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オカマ悪女、魔法使いをしていましたがギルドを追放されたので魔王と手を組みます。  作者: 黒沼司


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2/17

2 魔王に売り込む悪女

 王都を出るために、ヴィオラがまず買ったのは、地味な色の頭巾だった。


「似合わないわねえ」


 露店の小さな鏡を覗き、顔を顰める。

 紫の髪を隠し、耳飾りまで外した自分は、どうにも気に入らない。


「旅には丈夫なのが一番ですよ、お兄さん」

「誰がお兄さんよ。丈夫で綺麗な物を売りなさいよ。両立できない理由があるの?」


 ヴィオラは唇を尖らせて文句を言うと、代金を置いて、鏡から離れた。


 今は贅沢を言っている場合ではない。

 ただし、忘れるつもりもなかった。


 南門へ向かう通りには、荷馬車が並んでいた。

 ヴィオラは、その中の一台を選んで声をかけた。


「国境まで、お客を一人乗せる気はない?」


 御者台の男が振り返る。

 荷台には布の包み。車輪は古いが、手入れはされていた。


「客なんか乗せてない」

「銀貨三枚。あたしが荷崩れを防ぐ結界も張るわ」

「……五枚」

「四枚。到着してから二枚、今二枚。荷物の保証まで付くのよ。欲張ると商機を逃すわ」


 男はヴィオラを上から下まで見た。


「訳ありか」

「こんな格好をして、荷台に乗りたい人間に何を期待してるのよ?」


 短い沈黙の後、男が手を出した。


「紙を見せろ」


 ヴィオラは内ポケットから契約紙を取り出した。

 行き先と運賃、荷台に乗る許可、荷物を守る範囲。

 互いに条件を読み、署名する。


 紙に紫の光が走った。


「途中であたしを置いていったら、残りの運賃はなし。結界もそこまでよ」

「分かったよ」

「それと、布を踏んだ弁償まで請求しないでね。あたしが座る場所は、あなたが決めなさい」


 男は呆れた顔で、荷台の端を指した。


 南門では、兵士が馬車の荷を調べていた。

 ヴィオラは布の包みの陰に座り、頭巾を深くかぶる。


 兵士は御者の通行証を確かめ、荷台を一巡した。

 粗末な頭巾の旅人には、ちらりと目を向けただけだった。


 車輪が動き出す。


 王都の壁が遠ざかってから、ヴィオラは膝の上の手を開いた。

 爪が食い込んだ掌に、薄い跡が残っている。


「……このあたしが、布と一緒に出荷されるなんてね」


 包みが揺れ、頭に当たった。


「ちょっと。商品なら商品らしく、大人しくしてなさいよ」


 布に文句を言うヴィオラの声を聞いて、御者が前を向いたまま、肩を震わせた。


 ーーーー


 翌日、荷馬車は国境近くの分かれ道で止まった。


 約束した集落は、すぐ先にある。

 その入り口で、王国の兵士が通行人を止めていた。


 ヴィオラは頭巾の下から様子を窺う。

 兵士の手にある紙には、ヴィオラの顔を描いた、あの不出来な似顔絵があった。


「ここで降りるわ」


 御者が振り返った。


「まだ着いてないぞ」

「見えてるんだから、着いたことにしてあげる」


 残りの銀貨を渡すと、男は検問に目を向けた。

 それから何も尋ねず、銀貨をしまう。


「東の林を抜けりゃ、古い石橋がある。その向こうは魔王領だ」

「あら。親切ね。道案内まで付いてたの?」

「荷が無事に着いた礼だよ」


 ヴィオラは荷台から降りた。

 靴の土を払い、男へ顎を上げる。


「布の端、湿気てるわ。着いたら広げて乾かしなさい」

「分かった」

「また商売するなら、次は座席を用意してちょうだいね」


 馬車が去る。

 荷を包んでいた紫の結界も、契約の終了とともに消えた。


 ヴィオラは林に入った。


 枝が上着の裾を引っかける。

 泥が靴につく。

 逃亡生活は、まだ二日目だというのに不愉快なことばかりだった。


 古い石橋に辿り着いた時には、日が傾き始めていた。


 橋の向こうに黒い境界石が立っている。

 その先が魔王領だ。


「やっとね」


 頭巾を外す。

 紫の髪が、夕方の風にほどけた。


「止まれ、ヴィオラ・ヴェイン!」


 背後から声が飛んだ。


 振り返ると、林の道を兵士が三人、駆けてくる。

 先頭の男が剣を抜いた。


「頭巾をかぶっても、その服は目立つぞ」

「でしょうね。安物に着替える暇がなかったの」


 ヴィオラは鞄を肩から下ろした。


「王国の命令だ。大人しく同行しろ」

「嫌よ」

「抵抗すれば、力ずくでも連行する!」


 後ろの二人が左右に散った。

 一人は弩を構えている。


 ヴィオラの目から、笑みが消えた。


「……その矢、どこに当てるつもりよ?」


「動かなければ撃たない」

「あたしの顔に傷をつけたら、あんたの給料じゃ払いきれないわよ」


 髪をまとめ、金の留め具で高く結ぶ。


 腰の内側から取り出したのは、細い鎖の付いた四枚の金属札だった。

 かつて仕事で使っていた、携帯結界の道具。

 札の裏には、ヴィオラ自身が書いた条件が刻まれている。


 守る範囲は四枚の内側。

 外から入る刃と矢を止める。

 動かさず、短時間だけ使うことで、少ない魔力でも強度を上げられる。


 橋のたもとへ、一枚。

 左右の地面へ、二枚。

 最後の一枚を踵の後ろへ落とす。


「何をしている!」

「身支度。待てない男は嫌われるわよ」


 兵士が踏み込んだ。


 剣が振り下ろされる。

 ヴィオラは動かなかった。


 刃先が、顔の手前で止まった。


 紫の光が四枚の札を結び、透明な壁を立ち上げる。

 兵士の腕が跳ね返された。


 ほぼ同時に飛んできた矢も、壁にぶつかって足元へ落ちた。


「綴約魔法……!」

「あら。仕事を見たことがあるのね」


 ヴィオラは内側から、相手の剣に指を向けた。

 刃に魔力を押し込む。

 兵士が無理に引こうとした瞬間、傷んでいた鍔の留め金が弾けた。


 男は剣を取り落とした。


「武器の手入れ代まで削られた?お気の毒。ガレスの勲章は、ぴかぴかだったわよ」

「貴様……!」


 残る一人が、札に手を伸ばす。


「それ、素手で触らない方がいいわよ」


 男は構わず札を掴み、悲鳴を上げた。

 表面の魔力に弾かれ、尻餅をつく。


「注意はしたからね。治療費は出さないわ」


 ヴィオラは橋へ続く側の札を拾った。

 結界の形が崩れるより早く、石橋を駆け上がる。


 兵士たちも追ってきた。

 だが、橋の半ばで、その足が止まった。


 向こう岸に、槍を構えた兵が並んでいた。


 頭に角がある。

 王国兵のものとは違う、濃紺の軍服。


「ここから先は、魔王陛下の領地だ」


 魔族の兵が告げた。


「武装したまま橋を渡るなら、侵入と見なす」


 王国兵の一人が叫ぶ。


「その男は横領犯だ!こちらへ引き渡せ!」


 ヴィオラは境界石を越え、息を整えた。

 結界に使った魔力の分だけ、足が重い。


「聞いた?あたし、男ですって。ずいぶん丁寧に説明してくれるじゃない」


 槍の先が、今度はヴィオラに向いた。


「お前も動くな」

「……でしょうね」


 両手を上げる。

 ここでまた魔法を使えば、商談の前に戦争になる。


 王国兵は、しばらく橋の上から怒鳴っていた。

 魔族の兵は、最後まで槍を下ろさなかった。


 やがて人間側が退くと、ヴィオラの周りを三人が囲んだ。


「何のために来た」

「商売よ」

「武器を捨てろ」

「商売道具まで捨てたら、あたし無職じゃないの」


 穂先が近づく。


 ヴィオラはゆっくりと鞄を地面に置いた。


「……分かったわ。預ける。ただし、受け取った物は記録してちょうだい。なくした時に揉めたくないの」


 兵の一人が、眉を寄せた。


「魔王陛下に会わせて」

「会える立場だと思っているのか」

「その判断をするために、これを見せてほしいのよ」


 上着の内側の手帳を、二本の指で取り出す。

 掌で表紙に触れると、買い物の記録が消え、数字と伝票番号が浮かんだ。


「〈白銀の冠〉の契約管理者だった、ヴィオラ・ヴェイン。王国の魔力供給記録を持ってきたと伝えなさい」


 今度は、兵たちの顔が変わった。


 ーーーー


 城に連れていかれたのは、翌日の午後だった。


 それまでヴィオラは国境の詰所で過ごした。

 逃げないよう見張りを置かれ、鞄も預けたまま。

 毛布は硬く、食事は薄い粥だった。


 空になった椀を見て、兵が言った。


「人間の口には合わなかっただろう」

「もっと塩があればよかったわ」

「塩は高い」

「……そう」


 それ以上は言わなかった。


 城に向かう道でも、裕福そうな村は見当たらなかった。

 修繕した跡の残る屋根。

 水の出ない共同の水場。

 荷車を押す魔族の腕には、人間の拘束具を外したような古い傷があった。


 王国の市場で見た豊かさが、頭をよぎる。

 手帳を取り戻せたら、調べたい数字があった。


 城の広間で待っていたのは、灰銀色の髪を低くまとめた女だった。

 短い灰色の角。濃紺の軍服。

 腰の剣にも、服装にも隙がない。


「グレタだ。陛下の前で、不審な魔法を使うな」

「先に、鞄を返してほしいんだけど」

「必要な物は私が出す」


 ヴィオラは、彼女が持つ自分の鞄を見た。


「金の留め具、引っ張らないでね」

「……聞いていた通りだな」

「あら。綺麗だって?」

「うるさい人間が来たと」


 大きな扉が開いた。


 玉座にいた男を見て、ヴィオラは口を閉じた。


 褐色の肌。

 後ろに流した黒髪と、額の左右から伸びる黒い角。

 黒い外套の裏地に、深紅が覗く。


 こちらを見下ろす金色の瞳に、歓迎の色はなかった。


 座っていても分かる、広い肩と長い脚。

 左眉の上の傷まで、その顔に似合っている。


 なるほど。

 これは、ただの噂ではない。


 魔王レオンハルト。


 彼は黙っているだけで人を退かせる男だった。


「……人間ごときが、俺に会いたいだと」


 低い声が広間に響く。

 ヴィオラは片手を腰に添えた。


「ええ。どうせ売り込むなら、決裁できる相手に会いたいもの」

「ここを人間の商会と同じに扱うな」

「商会より立派な椅子なのは分かるわ」


 グレタが一歩、近づいた。


 ヴィオラは視線だけで、その動きを追う。


「王国の密偵か」


 レオンハルトが問う。


「だったら、もう少し綺麗な身分証を用意してくれるでしょうね。あたしの指名手配書、見た?」

「お前たちは、追う者と追われる者を装う程度のことはする」


 ヴィオラは唇の端を戻した。


 もっともな疑いだった。

 怒鳴るだけの相手なら楽だったが、この男は違う。


「なら、調べればいいわ。あたしの名前も、仕事も」

「その間、お前が領内で何をする」

「まだ何も。鞄までそちらに預けてるでしょう」


「人間はそう言って、門を開けさせた」


 魔王の指が、肘掛けを掴む。


「商人を名乗って領民を連れ去った者もいる。約束を掲げて土地を奪った者もいる。今さら、お前の言葉を信じろと?」


 ヴィオラは、道で見た魔族の腕を思い出した。


「……信じなくていいわ。確かめなさいよ」


 金色の瞳が細くなる。


「偽りなら、殺すぞ」


「本当なら、お金を払いなさいね」


 グレタの手が剣の柄へ移った。


 ヴィオラは両手を開いて見せる。

 掌には何もない。


「命の話をするなら、あたしにも報酬の話をさせてちょうだい。危ない仕事ほど高いの。そこは覚えておいて」


 レオンハルトが立ち上がった。


 大きい。


 玉座から下りた男が近づくたび、ヴィオラは顎を上げなければならなかった。

 至近距離で見る顔は、腹立たしいほど男前だった。


 だからといって、首を差し出す気はない。


「俺を恐れないのか」

「怖いわよ。あんた、大きいし、物騒だし」


 ヴィオラは一度、唾を飲み込んだ。

 それでも目は逸らさなかった。


「でも、値下げするつもりはないわ」


 魔王の表情は変わらない。


「何を売る」


 ようやく、話が進んだ。


 ヴィオラはグレタに向き直る。


「手帳を。開くのはあたしだけど、持っているのはあなたでいいわ」


 彼女は魔王を見た。

 短い頷きを受けて、鞄から手帳を取り出す。


 ヴィオラが表紙に触れる。

 紫の光が走り、書き留めていた数字が現れた。


「王国の供給記録と、ギルドの支払い記録。その間に、金も魔力も説明のつかない流れがある」

「それが俺と何の関係がある」

「国境沿いの設備を確かめたいのよ。王国側の記録だけじゃ、辿れない場所があるから」


 まだ、全てを説明できるわけではない。

 ここで話を大きくすれば、次に求められるのは、出せない証拠だ。


 ヴィオラは手帳の一行を指した。


「これは調べる手掛かり。答えは、これから見つけるの」

「そのために、お前を生かしておけと?」

「仕事をさせてほしいと言ってるのよ。あたしを追いかけ回すより、王国が嫌がる使い方だと思わない?」


 レオンハルトは数字を見た。

 次に、ヴィオラの顔を見る。


「お前は、自分の国を売るのか」


 ヴィオラは微笑んだ。


「先にあたしを捨てたのは、向こうよ」


 葡萄色の唇が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「でも、あたしを買うなら安くはないわ。役に立たなかった人間に払うのとは、桁が違うもの」

「……人間ごときが」

「その人間ごときに、王国は懸賞金をかけてるのよ。見る目があるのか、ないのか、腹立たしい話でしょう?」


 魔王は笑わなかった。

 ヴィオラも、それを待たなかった。


「あたしは……あたしを追い出した奴らが、あたしに頭下げないと生きていけない国にしてやるわ!」


 胸を張り、目の前の男を見上げる。


「レオンハルト陛下」


 ここから先は、逃亡先を借りるだけでは済まない。

 自分の腕で、値段をつけさせる。


「あたし、あなたと商売がしたいの」




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