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オカマ悪女、魔法使いをしていましたがギルドを追放されたので魔王と手を組みます。  作者: 黒沼司


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6 買い叩かせない悪女

「売上の八割。五年間の独占。工房の印は消す」


 翌朝、ヴィオラは荷捌き場の卓に、昨日の契約書を広げた。


「改めて読むと、素敵ね。あんたの取り分だけは」


 向かいに座るベルトランが、眉をひそめる。

 隣にはローザ。

 卓の周りには、昨日、魔法灯に興味を示した商人たちが集まっていた。


 グレタに許可を取り、商隊の出発前に短い商談の時間を設けてもらったのだ。


「私への返事を、他人に聞かせる必要があるのか」

「条件を隠せとは、言われてないもの」


 ヴィオラは新しい紙を重ねた。


「こちらの卸値は一台、銀貨三枚。初回は十二台まで。三日後に、この場所で引き渡す。注文時に半額、品を確認してから残りの半額」

「三枚?」


 ベルトランが鼻で笑った。


「元の品は二枚だぞ」

「元の品とは違うでしょう。昨日、見なかった?」


 ヴィオラは切替輪を回す。

 柔らかな光が、紙に並んだ数字を照らした。


「低い出力を選べば、蓄えを長く使える。魔石に補充する手間が減る。工房の印も、あたしの印も残す。故障の相談先まで消して売る気はないわ」


 商人の一人が、口を開いた。


「運ぶ途中で壊れた時は?」

「荷を落とした破損は、運ぶ側の責任。製造時の不具合なら、工房で交換する。見分け方も、受け渡しの時に説明するわ」


「四枚で売れば、差額は一枚か」

「そこから運賃と税を払えるか、自分の商売に合わせて考えなさい。小売の値段まで、あたしは決めないわ」


 男は、隣の商人と顔を見合わせた。


 ベルトランが卓を叩く。


「素人同士で話を進めるな。王国で売るには信用が要る。私の名がなければ――」

「じゃあ、あんたの信用を買うお客に売りなさいよ。これは灯りを買う人に売るの」


 葡萄色の唇に、笑みが浮かぶ。


「お名前だけで夜道が明るくなるなら、見本を出してちょうだい」


 誰かが吹き出した。


 ベルトランの頬が赤くなる。

 ヴィオラは笑い声が収まるのを待ち、ローザに紙を向けた。


「作れる数は、これでいい?」

「ああ。今ある余りの在庫を改良すれば、十二台。三日なら間に合う。前の注文分には手をつけない」


「なら、これ以上は受けないわ」


 ベルトランが椅子に背を預けた。


「待っていれば、もっと大きな注文が取れる」

「職人が寝ずに働けば?」

「納期を守るのは、工房の仕事だ」


 ヴィオラは、男の目を見た。


「引き受けられる仕事を選ぶのも、工房の仕事よ」


 ーーーー


 ベルトランは、ヴィオラだけを卓の端に呼んだ。


「こちらなら、君にも悪くない話ができる」


 小さな袋が置かれる。

 中から、金貨が覗いた。


「十枚だ。前金として渡す」


 ヴィオラは袋を見た。

 調査と修復で稼いだ報酬より、多い。


「何の前金?」

「新しい品の作り方を私に渡せ。ローザと職人は、王国の作業場に移す。宿も用意する」


「本人たちは同意してるの?」

「君が説得すればいい。彼らには旅費と住居費を貸す。働いて返してもらえば、こちらも損はない」


 ベルトランが、もう一枚の紙を出した。


 返済まで、作業場を離れてはならない。

 毎月の賃金から、宿と食事の代金を差し引く。

 退職する場合は、移動費に加えて違約金を支払う。


 ヴィオラは紙を読み、袋に視線を戻した。


 グレタが少し離れた場所で見ている。

 その後ろの検査室には、レオンハルトがいた。

 昨日報告した商談の結末を確かめるために来ていたが、交渉へは口を出していない。


「賃金から宿代と食費を引いて、その残りで借りを返すのね。いくら残るのかしら?」


「働けば済む話だ」

「その仕事代を、あんたが決めるんでしょう?」


 ヴィオラは紙を持ち上げ、ローザを呼んだ。


「これを読んで」


 ベルトランが手を伸ばす。


「まだ、君への提案だ」

「この人を移す話なら、この人への提案よ」


 ローザは紙を受け取った。

 読み進めるにつれ、口元が固くなる。


「……あたしの工房はどうなる」

「こちらに預けて、戻りたければ借りを返せばいい」


「売る気はない」


 ローザは紙を卓に置いた。


 ヴィオラは金貨の袋を、ベルトランに押し戻す。


「聞こえたでしょう」


「君は金が欲しいのではないのか」


「欲しいわよ」


 ヴィオラは、今度は笑わなかった。


「でも、あたしが引き受けた職人を売って稼ぐほど、下手じゃないの」


 十枚あれば、次の品も、次の工房も買えるかもしれない。

 それでも、目の前のローザを手放す理由にはならなかった。


 レオンハルトは検査室の戸口に立った。


 人間が魔族に差し出す紙を、これまで何度も見てきた。

 仕事も住居も与えると言って、最後には出ていく自由を奪う。


 ヴィオラも紙を差し出す男だった。

 同じものを売っているのではないかと、疑っていた。


 今、その男が、手にできたはずの金を返している。


 ローザを庇うために、王の許可を待つこともなかった。


「金を払えば、何をさせてもいいと思ってる男は嫌いよ」


 ヴィオラが告げた。


 ベルトランの手が、金貨の袋を掴む。

 レオンハルトは、握っていた拳を開いた。


 この人間が守るものは、紙に書かれた条件だけではなかった。


 ーーーー


「私がいなければ、王国で売れないぞ」


 卓に戻ったベルトランが言った。


 ヴィオラは座らず、商人たちに顔を向ける。


「昨日は、誰も買わないって言ったわよね。せっかくだから、答えを聞いてみましょう」


 荷車の下を照らしていた商人が、灯りを置いた。


「俺は四台。宿と運送屋に見せたい」

「こちらも四台欲しい。王国の西部を回る荷に載せる」

「残りの四台を。国境の宿場で売ってみる」


 三人の声が続いた。


 ローザが、ヴィオラを見た。

 ヴィオラは台数を紙へ書く。


「これで十二台。初回は締め切るわ」


 ベルトランが立ち上がる。


「私との注文を忘れたのか、ローザ!」


 ローザの肩が揺れた。


 ヴィオラは、昨日確かめた注文書を出した。

 ローザから預かった原本だ。


「忘れてないわよ。取り置きした元の品は、ちゃんとある。今日持って帰るなら、約束の代金で渡す」


「新しい品に替えろ。同じ値段で」

「別の商品よ。欲しければ、次の生産分を注文してちょうだい」


「元の品なんか、もう買い手がつかない」


「だから、最初の約束までなかったことにするの?」


 ヴィオラは注文書を卓に置いた。


「受け取りを延ばしたいなら、日付を決めましょう。値段を変えたいなら、ローザの同意を取りなさい。どちらも嫌なら、注文を取り消す条件を話し合う」


 ベルトランは、紙を睨んでいた。


 周囲には買い手がいる。

 グレタは、話を聞いていた商人の名前も記録している。


 ベルトランはついに、元の注文分を引き取ると言った。


「支払いは?」

「品と引き換えだ」

「ええ。今、運ばせるわ」


 ヴィオラは、ローザに頷いた。


 木箱が届き、品の確認と代金の受け渡しが終わる。

 新しい注文にも署名が入り、三人分の前金が卓に積まれた。


 金貨十枚には届かない。


 だが、誰も工房を奪われず、明日も自分の仕事場で働ける金だった。


 ヴィオラは、銀貨を一枚ずつ数えた。


「綺麗なお金ねえ」


「さっきの金貨の方が、綺麗だっただろう」


 ローザが言う。


「そうね。だから、惜しかったわ」


 ヴィオラは顔を上げた。


「その分、あんたにはいい物を作ってもらうわよ。次はもっと儲けるの」


 ローザが笑い、前金を受け取った。


 ーーーー


 人間の商人たちが荷をまとめ始めた頃、レオンハルトがヴィオラを呼んだ。


「なぜ、俺を呼ばなかった」


 ヴィオラは振り返る。


「陛下に値段を決めてもらう商談じゃないもの」

「工房を奪う話になった時だ」


 ヴィオラは、レオンハルトを見上げた。


「ローザが断ったでしょう。それで十分よ。陛下が駄目と言わなきゃ断れないなら、あの人の工房じゃないわ」


 レオンハルトは、少しの間、黙っていた。


 領民を守るために、人間との取引を自分が押さえようとしてきた。

 そのせいで、領民が何を選べるかまで、王の判断に委ねさせていたのかもしれない。


「……お前のやり方を、俺は見誤っていた」


 ヴィオラの耳飾りが止まった。


「ええ?何よ。急に」

「お前が欲しがる金と、売らないものが分かった」


 魔王は、彼の目を見た。


「ヴィオラ。工房との商売を続けろ。俺は、それを認める」


 その名を呼んだ声は、優しかった。


 ヴィオラは唇を開きかけ、閉じた。

 それから鞄を持ち直す。


「……だったら、商売の許可を紙でもちょうだい。口約束は嫌いなの」

「分かった。紙で出そう」

「監視は?」

「当面は残す。商人の動きも確認する必要がある」


「結構よ。荷物を運ぶ手も借りられるなら、なお助かるわ」


 レオンハルトの口元が、わずかに動いた。


「見張りまで使う気か」

「暇にしてたら、もったいないでしょう」


 初めて、レオンハルトの口から短い笑いが漏れた。


 ヴィオラは、その顔を見た。

 いつも険しい男が笑うと、左眉の傷の印象まで変わる。


 腹立たしい。

 笑っても、男前だった。


 レオンハルトは、彼の手元に視線を落とした。


 紙を何枚も扱った指に、インクがついている。

 葡萄色の爪も、今日は少しだけ汚れていた。

 それでも、目が留まる。


 美しいだけの男なら、ここまで気にはならなかった。


「今夜の食事で、売り方の続きを聞かせろ」


 ヴィオラが顎を上げる。


「ご依頼?」

「仕事の報告だ」


「じゃあ、食事は温かいうちに出して。話が長くなるわよ」


「分かった」


 今度は、ヴィオラの方が笑った。


 ーーーー


 三日後、完成した十二台は、約束通りに引き渡された。


 王国側へ戻る二人の商人と、国境の宿場を回る商人。

 それぞれの運搬許可を確かめ、残金を受け取る。


 グレタに同行の許可を取り、ヴィオラは国境側の魔王領の集落まで、護衛とともに荷を見送った。

 宿場の店先には、その日のうちに一台が並んだ。


 花の印を指でなぞり、店主が言う。


「悪女の灯りか」

「夜道で会うなら、こっちの悪女は便利よ?」


 一台目が売れたのは、夕方だった。


 代金を受け取った店主が、次の客に切替輪を見せている。

 ヴィオラは少し離れた場所で、その手元を眺めた。


 王都で取り上げられた仕事の代わりに、自分で作った商売が動いている。


 まだ小さい。


 けれど、ガレスの印章も、承認も要らなかった。


 その時、街道から馬が駆けてきた。


 王国に向かった商隊の使いだ。

 検問で一人だけ引き返すことを許され、こちらへ知らせに来たという。


「荷を止められた!」


 男は馬から下り、封を切った通知を差し出した。


 王国の役人と、〈白銀の冠〉の係員が、新しい灯りを押さえた。

 ヴィオラが関わった品には、不正な魔力が使われている疑いがあるという。


 検査が済むまで、販売と運搬を認めない。


 通知の下に、青いギルドの紋章があった。


 ヴィオラは紙を受け取った。

 買い手たちの残金を収めた鞄の紐が、肩に重く食い込む。


 金は、もう受け取っている。


 品を渡したからといって、ここで相手を見捨てるつもりはなかった。


「……ガレス」


 葡萄色の唇が、ゆっくりと吊り上がる。


「あたしの商品を止めるなら、あんたの商売も止めてあげるわ!」



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