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オカマ悪女、魔法使いをしていましたがギルドを追放されたので魔王と手を組みます。  作者: 黒沼司


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1/16

1 捨てられた悪女

 ここは、豊かな国――ルミナリア王国。


 街には魔法の灯が輝き、市場には遠方から運ばれた品々が並ぶ。


 人々がその繁栄を誇るこの国には、王国一、名の知れた悪女がいた。


 圧倒的な力を持ち、契約を管理する魔法使い。

 美しく、気高く、そして誰よりも金にうるさい。


 その名は、ヴィオラ・ヴェイン。


 彼は――オカマである。


 ーーーー


「あら。お金がないのに、ずいぶん素敵な指輪をしてるのね」


 冒険者ギルド〈白銀の冠〉の受付で、ヴィオラは男の手を取った。

 葡萄色に塗った爪が、男の太い指にはまった宝石をなぞる。

 男の顔から血の気が引いた。


「これは家の物で……」

「ええ。ご実家から譲られた物。担保の欄にも、そう書いてあるわ」


 ヴィオラは黒と紫の上着から、折り畳んだ契約書を取り出す。

 紙の端に魔力を通すと、金色の文字が浮かび上がった。


「納品から三十日以内に支払い。遅れた場合は、この指輪を換金する。あなたが署名した契約よ。読み直す?」

「たっ……たった五日遅れただけだろう!」

「あたしの職人は、その五日間もご飯を食べるの」


 腰まで伸びる紫の髪を、肩の後ろに払う。

 ヴィオラの耳飾りが揺れ、美しい微笑みは崩れない。


「昼まで待ってあげる。現金を持ってくるか、指輪とお別れするか。お好きな方を選びなさい」

「このオカマジョ……オカマ悪女め……」

「ご存じだったのね。話が早くて助かるわ」


 男は手を振りほどき、受付から逃げるように出ていった。

 隣で書類を抱えていたニコが、小さく息を吐く。


「本当に換金するんですか?」

「もちろん。買い手も見つけてあるわ」

「え、もう?」

「綺麗な石だもの。欲しがる人はいるわよ」


 ヴィオラは契約書をしまい、受付の台に銀貨を一枚置いた。


「職人たちへの支払いは済ませておいたわ。回収できたら、あたしの口座に戻しておいて。これは、あなたの立て替えてくれた郵送代」

「郵送代なら、そんなにかかってません」

「残りは手間賃。受け取りなさい」


 ニコが銀貨へ手を伸ばした時、奥の扉が開いた。


「ヴィオラ・ヴェイン。大広間へ」


 ギルドの警備係が、硬い声で告げる。

 普段なら仕事の依頼を持ってくる男が、今日は剣の柄に手を添えていた。


「あら、何の集まり?」

「ギルド長から説明がある」


 ニコの指が止まった。

 ヴィオラは、その様子を横目で見た。


「……ニコ。あなた、何か聞いてる?」


 栗色の前髪の下で、ニコが唇を噛む。

 答えはなかった。


 ヴィオラは銀貨を彼の方へ押しやり、台から手を離した。


「いいわ。自分で聞いてくる」


 ーーーー


 大広間には、冒険者だけでなく、取引先の商人や王国の役人まで集められていた。

 正面の壇に立つのは、ギルド長ガレス。

 白と青の制服には、磨き上げた勲章が並んでいる。


 その隣に、勇者セドリックがいた。

 誰もが憧れる、王国の英雄。


「ずいぶん大勢ね。あたしの誕生日は来月よ?」


 そう言って、ヴィオラは空いていた椅子を引き、腰を下ろす。


「座っていいとは言っていない!」

「長い話でしょう?立って聞く料金は契約に入ってないわ」


 ガレスの口髭が、わずかに動いた。

 彼は卓上の書類を取り上げる。


「ヴィオラ・ヴェイン。君には、王都の魔力設備に関する保守費用を横領した疑いがある」


 広間のあちこちで、声が上がった。

 ヴィオラは足を組み直した。


「金額は?」

「金貨二百四十枚」

「随分大きく出たわねえ」

「他人事のように言うな!」


 ガレスが書類を掲げる。

 そこには、確かにヴィオラの署名があった。


 ヴィオラは立ち上がり、壇へ近づいた。

 警備係が前へ出ようとするのを、ガレスが手で制する。


 書類を受け取ったヴィオラは、数字より先に、紙の左端へ目を向けた。

 綴じ穴が一つ、ずれている。


「ふーん」


 次いで、支払先の欄。

 そこには、昨日確認した帳簿とは違う商会の名が記されていた。


 昨日の夕方、執務室で確認した帳簿にはなかった名だ。


「これ、原本?」

「君が承認した支払い記録だ」

「質問に答えなさいよ。原本なの?」

「正式な監査資料だ!」


 ヴィオラは顔を上げた。

 ガレスの後ろにいる王国の役人は、目を合わせなかった。


 ーー実は二週間前から、ヴィオラは魔力設備の収支を調べていた。


 王国から届く供給記録と、ギルドの支払記録が合わない。

 帳簿の上では金も魔力も足りているのに、実際の設備に届く量には別の数字が出る。


 説明を求めたのは二度。

 返事の代わりに用意されたのが、この集まりだった。


「あたしが確認したのは、職人への支払いよ。この商会に金を渡す承認なんてしてないわ」

「署名は君のものだろう」

「署名の上に何を書いても許されるなら、あんたの給料もあたし宛てにしておくべきだったわねえ」


 商人の一人が、慌てて咳をした。

 ガレスは書類を取り返し、卓上に伏せた。


「君は以前から、取引相手に不当な条件を押しつけていた。高額な手数料、過度な違約金。ギルドの信用を利用し、私腹を肥やしていたのだ」

「その手数料から、ギルドにも取り分が入ってるわよ」

「今は君の行いを問うている!」

「自分の取り分だけは清らかなお金だったのね、ガレス。便利な財布だこと」


「ヴィオラ」


 セドリックが口を開いた。

 彼の青い瞳には、非難と、こちらを説得できるという確信があった。


「もうやめよう。金は返せばいいから。僕からも、処罰を軽くするよう頼んである」

「……返す?」

「君の働きには感謝している。だからこそ、正直に認めてほしいんだ」


 ヴィオラは、しばらく彼の顔を見た。


「あんたホント、顔はいいのに、残念ね」

「今は、そういう話をしているんじゃない」

「そうね。顔以外の話をしてるの」


 セドリックの頬が強張る。


「セドリック、あんた、あたしに一度でも確認した?支払先を調べた?それとも、立派な椅子に座ってる人が言ったから信じたの?」

「監査で証拠が出ている」

「じゃあ、監査の元になった帳簿をここへ持ってきなさいよ。今すぐ」


 返事をしたのはガレスだった。


「帳簿は王国の調査機関へ提出済みだ。犯罪者の君に触らせるわけにはいかない」


 ヴィオラの指先の温度が下がる。


 帳簿は昨夜まで、記録室にあったはずだ。


 ガレスは新しい書類を広げた。


「本日をもって、君を王国一の名誉あるギルド、〈白銀の冠〉から除名する。契約管理者としての権限も剥奪。王国との保守業務は、別の担当へ引き継ぐ」


 椅子の脚が床を擦った。

 誰かが立ち上がりかけ、また座る。


 ヴィオラが仕事を回してやった冒険者。

 交渉を代わってやった商人。

 彼に礼を言ったことのある者が、今日は視線を落としていた。


 最後に、入り口のそばにいるニコが見えた。

 書類を抱えたまま、俯いている。


 ヴィオラは一度だけ唇を引き結び、それから笑った。


「……そう。こんな汚い手で、あたしを捨てるのね」


 ガレスは除名通知に署名し、印章を押した。

 紙の上に、ギルドの紋章が青く浮かぶ。


「これは組織を守るための決断だ」

「ええ。あんた、そういう言い方は上手だもの」


 ヴィオラは通知を手に取り、解除条件を読んだ。

 日付、権限の停止、私物の持ち出し許可。

 代わりにギルドは、今月分の報酬を没収するつもりらしい。


「最後まで手癖が悪いわね」


 胸元から銀の徽章を外し、卓上へ置く。

 紫の魔力が、細い糸になって徽章からほどけた。


 同時に、壁際の魔法灯が一斉に揺らいだ。

 ガレスが顔を上げる。


「何をした!」

「契約管理者の登録解除。今、あんたが命じたことでしょう?おバカさん」


 光はすぐに戻った。

 ただ、ガレスの卓上にあった承認用の魔石だけが、灰色に沈んでいた。


「新しい担当者を登録しなさい。魔力設備は今の契約期間までは動くけど、次の更新には承認が必要よ」

「なぜ魔石まで使えなくなる!」

「個人の認証を使い回せたら、契約管理の意味がないでしょう。説明書は引き出しの二段目」


 ヴィオラは通知を折り畳んだ。


「それと、今夜が支払期限の職人が三組いるわ。忘れないでちょうだいね」

「君に指図される筋合いはない!」

「好きになさい。請求されるのは、あんたよ」


 広間の扉へ向かう。

 道を塞いでいた警備係が、彼の顔を見て半歩退いた。


 誰かが、小さく呟いた。


「本当に、悪女だな……」


 ヴィオラは振り返った。


「ええ。だから、捨てる相手は選ぶべきだったのよ」


 ーーーー


 執務室の前には、見張りが二人いた。

 私物を持ち出すまで監視するらしい。


 ヴィオラは扉を開け、壁の鏡を見た。

 紅は落ちていない。

 髪も乱れていない。


 いつもどおりの美しい顔だった。


 椅子に掛けてあった外套を取り、机の引き出しを開く。

 帳簿も、供給記録も、調査のためにまとめた書類もなくなっていた。


 代わりに、彼が買った高価な羽根ペンだけが残されている。


「それまで盗んだら、さすがにみっともないものねえ?」


 見張りの一人が眉をひそめた。

 ヴィオラは構わず、羽根ペンと化粧道具を鞄に入れる。


 最後に、机の上に置いていた薄い手帳を取った。


「それは?」

「私物よ。香水の注文と、あたしの買い物の記録」

「確認する」


 男が手帳を開く。

 紙には、香水店の名前や布の値段が並んでいた。


「ずいぶん金を使うんだな」

「自分で稼いだお金だもの。あんたの許可が必要だった?」


 男は顔を顰めて手帳を返した。


 ヴィオラはそれを上着の内側にしまう。


 表紙には、彼自身がかけた封がある。

 自分の魔力で開いた時だけ、本来の文字が現れる仕組みだった。


 そこに収めてあるのは、買い物の記録だけではない。


 供給量。支払額。伝票番号。

 不審に思った数字を、彼は一つずつ控えていた。


 原本の代わりにはならない。

 それでも、消された記録に辿り着く手掛かりにはなる。


 廊下へ出ると、ニコが立っていた。


「あ、あの、ヴィオラさん……」


 ヴィオラは足を止めた。

 青年の手には、さっき渡した銀貨が握られている。


「僕、その……」

「郵送代は返さなくていいわ。仕事はしてくれたでしょう」

「そうじゃなくて」

「なら、何よ?」


 ニコの口が開き、閉じた。

 背後では見張りが待っている。


 ヴィオラは、彼の手から銀貨が落ちないよう、指先で押し戻した。


「言いたいことがあるなら、自分で言葉にしなさい。あたしが待ってあげられるのは、ここまでよ」


 ニコは何も言えなかった。


 ヴィオラは歩き出した。

 踵の音が、いつもより大きく廊下に響いた。


 ーーーー


 昼の王都は賑わっていた。

 焼いた肉の匂い。果物を売る声。噴水の縁では、子供が水を蹴っている。


 ヴィオラは通り沿いの菓子店に入り、焼き菓子を二つ買った。

 店主がいつもの箱を出しかけるのを止める。


「今日は紙でいいわ」

「お出かけですか?」

「ええ。あたし、仕事を辞めたの」

「まあ。少しお休みになるんですね」

「……そうね、そういうことにしておきましょう」


 一つはその場で食べた。

 甘い物を口にしても、胸の内に残る苛立ちは消えなかった。


 追放だけなら、まだいい。

 こちらにも、見限る理由ができる。


 気に入らないのは、泣いて頭を下げると、あの男に思われていたことだ。

 職も名誉も取り上げれば、従うしかなくなると。


「……安く見られたものね」


 手袋をはめ、鞄を持ち直した。


 王都で正しさを訴えても、証拠を押さえているのは相手だ。

 王国の役人まで同席させていた以上、別のギルドに移るだけでは済まない。


 仕事も、安全も、交渉できる相手を探す必要があった。


 通りの向こうで、兵士が掲示板に紙を貼りつけていた。

 その周りに、人が集まり始める。


 ヴィオラは歩みを緩めた。


 紙の上部には王国の紋章。

 その下に、見慣れた自分の顔が描かれている。


「まさか、これって……」


 ヴィオラの唇が僅かに震える。


 横領及び王国保有記録の不正持ち出し。

 ヴィオラ・ヴェインの身柄を拘束せよ。


 菓子店を出てから、まだ鐘一つ分も経っていなかった。


 背後で、金具の鳴る音がした。


「紫の髪……おい、そこの者!」


 ヴィオラは掲示された似顔絵を見上げた。

 そして、切れ長の目をさらに吊り上げた。


「……これ、描き直しなさいよ。あたし、もっと綺麗でしょうが!!」


 兵士がこちらに向き直る。


こんな往来で、自分の魔法を派手に振るうつもりはなかった。


 ヴィオラは上着の内側から、小さな魔石を一つ取り出した。

 身を守るために買い、必要な魔法を蓄えておいたものだ。


 指で割る。

 淡い霧が足元から広がり、通りを包んだ。


「止まれ!」


 ヴィオラは外套を翻し、横の路地に入った。


 行き先は決まった。


 王国が彼を敵にするなら、その王国が手を出しづらい場所へ行けばいい。

 人間を嫌っていると噂の魔王なら、王国の不正な帳簿にも興味があるだろう。


「高く買ってくれるといいんだけどっ」


 角を曲がる前に、ヴィオラは一度だけ〈白銀の冠〉の屋根を見た。


 大きな金の紋章が、陽の光を受けて輝いている。


 あの紋章を磨く費用も、業者と交渉したのは彼だった。

 もう二度と、安くしてやるつもりはない。


「覚えてなさい、ガレス」


 紫の瞳を細め、唇の端を持ち上げる。


「あたし、取り立ては得意なのよ」




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