだけ。あれを独立した供給に替えるなら、補充の仕方も変えるのよ」


 レオンハルトは、紙に描かれた魔石を見た。


「俺が直接入れれば――」

「毎日、全部の村を回るおつもり?」


 ヴィオラが顔を上げる。


「陛下の足が何本あるか、あたし、数え間違えてないわよね?」

「二本だ」

「いや、それは分かってるのよ」


 グレタが、領内の地図を広げた。


 村の名が、川沿いにも山の向こうにも並んでいる。


 レオンハルトは口を閉じた。


 ヴィオラは、測定を終えた紙を回収する。


「城で考えましょう。これを見せたい相手もいるわ」


 ーーーー


 昼過ぎ、ベルカの商談所を通じた書類が届いた。


 差出人はセドリックだった。


 ニコが受領の記録を取り、ヴィオラに封書を渡す。

 グレタも隣に来た。


 中には、西部供給所からの回答と、添付された供給先の一覧があった。


 剣に魔力を補充した供給口の番号。

 魔王領側から受け入れた量。

 通常の購入分と、それ以外を分けた記録。


 ヴィオラは、自分の手帳を開いた。


「ここまでは、こちらで調べた分と合うわね」


 添付の一覧を、グレタが卓に広げた。


 街道の結界。

 王国西部の共同水場。

 治療施設の魔法道具へ補充する設備。


 軍の装備に使われる供給口もある。

 だが、それだけではなかった。


 ヴィオラのペンが、水場の名の上で止まった。


「これ、今も使ってる設備?」


 返事の代わりに、ニコがセドリックの手紙を差し出した。


 セドリックは、供給所の説明を聞いた後、一覧に載っている水場の一つを訪ねていた。

 共同設備から送られる魔力で、今も水を汲み上げているという。


 治療施設については、まだ確認できていない。

 設備ごとに必要な量も、回答にはなかった。


 手紙の最後には、問い合わせを続けると書かれていた。


「……ふーん。今度は、自分で見に行ったのね」


 ヴィオラは手紙を置き、供給先を図に書き足した。


 古い共同設備から、王国側へ伸びる線。

 その先に、水場の名が加わる。


 レオンハルトが、紙を見下ろした。


「こちらの水を奪い、その力で向こうの水を出していたのか」

「全部が同じ割合かは、まだ分からないわ。でも、このまま線を切れば、向こうで水を待つ人も困るわね」


 レオンハルトの指が、卓の縁を掴んだ。


「こちらでは、薬も止められている」

「ええ。向こうの都合だけで待つ気はないわ」


 ヴィオラは、宰相府の通告を一覧の横に置いた。


「オルドリックがあたしたちを討つために使う力と、水場に送る力を、同じ線に載せたままにしてる。困る人間がいるから全部出せ、で済ませるつもりでしょう」


 ニコが、供給先の一覧を見つめた。


「止められないと、分かっているんでしょうか」

「こちらが黙って出し続けると思ってるかもしれないわね。あたしのこと、まだよく知らないのよ」


 葡萄色の爪が、水場の名を囲んだ。


「止める準備も、代わりに動かす準備もする。その上で、誰にいくら払わせるか決めるわ」


 ーーーー


 ローザが執務室に来た時、卓の上は紙で埋まっていた。

 ヴィオラは、椅子に置いていた図を持ち上げる。


「座って。作れる物と、作れない物を聞きたいの」

「全部作れと言われるよりは、気が楽だね」


 ローザが腰を下ろした。


 レオンハルトも、広げていた地図を少し寄せる。


 ヴィオラは、水場に付けた蓄えの図と、携帯灯の図を並べた。


「こちらの暮らしに必要な設備を、少しずつ古い経路から外す。旧設備へ送る分と、領内で使う分を分けたいの」

「水場を全部、独立させるのかい」

「最初は、供給が減ったらすぐ困る場所から。井戸で代わりが利く所と、ここから汲むしかない所も分ける」


 グレタが集落の調査記録を開いた。

 ヴィオラは、ローザに続ける。


「新しい道具には、補充を受ける口と、使う量の上限を付ける。魔石を運べるなら、陛下が村ごとに回らなくても済むでしょう」

「魔石はあるのか?」

「それも聞きたい。工房に残ってる分は?」


 ローザは、持参した紙を出した。


 焼けずに残った物。

 再建のために買えた物。

 輸入を止められ、届かなかった物。


 ヴィオラは数を見た。

 注文を受けた灯りに使う分まで含めても、城下の主要な水場を賄うには足りない。


「足りないね」

「ええ。しかも、注文分を勝手に使ったら、あたしたちが踏み倒す側になるわ」


 ローザが頷いた。


「小さい蓄えを付ける部品なら作れる。だが、大きな供給設備は、工房だけじゃ無理だ。線を敷く職人も要る」


 グレタが、地図に書いた村の名を指した。


「補充した魔石を運ぶ者も必要だ。兵を回せる範囲には限りがある。国境の警備は減らせない」


 ヴィオラは、新しい欄へ書き足した。

 魔石。金具。職人。荷車。


「王国側にも、同じ準備が要るわ。水場だけでも別の供給を用意しないと、止める話を出した時に、オルドリックがそこを盾にする」

「王国の設備まで、あたしが作るのかい?」

「作れる分を見積もるの。現地で工事する相手と、代金を払う相手は、別に探すわ」


 ローザが、紙の端を押さえた。


「封鎖されてるんだよ。こちらから道具を出しても、向こうが受け取れるか?」


 ヴィオラは、すぐには答えなかった。


 ベルカで荷を止められた商人たちの顔を思い出す。

 麦を売る前、穀物商が帳簿を開くまでにかかった時間も。


 金が払えるだけでは、通れない道がある。


「市で引き渡せるか、確かめる。王国側で受け取る人間にも、何を引き受けてもらうか説明しなきゃね」


 ニコが、連絡先をまとめた紙を取った。


「ベルカの商人たちに、聞きますか」

「ええ。手元にある魔石と、使える荷車。こちらと取引を続けられる範囲も。返事を出しただけで注文したことにはならない、と書いて」


 ヴィオラは、セドリックへの返書も引き寄せた。


「セドリックには、必要な量と、代わりの供給があるかを調べてもらう。治療施設は、何に使ってる道具なのかまで。止まってから聞くのは、遅すぎるもの」


 グレタが、空いた紙へ領内の調査先を書いた。

 ローザは、試作に必要な部品を選び始める。


 ヴィオラは計画の一番上に、最初に替える水場の名を記した。

 その下に必要な数を書き、足りない分に線を引く。


 止め方は、少しずつ見えてきた。


 だが、動かすための物も人も、まだ揃っていなかった。


 ーーーー


 夜、ヴィオラは執務室に戻った。


 レオンハルトは、卓に残った設備図を読んでいる。


「ローザの見積もりは、明日よ。今夜は部品の在庫まで確かめて終わりにしてもらったわ」

「お前の仕事は?」

「返書を書いてきたところ。あとは、これ」


 ヴィオラは、折った紙を差し出した。


 王国の追加供給への返答。

 指定した量の算定根拠と、共同設備の現在の用途を求める文面だった。

 王国側が止めた資材についても、履行の状況を説明するよう記してある。


「これで追加分が止まるわけじゃない。でも、何も言わずに承諾した記録にはさせないわ」


 レオンハルトは読み終え、明朝、グレタにも確認させると言った。

 ヴィオラは頷き、卓の上の写しを揃える。


 横から、大きな手が伸びた。


 ヴィオラが取ろうとしていた図を、レオンハルトが畳む。


「今夜は、ここまでだ」

「なによ、分かってるわ。片づけてるの」


 ヴィオラは鞄を持ち上げた。


 髪の留め具を外すと、結んでいた紫の髪が背に落ちた。


「陛下も、もう休んでちょうだいね。明日の朝、寝不足の陛下に同じ説明をするのは嫌よ」


 レオンハルトが、ヴィオラを見た。


「……二人でいる時は、レオンハルトと呼んでいい」


 留め具をしまう手が止まった。


「……あら。ずいぶん長いお名前ね」

「俺の名前くらい、覚えているだろう」

「当たり前でしょう?覚えてるわよ。ただ、呼ぶのと、覚えるのは別でしょ……」


 ヴィオラは、留め具を入れた袋の紐を結び直した。


 一度で結べたはずなのに、もう一度、引く。


「……あたしがそう呼んだら、グレタが怒るんじゃない?」

「俺から言っておく」

「……手回しがいいこと」


 レオンハルトの口元が、少し緩んだ。


「今すぐでなくていい」


 ヴィオラは顔を上げた。


 続きを待っても、レオンハルトは何も求めなかった。


「そう。じゃあ、のんびり練習しておくわ」


 答えてから、ヴィオラは鞄の紐を肩に掛ける。

 扉に向かう足取りが、いつもより少し早くなった。


「おやすみなさい、陛下」

「ああ。おやすみ、ヴィオラ」


 廊下へ出て、扉を閉める。


 ヴィオラは、その前で一度立ち止まった。


 呼ぶだけなら、明日にでもできる。

 長い名前も、署名なら何度も見ている。


 それなのに、声に出す前から顔が熱かった。


「……もう。仕事の順番を狂わせないでちょうだいよ……あの色男」


 小さく呟き、ヴィオラは自分の部屋へ歩いた。


 鞄の中には、足りない物を書いた紙がある。


 城の金だけでは買えない数。

 ローザだけでは作れない設備。

 レオンハルト一人では、運びきれない魔力。


 明日は、その紙を持って、助けを頼む先を決める。


 部屋に戻ると、ヴィオラは鞄から連絡先の一覧を取り出した。


 明日、問い合わせを送る商人の名を指で辿る。


「今まであたしと儲けたんだもの。次の商売も、ちゃーんと聞いてもらうわよ!」


 王国が止めた道を開くには、まだまだ仕事が山積みだった。



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