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オカマ悪女、魔法使いをしていましたがギルドを追放されたので魔王と手を組みます。  作者: 黒沼司


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8 手を借りる悪女

「売る物の一覧なら、先に見せてちょうだい」


 翌朝、ヴィオラは食卓に紙を広げた。

 向かいに座るレオンハルトの手が止まる。


「工房で失った物ではないのか」

「それも持ってきたわ。今のは、陛下の持ち物の話よ」


 昨夜は、城に戻るなり治療役に捕まった。

 喉を診られ、折れた爪の周りに薬を塗られ、帳簿を開こうとしたところで寝台に押し戻された。


 今朝も、指先には薄い包帯がある。

 紅は塗り直したが、熱い茶を飲むと唇が痛んだ。


「寝具と冬の上着は駄目。仕事に使う物も売らないで。陛下が風邪をひいて寝込んだら、今度は誰が水の設備に魔力を入れるの?」


「そこまで困ってはいない」

「困る前に言うの。昨日、持ち物まで売るって言ったでしょう」


 レオンハルトは茶の器を置いた。


「先王から受け継いだ装飾品がある。使っていない物を選ぶ」

「値段を調べてからにして。足元を見られて、安く渡したら怒るわよ」


「お前が値を調べるのか」

「必要ならね。売るのは、その後」


 ヴィオラはもう一枚、紙を出した。


 焼けた工房の被害と、再び灯りを作るために必要な物を書いてある。

 建物の状態は、職人に調べてもらうまで分からない。

 材料も道具も、全部を一度に戻す金はなかった。


「まず、働ける場所を確保する。次に、灯りを作る道具と材料。元の工房を直す費用は、調査してから決めるわ」


「城の倉庫に、空いている一棟がある」


 ヴィオラは紙の端に書き足した。


「火を使っていい場所?」

「石造りで、以前は金具の修繕に使っていた。グレタに確認させる」


「あたしの残りのお金は、最初の材料と工賃に出す。売れるようになれば、次の分を買えるわ」


「いくら残す」

「え?」

「お前が使う金だ」


 ペン先が止まった。


「城に泊めてもらってるもの。食費は要らないでしょう」

「城から出る時は。服や靴が傷んだ時は」


 ヴィオラは、自分の上着を見た。

 裾に焦げ跡がある。

 昨日は、そこまで確かめる気になれなかった。


「……直せるわよ」

「直す者にも払うのだろう」


 言い返せず、ヴィオラは財布を開いた。

 銀貨を数枚、別にする。


「これでいい?」

「お前が足りると判断したならな」


 レオンハルトは、その銀貨を工房の資金に戻そうとはしなかった。

 ヴィオラも、戻さなかった。


 ーーーー


 昼前、ローザが城に来た。


 昨夜は職人たちと、城下に用意された宿へ泊まったという。

 救出した年配の職人は治療を受けており、しばらく脚を休ませる必要があった。


「戻る場所がないと、あいつらも落ち着かないんだよ」


 ローザは卓の図面を覗き込んだ。


 グレタが、倉庫までの道と建物の間取りを示す。

 換気口と炉を調べ、使える状態だと確認したばかりだった。


「ここなら、作業台を入れれば始められる。ただし、寝泊まりはさせない。宿は別に用意する」


「道具は?」

「必要な物を選んでくれ。こちらで調達する」


 ローザはレオンハルトを見た。


「陛下。それは、借りるんですか」

「仮の作業場は貸す。新しく揃える道具は、工房の物にする」


 ローザが口を開きかけた。

 その前に、ヴィオラが紙を彼女に渡す。


「条件を書いたわ。あんたも読んで」


 再建のためにレオンハルトが出す金には、上限を定めた。

 ヴィオラの出す資金と、担当する加工、販売の仕事も記す。

 費用が増える時は、誰か一人が勝手に引き受けず、三人で相談する。


 工房と作り方は、これまでどおりローザとヴィオラの取り決めに従う。

 援助を理由に、職人を城の専属にすることもない。


「襲撃した連中から賠償を取れたら、それぞれが立て直しに出した分も精算する。取れなかった分は、出した者が負担するわ」


 ローザは、紙を持ち直した。


「返せと言われても、今の工房じゃ……」

「工房に貸す契約じゃないの。陛下も、あたしも、この条件で再開を手伝う」


 ヴィオラはレオンハルトに顔を向けた。


「ただし、陛下のお金が足りなくなった分を、あたしに黙って出させないでね。逆も同じ。あたしが勝手に増やした仕事代を、陛下に回したりしない」

「分かった」

「本当に?見栄を張って、城の食事まで減らしたら困るのよ」

「お前も、包帯のまま夜通し働くな」


 ローザが言い合いをする二人を見比べた。


「二人とも、それも書けばいいんじゃないか?」

「そうね。陛下が先に守るなら、あたしも考えるわ」

「お前からだ」


 グレタが紙の端を押さえた。


「どちらもだ。作業時間と休む日も、再開前に決める」


 ヴィオラは小さく鼻を鳴らし、仕事の予定を書き足した。

 職人の賃金を後回しにしないことも、改めて確かめる。


 ローザが最後まで読み、署名した。

 レオンハルトも名を記す。


 ヴィオラがペンを握ると、包帯の端が軸に引っかかった。

 持ち直す前に、レオンハルトの手が伸びる。


「貸せ」


 ペンを取るのかと思った。

 だが、大きな指が触れたのは、ヴィオラの手首だった。

 もう一方の手で包帯の浮いた端を折り込み、指の動きを確かめる。


「痛むか」

「……そこは、平気よ」


 支えていた手が離れた。

 ヴィオラは、紙に目を戻した。


 爪が折れたくらいで、誰かに手を取られることはなかった。

 自分でも、仕事ができれば十分だと思っていた。


「書けるか」

「書けるわよ。あたしの署名まで、陛下に任せないわ」


 いつもの調子で答えたつもりだった。


 ペン先を紙につけるまでに、少し間が空いた。


 署名を終え、三人で紙に魔力を通す。


 ヴィオラが必要な量を告げると、レオンハルトはそれに合わせた。

 ローザの指先からも光が伸び、文字に沿って結ばれる。


 成立を示す印が、小さく浮かんだ。


「これで、始められるわ」


 ヴィオラは三人分の控えを揃えた。

 自分の分を鞄にしまう前に、もう一度、署名を見る。


 昨日失った物は、戻っていない。

 けれど、次に何を払うかを、一人で決める必要はなくなった。


 ーーーー


 午後、倉庫に最初の作業台が届いた。


 ヴィオラは壁際に立ち、置く場所をローザと確かめていた。

 グレタが連れてきた兵たちが、窓の前を空けて台を据える。

 荷運びの費用も、再建の記録につけた。


「見張りの方にも、働いてもらうわよ」

「今日は荷運びの任務で来ている」


 グレタが答えた。


「お前の護衛は、入口の二人だ」

「あら?ずいぶん増えたわね」

「昨日と同じ入り方はさせない」


 敷地に入る荷は、別の場所で箱を開けて確かめることになった。

 搬入の許可があっても、工房に直接は入れない。


 ヴィオラは頷いた。


「助かるわ」


 グレタが、一瞬だけ彼を見た。


「防護の札を付ける時は、私にも範囲を知らせろ」

「ええ。昨日より、逃げ道を増やしたいの」

「兵の立つ場所も合わせる」


 ヴィオラは図面を広げた。

 今度は、グレタが隣に来て覗き込む。


 材料が届くまで、ローザたちは無事だった道具を手入れする。

 職人が工房へ戻る日は、治療役に確かめてから決める。


 宿場の追加注文には、再開の日が決まるまで納期を約束しなかった。


 王国で止められた八台については、商人から新しい知らせが来ていた。

 検査を終える日は、まだ示されていない。


 ヴィオラは返答の控えを開いた。


「押さえた品の状態も確認するわ。壊してから返されても、困るもの」


「陛下からの照会と一緒に送る」


 グレタが紙を受け取る。


 その時、入口の兵がグレタを呼んだ。

 城の門番から、使いが来ている。


「人間が一人、ヴィオラ・ヴェインへの面会を求めています」


 ヴィオラは図面から顔を上げた。


「商人?」

「元ギルドの事務員だと。名は、ニコ」


 包帯を巻いた指が、紙の上で止まった。


 ーーーー


 ニコは、城の小さな応接室にいた。


 薄茶色の上着の裾が泥で汚れている。

 栗色の前髪は乱れ、書類鞄を抱える腕に力が入っていた。


 ヴィオラが入ると、青年は立ち上がった。


「ヴィオラさん!」


 声が、掠れた。


 ヴィオラは扉のそばで足を止める。


「……ずいぶん遠くまで来たのね」


「僕、あの日」


 ニコの指が、鞄の持ち手を握り直した。


「あなたが呼ばれた時、横領の処分を受けるって知ってました」


 ヴィオラは黙っていた。


「言ったら、僕も仕事を失うと思って。それで、何も言えなくて」


「あたしが聞いた時も?」

「……はい」


 あの朝、銀貨を押しやった相手が、目の前にいる。

 働いた分の代金は払った。

 言いたいことがあるなら、自分で言葉にしろとも告げた。


 その時には出なかった言葉を、今、聞いている。


「ごめんなさい!」


 ニコが頭を下げた。


 ヴィオラは、すぐには返事をしなかった。

 グレタが扉を閉める。

 窓の外で、荷車の音がした。


「それを聞いたからって、あの日のことがなくなるわけじゃないわよ」

「分かってます」


「……はあ。顔を上げて。今日は、何をしに来たの」


 ニコは顔を上げた。

 蜂蜜色の瞳が赤い。


「記録を、持ってきました」


 鞄を卓に置き、紐で束ねた紙を出した。


「あなたが追放される前に、宰相府に送った月次集計の控えです。発送の記録と、受領の返書も」


 ヴィオラが近づいた。


「保管庫に残ってたの?」

「発送控えは、事務室の別の棚です。帳簿を書き換えた後も、そこには前の数字が残ってました」


「気づかれてない?」

「処分する書類を整理しろと言われて、僕が担当しました。……その時に持ち出しました」


 ニコは、最後の一枚を抜いた。


「それから、これを見つけました」


 王国西部の魔力供給量を、引き上げる指示。

 支払額は、従来のまま据え置く。

 差分は、通常の購入量と分けて記録すること。


 ヴィオラは椅子を引き、座った。


 指示が出た日付を確かめる。

 手帳を開き、同じ月の数字を探した。


 供給量が増えたのに、支払額が変わらなかった月。

 ガレスに説明を求めると、計算の仕方が違うと退けられた箇所だ。


「……この指示、どこから?」

「宰相府です。ギルドで受け取った日付も、裏にあります」


 グレタがヴィオラの隣に来た。

 紙の下には、宰相府の印がある。

 裏には〈白銀の冠〉の受領印と、担当者の署名。


 ヴィオラは、発送控えを並べた。

 増えた供給量を記した集計に対して、宰相府から届いた返書にも、受領した旨が書かれている。


 供給を増やし、支払額は変えない。

 その指示を、王国側が出している。

 王国に送る記録にも、同じ量が載っていた。


「書類が本物かどうか、印と記録を照合する」


 グレタが言った。


「陛下にも知らせる。いいな」

「ええ。あたしも、一枚ずつ確かめるわ」


 ヴィオラはニコに目を向けた。


「ニコ……最後に食べたのは?」

「昨日の、昼です」

「先に食事をしなさい。それから、どの棚の何番目にあったかまで聞くわよ」


 ニコの唇が震えた。


「……僕の話を、聞いてくれるんですか」


「あんたが持ってきた仕事の話はね」


 ヴィオラは紙を押さえた。


「許したとは言ってないわ。でも、あんたが勇気を出してここまで運んだ物を、見もしないで捨てるほど馬鹿じゃないの」


 グレタが兵を呼び、食事の用意を頼んだ。

 ニコは椅子に座り、ようやく鞄から手を離した。


 ヴィオラは、宰相府の印を見下ろす。


 追放を決めたのは、ガレスだった。


 だが、彼が守ろうとした数字は、王国からの指示で作られている。


 ヴィオラは新しい紙を出した。

 確かめるべき日付と、関わった者の名前を書いていく。


「……ガレス。あんた一人で払える話じゃ、なさそうね」


 ペン先が、宰相府の文字に線を引いた。



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