↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ドラゴンに転生したので、人間の国を育てることにした ~黒パン半分の恩返しから始まる竜王建国記~』  作者: あちゅ和尚


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
63/88

第63話 人間が前に立つ

 ラグ村との荷のやり取りが、ようやく形になり始めた翌朝だった。


 ルーエの南から来るはずの荷車とは逆の方角から、一頭の馬が駆け込んできた。


 蹄が乾いた道を叩く音に、村の入口にいた何人かが振り返る。


 馬は泡を吹くほどではない。


 だが、乗っていた男は休まず走ってきたらしく、肩で息をしていた。


「ヴァルはいるか!」


『ここだ』


 俺が前へ出ると、男は馬から降りるより先に言った。


「セドルからだ。東の街道に軍が出た」


 さっきまで木桶の値段を考えていた頭が、一瞬で切り替わった。


『盗賊じゃないんだな』


「違う。兵だ」


 男が地面へ降りる。


「騎馬だけじゃない。歩兵がいる。荷駄もある。斥候が見た限り、東からまとまって動いてる」


『どれくらい?』


「正確な数はまだ分からん。先頭だけで百を超えている。その後ろにも続いてる」


 百。


 それだけなら、俺一人でも止められる。


 だが男は、まだ報告を終えていなかった。


「荷車も十台以上見えた。馬だけじゃなく、荷を背負わせた獣もいる。食料らしい袋と樽、矢束、天幕まで積んでる」


 俺は少し考えた。


『通りすがりじゃないな』


「ああ」


 偵察や威嚇だけなら、そこまで荷を持ってこない。


 少なくとも数日以上動くつもりで準備している。


『どの道を使ってる?』


「東の街道だ。セドルへ真っ直ぐ来る道」


『脇へ分かれた隊は?』


「今のところ確認できてない」


『荷駄の後ろは?』


「騎馬が何人か往復してる。さらに東にも人がいるらしい。斥候は追いすぎず戻した」


 そこは正しい。


 敵の後ろを見たいからと、こちらの斥候を失っては意味がない。


 ただ、これで一つ分かった。


 前を歩く兵だけが軍ではない。


 食料。


 矢。


 天幕。


 馬の餌。


 それを運ぶ荷車。


 さらに後方と行き来する人間。


 全部で一つの軍だ。


 前の兵を追い返しても、後ろが残ればまた来る。


『今、どこまで来てる?』


「境の手前だ。セドルの守備隊は東の街道を塞いでる」


『戦った?』


「まだだ」


 それを聞いて、少しだけ肩の力が抜けた。


 まだなら、選べる。


     ◇


 俺はすぐにセドルへ向かった。


 ルーエから離れる前に、村長へ事情だけ伝える。


「こっちはどうする?」


『普通にしててくれ』


「兵を出すか?」


『まだいらない』


「攻めてきてるんだろ」


『まだ境を越えてない』


 村長が俺を見る。


 言いたいことは分かる。


 前までの俺なら、「まだ攻めてないなら話せる」とだけ考えていたかもしれない。


 今は違う。


『話す準備と、戦う準備を両方する』


「それならいい」


 村長はそれ以上止めなかった。


 ミラが家から出てくる。


「ラグ村への荷は?」


『予定通り動かしてくれ。道を止める必要が出たら知らせる』


「分かりました」


 戦いが起きるかもしれないからと、全部を止める必要はない。


 食料も薪も動かなければ、人は暮らせない。


 俺が空へ上がると、眼下でトーマの荷車がいつも通り準備を続けていた。


 それを見てから東へ向かう。


     ◇


 セドルの東側には、街道を横切るように簡単な遮断線が作られていた。


 砦と呼べるほど立派なものではない。


 街道の両側へ太い杭を打ち、その間へ長い横木を渡す。


 横木の後ろには土を詰めた籠と木盾。


 さらに後方へ弓兵を置く。


 以前より守り方がまともになっている。


 敵が来る方向だけを見ているのではない。


 左右の林へも人を出していた。


 俺が降りると、守備隊の男が駆け寄ってくる。


「来てくれたか」


『敵は?』


「まだ向こうだ」


 男が街道の先を指す。


 低い丘の向こうから、細い煙が上がっている。


 炊事の煙だろう。


『止まってる?』


「先頭は止まってる。だが、後ろから次々来てる」


『荷駄は見えた?』


「斥候の報告通りだ。兵より後ろにまとまってる」


 俺は空へ上がった。


 今度は高く行かない。


 こちらの位置を隠す必要もなかった。


 むしろ、見せた方がいい。


 丘を一つ越えたところに、人の列があった。


 槍。


 盾。


 騎馬。


 その後ろに荷車。


 兵の列は一つの塊ではなく、間隔を空けて続いている。


 さらに後方では、馬に乗った人間が東へ戻っていくのが見えた。


 荷駄の近くには干し草らしい束もある。


 積み方を見る限り、数日分の食料だけ持って無理やり深く入ってきた軍ではない。


 後ろから物を送るつもりだ。


 街道を使って補給を続けるつもりなのだろう。


 逆に言えば、その道を使えなくすれば進めない。


 俺は旋回しながら考える。


 兵へ直接吐息を当てる必要はない。


 荷車を壊す。


 車輪だけ潰す。


 馬具を切る。


 橋や狭い道を塞ぐ。


 できることはいくらでもある。


 火を使うなら、もっと簡単だ。


 荷駄には木と布と干し草が多い。


 ただし、今の風は東から西へ吹いている。


 火を広げれば、煙も火の粉もこちら側へ来る。


 街道脇は林だ。


 何も考えず荷駄へ火を放てば、敵だけではなく道そのものが使えなくなる可能性がある。


 火を使わないのではない。


 使うなら、場所と風を選ぶ。


 それだけだ。


 俺は遮断線へ戻った。


     ◇


『荷駄はある。後ろとも繋がってる』


「長く居座るつもりか」


 守備隊の男が顔をしかめる。


『たぶんな』


「なら、ここで追い返さないとまずいな」


『ああ』


 返事をすると、男が少し意外そうな顔をした。


「止めるんだな」


『何だと思ってた?』


「もっと話したがるかと」


 否定はできない。


 俺は人を殺したいわけじゃない。


 できるなら殺さずに終わらせたい。


 それは今も変わっていない。


 でも、殺したくないことと、守る側を危険に晒すことは同じじゃない。


『先に警告はする』


「それで進んできたら?」


『止める』


「どうやって?」


『一番先に兵を焼くとは限らない』


 俺は街道の向こうを見る。


『荷駄を潰せば、軍は進めない。馬を逃がしてもいい。街道を塞いでもいい。それでも武器を向けてくるなら、その時は兵も止める』


 男は黙って聞いている。


『こっちの誰かが死ぬまで手加減するつもりはない』


 自分で口にして、胸の奥が少し重くなった。


 それでも言い直さなかった。


 前に人を殺した時の感触を忘れたわけじゃない。


 できれば、もう味わいたくない。


 だからこそ、敵が武器を振るう前に止めたい。


 それでも止まらないなら。


 守る側へ死ねとは言えない。


「分かった」


 男は短く答えた。


     ◇


 昼を少し過ぎた頃、敵の先頭が動き始めた。


 最初に来たのは騎馬だった。


 三騎。


 その後ろへ歩兵が続く。


 横木の前に立つこちら側の兵たちが盾を構える。


 弓兵はまだ矢をつがえただけだ。


 俺は遮断線の少し後ろにいた。


 空には上がらない。


 ここにいることは、向こうにも見えている。


 三騎のうち一人が前へ出た。


「道を開けろ!」


 声が響く。


 こちらの守備隊の男が、俺を見る。


『行け』


「ヴァルが言わないのか?」


『ここは人間同士の話から始めろ』


 俺が出れば、話の最初から「竜に従え」になる。


 それでは、相手が何を考えているのか分からない。


 この土地に住む人間が、自分たちの言葉で拒む。


 その後ろに俺がいる。


 その方がいい。


 守備隊の男が盾を置き、横木の手前まで歩いた。


 武器は腰に残している。


 だが抜かない。


「ここから先へ軍勢を入れることは認めない!」


 相手の騎兵が鼻で笑った。


「認めない?」


「兵を退けろ。話があるなら使者だけ寄こせ」


「我々に命令する立場か?」


「ここを守る立場だ」


 声は震えていなかった。


 後ろにいる兵たちも動かない。


 誰も俺を見ていない。


 それが少し嬉しかった。


 俺がいなければ何も決められない人間たちではない。


     ◇


 敵の騎兵はすぐに戻らなかった。


 こちらの横木を見る。


 弓兵を見る。


 俺を見る。


 特に俺を長く見た。


「その竜を使って脅すつもりか」


 守備隊の男が答える。


「違う」


「なら、何のためにいる」


「お前たちが話を聞かずに進んだ時のためだ」


 俺は少し笑いそうになった。


 言い方がいい。


 向こうは笑わなかった。


 三騎が一度下がる。


 相談している。


 やがて一騎がさらに後ろへ走り出した。


 丘の向こう。


 本隊の方だ。


 俺はその方向を見る。


 指揮を出している人間があちらにいる。


 そのさらに後ろには荷駄がある。


 今なら上から回り込める。


 荷車だけ壊して戻ることもできる。


 でも、まだやらない。


 警告した。


 次は相手が選ぶ番だ。


 こちらの線を越えなければ、戦わずに済む。


 越えるなら。


 俺たちも選ぶ。


     ◇


 待っている間に、俺は守備隊へ指示を出した。


『横木が壊されても、そこで固まるな』


「後ろへ下がるのか?」


『左右に分かれろ。道の真ん中を空ける』


「空けていいのか?」


『俺が使う』


 理解したらしい。


 男が頷く。


『弓も最初から前の兵だけ狙うな。馬を止められるなら馬具か地面へ。無理なら盾を持ってない奴を牽制する』


「射てと言うまで射たない?」


『向こうが先に射ったら待つ必要はない』


 そこも決める。


 毎回「やめろ」と叫んでから攻撃されるのを待つつもりはない。


 警告はもうした。


 次に矢が飛んでくるなら、それが答えだ。


 別の兵へ言う。


『左右の林も見ろ。正面だけに気を取られるな』


「分かった」


『後ろへ走る馬がいたら、どこへ向かうか見ておけ。追いかけすぎるな』


 斥候も動いた。


 俺は空へ飛び上がる。


 風。


 林。


 荷駄。


 敵の後ろへ続く街道。


 逃げる方向。


 全部を見る。


 戦うなら、前にいる兵だけ見ていては駄目だ。


     ◇


 丘の向こうから、今度は三騎ではなく兵の列が動いた。


 盾が前。


 槍がその後ろ。


 騎馬は左右へ分かれている。


 交渉する隊形ではない。


 守備隊の男が横木の前で、それを見ていた。


 俺は上から声を落とす。


『戻れ』


 男はすぐ遮断線の内側へ入った。


 盾を取る。


 周囲の兵が間隔を開けた。


 横木の後ろに固まりすぎない。


 敵の歩兵が近づいてくる。


 距離が縮む。


 弓兵が矢をつがえる。


 誰も放たない。


 俺も吐息を溜めない。


 まだだ。


 先頭の兵が止まった。


 十歩ほど先。


 一人が横木へ近づく。


「退け!」


 守備隊の男が答えた。


「話なら使者だけ来い!」


「最後に言う。道を開けろ!」


「断る!」


 その瞬間。


 敵の後列で弓が上がった。


 俺は迷わなかった。


『盾!』


 こちらの兵が一斉に身を沈める。


 弦の音。


 矢が飛ぶ。


 木盾へ突き刺さる乾いた音が続いた。


 一人も倒れない。


 俺は翼を広げる。


 警告は終わった。


 人間が前に立ち、自分たちの土地へ入るなと言った。


 それでも相手は矢を射った。


 なら、次は俺の番だ。


 殺さずに止められるなら、そうする。


 だが、そのために守る側へ矢を受け続けさせるつもりはない。


 俺は街道の上へ舞い上がった。


 前の兵ではなく、その後ろを見る。


 荷駄。


 騎馬。


 指示を運ぶ人間。


 軍を動かしているものは、槍を持った兵だけじゃない。


 どこを止めれば軍全体が止まるのか。


 それを見極めるために、俺は空へ出た。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。