18 終わらせるために繋ぐ悪女
匙を取る前に、食卓の灯りが消えた。
「……食事くらい、落ち着いてさせなさいよ」
ヴィオラが顔を上げる。
向かいで、レオンハルトはもう立っていた。
廊下から、兵の声がする。
東の供給設備で、異常な流れが測られたという。
ヴィオラは鞄を掴んだ。
レオンハルトと並んで食堂を出る。
城の廊下は、全てが暗くなったわけではなかった。
壁の灯りが消えた場所でも、ローザの工房で作った携帯灯は光っている。
城の職員がそれを持ち、階段に向かう者を止めていた。
「足元を照らして。慌てて走らないでちょうだい!」
ヴィオラも声をかけ、外に出た。
ーーーー
中央の魔石から伸びる線が、赤く明滅していた。
床下に向かう古い接続部で、低い音が続いている。
先に来ていたグレタが、管理記録を差し出した。
「王国側への流れが、一気に増えた。こちらの蓄えが減っても、止まらない」
ヴィオラは、供給口に浮かんだ指定量を読んだ。
昼に測った数字とは、桁が違う。
「……徴収する量を上げたのね。この期に及んで」
流れが細くなる。
次の瞬間、蓄えの残った別の線から、強く引かれた。
古い接続金具が震え、石の継ぎ目から火花が散る。
ローザが兵を下がらせた。
「近づくな!割れたら、破片が飛ぶ!」
レオンハルトが、金具の周囲に防護を置いた。
その内側で、金属が甲高く鳴る。
ヴィオラは、測定紙を床に置いた。
入る量より、出る量が大きい。
しかも、それだけではなかった。
残る蓄えを探すように流れが偏り、領内に送る線まで、何度も出力が揺れている。
「今、ここに補充しないで。溜めた先から、同じ所に流されるわ」
「分かっている。まず、接続部を守る」
レオンハルトは魔石に手を伸ばさず、防護の範囲を狭める。
グレタが、灯りを持つ兵に指示を出した。
「設備の周囲を空けろ。水場と治療役にも知らせる。止まった道具は、確かめずに動かすな」
ヴィオラは、原本の写しを開いた。
解除条件を記した頁には、昼間揃えた記録の番号を書き添えてある。
「レオンハルト。もう、向こうの返事を待てないわ。解除を実行する」
「ああ。俺の名で進めろ」
ヴィオラは、解除の意思と対象の供給口を紙に記した。
レオンハルトが読み、署名する。
解除する権利は、既にある。
だが、設備に残る供給条件を外し、今そこを流れる魔力を安全に止める作業が残っていた。
「王国側に、緊急の停止を知らせて。旧設備は維持できない。町ごとに備えた蓄えに切り替えるように。セドリックとベルカにも、同じ文面を」
ニコが写しを取り、待っていた使いに渡した。
ヴィオラはローザに顔を向ける。
「この接続部の手前に、流れを抑える道具を挟める?」
「金具はある。だが、この量を受けたままじゃ取り付けられない」
「あたしが、一度抑える。取り付ける間だけ」
ローザは、ヴィオラの手元を見た。
昼の戦いで使った魔石は、空に近い。
「力は、どこから出す」
レオンハルトが、ヴィオラの隣に立った。
「俺が防護と、道具に使う力を出す。流れの制御を頼めるか」
「ええ。グレタ、ここを手伝える職人を。触る場所と手順を、先に全員で確かめるわ」
ヴィオラは、鞄から新しい契約紙を出した。
ーーーー
同じ夜、西部供給所では、受け入れる側の金具も焼け始めていた。
大きくなった流れが、蓄えの減少に合わせて途切れる。
再び入るたびに、古い接続部に衝撃が重なった。
王国側に分配する量も安定しない。
「受入量を下げてください。このままでは、供給所が保ちません!」
担当者の声に、オルドリックは記録板を見た。
「蓄えは、まだ満ちていない」
「入った分を、各所に送り続けているんです。施設からも停止の報告が来ています!」
入口で、足音がした。
セドリックが、町の設備担当者とともに入ってくる。
「西の治療施設で、補充装置が止まりました。道具を蓄えのある物に替えています。水場も、一箇所は保護のために停止しました」
「ならば、なおさら供給を維持しなければならない」
「今の設定で、設備を傷めています。下げてください」
オルドリックは、セドリックを見た。
「……お前が魔族の言い分を広めたために、兵まで迷っている」
「今日、何を使って攻撃したかは、記録に残っています。その責任を、町の人に負わせないでください」
床下で、金属の割れる音がした。
供給所の担当者が、遮蔽板を下ろす。
オルドリックも、一歩退いた。
セドリックは、町の設備担当者に向き直った。
「捕まっている職人に、修繕を頼めますか」
「仕事を任せられる。あの水場を整備していたのも、同じ工房だ」
セドリックは、役所に戻るために踵を返した。
「待て!拘束した者を、勝手に出すことは認めない」
オルドリックの声に、セドリックは足を止めた。
「では、今、水場を直せる人を呼んでください」
返事はなかった。
「……僕も、町の担当者と一緒に役所に申請します。拘束された二人の身柄は、僕が引き受けます。ここで指示したことも、記録を残してください」
セドリックは、供給所を出た。
町の設備担当者も、その後に続いた。
ーーーー
ヴィオラの契約紙に、紫の印が結ばれた。
抑える範囲は、古い供給口に入る直前。
そこを通る量を、接続部が耐えられる範囲に絞る。
行き場を失う魔力は、レオンハルトの防護で囲った出口へ導き、建物の外に少しずつ散らす。
ヴィオラが条件を読み、レオンハルトとローザが確認した。
設備の管理者であるレオンハルトの承認を得て、仮の制御を重ねる。
旧契約そのものを、書き換える魔法ではなかった。
「流れを抑えている間に、ローザが道具を付ける。古い徴収の条件を外した後も、急に流れが戻らないようにするためよ」
「分かった。印が光ったら入る」
ローザが、職人たちと位置を確かめた。
グレタが扉を開け、運び込む道具のために通路を空ける。
ヴィオラは、レオンハルトに手を差し出した。
「あたしの印に、力を通して。量は、ここに書いた分からよ」
レオンハルトの指が重なる。
金の魔力が、契約紙の文字を辿った。
ヴィオラは、それを制御の条件に流した。
激しく明滅していた線に、紫の文字が重なる。
指先が、熱くなった。
流れを細くする。
残った力が、接続金具の手前で膨らんだ。
レオンハルトが防護を支え、暴れる光を、決めた出口へと押し返す。
「今よ!」
ローザと職人が、金具を挟み込んだ。
締め具が噛む。
熱を受けた布から、薄い煙が上がった。
ヴィオラは歯を食いしばり、印を維持した。
王国側から求める条件は、まだ設備に残っている。
流れを絞るほど、蓄えが戻った所に再び徴収が働き、調整をやり直さなければならなかった。
「ヴィオラ。もう少しだ」
ローザが、最後の締め具を留めた。
「付いた!離れて!」
職人が下がる。
ヴィオラは、新しい道具に制御を移した。
金具の震えが、少し弱まる。
だが、ヴィオラが印から手を離しかけると、すぐに文字が揺れた。
「……これ、道具だけでは保たないわね!」
流れの変化が大きすぎる。
刻んだ上限に達するたび、ヴィオラが制御を調整していた。
「古い条件を外すまで、あたしがここを受け持つ。ローザ、調整する箇所を分けた札を作って。次は、別々に支えられるように」
ローザが、図に指を走らせた。
「流入と、停止と、逃がす方。三つに分ける」
「ええ。あたしの印から、一つずつ移すわ」
ヴィオラは、レオンハルトに顔を向けた。
「その間に、解除する設備の印を確かめる。原本にある供給口と、後からつながった分を、全部」
「グレタ。保管庫の写しをここへ。俺も照合する」
レオンハルトの指示で、グレタが動いた。
ヴィオラは、紙から目を離さなかった。
自分の印に通っているのは、制御を維持する力だ。
領内と王国の全てを動かす魔力まで、作れるわけではない。
「止まった水場は、井戸と蓄えで繋いで。新しい道具を付けた場所は、無理に元へ戻さないでね」
ニコが、その指示を書き留めた。
「城下から、報告があります。最初の水場は、工房の職人が切替の試験を終えたそうです。中央からの線を外しても、汲めています」
ヴィオラは、一度だけ目を閉じた。
「……そう。あの水番にも、使える回数を伝えてちょうだい」
買った金具と、小さな魔石。
それで守れた桶が、今はある。
ヴィオラは、残る設備の一覧を見た。
「ここも、順番に替えるわよ。クソジジイに取り立てられる線なんて、もう要らないわ!」
ーーーー
夜が明ける頃、城に王国側からの知らせが届いた。
ベルカの商談所を通し、セドリックが送った物だった。
役所は、町からの緊急修繕の申請を受けた。
拘束された二人は、セドリックが身柄を引き受ける条件で外に出られたという。
罪を認めさせられたわけでも、調査が終わったわけでもない。
それでも、職人は水場に、倉庫の管理者は予備の魔石を確認しに向かった。
町と商会が、修繕の費用を出す。
技術の分からないセドリックは、職人の指示で道具と人を集めている。
ニコが読み上げる声を、ヴィオラは聞いていた。
「向こうも、始めたのね」
王国側では、受入量を下げる操作も行ったという。
だが、過大な徴収を続けた間に接続部が傷み、止めては流れる揺れが残っていた。
旧設備に戻すことは、もう安全ではない。
ヴィオラは、解除の対象を書いた紙に目を向けた。
原本の指定と現在の設備が、レオンハルトとグレタの手で照合されている。
「ニコ。向こうで用意できた設備と、足りない所を、この一覧に合わせて。今ある線を使える所は使う。全部を一晩で作り直す必要はないわ」
「分かりました」
ローザが、分けた制御を受け持つ三枚の札を持ってきた。
支える者が、それぞれの範囲と、流す力の上限を読む。
ヴィオラの印から、制御を移す準備だった。
「国境の共同設備と、王国への供給。混ざったままにしないで、接続を確かめるわよ。……無償の徴収は終わり。その後に売る分は、別の契約にする」
レオンハルトが頷いた。
「供給する量も、払う対価も、改めて決める」
「ええ。あたしのお客になりたいなら、まず支払い方から覚えてもらわなきゃね」
ヴィオラは笑おうとした。
その時、指先に鋭い痛みが走る。
紙の端に、赤い滴が落ちた。
レオンハルトの手が、ヴィオラの手首を支えた。
「ヴィオラ」
「……大丈夫。次の札に移すまで――」
契約紙に浮かぶ紫の印が、細かく明滅し始めた。
供給が揺れるたびに調整を重ね、一晩、同じ印に力を通し続けていた。
レオンハルトが加える魔力は足りている。
それを条件に沿って結び続ける、ヴィオラの力が追いつかなくなっていた。
ヴィオラは、別の契約紙に指を伸ばす。
小さな制御の印を結ぶだけで、手首まで痛んだ。
「……ローザ。先に、流入の札を」
声が掠れる。
レオンハルトの手を、ヴィオラは握った。
明日も見たいと願った顔が、すぐそばにある。
ここで手を離して終わるつもりはなかった。
「レオンハルト。あたし、一人じゃ……持たないわ」
レオンハルトは、握られた手を離さなかった。
「ああ。ここにいる。誰も、お前一人に任せたりしない」
ローザが札を置き、グレタが支える者を呼んだ。
ニコは、移す順番を書いた紙を開く。
その時、契約紙に浮かぶ紫の印が大きく揺らぎ、接続部を抑えていた光が消えかけた。




