第54話 八人とも働けると聞いていた
八人とも働ける者だと聞いていた。
だが、ルーエの広場に入ってきた八人を見れば、それが正確な話ではないことくらいすぐに分かる。
荷車から最初に降りたのは、三十代半ばほどの男だった。日に焼けた腕は太く、土仕事にも力仕事にも慣れているように見える。その後ろから同じくらいの年齢の男と女が二人、十歳にも届いていない子供が三人、最後に腰の曲がった老人が降りた。
老人は自分の足で歩けているが、長い距離を歩かせるのは無理だろう。
子供たちも働き手として数える年齢じゃない。
俺は御者の男を見る。
「ラグ村からは、八人とも働ける者だと聞いていた」
責めるつもりで言ったわけではない。
それでも男は肩を強張らせた。
「……その話を持ってきた者は、そう聞かされていたんだと思います」
「どういう意味だ?」
「中で話させてもらえませんか。子供たちが朝からほとんど食べていないんです」
俺が答えるより先に、村長が動いた。
「ダリオ。集会所を開けろ。湯も沸かしてくれ」
「分かった」
「リナの家にも声を掛けてくれ。子供が三人いる。食える物があれば少し分けてもらいたい」
「ああ」
ダリオが広場を横切っていく。
俺は八人が持ってきた荷物を改めて見た。
小さな袋が四つ。毛布が三枚。鍋が一つ。それ以外には、柄の短い斧と木工用らしい道具がいくつかあるだけだった。
移住するために家財をまとめてきたというより、持てる物だけ掴んで出てきたように見える。
「馬を先に休ませよう。話はそのあとでいい」
「ありがとうございます」
御者の男が頭を下げた。
集会所へ入る頃には、村の者たちも異変に気づいていた。
見慣れない八人が来たこと自体は、もう大騒ぎするほど珍しくない。最近は商人も来るし、村の外から移ってきた者もいる。
それでも今回は、空気が違った。
荷物が少なすぎるからだ。
子供の一人は母親らしい女性の服を握ったまま離れず、老人は腰を下ろすなり大きく息を吐いた。
やがて温かいスープと黒パンが運ばれてくる。
俺は少し離れた場所から、それを見ていた。
黒パンを両手で持つ子供の姿を見ると、どうしても昔のことを思い出す。
だからこそ、勢いだけで決めたくなかった。
腹を空かせた人間を今日食わせることと、ここで暮らせるようにすることは別の話だ。
全員が少し落ち着いたところで、村長が御者へ向き直った。
「まず名前を聞こうか」
「ラグ村のトーマです。荷運びをしています」
御者の男――トーマが答える。
八人の中で最初に荷車を降りた男も立ち上がった。
「俺はベルトです。こっちは弟のヨルン。妻のエマと、弟の妻のサラです」
三人の子供を順に紹介し、最後に老人へ視線を向ける。
「父のグスタフです。俺たちは全員、同じ家で暮らしていました」
一家族か。
それなら、八人がまとまって来た理由は分かる。
「ラグ村では何を?」
「俺と弟は畑です。冬は木を切って、壊れた農具や荷車も直していました。エマとサラは畑と家畜を。父はもう畑には出ませんが、昔は木工をしていました」
荷物に木工道具が混じっていた理由もそれか。
俺は村長を見る。
村長も気づいたらしい。
ついさっき、オットーから「木を扱える人間が欲しい」と聞いたばかりだった。
だが、それだけで話を決めるわけにはいかない。
「どうして返事を待たなかった?」
俺が尋ねると、ベルトが口を閉ざした。
代わりにトーマが答えた。
「ラグ村の麦が足りないんです」
集会所が静かになった。
「今年だけか?」
「今年が特に悪かったのは確かです。春先に雨が続いて、低い畑がかなりやられました。ただ、去年の蓄えも多くない。村長たちは冬までに食べる人数を減らしたいんです」
なるほど。
俺はようやく話の形が見えてきた。
ラグ村が八人を移住候補として出した理由は、ルーエに親切をしたかったからじゃない。
自分たちの村から八人分の口を減らしたかったのだ。
それ自体を責める気にはなれなかった。
食料が足りなければ、誰かが食べられなくなる。
ただし――。
「それなら、どうして『八人とも働ける』なんて話になった?」
トーマが苦い顔をした。
「その方が、受け入れてもらいやすいからでしょう」
ベルトが拳を握った。
「俺たちは、そんなふうに言ってくれとは頼んでません」
「ベルト」
「本当だろ」
弟のヨルンが止めようとしたが、ベルトは続けた。
「父も子供もいることは、最初から分かってた。それでも八人まとめてなら出ると言ったんだ。俺と弟だけ行けと言われたが、それじゃ残った家族が冬を越せない」
声は荒いが、言っていることは分かる。
働ける男二人だけをルーエへ出せば、ラグ村には老人と女と子供が残る。
食料不足の村で働き手を二人失えば、むしろ状況は悪くなる。
「それで一家全員を?」
「ああ」
「ラグ村の村長は認めたのか?」
「最後には」
ベルトは一度言葉を切った。
「ただ、ルーエから断られたら戻れとも言われた」
そこで老人のグスタフが小さく笑った。
「戻ったところで、わしらの畑はもう別の家が使うことになっとるがな」
「父さん」
「隠しても仕方なかろう」
俺はトーマを見る。
否定しなかった。
つまり、形式上は「返事を待っている移住希望者」でも、ラグ村側ではすでに彼らが出ていく前提で話が進んでいる。
随分勝手な話だ。
ただ、腹を立てたところで、目の前の八人の寝床はできない。
「今夜はここに泊まってもらおう」
村長が俺を見る。
「いいのか?」
「移住を認めるって意味じゃない。今日はもう戻れないだろ」
ここからラグ村へ戻れば、日が落ちる。
子供と老人を乗せた荷車を暗い山道へ出す理由はない。
「空いてる場所はあるか?」
「集会所でも寝られるが、八人全員は狭いな」
すると入口から声がした。
「うちに三人なら泊められるよ」
振り返ると、リナが立っていた。
食事を運ぶのを手伝っていたらしい。
「納屋じゃないよ。前に物置にしてた部屋を片づけたから、お母さんが子供と女の人ならいいって」
「助かる。ただ、無理はしなくていいぞ」
「無理じゃないよ。それに、ここで八人寝たら明日の朝、村長たちが話できないでしょ」
言うことが現実的になったな。
最初に会った頃なら、困っている人を見ただけで全員家へ連れて帰ろうとしたかもしれない。
「じゃあ頼む」
「分かった」
リナはエマとサラのところへ向かった。
俺はその背中を見送ってから、村長へ向き直る。
「明日の朝、もう一度話そう」
「受け入れるかどうかをか?」
「それもある。でも、その前に確かめたい」
俺はベルトとヨルンを見る。
「二人とも、荷車を直せるんだよな?」
「ああ。車輪を一から作れと言われたら時間はかかるが、割れた部材の交換や軸の調整くらいならできる」
「農具も?」
「鍬、鋤、木の柄なら大抵は」
欲しかった人材そのものだ。
あまりに都合がいいので、逆に慎重になる。
「明日、オットーに会ってもらう。ちょうど壊れた荷車が一台ある」
「直せということか?」
「見てもらうだけでいい。できるなら、できる。無理なら無理と言ってくれ。それで受け入れるかどうかを全部決めるつもりもない」
ベルトは少し意外そうな顔をした。
「働けなかったら追い返すんじゃないのか?」
「子供に荷車を直せとは言わないだろ」
一瞬、誰も答えなかった。
俺は続ける。
「働ける人間が何人いるかは大事だ。でも、一人ずつ切り離して数えるつもりはない。八人で一つの家族なら、八人がここで暮らせるかを考える」
エマが俯いた。
サラは隣にいる子供の肩を抱いている。
「ただし、俺たちにも限界はある。食料、家、水、仕事。全部確認してから決める。ラグ村がどう言ったかじゃなく、ルーエが受け入れられるかどうかで決めたい」
村長が深く頷いた。
「それでいい」
ダリオも壁際で腕を組みながら口を開く。
「先に言っとくが、ここへ来たら楽に食えると思わん方がいいぞ。畑仕事も道直しも山ほどある」
ベルトが初めて少し笑った。
「仕事があるなら、その方がありがたい」
「なら明日は早いぞ」
「望むところだ」
張り詰めていた空気が、ようやく少しだけ緩んだ。
その夜、俺は村の外れへ戻る前に倉庫へ寄った。
村長とミラが、板に書かれた数字を確認している。
今ある穀物。
次の収穫までに必要な量。
商人から買える量。
すでに暮らしている人数。
そこへ八人を加えた場合の消費。
数字にすれば、余裕は大きくない。
だが、無理でもなかった。
「穀物を買う量を少し増やせば、冬まではいける」
ミラが板を見ながら言った。
「ただ、買えるからって畑を減らしたら駄目なんですよね」
「そうだな」
以前なら、その言葉を俺が言っていた。
今はミラの方から出てくる。
俺が何でも決めなくても、村の中で考える人間が増えている。
それが少し嬉しかった。
「家は?」
村長が別の板を見る。
「今建ててる一軒を急げば、冬までには間に合う。ただ、八人家族には少し狭い」
「最初は仕方ない。春までに増築できるなら、その方がいい」
「水はまだ大丈夫だ。だが、この先も人を増やすなら井戸をもう一つ考えんといかんな」
また一つ、次に必要なものが見つかった。
人が増えれば、食料が要る。
家が要る。
仕事が要る。
水も要る。
そして、それを用意するために新しい仕事が生まれる。
村を大きくするというのは、人数を足していくことじゃないらしい。
翌朝。
俺が村へ降りると、すでに木を叩く音が聞こえていた。
オットーの作業場へ向かう。
昨日まで車輪を外されていた荷車の横に、ベルトとヨルンがしゃがみ込んでいた。
オットーもいる。
「早いな」
「俺が来た時には、もう見てたぞ」
オットーが呆れたように笑う。
ベルトは車軸の端を指した。
「車輪だけじゃない。こっちも削れてる。このまま車輪だけ直したら、また割れる」
「直せるか?」
「材があれば」
「ある」
オットーが即答した。
その横で、老人のグスタフが木材を手に取り、指先で木目を確かめている。
「こっちの材は使うな。乾きが足りん」
オットーが老人を見る。
「分かるのか?」
「木工で五十年食った。年寄りだから働けんことになっとるらしいが、木まで見えなくなった覚えはない」
オットーが吹き出した。
「そいつは助かる。俺は家を建てるだけで手いっぱいなんだ」
少し離れた畑では、エマとサラが村の女たちと話している。
三人の子供はリナについて歩き、鶏小屋を覗き込んでいた。
昨日とは顔つきが違う。
まだここで暮らせると決まったわけじゃない。
それでも、荷車の上で小さな袋を抱えていた時よりはずっといい。
昼前、村長が俺のところへ来た。
「決めたぞ」
「俺もだ」
「なら、せーので言うか?」
「子供じゃないんだから普通に言え」
村長が笑った。
「八人、受け入れよう」
「ああ」
俺も同じ結論だった。
食料は足りる。
寝床も用意できる。
そして何より、この村には彼らが必要とされる仕事がある。
俺たちはベルトたちを広場へ呼んだ。
八人が揃うまで待ってから、村長が告げる。
「ルーエで暮らしてもらって構わん」
エマが口元を押さえた。
ヨルンは大きく息を吐き、ベルトは何度も頭を下げようとした。
「頭を下げるのは一度でいい」
村長が止める。
「その代わり、働いてくれ。ここも人手が足りん」
「もちろんです」
「それと、ラグ村にはこちらから返事を出す」
ベルトの表情が固くなる。
俺が引き取った。
「八人を受け入れることは伝える。ただし、『八人とも働ける』みたいな話を次もされたら困る。それも伝える」
「……お願いします」
「移住を断るためじゃない。正しい情報がなければ、受け入れられる人まで受け入れられなくなるからだ」
人を一人増やす。
その裏には、一人分の食事と寝床と仕事がある。
家族なら、それが人数分必要になる。
そんな当たり前のことを、俺たちはようやく考えられるようになった。
ルーエはもう、困っている人間を一晩泊めるだけの小さな村ではない。
ここで暮らしたいと言う人間を、暮らし続けられる形で迎える場所になり始めている。
そして午後。
ラグ村へ返事を届けるトーマの荷車には、手紙代わりの板だけではなく、小麦の袋が二つ積まれた。
「これは?」
トーマが驚く。
「売るんだ」
俺が答える。
「ラグ村は麦が足りないんだろ?」
「ですが、ルーエも人が増えたばかりでは」
「だからタダでは渡さない。何と交換できるか、村長と相談してくれ。木材でも家畜でも、春以降の仕事でもいい」
助けるだけでは続かない。
ルーエが余裕のある時だけ食料を渡す関係では、次に不作が来た時も同じことになる。
だったら、ラグ村とも取引できる形を作ればいい。
トーマは積まれた小麦と俺を交互に見た。
「分かりました。必ず話します」
「それと、もう一つ」
「はい」
「ラグ村で、冬までに村を出なきゃならない家族が他にもいるのか聞いてきてくれ」
トーマの顔から表情が消えた。
その反応だけで、答えの半分は分かった。
「……います」
「何人だ?」
「今すぐという意味なら、もういません。ただ――」
トーマは少し迷ってから続けた。
「冬を越せないと判断された家は、ベルトたちだけじゃありません」
俺は荷車の小麦袋を見る。
八人を受け入れた。
それで終わる話ではなかったらしい。
ルーエに人が集まり始めた理由を、俺たちはまだ半分しか見ていなかった。




