↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ドラゴンに転生したので、人間の国を育てることにした ~黒パン半分の恩返しから始まる竜王建国記~』  作者: あちゅ和尚


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
80/107

第80話 竜は誰の領地にも属さない

 翌朝、セドルの町外れには昨日より大きな地図が広げられていた。


 西にローデン領。


 その東にフェルゼン領。


 さらに東には国境があり、その向こうからグランツ軍が入り込んでいる。


 空から見れば全部同じ地面だが、人間にとっては意味の違う線が何本もある。


 フェルゼンから来たレオンも、朝から地図の前にいた。


「昨日の件で、こちらから先に確認しておきたいことがあります」


『俺が領境を越えて動くことだな』


「ええ。ただし、禁止するためではありません」


 昨日、農家から食料を奪っていたグランツ兵を止めた。


 その後、捕虜も奪われた物資もフェルゼン側へ引き渡した。


 そこまでやってみて、俺にも何を分ければいいのかはかなり見えている。


『人が今にも殺されそうなら止める。敵兵に襲われているなら助ける。そこは許可を待たない』


「それで構いません」


『助けた後の土地や家や配給まで、俺一頭で決めない。フェルゼンの土地ならフェルゼンへ返す』


「そうしていただければ十分です」


 思っていたより簡単だった。


 ガレスも横から口を挟む。


「ローデン側でも同じだ。お前がセドルを守ってるからって、町の倉庫を好きに配っていいわけじゃない」


『そんなことはしない』


「なら問題ない」


 レオンが地図から俺へ視線を移した。


「もう一つ。ヴァル殿自身の立場についても確認させてください」


『ローデンにもフェルゼンにも属してない』


「やはり、そうなりますか」


『俺はガレスの兵じゃない。ローデン領主の家臣でもない。フェルゼンには昨日初めて人の繋がりができたくらいだ』


 ガレスも頷く。


「俺から命令を出せる相手でもない」


「では、どこかの領主から命じられて守っているわけではない?」


『違う。ルーエもセドルも、俺が守りたいと思ったから守ってる』


 レオンがしばらく黙った。


「ずいぶん自由ですね」


『竜だからな』


「それで済ませられるのが羨ましいような、恐ろしいような」


 エルマーが笑った。


「こいつを人間の家臣と同じ枠へ入れようとすると、たぶん余計に面倒になるぞ」


『俺もそう思う』


「本人が言うな」


 ただ、自由だから何をしてもいいわけではない。


 そこは俺自身も分かってきた。


『頼まれるのは構わない。必要だと思えば手を貸す。ただ、誰かが俺を所有して、「うちの竜だから戦え」と言う形にはしたくない』


 レオンが真面目な顔で頷いた。


「フェルゼン側からも、そのような扱いはしません」


『その代わり、人が目の前で襲われてる時に「ここの領主から許可を取れ」とも言わないでくれ』


「言いません」


「ローデン側も同じだ」


 ガレスも続ける。


「俺たちが頼む。お前が判断する。それで今までやってきた」


『なら、それでいい』


 地図の上に引かれた線は、人間の責任を分けるためにある。


 俺まで線の中へ所有物として入る必要はない。


 それが一番分かりやすかった。


     ◇


 話がまとまりかけたところで、北の見張りから兵が来た。


「空に魔獣です!」


 全員がそちらを見る。


 兵は息を整えながら続ける。


「北東。ワイバーンらしき影が三。こちらへ真っ直ぐ来ているわけではありませんが、高い位置を南へ移動しています」


 俺は空を見る。


 まだ肉眼では分からない。


『攻撃してきた?』


「いえ。ただ、弓兵が撃つべきか迷っています」


 それなら急いだ方がいい。


『俺が見る。射るのは少し待ってもらってくれ』


「分かりました」


 翼を開き、地面を蹴る。


 高度を上げると、すぐ三つの影が見えた。


 細長い尾。


 翼。


 飛び方。


 ワイバーンだ。


 《魔獣感応》へ意識を向ける。


 遠い。


 それでも、敵意らしいものは感じない。


 むしろ流れ込んでくるのは警戒と移動したいという感覚。


 俺の姿に気づくと、三頭とも少し北へ進路をずらした。


(あの群れの個体だな)


 首に古傷のある大きな個体はいない。


 別の三頭らしい。


 俺は追わず、自分からも敵意がないことだけを送る。


 近づかない。


 戦わない。


 その程度なら通じる。


 三頭は俺との距離を保ったまま、西ではなく南東へ抜けていった。


 人のいる場所へ降りる様子もない。


 それを確認してからセドルへ戻る。


     ◇


『野生の群れだと思う。少なくとも、今は人間を襲う気はなかった』


「分かるんですか」


 レオンが空を見る。


『《魔獣感応》で、ある程度はな。細かいことまで話せるわけじゃないけど、襲うつもりなのか、警戒してるだけなのかくらいは分かる』


 ガレスはまだ空を見ていた。


「だが、地上の兵には分からん」


『それが問題だな』


 遠くを飛ぶワイバーン。


 俺なら感応で確かめられる。


 人間からすれば、ただの黒い影だ。


 敵軍はすでに魔獣を戦いへ使っている。


 大型の獣へ苦痛を与えて突進させたり、対竜用の罠と組み合わせたりもしてきた。


 今後、空を飛ぶ魔獣まで戦場へ持ち込まれない保証はない。


 レオンが言った。


「フェルゼン側の兵にも、北に野生のワイバーン群がいることは伝えます」


『全部撃つな、とまでは言えないぞ』


「分かっています」


 返事はすぐだった。


「人へ急降下している。家畜を襲っている。そういう状況なら自衛します」


『それでいい』


「問題は、今みたいに遠くを飛んでいる時ですね」


 ガレスが腕を組む。


「敵が使ってるのか、野生なのか。近づいて首輪でも見えりゃ別だが、遠目じゃ無理だ」


『首輪があるとも限らない』


「そこもある」


 弓の射程へ入ってから考えるのでは遅い。


 だから人間は早めに判断したがる。


 ワイバーン側からすれば、自分の縄張りを飛んでいただけなのに突然矢を射られる。


 一度そうなれば、人間を敵だと覚える可能性もある。


『あいつらへ「人間の領地の上は飛ぶな」と伝えるのも難しい』


「《魔獣感応》でも?」


『道や領境までは説明できない。そもそも空に線なんか見えないだろ』


 レオンが苦笑する。


「昨日のあなたと同じですね」


『俺は地図を読める』


「ワイバーンは読みません」


『だから困ってる』


 ガレスが低く唸った。


「見分ける印でもあれば楽なんだがな」


 俺は空を見た。


 印。


 遠くからでも、人間側が一度手を止める理由になるもの。


 敵か味方かを決める印でなくていい。


 少なくとも「野生の群れかもしれない」と分かるだけでも違う。


『ただの目印を付けるために捕まえるのは嫌だな』


「俺も勧めない」


 ガレスが答える。


「捕まえて縛った時点で、敵軍のやってることと大差なくなる」


『あいつらは俺の配下でもない』


「そこも同じだ」


 誰の領地にも属さない俺。


 誰の軍にも属さないワイバーン。


 少し似ている。


 だからこそ、人間側の都合だけで印を付け、勝手に味方扱いするのは違うと思った。


     ◇


 レオンは今日中にフェルゼンへ戻ることになった。


 捕虜の処理。


 略奪された農家への確認。


 見張りの追加。


 やることが増えている。


 出発前、地図の横で今後の連絡方法だけ決めた。


 フェルゼン側からセドルへ使者を出す。


 ローデン側からも、東の異変があれば返す。


 緊急の場合は、途中の見張り所を繋いで伝える。


 俺が空から異変を見つけた時も、近い側へ先に知らせる。


『これなら、俺が毎回全部の場所を回らなくても済むな』


「最初からそれが狙いです」


 レオンが言う。


『俺を楽にするためだったのか』


「結果としては」


「人間同士で連絡する方が普通なんだよ」


 エルマーが笑う。


『最近、何でも俺が飛んで運んでたからな』


「便利だからな」


『堂々と言うな』


 それでも、悪い変化ではない。


 俺が空にいない時でも情報が動く。


 人間が人間へ伝える。


 俺が見つけたものも、その流れへ乗せられる。


 一頭で飛び回るより、その方が遠くまで守れる。


     ◇


 レオンたちを途中まで見送った。


 領境を越える。


 昨日までは、どこからがフェルゼンなのか考えもしなかった場所だ。


 今日は大体の位置が分かる。


 地面は何も変わらない。


 道もそのまま。


 畑の土も同じ色。


 林も続いている。


『この辺からだよな』


 低く飛ぶ俺へ、馬上のレオンが答えた。


「おおよそは。街道沿いなら目印になる石があります」


 見る。


 小さな石が道端に立っている。


『空からじゃ分からないな』


「空を飛ぶ者を基準に作っていませんから」


『今後は考えてくれてもいい』


「巨大な竜から見える境界標識ですか」


『山くらいの大きさなら分かる』


「誰が作るんです」


『言ってみただけだ』


 レオンがため息をついた。


 昨日より少し話しやすくなった気がする。


     ◇


 そこで別れ、俺は北へ進路を変えた。


 朝の三頭が気になっていた。


 追いかけるつもりはない。


 ただ、以前会った群れがまだ同じ山際にいるのかを見ておきたい。


 高く上がる。


 森。


 岩場。


 さらに北。


 しばらく探したが、群れは見えない。


(移動したか)


 野生なのだから当然だ。


 俺の都合のいい場所へ、いつもいるわけではない。


 戻ろうと翼を傾けたところで、遠くの岩場から一頭だけ影が上がった。


 大きい。


 他のワイバーンより明らかに身体が一回り大きい。


 左の首筋から胸へ続く古い傷。


 翼の端も少し欠けている。


(あいつだ)


 群れの前へ出てきた個体。


 俺が人間を守ろうとした時、最後には攻撃をやめてくれたワイバーンだ。


 向こうも俺に気づいた。


 警戒が流れ込んでくる。


 ただし、以前ほど強くない。


 見覚えがある。


 敵ではなかった。


 そんな感覚まで混ざっているように思えた。


 俺は距離を詰めない。


(戦わない)


 意思を送る。


 相手からも強い敵意は返ってこない。


 それだけでいい。


 俺は少し高度を下げ、相手を改めて見る。


 群れの中でも、こいつだけはもう見分けられる。


 古い傷があるからだけではない。


 前へ出て群れを守った。


 俺と一度向き合った。


 一頭の個体として覚えている。


(いつまでも「あの大きいやつ」じゃ不便だな)


 ふと、そんなことを考えた。


 相手がこちらを見ている。


 俺も見る。


 名前。


 人間なら当たり前に使っているもの。


 魔獣に同じものが必要なのかは分からない。


 そもそも勝手に付けていいのかも分からない。


 ただ、こいつを他のワイバーンと同じ「一頭」で片づける気には、もうなれなかった。


 俺はしばらくその個体を見たあと、今日は何もせず離れた。


 急ぐ必要はない。


 印のことも。


 名前のことも。


 次にもう一度会えた時に考えればいい。


 誰かのものにしなくても、区別する方法はあるのかもしれない。


 俺は翼を広げ、西へ向きを変えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。