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『ドラゴンに転生したので、人間の国を育てることにした ~黒パン半分の恩返しから始まる竜王建国記~』  作者: あちゅ和尚


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第68話 軍は、荷がなければ動けない

 縄に締めつけられた右の翼は、翌朝になっても鈍く痛んだ。


 広げられないほどではない。


 骨もおそらく無事だ。


 だが、強く羽ばたいたり、昨日のような急降下を繰り返したりする気にはならなかった。


 敵はこちらの事情を知らない。


 だからこそ、無理に元気なところを見せる必要もない。


 俺はセドルの東側で翼を半分ほど開き、動きを確かめていた。


「今日は低く飛ぶなよ」


 守備隊長が後ろから言った。


『昨日も言われた』


「昨日言って、昨日捕まったから今日も言ってる」


『あれは助けに降りたからだ』


「向こうも、そうなるように仕掛けたんだろ」


 返す言葉がなかった。


 確かにそうだ。


 敵は俺が魔獣を放っておかないと読んでいた。


 見える縄を二組置き、俺がそこを避けることまで計算して、盾列に近い草の中へ別の縄を隠した。


 力では俺の方が上だった。


 それでも、翼だけを杭と縄で押さえ込まれれば簡単には飛べない。


 大きい身体は、強い。


 同時に、掛ける場所も多い。


『今日は戦いに行くつもりはない』


「なら何を見る?」


『荷だ』


 守備隊長が俺を見た。


『あれだけ縄や杭や魔獣を持ってくるなら、どこかから運んでる。食料も矢も同じだろ』


「ああ」


『前に荷駄は見た。でも、その先を見てない』


 昨日まで、敵の前衛ばかり見ていた。


 槍兵。


 弓兵。


 魔獣。


 俺を落とすための縄。


 だが、あれらは勝手に地面から生えてくるわけではない。


 縄を編む者がいる。


 杭を削る者がいる。


 食べ物を運ぶ荷車がある。


 矢を補充する場所がある。


 負傷した兵を戻す場所も必要だ。


「奥へ入りすぎるな」


『分かってる』


「それと、見つけても壊すな」


『どうしてだ?』


「壊したら、次から隠す」


 守備隊長は即答した。


「今は、どこから何が来ているか知らん。先に道を覚えろ」


 なるほど。


 敵の荷を見つけたら焼けばいい。


 一瞬そう考えていた。


 でも、一台焼けば残りは道を変える。


 集めている場所を焼けば、別の場所へ散らすかもしれない。


 全部見えてから壊した方がいいものもある。


『今日は見るだけにする』


「それで頼む」


 俺は地面を蹴った。


     ◇


 いつもより高く上がった。


 急な動きはしない。


 右の翼へ掛かる力を確かめながら、大きな円を描いて東へ進む。


 下に見える敵の陣は、昨日より静かだった。


 正面から押してくる兵はいない。


 縄を使った部隊も見えない。


 こちらへ矢を届かせようともしない。


 俺が高い場所にいる限り、撃っても無駄だと分かったらしい。


 さらに東へ目を向ける。


 街道。


 林。


 小さな丘。


 その間を、人と荷車が動いている。


 一台。


 二台。


 もっと後ろにもいる。


 俺は敵陣の真上を通らず、大きく南側へ回った。


 しばらく進むと、景色が変わった。


『……あれか』


 街道脇の広い場所に、荷車が並んでいた。


 十台どころではない。


 数えながら旋回する。


 十五。


 二十。


 その奥にも幌が見える。


 荷車だけではなかった。


 馬。


 荷を背負う獣。


 積み上げられた樽。


 麻袋。


 矢束。


 干し草。


 切った木材。


 簡単な天幕がいくつも張られ、人が絶えず動いている。


 軍の陣とは少し違う。


 槍を持って立っている兵より、荷物を動かしている人間の方が多い。


 樽を下ろす。


 袋を数える。


 空の荷車へ別の箱を積む。


 車輪を外して直している者までいる。


 ここだ。


 前線の後ろを支えている場所。


 俺が昨日壊した縄も、ここから出た可能性が高い。


 もっと近づきたくなる。


 やめた。


 今の高度なら、敵の弓はほとんど届かない。


 だが、あそこに対竜用の何かがない保証はない。


 俺は高度を保ったまま、外側から一周した。


     ◇


 見ているうちに、一つ気づいた。


 荷車はここから前線へ出ていくだけではない。


 さらに東から入ってくる。


 三台。


 少し間を空けて、また二台。


 新しく来た五台が止まると、人が一斉に集まった。


 馬を外す。


 水を飲ませる。


 荷を下ろす。


 空になった荷台へ、別の物を積む。


 前線から戻ってきた荷車と入れ替えるように、作業が続いていた。


(ここが終わりじゃない)


 さらに向こうがある。


 この集積地は、東から届いた物を一度まとめ、必要な分だけ前へ送る場所だ。


 食料を一気に遠くまで運ぶ必要はない。


 ここで馬を替えることもできる。


 壊れた車輪も直せる。


 兵も休める。


 だから敵は、前線に何日も留まれる。


 俺が荷車を二台壊した程度では、軍全体が止まらなかった理由も分かった。


 二台失っても、後ろには二十台以上ある。


 そしてその二十台の後ろから、さらに荷が届く。


 火を吐けば、かなり燃えるだろう。


 干し草。


 木箱。


 天幕。


 荷車。


 乾いた物が多い。


 だが、今焼けば、何がどの道から来ているのか分からなくなる。


 それに、馬もいる。


 荷を運ぶだけの人間も多い。


 炎を広げれば、兵だけを選んで焼くことはできない。


 俺は胸の熱を集めなかった。


 今日は壊しに来たんじゃない。


     ◇


 集積地を離れる直前、二台の荷車が西へ出ていった。


 前線へ向かうらしい。


 俺は距離を取りながら追った。


 二台とも荷が重い。


 水樽。


 袋。


 矢。


 荷台の端には干し草も見える。


 騎馬が二騎ついている。


 護衛の歩兵も数人。


 ところが、荷車は街道をそのまま進まなかった。


 途中で北寄りの細い道へ曲がった。


『前線じゃない?』


 俺はさらに距離を取った。


 昨日のことがある。


 分かりやすい荷車一台にも、罠を疑った方がいい。


 上から進路だけを見る。


 荷車は小さな丘の陰へ入った。


 俺は反対側へ大きく回った。


 そこで、また人が動いていた。


 規模は小さい。


 荷車は二台。


 兵も十数人ほど。


 まだ柵らしい柵もない。


 それでも、地面には荷物が置かれ、馬を繋ぐ杭が打たれていた。


 何人かが草を刈り、平らな場所を広げている。


 一人が浅い溝まで掘っていた。


 水を流すためかもしれない。


(新しい荷置き場?)


 それだけではない。


 大きな集積地から前線まで、毎回同じ荷車が往復する必要はない。


 途中に荷を置けば、前線側の小さな荷車や兵が取りに来られる。


 矢が足りなくなれば、ここから出す。


 水が必要なら、ここから運ぶ。


 馬も休ませられる。


 大きな集積地より前へ、補給の場所そのものを伸ばしている。


 敵は兵だけを西へ進めているわけではなかった。


 食料も。


 矢も。


 馬の休む場所も。


 少しずつ前へ動かしている。


 この場所が完成すれば、セドルへ攻める距離はさらに短くなる。


 俺は位置を覚えた。


 降りない。


 壊さない。


 まず持ち帰る。


     ◇


 セドルへ戻ると、守備隊長はすぐ地図を広げた。


「どうだった?」


『大きな荷置き場があった』


「どれくらいだ?」


『荷車だけで二十台以上。馬もいる。食料、水、矢、干し草。車輪を直してる人間もいた』


 守備隊長の顔が変わる。


「二十台以上か」


『さらに東から五台来た。まだ後ろがある』


「なるほどな」


 近くにいた兵が地図を覗き込む。


「それだけあれば、前の荷駄を何台か潰しても困らんわけか」


『たぶん』


 俺は爪先で位置を示した。


 正確な地図ではない。


 それでも、街道と丘の位置からだいたいは分かる。


 守備隊長が印を付ける。


「それだけか?」


『もう一つある』


 今度は少し西。


 前線との間。


 小さな丘の辺りを示す。


『ここに、新しい場所を作ってる』


「何があった?」


『荷車二台。水。矢。食べ物。馬を繋ぐ杭。地面も均してた』


「前へ出すための中継場所か」


 守備隊長が地図を見たまま呟いた。


 俺もそう思う。


「壊さなかったんだな?」


『約束しただろ』


「偉い」


『子供みたいに言うな』


 周囲で少し笑いが起きた。


 守備隊長も口元を緩めたが、すぐ地図へ視線を戻す。


「壊すなら、こっちだな」


 指したのは大きな集積地ではない。


 前へ作っている小さな方だった。


『大きい方じゃないのか?』


「大きい方を叩けば、向こうも必死で守る。兵も多い。それに東から物が来るなら、焼いたあと別の場所へ作り直すかもしれん」


『小さい方なら?』


「前線に近い。作り始めたばかり。ここを使えないと分かれば、大きい集積地から前まで運ぶ距離が伸びたままだ」


 地味だ。


 大きな荷置き場を燃やした方が、見た目は派手だ。


 でも、必要なのは敵へ大きな損をさせることじゃない。


 西へ進めなくすることだ。


『いつ壊す?』


「まだ」


『まだなのか?』


「地上からも見る」


 即答だった。


「お前が見たのは空からだ。森の中の兵、水場、荷車が入る道。そこがまだ分からん」


 昨日までの俺なら、もう一度飛んで全部見ようとしたと思う。


 今は右翼がまだ痛む。


 それに、地上からしか分からないこともある。


「斥候を二組出す」


 守備隊長が続ける。


「一組は街道側。一組は南から回る。戦わない。荷も触らない。見るだけだ」


「敵兵が一人でいたら?」


 兵の一人が聞いた。


「捕まえるな」


「取れそうでも?」


「いらん」


 守備隊長は地図を指で叩いた。


「欲しいのは一人の捕虜じゃない。道だ。水だ。荷が何時に来て、何時に出るかだ」


 俺はその言葉を聞きながら、地図を見る。


 前の敵を倒す。


 昨日まで、それが戦うことだと思っていた。


 今は少し違う。


 槍兵が一人減っても、後ろから別の兵が来る。


 矢を十本落としても、荷車が次を運んでくる。


 荷車を壊しても、修理する場所がある。


 軍というのは、戦っている人間だけではできていない。


     ◇


 午後。


 斥候が出たあと、俺はセドルの外で翼を休ませていた。


 飛べないわけではない。


 でも、飛ばなくても情報は集まる。


 それをようやく実感し始めている。


 守備隊長が隣へ来た。


「退屈か?」


『少し』


「いいことだ」


『何が?』


「戦の最中に退屈できるなら、その間は誰も死んでない」


 俺は答えず、東を見た。


 敵の陣は丘の向こうにある。


 そのさらに後ろに大きな荷置き場。


 その手前には、作り始めた小さな中継場所。


 一本の道の上に、点が増えている。


 それを繋げば、敵がどう進もうとしているか見える。


 しばらくして、一組目の斥候が戻ってきた。


「水場がある!」


 馬から降りるより先に報告する。


「小さい方の荷置き場の北側。沢が一本ある。馬もそこで飲ませてる」


 守備隊長が地図へ印を足す。


「道は?」


「荷車一台なら通れる。すれ違いは無理だ」


「南側は?」


「まだ戻ってません」


 少し待つ。


 やがて二組目も帰ってきた。


「南は斜面がきつい。荷車は入れない。歩兵なら回れます」


「兵は?」


「見えたのは十五くらい。ただ、丘の裏は分からん」


 守備隊長が頷く。


 これで空から見た情報と、地上から見た情報が重なった。


 街道から入れる細道は一つ。


 荷車は一台ずつ。


 北に水場。


 南は歩兵なら回れる。


 守備は少ない。


 まだ作り始めたばかり。


『今なら壊せるな』


「ああ」


 今度は守備隊長も否定しなかった。


「ただし、荷を全部焼く必要はない」


『道を止める?』


「それもある」


 男の指が、細い進入路へ置かれる。


「荷車が入れなくなれば、中継場所だけ残っても意味がない」


『どうする?』


「夜まで考える」


『今決めないのか』


「敵は逃げない」


 また止められた。


 けれど、それでいい。


 見つけた。


 調べた。


 次は壊し方を選ぶ。


 順番にやればいい。


     ◇


 夕方近く。


 俺は一度だけ高く上がった。


 斥候の報告と、自分が見た地形を重ねたかったからだ。


 中継場所は遠くに小さく見える。


 その向こうには大きな集積地。


 さらに東へ、荷車が続く道。


 前線だけ見ていた時には分からなかった。


 軍は一本の長い身体みたいだった。


 槍や弓を持つ兵が頭なら、荷車は腹だ。


 道は脚かもしれない。


 どこか一つだけ強くても動けない。


 俺は西へ向きを変えようとした。


 その時、街道より南側に小さな動きが見えた。


 荷車ではない。


 兵の列でもない。


 人間が何人か、森の縁を西へ歩いている。


 大人だけではなかった。


 小さな身体。


 子供だ。


 背中に荷を負った女。


 杖を使う老人。


 東から来ている。


 軍とは逆に、西へ。


『……逃げてる?』


 敵の補給線ばかり見ていて、初めて気づいた。


 兵が進む場所には、最初から誰も住んでいないわけじゃない。


 街道の脇にも。


 森の向こうにも。


 人の暮らす場所がある。


 俺は高度を落とさず、その一団の進む先を見た。


 セドルの方向。


 ただし、まだかなり遠い。


 敵の斥候がいる場所とも近い。


 俺は右の翼の痛みを確かめた。


 すぐ飛び込まない。


 まず位置を覚える。


 そして戻って人を呼ぶ。


 昨日までなら、一頭で向かっていたかもしれない。


 俺はセドルへ向きを変えた。


 敵の荷を止めるだけでは、どうやら足りないらしい。



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