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オカマ悪女、魔法使いをしていましたがギルドを追放されたので魔王と手を組みます。  作者: 黒沼司


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20/20

20 王国に頭を下げさせる悪女

「復帰?嫌よ。あたし、もう自分の店を持ってるもの」


 ヴィオラは、王国の印が付いた任命状を押し返した。


 磨き上げた卓の向こうで、使節の笑顔が固まる。

 隣に座る〈白銀の冠〉の新しいギルド長も、差し出しかけた書類を止めた。


 店の窓には、紫の布を掛けてある。


 奥の棚に並ぶのは、ローザの工房で作った灯りと、交換用の金具。

 入口の上には、今朝、看板を取り付けたばかりだった。


 〈ヴェイン魔法商会〉


 ヴィオラの名で借り、ヴィオラの金で机を買った店だ。


「王国の魔力設備を統括する地位です。報酬も、以前とは比較にならない額を――」

「金額は読んだわ。あたし、数字は得意なの」


 ヴィオラは、葡萄色に塗り直した爪で、任命状の端を叩いた。


「でも、あたしが欲しいのは、この店で受ける注文よ。そちらの椅子じゃないわ」


 使節は、一度口を閉じた。


 ヴィオラは、にっこり笑う。


「それで? 他に、お話は?」


 ーーーー


 面会の日を決めてから、書類は何度も往復していた。


 まず、追放と襲撃の処分。


 ガレスは、帳簿の改竄と虚偽の告発、工房への襲撃の手配について有罪とされ、投獄された。


 捕らえた四人の供述から、襲撃を手配したギルド職員が割り出された。その職員が提出した指示書には、ガレスの署名があった。

 費用の動きも、押収された帳簿と一致している。


 ギルド長の地位も、契約を結ぶ権限も、既にガレスにはない。


 オルドリックにも、協力者の不当な拘束と、危険を承知で設備を損なった命令について刑が下った。


 宰相の座を失った後、二度と公職に就くことも認められなかった。


 そして、賠償。


 工房で焼けた道具と商品。

 負傷した者の治療費と、働けなかった間の損失。

 城の設備を守るために使った部品と、国境で壊された物。


 ニコがまとめ、グレタが照合し、ベルカに残した控えでも確かめた額だった。

 既に支払わせた報酬や費用は差し引き、誰にいくら渡すかまで決めてある。


 今日、使節が持参したのは、その支払いを確約した国王の文書と、最初の支払分だった。


「受け取りました。金額も、合っています」


 ニコが控えを渡す。


 使節は受け取り、新しいギルド長に目を向けた。


 新しいギルド長は、立ち上がった。


「ヴィオラ・ヴェイン殿。〈白銀の冠〉は、あなたへの虚偽の告発と、当ギルドが加えた損害を認め、謝罪します」


 机に置かれた謝罪文には、ギルドの印が押されていた。


「この文書は、王都の本部と各支部にも掲示します」

「ええ。追い出す時は、随分大勢に聞かせてくれたものね。訂正だけ小声で済ませられても、困るわ」


 新しいギルド長が、深く頭を下げた。


 あの日、ヴィオラの説明を聞かなかった組織が、今はヴィオラの返事を待っている。


 ヴィオラは、謝罪文をニコに渡した。


「受け取るわ。これからは、そちらの仕事ぶりを見せてもらう」


 使節も立ち上がった。


「王国の名においても、謝罪いたします。貴国への攻撃と、交易の妨害によって生じた損害は、合意した日程に従って償います」


 ヴィオラの隣で、レオンハルトが文書を受け取った。


 黒い外套に、深紅の裏地。


 金の留め具が、窓から入る光を受けている。


「受け取る。支払いと撤兵は、最後まで確認させてもらう」

「承知しております」


 使節が、レオンハルトにも頭を下げた。


 ヴィオラは、その横顔を見た。


 この店に、レオンハルトがいる。

 ニコも、グレタもいる。


 一人で帳簿を抱えて逃げた時には、ここに並ぶ顔が、こんなに愛しいものになるなんて知らなかった。


 ヴィオラは背筋を伸ばし、新しい書類を卓に置いた。


「さて。ここからは、商売のお話をしましょうか」


 ーーーー


「西部の水場と治療施設に、継続して魔力を補充する必要があります」


 使節は、設備の一覧を開いた。


「王国内でも補充する者を集めていますが、今の消費量には足りません。道具の改修も、急がなければなりません」

「ええ。そのための見積もりを送ったでしょう?」

「拝見しました。ただ、供給する量の上限について、緊急時には王国の判断で増やせるように――」


 ヴィオラは、持っていたペンを置いた。


 小さな音に、使節の言葉が止まる。


「あら。忘れたのかしら」


 使節が、ヴィオラを見た。


「その条件を捨てるために、いくらかかったか。今、払ったばかりでしょう?」


 グレタが、旧契約を解除した記録を卓に置いた。

 供給口の番号。停止した時刻。両国に届けた通告。


「解除した契約を、新しい取引の前提にすることは認めない」


 レオンハルトの声は、低かった。


「こちらの領民が使う分と、補充する者が休む時間を確保する。その上で売れる量を、既に示している」

「ですが、人命に関わる施設もあります」

「だから、治療施設に回す分を先に決めたのよ」


 ヴィオラが、一覧の上段を指した。


「水場もね。王宮の飾りを一晩中光らせる分まで、同じ頼み方をしないでちょうだい」


 使節が、一覧に目を落とす。


「足りないなら、使い方を変える。補充する人を雇う。あたしたちから余分に買いたいなら、その都度、量と代金を相談する。こちらが承諾する前に、取ることはできないわよ!」


 ヴィオラは、契約書を開いた。


 供給する量と、届ける日。

 代金と、支払う期日。

 使う設備の名と、軍の装備には転用しない条件。

 道具の保守と、不具合が起きた時の連絡先。


 どちらかが約束に反した場合の扱いも、解除する時の手順も、隠さず書いてある。


「魔力の売買は、魔王領と。道具と保守の依頼は、うちの商会と。払う先も、間違えないでね」


 新しいギルド長が、料金表を見た。


「当ギルドが保守を請け負う設備も、改修をお願いしたい。現地で作業する職員には、必要な説明を受けさせます」

「結構よ。教える仕事も、有料だけど」

「……承知しました」


 ヴィオラは笑った。


 かつて、ヴィオラの仕事を高すぎると言ったギルドが、その料金表を持ち帰ろうとしている。


「私たちには、これが必要です」


 使節が言った。


「提示された条件で契約する権限は、預かっております。……どうか、王国の設備を動かすために、お力を貸してください」


 使節が、もう一度頭を下げた。

 新しいギルド長も、隣で頭を下げる。


 ヴィオラは、すぐには返事をしなかった。


 追い出された日の、白い床を思い出す。


 並んでいた冷たい顔も、弁明を遮った声も。


 『あたしを追い出した奴らが、あたしに頭下げないと生きていけない国にしてやるわ!』


 あの時、欲しかった光景が、目の前にあった。


 ヴィオラは、紫の髪を肩の後ろへ払った。

 金鎖の耳飾りが、頬の横で揺れる。


「ええ。お客様は歓迎するわ」


 葡萄色の唇を、ゆっくりつり上げる。


「水も、灯りも、あたしたちの仕事も欲しいんでしょう?これからは、お願いと代金を一緒に持ってらっしゃい」


 ニコが、契約書を差し出した。


 王国の使節が署名する。


 レオンハルトが供給契約に、新しいギルド長が保守の注文に、それぞれ名を記した。


 最後に、ヴィオラが自分の名を書いた。


 指先は、もう震えなかった。


 ーーーー


「八台!今度こそ、全部だ!」


 面会を終えた使節が帰る頃、裏口でマルクの声がした。


 王国の検問で差し止められていた灯りだった。

 返還の手続きを終え、ベルカから運んできたという。


 ローザが箱を開け、部品を確かめる。


「覆いに傷があるね。こっちは、金具も歪んでる」

「ええ。検品して、持ち主に返す前に直しましょう。修繕と余分な運賃は、差し止めた側に払わせる約束よ」


 ニコが、二つの商会に返す分を分けた。


 マルクは、自分の四台に付いた番号を確かめている。


「やっと、客に渡せるな」

「……まだ、買うと言ってくれてるの?」

「待ってる間に、次の注文まで付いた。今度は十二台だ」

「あら!」


 ヴィオラの声が弾んだ。


「聞いた、ローザ?次の注文ですって!」

「聞こえてるよ。納期は、工房の予定を見てからだ」

「分かってるわよ。マルク、値切る相談は、その後にしてちょうだい!」

「まだ何も言ってないだろ!」


 マルクが怒鳴り、ローザが笑った。


 表の扉から、エーミルが顔を出す。


「商談中か?」

「ちょうど終わったところよ。あんたの見積もりも見せて」

「先に、こっちを渡す。西部の工房からだ」


 差し出されたのは、職人たちの署名が並んだ紙だった。


 拘束された職人と、倉庫の管理者の名もある。

 次の改修に必要な部品と、引き受けられる仕事が書いてあった。


 ヴィオラは、二つの名を指で辿った。


「ニコ。返事を書いてちょうだい。契約が決まったから、正式に仕事を頼みたいって」

「はい。前に約束した条件で、ですね」

「ええ。待ってもらった分も、忘れずにね」


 扉の鈴が、また鳴った。


 今度は、セドリックだった。


 輝く白銀の鎧ではなく、旅の上着を着ている。


「開店、おめでとうございます」


 抱えていた箱を、セドリックが卓に置いた。

 中には、町の菓子屋で買った焼き菓子が詰まっている。


「水場の職人たちと、一緒に選びました」

「あら、気が利くじゃない」


 セドリックは少し笑い、それからヴィオラに向き直った。


「王国内での説明と、設備の確認も続けます。自分が間違っていたことも、そのたびに話します」

「そう。あたしが見てなくても、ちゃんとやりなさいよ」

「はい」


 ヴィオラは、焼き菓子の箱を開けた。


「せっかくだから、一つ食べていきなさい。次の打ち合わせは、その後よ」


 セドリックが、嬉しそうに頷いた。


 ーーーー


 昼過ぎには、店の前に人が集まっていた。


 工房の職人。城の職員。近くの店の主人。

 最初に直した水場の管理者も、祝いに来ていた。


「今は、決めた時刻に、ちゃんと水が出てるよ」


 差し出されたのは、集落で採れた野菜の籠だった。


 ヴィオラは受け取り、大きく笑った。


「いいわね!次は、昼ももっと汲めるようにしましょう。まず使った量の記録を見せてちょうだい!」

「祝いに来たのに、もう仕事か」

「当たり前よ。あたしの店に来たんだから!」


 入口の両脇には、工房から借りた灯りが並んでいた。

 覆いの内側に、紫と金の薄い板を入れてある。


 ローザの合図で、職人が一つずつ点灯した。


 窓辺の金具が光を弾く。

 紫の布が揺れ、磨いた硝子に、店の中の顔がいくつも映った。


「ヴィオラさん、こちらを!」


 ニコが、入口に渡した飾り紐の端を差し出す。

 もう片方は、レオンハルトが持っていた。


「陛下まで働かせていいのかしら」

「引くだけだろう」

「ふふ。そうね。今日は、簡単なお仕事よ」


 ヴィオラは、レオンハルトと顔を見合わせた。


 二人で紐を引く。


 看板に掛けた布が落ち、軒先に隠していた色紙が、一斉に舞った。


 紫。金。赤。白。


 ニコと職人たちが、仕事の合間に切ってくれた紙だった。


 拍手が上がる。


 マルクが口笛を吹き、ローザが看板を見上げて笑った。


 ヴィオラは、舞い落ちた金の紙を一枚、指先で受けた。


 奪われた報酬も、居場所も、取り返した。

 その先に、自分の名を掲げる店までできた。


 ヴィオラは、集まった顔に向かって両手を広げた。


「お待たせしました!〈ヴェイン魔法商会〉、本日開店よ!」


 もう一度、拍手が響く。


「灯りも、水場も、面倒な契約も、まずはご相談を!あたしの料金は高いけど――」


 ヴィオラは、隣のレオンハルトを見た。

 ニコと、ローザと、店に集まった仲間たちを見た。


「引き受けた仕事と、組んだ相手は、最後まで大事にするわ!」


 ーーーー


 それから、一か月。


 王国からの代金は、契約どおりに届いた。


 魔王領で使う分を確保し、売れる量を確かめて、補充した魔石を運ぶ。

 戻る荷車には、買い付けた麦や薬、次の道具に使う部品が積まれていた。


 ローザの工房には、新しく職人が増えた。


 王国側の工房とも仕事を分け、使える線は残しながら、水場の供給と制御を一つずつ替えている。


 動く設備が増えるたび、使った量の記録と、次の注文が店に届いた。


 その日、最後に届いたのは、西部の水場の改修が終わったという知らせだった。

 紙の隅には、町の子供が描いたらしい、水の溢れる桶の絵があった。


 ヴィオラは、図面を貼る板の一番上に、その絵を留めた。


 閉店の札を掛けた時には、ヴィオラの声は少し掠れていた。


 注文書を棚にしまい、明日の仕事をニコと確かめる。

 ニコが帰った後も、ヴィオラはしばらく、自分の机を眺めていた。


 卓の端に置いた灯りには、小さな紫の印がある。


 今日、ヴィオラが結んだものだった。


 店の扉が開く。


「本日の営業は終わったわよ」

「知っている」


 レオンハルトだった。


 外套を脱ぎ、城で着る簡素なシャツに替えている。


「もう、城の仕事は終わったの?」

「ああ。夕食に付き合え」


 ヴィオラは笑い、髪の留め具を外した。

 紫の髪が、肩から背に落ちる。


「ご依頼?あたしの時間、高いわよ。今日も、王国から大きな注文が入ったばかりなんだから」

「では、何を払えばいい」


 レオンハルトが、手を差し出した。


 ヴィオラは、その大きな掌を見た。


 最初は、仕事の条件を書いた紙を渡した。

 次には、離れていこうとする手首を掴んだ。


 今は、触れたいと思うままに、指を重ねる。


「……今夜は、あんたの時間でいいわ」


 レオンハルトの指が、ヴィオラの手を包んだ。


「ふっ。好きなだけ、付き合おう」

「……あら。そんなこと言っていいの?あたし、欲深いのよ」

「知っている」


 ヴィオラは声を上げて笑い、店の鍵を掛けた。


 灯りのともる通りに、レオンハルトと並んで歩き出す。


 明日も開ける店がある。

 一緒に働く仲間がいる。


 繋いだ手は、温かい。


「……レオンハルト。今日は、本当にいい日ね」

「ああ」


 ヴィオラは、その手を少し強く握った。


「でもあたしは、悪女ですもの。こんなので満足なんかしないわ!明日は、もっといい日にするわよ!」



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