↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ドラゴンに転生したので、人間の国を育てることにした ~黒パン半分の恩返しから始まる竜王建国記~』  作者: あちゅ和尚


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
88/108

第88話 翼を並べて、狩りに行く

 ガレスへ村の様子を伝え終えると、ちょうど東から戻った兵が、馬を引いて広場へ入ってきた。


 兵は水を受け取り、喉を潤してから報告を始めた。敵が使っていた道では、今日も東へ向かう小さな集団を見たという。荷車に載れない負傷者を仲間が支え、馬にまで道具を背負わせていたらしい。


 ただし、林の向こうまで見届けたわけではない。ガレスは聞いた範囲を確かめると、交代の兵へ見張りを引き継がせた。


『俺も、もう一度飛んだ方がいいか』


「お前は朝から、村へ帰る者に付き合ってくれただろう。こちらの見張りも出してある。何か起きたら知らせるから、まず腹を満たしてきてくれ」


 そう言われて、俺は広場に並ぶ釜を見た。


 人間の食事なら、まだ何人分か残っているらしい。しかし、今の俺がここで腹いっぱい食べようとすれば、釜を空にするだけでは済まない。昨日も今日も、人の飯の匂いを嗅いでいるせいか、余計に腹が減っていた。


『分かった。日が落ちる前には戻る。俺が飛び立っても驚かないよう、馬を少し離してくれ』


 手綱を持つ兵が頷き、馬を建物の陰へ連れていった。


 俺は人のいない草地まで歩き、翼を広げた。身体を浮かせる風を受けながら振り返ると、ガレスはもう、戻ってきた兵と地面に広げた図を覗き込んでいた。


     ◇


 村へ向かう時より、高いところを飛んだ。


 道の人影を探さずに済むだけで、ずいぶん景色が違って見える。西の畑から離れるにつれ、家は木々に隠れ、川の光だけが森の間に続いていた。


 首へ当たる風が気持ちよくて、俺は一度、大きく旋回した。


 誰かへ知らせるためでも、地上の弓を避けるためでもない。傾いた翼へ風が掛かり、思った通りに身体が曲がっていくのが、ただ面白かった。


 その時、北側から別の影が近づいてきた。


 ガルだった。


 俺より低いところを飛び、少し前へ出てから首をこちらへ向ける。翼の端にある欠け目を確かめるより先に、《魔獣感応》へ馴染みのある気配が触れた。


 空腹と、進む先への強い関心が伝わってくる。


『俺も飯を探している。一緒に行っていいなら、邪魔にならないところを飛ぶぞ』


 声が届いたかどうかは分からない。俺は敵意がないことを伝え、ガルの真後ろを避けて、少し高い位置へ移った。


 ガルはこちらをしばらく見ていたが、やがて森に沿って向きを変えた。


 地上からでは道に見えない、木々の切れ目を辿っている。俺がその上を追うと、川幅が広がり、白い砂利の岸が現れた。


 ガルはそこで高度を落とした。


     ◇


 最初は、水を飲むつもりなのだと思った。


 ところが、ガルは川へ顔を近づけず、少し高い岩へ降りた。翼を畳み、首を伸ばして、水面をじっと見つめている。


 その視線の先で、銀色のものが跳ねた。


 魚だった。


 俺が知っている川魚より、はるかに大きい。水面を割った背が長く光り、太い尾が水を叩いたあと、対岸近くの深みに消えた。


『あれを狙っているのか。確かに、食いでがありそうだな』


 川の上流には浅い瀬があり、その下で流れが岩へぶつかって曲がっている。曲がり角の内側は深く、岸の木が水へ影を落としていた。


 俺も降りようとしたが、ガルのいる岩では狭かった。少し下流の砂利へ脚を下ろし、翼を畳む。


 着地の風で、水面に細かな波が広がった。


 さっきまで見えていた魚の影が、一斉に深い方へ逃げていく。


 ガルが俺を見た。


 首を向けただけなのに、何を気にしたのかはよく分かった。


『悪い。もう少し離れて降りるべきだった』


 俺が首を低くすると、ガルはまた川へ目を戻した。怒ってはいないらしいが、すぐに獲物へ飛びかかる気もないようだった。


 俺もその場で伏せ、動かずに待った。


 身体が大きくなり、矢を鱗で弾けるようになった。荷車を押し返し、落ちた梁を持ち上げる力もある。それでも、魚をこちらへ戻す方法は分からない。


 空腹のまま水を眺めていると、川の音ばかりが耳についた。


     ◇


 先に動いたのは、ガルだった。


 岩の上で身体を低くし、首をわずかに傾ける。その姿勢のまま待っていたかと思うと、突然、岸から浅瀬へ踏み込んだ。


 水飛沫の向こうで顎が閉じる。


 ガルが首を持ち上げた時には、大きな魚が口から垂れていた。尾が激しく振れ、飛び散った水が岩を濡らす。ガルは岸へ戻ると、獲物を地面へ押さえ、しっかり噛み直した。


 俺は思わず身体を起こした。


『あんな浅いところにも来るんだな。俺も、深い方ばかり見ていた』


 ガルから返ってきたのは、獲物を得た時の満足だった。


 そのまま魚を食べ始めたので、俺は少し下流へ移った。ガルが狩っている場所へ首を突っ込むつもりはない。


 浅い水の中へ前脚を入れると、砂利が沈み、水が左右へ分かれた。足下にいた小さな魚が散り、その先で大きな影も向きを変える。


 俺は首を伸ばして追った。


 魚は水の下で曲がり、鼻先が届くより早く、濃い影の中へ消えてしまった。


 顔を上げると、鼻から水が流れた。


 噛みつく速さなら足りると思っていたが、そもそも狙ったところへ口が届いていない。水の上から見た位置と、実際に魚がいた位置が、少し違っていたらしい。


 岩の上で、ガルが食事を止めてこちらを見ていた。


『見ている分には簡単そうだったんだがな。俺がやると、川へ顔を洗いに来ただけになる』


 鼻へ入った水を吹き出すと、ガルの喉が小さく鳴った。


 笑ったのかどうかまでは分からなかったが、俺にはそう聞こえた。


     ◇


 二度目は、むやみに追わなかった。


 首を動かすたび、魚はこちらから離れる。足を踏み替えれば、その振動と水の動きでも逃げていく。


 俺は前脚を水の中へ置いたまま、岸の方へ顎を寄せて待つことにした。


 しばらくすると、魚の影が少しずつ戻ってきた。大きなものはまだ深みに残っていたが、何匹かは浅瀬の手前まで泳いでくる。


 その向こうで、ガルが岩を降りた。


 食べ終えたらしい。口元を水で濡らしたあと、こちらへ近づいてくる。ただし、俺と並んで同じ場所へ顔を下ろすのではなく、深みの上流側へ回った。


 警戒と、獲物への集中が伝わってきた。


 俺は動きを止めた。


 ガルが浅瀬へ踏み込み、水面へ口を突き入れる。大きな魚が身を翻し、深みから下流へ走った。


 俺の前を、黒い背が横切った。


 今度は、水の上から見える姿を追わず、浅瀬へ上がってきたところへ首を落とした。顎の間で硬いものが滑り、慌てて噛み締めると、太い身体が口の中で跳ねた。


 首を持ち上げ、岸へ向ける。


 魚は俺の顎から半分以上はみ出していた。暴れる尾が頬へ当たったが、鱗には何ともない。それより、逃がさず砂利の上へ運ぶ方に気を使った。


 ようやく獲物を押さえると、ガルが川の向こうからこちらを見ていた。


 俺は口を離さないまま、喉を鳴らした。


 ガルにも俺の満足が伝わったのか、その首が少しだけ持ち上がる。


 あいつが俺の方へ追ったのか、俺がたまたま逃げ道にいたのかは、断言できない。それでも、ガルが動いたおかげで捕れたことは確かだった。


     ◇


 魚は、腹を満たすには一匹では足りなかった。


 ただ、捕り方が少し分かると、次はさっきほど苦労しなかった。ガルが上流側を動き、俺は浅いところで待つ。魚が深みに留まれば場所を変え、二頭とも空振りすることもありながら、少しずつ獲物を増やした。


 俺が顎を空しく閉じた時に、ガルがすぐ横で一匹捕ったこともある。


『そいつは、お前の分だ。俺が逃がしたからといって、取り上げたりはしないぞ』


 ガルは魚を咥えたまま、俺の届かない方へ首を向けた。


 疑われたらしい。


 俺は笑って、自分の獲物へ戻った。


 最初の一匹を噛んでみると、引き締まった肉は生のままでもうまかった。人間だったころなら躊躇しただろうが、今の身体は、目の前の魚を食べることに何の迷いもない。


 それでも、二匹目を見下ろしているうちに、別の食べ方が頭へ浮かんだ。


 川岸には木のない砂利が広がり、流れ着いた枝が何本か乾いていた。


 俺は魚を水から離れた場所へ置き、燃えそうな枝を前脚で集めた。太すぎる木は避け、折れるものだけを爪の間に挟んで並べる。


 ガルは食事を続けていたが、俺が口を開くと、顔を上げた。


 胸の奥へ熱を集め、枝へ短く炎を吐く。


 乾いた木が音を立て、火がついた。


 ガルが首を引いたので、俺はすぐ口を閉じ、火から離れた場所へ身体を伏せた。攻撃するつもりがないことを伝えると、ガルも逃げずにこちらを見ていた。


 敵の縄を焼く時より、ずっと弱くしたつもりだった。それでも、細い枝の一部は、火が回る前に黒く崩れていた。


 俺は残った木を寄せ直した。


 腹が減っている時に飯の支度で失敗すると、妙に悔しい。


     ◇


 魚をそのまま火へ載せるのはやめた。


 厚い胴を丸ごと炙っても、外側だけ焦げて中が温まらない気がしたからだ。爪を使って肉をいくつかに分け、火の近くに置いた平たい石へ載せる。


 人間の手ほど器用には動かせず、肉の形はひどいものになったが、しばらくすると脂が音を立て始めた。


 匂いが変わった。


 さっきまで生の魚で十分だと思っていたのに、焦げ目のつく匂いを嗅ぐと、待つのが急につらくなる。


 俺は一切れを爪先で裏返し、崩れたところを見て、小さく息を吐いた。


 塩もないし、串さえ作っていない。前世で誰かに出されたら、焼き方について何か言ったかもしれない。


 それでも、自分で捕って、自分で焼いた魚だった。


 少し冷めるのを待ってから口へ運ぶと、表面は香ばしく、中の肉から温かな脂が出てきた。


『……これだ。やっぱり、焼いたものも食いたかったんだな』


 俺の独り言に、ガルが反応した。


 正確には声ではなく、俺が食べた肉へ目を向けている。生の魚を食べ終えたあとも、火の近くへは来ず、少し離れた砂利の上に座っていた。


 俺は焼けた肉を一切れ選び、十分冷めたところで、ガルとの間にある石へ置いた。それから身体を引く。


 ガルはすぐには近づかなかった。


 首を伸ばし、匂いを確かめ、俺と肉を交互に見る。俺が残りを食べ始めると、ようやく石の方へ一歩出た。


 大きな口が、肉を咥えた。


 一度噛んだあと、ガルは顔を止めた。嫌がって吐き出す様子はなく、やがて残りも飲み込む。


 俺がもう一切れ焼け具合を確かめていると、その視線が爪先へついてきた。


『気に入ったなら、もう少し待ってくれ。まだ中が生だ』


 言葉は分からなくても、肉が来ないことは分かったらしい。ガルはその場へ腰を下ろし、俺が食べる方まで、じっと見つめた。


 急に、自分の分を先に食うのが難しくなった。


     ◇


 火が小さくなるころには、腹もようやく落ち着いた。


 俺は川の水を口へ含み、残った火へ少しずつ掛けた。白い湯気が上がり、最後に湿った砂利を被せると、ガルが近づいてきて、焼いた肉を置いていた石を覗き込んだ。


『もう残っていないぞ。生の方なら、上流にまだいるだろう』


 ガルは石へ鼻先を寄せたあと、俺を見た。


 獲物を待っている時とは、少し違う感じがした。だが、それを都合よく、もっと焼いてくれという意味に決めつけるのも違うだろう。


 俺は立ち上がり、翼についた砂を落とした。


 西へ戻るには、まだ十分な明るさがある。川を離れる前に、火を使った場所をもう一度確かめると、ガルは先に大きな岩へ上がっていた。


『俺は人間のいるところへ戻る。また会ったら、一緒に狩りをしよう』


 ガルは首を傾けた。


 俺は無理に意味を送り込もうとせず、敵意のないまま離れることだけを伝えた。翼を広げ、川沿いの風を受けて飛び上がる。


 少し遅れて、ガルも岩を蹴った。


 二頭の影が、水面へ並んだ。


 途中までは同じ方へ飛んでいたが、森が広く続くところで、ガルは北へ向きを変えた。俺も少しだけそちらへ首を向け、やがて西の道を探した。


 ついてこないのを寂しく感じた自分に気づき、俺は鼻を鳴らした。


 今日は一緒に魚を捕って、腹いっぱい食った。それだけでも、十分に楽しかった。


 川の曲がり角と白い砂利の岸を振り返り、場所を覚えてから、俺は人間たちの待つ方へ翼を傾けた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。