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オカマ悪女、魔法使いをしていましたがギルドを追放されたので魔王と手を組みます。  作者: 黒沼司


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19/20

19 奪わせない悪女

「流入の札からだ。こっちは、あたしが見る」


 ローザが、ヴィオラの前に一枚目の札を置いた。

 グレタが連れてきたのは、城で魔石の補充を受け持っている職員だった。


 ヴィオラは、揺れる印から目を離さずに聞く。


「書いてある範囲と、上限は読んだ?」

「はい。止める方の札を担当します。こちらの合図より先には、動かしません」


 もう一人が、逃がす流れを受け持つ。


 それぞれの札に必要な力は、レオンハルトが別々に通す。担当する者は、決められた範囲の調整に集中する。


 ヴィオラは頷いた。


「勝手に上限を増やさないで。足りなくなったら、知らせてちょうだい」

「分かりました」


 ニコが、移す順番を読み上げる。


 ヴィオラは流入の条件を切り分け、ローザの札に繋いだ。

 指先から、手首まで痛みが走る。


「……ローザ。今よ」


 ローザが、道具の調整具を回した。


 古い供給口に入る量が、少し下がる。

 ヴィオラの印から、その分の文字が消えた。


 今度は、制御を失ったわけではない。

 ローザの前で、同じ条件が紫に光っていた。


「受けた。次に行きな」


 ヴィオラは、短く息を吐いた。


 二枚目。三枚目。


 ニコが記録を確かめ、職員が合図を返す。

 レオンハルトは、ヴィオラの手を支えたまま、札に送る力を分けていった。


 最後の条件を移すと、ヴィオラの契約紙から光が消えた。


 接続部の震えは、強くならなかった。


「三つとも、動いています!」


 ニコの声を聞いた途端、ヴィオラの膝から力が抜けた。

 レオンハルトが身体を支え、椅子に座らせる。


「……まだ、終わってないわ」

「分かっている。座って続けろ」


 差し出された布で、指先を押さえる。

 白い布に、赤い染みが広がった。


 ヴィオラは、新しい契約紙を取ろうとした。

 だが、小さな印さえ結ぶ前に、指が震える。


 レオンハルトが、代わりに設備図を広げた。


「お前が読め。俺たちが動く」


 ヴィオラは、その顔を見上げた。


「……細かいわよ、あたしの指示」

「知っている」


 ローザが、工具を持ち直した。


「間違えたら、遠慮なく言いな。黙られる方が困る」

「ふふ。じゃあ、覚悟してちょうだいね」


 ヴィオラは、図の最初の番号を指した。


 ーーーー


 外が明るくなっても、城の灯りは必要な場所だけに絞られていた。


 水を運ぶ荷車が、東の設備の前を通る。

 厨房からは、作業を続ける者のために、温かい汁物が届いた。


 ヴィオラは椀を受け取り、設備の番号を読み上げた。

 グレタが、原本と変更記録を照合する。


 国境の共同設備に送る経路。

 王国側の供給口に向かう経路。

 そこに後からつながれた、領内の水場と灯り。


 同じ蓄えを使っていても、外す接続は全て同じではなかった。


「共同設備そのものを、壊す必要はないわ。解除するのは、この供給口を通じた供給契約よ。領内の線まで、まとめて抜かないでね」

「こちらは、独立させた水場の線だな」

「ええ。それは、もう中央から外れてる。次の番号を見て」


 グレタが、確かめた接続に札を付けた。


 原本の解除条項。


 攻撃に使われた魔石の番号と、測定の記録。

 レオンハルトが署名した、解除の意思を示す文書。


 ヴィオラは、三つを管理卓に並べた。


「攻撃に使ったことで、解除の条件は満たした。王国の承認を、もう一度もらう必要はないわ」


 レオンハルトが、管理卓に手を置く。


 ヴィオラは、原本に定められた解除の手順を読み上げた。

 設備に対象の供給口を指定し、成立した条件と、解除する意思を伝える。


 両国が初めから定めていた条件を、今、使う。


 レオンハルトが、記された供給契約を解除すると告げた。


 管理卓の文字が、順に光った。

 供給口の番号。対応する契約の印。


 古い付則に残っていた、追加量を指定する文字が消える。

 続いて、領内の蓄えから先に徴収する条件も、光を失った。


「王国側の指定量に、反応しなくなったよ」


 ローザが記録板を見た。


 まだ、線の中に残った魔力は流れている。

 だが、新しく戻った蓄えを探して、引き出そうとする動きは止まっていた。


 ヴィオラは、布を握った。


 停止の札を受け持つ職員が、記録板を覗き込む。


「……やっと、取り立てをやめたんですね」


 職員がヴィオラに目を向ける。


「……まだよ。残った分を逃がしてから。ローザ、流入を一段下げて」


 三枚の札が、別々に動く。


 入る量を減らす。


 線の中に残った力を、囲った出口に導く。

 接続部の前後を測り、差が小さくなるのを待つ。


 レオンハルトの防護の内側で、金の光が細くなっていった。


「ここで止める。二番の札を」


 職員が、停止の条件を働かせた。

 ローザと職人が、指定した金具を外す。


 低く続いていた音が、途切れた。


 誰も、すぐには動かなかった。


 ニコが、時刻を書き留める。


 グレタが外した箇所を確かめ、ローザがもう一度量を測った。


「……流れていない。接続も、外れてる」


 ヴィオラは、記録板を見た。


 領内に残った蓄えは、少ない。

 動かせない灯りも、水を運ばなければならない場所もある。


 それでも、次ここに入れる力は、王国の指定だけで奪われない。


「ニコ。停止した時刻と、外した番号を記録して。解除の文書に添えるわ」

「はい!」


 ヴィオラは椅子の背に身体を預けた。


「……ふう。随分高くつく、契約終了だったわね」


 ローザが、煤の付いた頬を拭った。


「ここから取り返すんだろう?」

「当然よ。あたしが、働き損で終わると思った?」


 笑った途端、不覚にも目の奥が熱くなった。

 ヴィオラは顔を伏せ、椀に残った汁を飲む。


 その様子を、レオンハルトは優しい表情で見ていた。


 ーーーー


 王国側の水場では、昼になっても桶の列が続いていた。


 職人が予備の魔石を取り付け、汲める量を確かめる。

 セドリックは、次の補充まで使える回数を、町の担当者に伝えた。


 全ての設備を動かせるだけの蓄えはない。

 治療施設を先にし、水を汲む時刻を決める。

 街道の一部は通行を止め、結界の代わりに見張りを置いた。


 そこへ、供給契約の解除と停止を知らせる使いが来た。


 オルドリックは、西部供給所で文書を受け取った。


「……こちらには、まだ必要な量がある」


 供給所の担当者が、焼けた金具を卓に置いた。


「受入量を下げるよう、申し上げました」

「魔王領が供給を続ければ、蓄えは確保できた」

「そのための設備が、壊れたのです!」


 オルドリックが、顔を上げる。


 入口には、町の担当者と、倉庫から戻った管理者が立っていた。

 セドリックも、修繕の記録を持っている。


「予備の魔石を用意した者を捕らえ、代わりの設備を作る仕事も止めましたね?」


 セドリックが言った。


「……討伐に必要な供給を、勝手に断たせるわけにはいかなかった」

「今、水場を動かしているのは、その予備の魔石です」


 倉庫の管理者が、封鎖された時の通知を出した。

 町の担当者は、施設の停止時刻と、修繕にかかった費用を添える。


 供給所の担当者も、最大量への変更を命じた指示書を置いた。


 オルドリックの署名が、残っていた。


「これらを、王都へ送ります。攻撃に使った装備の記録と、魔王領から届いた通告も一緒に」


 セドリックは、宰相府の印を見た。


「魔族に脅されたと、書いて済ませないでください。何を選んだかは、こちらにも残っています」


 オルドリックは、指示書を取り戻そうとした。

 供給所の担当者が、紙を引いた。


「原本は、保管します」


 その場で、新しい徴収の指示を求める者はいなかった。


 ーーーー


 数日後、ベルカに王命を記した通達が届いた。


 討伐軍の進軍停止。


 魔王領との交易を妨げる命令の撤回。

 オルドリックの罷免と、指示に関する取り調べ。


 セドリックからの手紙には、オルドリックの身柄は王都から来た兵に引き渡されたとあった。


 拘束された二人に対する反逆の嫌疑も撤回され、倉庫の封鎖は解かれていた。


 ヴィオラは、寝台の上で通達を読んだ。


「……罷免したから、請求先がなくなったとは言わせないわよー……」


 ニコが、椅子に置いた書類を持ち上げた。


「城の修繕と、運送の追加費用もまとめています。王国側の町からも、記録を送るそうです」

「いいわね。押しつけた分は、国にもちゃんと払わせましょう」


 ヴィオラは、枕元に置かれた小さな灯りに手を伸ばした。


 点灯する時刻と、使う量の上限。

 それだけの印なら、結べるようになっていた。


 だが、あの夜の制御をもう一度まとめようとすれば、途中で指が震え、文字がほどける。

 治療役には、酷使によって魔法を結ぶ力が傷つき、以前のように大きな制御を一人で維持することはできなくなったと告げられた。


 ーーもう、大きな制御を一人で引き受ける仕事には戻れない。


 ヴィオラは、灯りの印を消した。


「ニコ。次の設備の図は?」

「ローザさんが、作業を分けて書き直しています。確認できた所から、持ってきますね」


 ニコは、ごく普通に答えた。


 ヴィオラは少し黙ってから、頷いた。


「ええ。お願い」


 ーーーー


 ニコと入れ違いに、レオンハルトが来た。


 片手に、厚い紙の束を持っている。


「供給の予定かしら」

「それもある」


 上にあったのは、城下の空き店舗の図だった。


 通りに面した窓。

 荷を運び込める裏口。

 奥には、机を並べられる広さの部屋がある。


「前に、店を持つと言っていただろう。貸せる場所が空いた」


 ヴィオラは、図の端を押さえた。


「……今、あたしにこれを見せるの?」

「すぐに、お前に見せたいと思った」


 レオンハルトが、寝台の脇に座る。


「……もう一人では、前と同じ仕事ができないかもしれないわ」

「今も、ローザが作り、ニコが帳簿を付け、商人が運んでいる」


 レオンハルトは、図に描かれた奥の部屋を指した。


「机は、いくつ置く?」


 ヴィオラは、図を見下ろした。


 あの夜、ローザに移した文字は、ヴィオラの手を離れても光っていた。


 ニコは、ヴィオラに指示されなくとも、次の仕事の図を持ってくると言った。


「……まず、三つ。あたしとニコと、打ち合わせに来た人の分」

「分かった」

「まだ借りるって決めてないわよ。家賃も、見てからなんだから」

「見に行けるまで、空けておく」


 レオンハルトが、ヴィオラの手を取った。

 巻かれた布を避け、指の付け根に触れる。


「仕事の話と、もう一つある」


 ヴィオラが、顔を上げた。


「ヴィオラ・ヴェイン。俺は、お前が好きだ」


 図を押さえていた指が、止まる。


「……あんた、本当に、前置きがないのね」

「嫌か」

「……嫌なら、乙女はこんな顔しないわよっ!」


 ヴィオラは空いた手で、熱くなった頬を押さえた。

 レオンハルトの金色の瞳から、目を逸らしたくなった。


 それでも、今日は逸らせなかった。


「……あたしもよ、レオンハルト」


 声にすると、胸がいっぱいになった。


「……あんたが好き。だから、店ができても、食事は誘いに来てちょうだい」

「毎日でいいのか」

「忙しい日は、待たせるわよ」

「構わない。待つ」


 ヴィオラは笑い、レオンハルトの襟元を軽く引いた。


 触れた唇は、思っていたより温かかった。


 ーーーー


 ヴィオラが城下の店を見に行けるようになった頃、王国の使節が、正式に面会を求めてきた。


 家賃と修繕費の負担を確かめ、店を借りる契約を結んだ、その午後だった。


 停戦と、今後の魔力供給について。

 そして、ヴィオラの王国での職務復帰について。


 ニコが読み上げると、ヴィオラは片眉を上げた。


「復帰ですって?」


 王国西部では、予備の蓄えと節約で、必要な設備を繋いでいる。

 この先も動かすには、補充する魔力と、効率よく使う道具が要る。


 魔王領にも、余分な力をただで出す余裕などない。


 ヴィオラは、新しい店の窓から通りを見た。

 マルクの荷車が止まり、ローザが降ろす道具の置き場を指している。


 ここに、あたしの仕事がある。


「ニコ。面会は受けると返して。場所は、ここよ」

「お店で、ですか?」

「ええ。王国に呼び戻す前に、あちらから来てもらうわ」


 ヴィオラは、空いている卓を指した。


「椅子を用意してちょうだい。それから、料金表もね!」



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