↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ドラゴンに転生したので、人間の国を育てることにした ~黒パン半分の恩返しから始まる竜王建国記~』  作者: あちゅ和尚


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
78/107

第78話 残る者、逃げる者

 翌朝、俺は東の大きな集落へ向かった。


 昨日、北の空でワイバーンの群れと出会ったことは気になっている。首に古い傷のある大きな個体が、あれからどこへ移ったのかも知りたい。


 だが今は、そちらより先に確認する場所があった。


 数日前から避難を始めた集落だ。


 老人や子供、すぐ西へ移ると決めた家族はすでにかなり出ている。それでも、全員が家を離れたわけではない。


 畑を捨てられない者。


 家畜を置いていけない者。


 敵軍が本当にここまで来るのか、もう少し様子を見ると決めた者。


 昨日まで自分の家だった場所を、簡単に捨てられない人間が残っている。


 高度を上げたまま集落へ近づき、俺は翼の角度を変えた。


 下の様子が、前に見た時と違う。


 住民だけではない。


 兵がいる。


 東側から入ったらしい二十人ほどの一団が、中央の道と家々の前に散っていた。


 盾。


 槍。


 弓。


 荷車が二台。


 大軍ではない。


 だが、通り過ぎようとしているわけでもなかった。


 兵が一軒ずつ家を回っている。


 住民が袋や樽を持って出る。


 それを受け取り、中央の荷車へ積む。


 別の家の前では、住民の男が首を振っていた。


 兵が何かを言う。


 男はもう一度拒む。


 そこへ別の兵が加わると、男は諦めたように家へ入り、小さな穀物袋を持って出てきた。


(補給か)


 敵は後方から荷を運んでいる。


 それでも、進んだ先で食料や飼料を手に入れられるなら、持ち込む量を減らせる。


 長く戦うなら、現地で手に入る物まで使う方が楽だ。


 理屈は分かる。


 だからといって、取られる側が納得するとは限らない。


 俺は集落の西側へ回った。


 今の身体で家の間へ直接降りる気はない。


 軒へ翼を引っ掛け、柵を尾で壊し、敵より先に俺が家を壊したら笑えない。


 建物から十分離れた草地へ着地する。


 地面が低く揺れた。


 集落の中から、何人かがこちらを見た。


     ◇


 最初に来たのは、以前にも見た白髪の男だった。


 杖を使うほど弱ってはいないが、かなり年を取っている。


 男は俺の前まで来ると、巨大になった身体を見上げた。


「また大きくなられましたな」


『少し事情が変わった。守護竜というものになったらしい』


「それはまた……名前からして頼もしい」


 笑ってはいるが、顔には疲れが残っている。


 俺は集落の中央へ視線を移した。


『兵は、食料と馬の餌を集めてるんだな』


「ええ」


『代金を払って買っている形ではなさそうだ』


 男の口元が苦く歪む。


「出せ、と言われます」


『拒めば家の中まで確かめる。だから、実際には断れない』


「その通りです」


 やはりそうだった。


『今すぐ飢える量まで持っていかれてはいない。でも、これが続けば冬までの蓄えが持たない。そういう状況だな』


「よくお分かりで」


『同じことを、少し前から別の場所でも見てる』


 俺は周囲の家を見た。


『それでも残ったのは、ここを離れた先で暮らせる保証がないからだろ。家も畑も家畜も、全部ここにある』


 白髪の男は、しばらく俺を見上げていた。


「以前なら、竜にそこまで言われるとは思いませんでした」


『俺も以前なら、危ないなら逃げればいいと思ってた』


 それで終わる話ではなかった。


 逃げれば家は残る。


 畑も残る。


 でも、その家では眠れない。


 畑から食べ物を取ることもできない。


 西へ着いた瞬間、新しい暮らしが勝手に始まるわけでもない。


『ここに残ること自体を止める気はない。ただ、今のままなら食料を取られ続ける。さらに兵が増えれば、残ること自体が難しくなる』


「皆も分かっています」


 男は集落を振り返った。


「だから割れております。西へ行きたい者と、残りたい者で」


『なら、全員に同じ答えを出させなくていい』


 俺はそう返した。


『出たい人間には道を作る。残る人間には、敵が戻った時にどう退くかだけ決めてもらう。それなら少なくとも、今ここで無理にどちらかへ揃える必要はない』


 白髪の男は静かに頷いた。


     ◇


 集落の中から、五人の兵がこちらへ歩いてきた。


 先頭の男は剣を抜いていない。


 だが後ろの二人は弓を持ち、いつでも射てる位置にいる。


 白髪の男が少し離れた。


「竜」


『ヴァルだ』


「この集落の者ではないな」


『違う。ただ、ここで暮らしている人間が食べる物を、武装した兵が断れない形で持っていくなら、無関係とも言えない』


 兵の男の顔が険しくなる。


「軍務に必要な徴発だ。必要な分だけを受け取っている」


『必要かどうかを決めてるのは、お前たちだけだろ』


「軍が動くには物資が要る」


『それは知ってる。だからこそ、後方に荷を集めて前へ運んでるんだろ。それで足りない分を、ここの冬支度から埋める理由にはならない』


 男の目が細くなった。


「軍務を妨害するなら敵対と見なす」


『先に住民へ出させた物を戻して、東へ退けば戦う理由はない』


「拒否する」


『なら、荷車だけ置いていけ。人間まで追うつもりはない』


 男の右手が上がった。


 後ろの弓兵が弦を引く。


 一射。


 胸へ向かってくる。


 俺は動かなかった。


 矢は胸の鱗に当たり、甲高い音を残して弾かれた。


 折れた軸が土へ落ちる。


 兵たちの視線が揺れる。


『そこへ普通の矢を何本撃っても、もう簡単には通らない』


 二人目の射手は狙いを変えた。


 翼。


 そちらは別だ。


 さらに後ろには家がある。


 避けるだけなら簡単でも、抜けた矢が住民へ飛べば意味がない。


 俺は片翼を開く代わりに、地面すれすれへ風を走らせた。


 射手の身体が揺れ、矢は人のいない畑へ逸れる。


『目や翼を狙う判断は正しい。でも、ここで続ければ住民まで巻き込む』


 俺は前へ一歩出た。


 ただそれだけで、兵たちが後ろへ下がる。


 前脚一つが人間の身体より大きい。


 今の俺と、人間一人が剣や槍で同じ距離から殴り合う必要はなかった。


 槍兵が一人、勇気を振り絞るように踏み込んだ。


 狙いは胸ではない。


 前脚の関節。


 そこまで考えている。


 俺は脚を引いて避けるのではなく、槍の届く前へ爪先を置いた。


 地面が沈む。


 男の目前に巨大な爪が並ぶ。


 槍が止まった。


『それ以上来れば、止め方を選べなくなる。退いてくれ』


 男は歯を食いしばる。


 それでも踏み込まなかった。


     ◇


 後ろで馬が鳴いた。


 荷車を出すつもりらしい。


 御者が手綱を取り、住民から集めた袋や樽を積んだまま東へ向けようとしている。


 俺は集落の中へ踏み込まない。


 代わりに東側へ飛び、家並みから十分離れた道へ先回りした。


 着地する。


 荷車二台が止まった。


 馬も動かない。


 俺を避けて横へ抜けられる道幅はない。


『人間と馬は通してもいい。荷は置いていけ』


「どけ!」


『それは住民の食べ物だ』


 御者の横にいた兵が弓を向ける。


 今度は目。


 矢が飛ぶ前に、俺は頭を少し上げた。


 射線から外す。


 同時に短い風を前へ送る。


 馬を倒すほど強くはしない。


 兵が顔を庇う程度。


 その間に白髪の男たちが道の反対側へ出てきた。


「その袋はうちの麦だ!」


「樽は南の家から出したものだ!」


「干し草も返してくれ!」


 住民の声が増える。


 敵兵が周囲を見る。


 俺一頭だけなら、戦う選択もあったかもしれない。


 だが今は、住民自身が返せと言っている。


 先頭の兵が舌打ちした。


「荷を下ろせ」


 御者が振り返る。


「しかし――」


「ここで全部失うよりましだ!」


 袋が下ろされる。


 樽。


 干し草。


 飼料。


 住民が自分たちの物を確認していく。


 全部が元通りかどうかは、あとで調べるしかない。


 俺は荷下ろしの間、道を塞いだまま動かなかった。


 兵を捕まえる気はない。


 戦って死者を増やす理由もない。


 荷が空になると、俺は身体を横へずらした。


『東へ戻るなら追わない』


 兵たちは答えなかった。


 ただ、二台の荷車と一緒に東へ去っていった。


 俺も追わなかった。


     ◇


 敵が見えなくなってから、ガレスとエルマーが兵を連れて到着した。


「終わってるじゃないか」


 ガレスが空になった東の道を見る。


『兵は帰した。住民から集めた物は置いていかせた』


「捕虜は?」


『いない』


「それでいい」


 返事は早かった。


「二十人捕まえたら、二十人食わせて見張る仕事が増えるだけだ」


 エルマーは住民の方へ向かった。


「西へ出たい人は、今日のうちに人数を分けましょう。全員一度に動く必要はありません」


 白髪の男が集まっていた住民へ声を掛ける。


 話し合いが始まった。


 若い夫婦は出たい。


 老人は残りたい。


 家畜を連れていけるなら動くという家。


 今日返ってきた麦があれば、しばらく様子を見るという者。


 同じ家族の中ですら意見が違う。


 俺は少し離れた場所へ座った。


 ここは俺が決める話ではない。


     ◇


「西へ行けば、今と同じ暮らしができるんですか」


 若い男がエルマーへ聞いた。


 エルマーは軽く頷かなかった。


「すぐ同じ家と畑を用意できるとは言えない。セドルも人が増えてる。さらに西へ移ってもらう可能性もある」


「食べ物は?」


「移動中と当面の分は手配する。ただし、ずっと何もしなくても暮らせるという約束ではない」


 次に老人がガレスを見る。


「ここへ残るなら、兵を置いてくれますか」


「見張りは置ける」


 ガレスは答える。


「ただ、大勢の兵を常駐させることはできない。この集落だけ守れば終わる戦いじゃない」


「敵が戻ったら?」


「まとまった部隊なら、まず知らせる。戦える人数でなければ見張りも下げる」


 厳しい答えだ。


 でも、嘘よりいい。


 俺は集落を見た。


 俺がここへ住みつき、毎日空から守ることもできない。


 別の場所で敵が動けば、そちらへ行く。


 北にはワイバーンの群れもいる。


 セドルもある。


 ルーエもある。


 一つの家を守るために、全部を捨てるわけにはいかない。


     ◇


 話は夕方まで続いた。


 最後に決まったのは、全員が逃げることでも、全員が残ることでもなかった。


 子供と老人を優先して西へ出す。


 家族ごと移りたい者も同行する。


 残る者は、荷をまとめておく。


 敵がまとまって戻ったという知らせがあれば、すぐ退けるようにする。


 食料も、冬まで必要な分すべてを家へ置いたままにはしない。


 一部は西へ送る。


 また敵が来た時、一度に全部取られないためだ。


 白髪の男が決まったことを一つずつ確認する。


「明日の朝、最初の一団を出します」


 ガレスが頷いた。


「護衛を付ける。セドル側にも人数を先に知らせる」


『俺は上から周囲を見る。ワイバーンの群れが北にいるから、道を外れすぎない方がいい』


「昨日の群れですか」


『野生だ。俺が話をつけたから絶対安全、とは思わないでくれ。縄張りへ入れば追われる』


「分かりました」


 話を聞いていた若い男が、俺を見上げた。


「ヴァル様は、ここへ残る人も守ってくれるんですか」


 俺はすぐ答えなかった。


 守る。


 その言葉を簡単に使うほど、できることは無限ではないと分かってきた。


『敵が来たと分かれば、助けに来る。ただ、いつでも間に合うとは約束できない』


 男は少しだけ顔を伏せる。


『だから残るなら、逃げる準備まで含めて残ってほしい。俺が来るまで動かない、にはしないでくれ』


「……分かりました」


 俺の力を信じてもらえるのは嬉しい。


 でも、信じられすぎて逃げる判断を遅らせたら逆に危ない。


     ◇


 夕方、西へ先に送る食料をまとめていると、東の見張りが馬で駆け込んできた。


「兵じゃない!」


 ガレスが振り返る。


「何が来た」


「使者です。東側の領主からの使いだと言ってます」


 俺も顔を上げた。


「この集落の件と、ローデン側の兵が東へ出ている件で話をしたいそうです」


 ガレスの表情が変わる。


「ようやく来たか」


『この辺りを治めてる側の人間か』


「ああ。ここから先は、俺たちの領地じゃない」


 その言葉で、今まで空から見ていた地面へ、初めて別の線が引かれた気がした。


 道は同じ。


 森も同じ。


 畑も続いている。


 空から見れば境目なんてない。


 それでも、人間側ではここから先を治める者が違う。


 敵を追い返すだけなら、気にしなくても済んだ。


 住民を逃がす。


 兵を出す。


 食料を動かす。


 見張りを置く。


 そこまで始めれば、無視できなくなる。


『話した方がいいな』


「もちろんだ」


 ガレスは地図を広げた。


「こっちも好きで他所の土地へ兵を出してるわけじゃない。連絡できるなら、その方が早い」


 俺は東を見る。


 戦っている相手だけを見ていた時より、また一つ考えることが増えた。


 でも、悪い話ではない。


 ここを本来守る人間と話ができるなら、全部をセドル側だけで抱え込む必要はなくなる。


 残る者。


 逃げる者。


 守る者。


 それぞれが自分だけで決めて動くより、繋がった方がいい。


 俺は翼を畳み、ガレスたちが使者を迎える準備をするのを見ていた。


 戦場の線とは別に、人間が引いた線の話が始まろうとしていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。