第52話 人を増やす前に、仕事を増やす
エドたち兄弟の身元について返事が届いたのは、四人家族を受け入れてから六日後だった。
ハインツが持ってきた書面を読んだ村長は、その場で二人を呼んだ。
俺も集会に使っている家へ入る。
エドは森から戻ったばかりらしく、革靴に乾いた泥が付いていた。弟は畑仕事をしていたのか、腕まくりした袖に土が残っている。
「確認が取れた」
村長は余計な前置きをしなかった。
「二人が話していた内容と、向こうから届いた話はほぼ同じだ。問題はない」
兄弟の肩から、わずかに力が抜ける。
「では?」
「ルーエで暮らすなら受け入れる。ただし、先に話した条件は変わらん。森も畑も、勝手に使う範囲を広げないこと。共同作業にも参加してもらう」
「分かりました」
エドが頭を下げ、弟も続いた。
これで、先に受け入れた家族四人と合わせて六人が増えたことになる。
俺は喜んだ。
だが村長は、そのままミラへ顔を向けた。
「これで一度止める」
「はい」
ミラは記録板に何かを書き込む。
新しく人が来ても、すぐには受け入れない。
畑を増やし、収穫量を確かめ、水や薪の余裕を見る。それまでは待ってもらう。
前に決めた通りだ。
エドが少し意外そうな顔をした。
「俺たちで最後ですか」
「今のところはな」
「人手が増えるのに?」
「人手だけ増えるなら簡単なんだがな」
村長は苦笑した。
「お前たちも食うだろ」
「それは、まあ」
「だったら、増えた人間が増やせる物まで見てから次を入れる」
エドは納得したらしい。
「確かに、その方が安心です」
受け入れられた側が言うと、妙に説得力があった。
◇
エドたちの家は、すぐには建てなかった。
先に受け入れた四人家族の家がまだ完成していないからだ。
柱は立った。
屋根も半分まで進んでいる。
だが、人手を二軒へ分ければ両方が遅くなる。
「まず一軒を住める状態まで仕上げます」
オットーが木材の寸法を測りながら言った。
「その後で、エドたちの家に移ります」
「俺たちは手伝います」
エドの弟が答える。
「その方が早いでしょう」
家がない間、兄弟は空いている建物を寝床に使う。
不便ではあるが、雨風は防げる。
オットーは建築の手を止めずに続けた。
「次の家は、少し小さくてもいいですか」
「俺たちは二人だけだ」
エドが答える。
「寝る場所と道具を置ければ十分です」
「なら木材も少なくて済みます。ただ、後から家族が増える可能性は考えておきます」
「俺には予定がありませんが」
「予定がなくても、増築できる向きにしておくんです」
エドが黙った。
俺は少し離れたところで聞いていたが、オットーの言うことは分かる。
今だけを見て家を建てると、後で困る。
村のあちこちで、同じ考え方をする人間が増えてきた。
俺が教えたわけではない。
村長が全部決めているわけでもない。
経験した人間が、次の仕事で前より少し先を考えるようになっている。
◇
六人増えて最初に変わったのは、畑だった。
新しく来た大人のうち、三人は農作業ができる。
だから開墾を始めることになった。
ただし、森を大きく切り開くわけではない。
以前から畑の端に残っていた未利用地を広げる。
木の根を抜き、石を拾い、土を起こす。
俺も手伝おうとしたが、最初に止められた。
「ヴァルが全部掘ったら、どれだけ人手が要るか分からなくなる」
村長に言われた。
前にも似たようなことがあった。
俺がやれば早い。
でも、俺がいなければできない仕事にしてしまうと、村の力にはならない。
「大きな根だけ頼む」
「それならいいのか」
「人間が半日掛けても抜けないやつだけな」
それなら俺にも役目がある。
畑では男たちが鍬を入れ、女たちは拾った石を籠へ集めていた。子供たちも小さな石を運んでいる。
俺は端に残った太い根を掴んだ。
力を込める。
土が盛り上がり、根が抜けた。
「そこまで持っていってくれ」
ダリオが指した場所へ運ぶ。
根は乾かして薪にするらしい。
捨てない。
開墾で出た石も、道のぬかるむ場所へ使うという。
畑を作るだけなのに、別の場所まで少し良くなる。
昼まで作業しても、新しく耕せた面積はそれほど広くなかった。
俺ならもっと早くできる。
だが、これが人間だけで増やせる速さだ。
村長が見たかったのも、おそらくそこなのだろう。
「この調子なら、どれくらい広げられる?」
俺はダリオに聞いた。
ダリオは土の付いた鍬を地面へ立てた。
「天気が崩れなければ、種を入れる時期には間に合う。ただ、開墾ばかりやると今ある畑の手入れが遅れる」
増やすための仕事だけをしていればいいわけではない。
今あるものも守らなければならない。
「人が増えた分だけ、畑も同じ速さで増やせるわけじゃないんだな」
「最初は特にな」
ダリオが笑った。
「来年になれば、今年開いた畑が使える。そうなればまた違う」
今の六人は、すぐに村の生産を増やしてくれるわけではない。
最初に家と食料が要る。
畑を開く手間も掛かる。
それを越えて初めて、村の余裕が増える。
◇
もう一つ変わったのは狩りだった。
エドが村の猟師たちと一緒に山へ入るようになった。
俺も最初の数回だけ同行した。
狩る場所を確認するためだ。
岩猿たちが使う水場は避ける。
人間を襲わない魔獣の行動範囲にも、理由なく踏み込まない。
その条件を伝えると、エドは地面へ簡単な図を描いた。
「この辺りを使わないなら、南西へ回れます」
「獲物はいる?」
「痕跡はあります。ただ、毎日入るほど多くはないです」
「なら?」
「二、三日に一度ですね。獲れなければ帰ります」
それでいい。
肉が欲しいからといって、何もいなくなるまで狩る必要はない。
エドは弓だけでなく、簡単な罠も使える。
ただし、罠を仕掛ける場所には目印を残すことにした。
人間が踏む可能性があるからだ。
「村の子供が森へ入ることもあります」
エドが言う。
「獲物より先に人間を捕まえたら笑えません」
実際、その通りだ。
森を使う人間が増えれば、魔獣だけでなく人間同士でも場所を知らせる必要がある。
薬草を採る場所。
薪を拾う場所。
炭を焼く場所。
狩りをする場所。
以前は同じ森として見ていたものが、少しずつ分かれていく。
◇
四人家族の家が完成したのは、受け入れを決めてから九日後だった。
戸を付けたのはオットー。
屋根は村の男たち。
壁を塗る作業には、新しく来た夫婦も加わった。
最後に子供たちが荷物を運び込む。
家の中は狭い。
それでも、家族四人が眠れる場所はある。
壁際には棚が一つ。
小さな机。
炉。
寝具。
それだけだ。
「立派な家ではないぞ」
村長が言うと、父親は首を振った。
「自分たちの家です。それで十分です」
母親も笑っている。
子供たちは自分たちが寝る場所を決めるだけで揉めていた。
俺は入口の外から眺める。
俺が中へ入るには狭すぎる。
それでも、家族にとっては大きいのだろう。
オットーが屋根を見上げた。
「雨が降ったら一度確認します。漏れるなら直します」
「まだ終わりじゃないのか?」
「家は建ててから分かることもあります」
そういうものらしい。
翌日から、オットーたちはエド兄弟の家へ取り掛かった。
今度はエドたち自身も作業に加わる。
一軒目より動きが早い。
どこから木材を運ぶか。
道具をどこへ置くか。
誰が柱を加工するか。
最初から決まっている。
経験が、そのまま速さになっていた。
◇
だが、人が増えたことで新しい問題も見えた。
ある朝、共同倉へ行くと、入口に袋が積まれていた。
「中へ入れないのか?」
俺が尋ねると、ミラが首を振った。
「入ります。でも奥へ置くと、毎日使う分を出すのが大変なんです」
町から買った穀物。
村で収穫した穀物。
種に残す分。
緊急時に残す分。
そこへ新しい住人の持ち込んだ食料まで加わっている。
量そのものより、置き方が悪いらしい。
「倉を大きくする?」
「いずれは必要かもしれません。でも、今は中を分けた方が早いです」
ミラは俺を中へ連れていった。
袋の間に狭い通路がある。
「毎日使うものを入口側へ。種と予備は奥へ。町から買った物は別にして、いつ入れたか分かるようにします」
「同じ穀物でも?」
「混ぜたら、どちらが古いか分からなくなります」
腐る前に古い方から使う。
言われれば当たり前だ。
だが、袋が少なかった頃はそこまで考えなくてもよかった。
「人が増えたから?」
「それもあります」
ミラは苦笑した。
「交易も増えましたから」
人が増える。
物が増える。
仕事も増える。
そのどれか一つだけを見ていては駄目らしい。
俺は倉の外へ出た。
以前のルーエなら、食料が増えたこと自体を喜んでいた。
今は、その食料をどう置くかで困っている。
悪い困り方ではない。
◇
その日の夕方、ハインツが村へ戻ってきた。
予定より一日早い。
荷馬から降りると、そのまま村長を探している。
「何かあった?」
俺が声を掛ける。
「少し変わった話を持ってきた」
村長とミラも呼び、集会に使っている家へ入った。
ハインツは水を一杯飲んでから、革袋から折り畳んだ紙を出した。
「ラグ村からだ」
オットーとリクスがいた村。
「また確認?」
「違う」
ハインツは紙を村長へ渡した。
「向こうから相談してきた」
村長が読む。
しばらくして眉を寄せた。
「人を受け入れてほしい、と書いてあるな」
俺はオットーを見る。
本人も知らなかったらしく、目を丸くしている。
「何人です?」
「今すぐ送りたいという話じゃない」
ハインツが説明する。
「ラグ村では、畑を継げない若い連中が何人かいるらしい。オットーとリクスが無事に受け入れられたと知って、ルーエに移住の余地があるなら相談したいそうだ」
少し前まで、移住者は自分でここを探して来ていた。
今度は村の側から話が来た。
村長は書面を読み直す。
「何人だ」
「候補だけなら八人」
部屋が静かになった。
八人。
今受け入れた六人より多い。
俺たちは、これ以上は一度止めると決めたばかりだ。
「断る?」
俺は村長を見る。
村長はすぐには答えなかった。
「今すぐ八人受け入れるのは無理だ」
そこは迷わない。
「でも、話まで断る必要はない」
アルドもフェインもいない、この頃のルーエでは、こういう判断を村長と住人たちで積み上げていくしかない。
ハインツが頷いた。
「向こうもすぐ来させるつもりじゃない。何人なら、いつ頃から相談できるか知りたいそうだ」
それなら話は変わる。
「今はゼロだ」
村長が言った。
「次の収穫を見るまでは増やさない」
「そう返すか?」
「いや」
村長は紙を机へ置いた。
「それだけじゃ足りん」
俺は黙って続きを待った。
「畑をどこまで増やせば、あと何人受け入れられるのか。家を建てる木材はどれだけ要るのか。食料をどれだけ残せばいいのか。先にこっちで条件を出す」
ミラが記録板を引き寄せた。
「ラグ村にも、できる仕事を聞いた方がいいですね」
「そうだな」
オットーも口を開いた。
「向こうには農民だけじゃなく、羊を扱っていた家もあります」
俺はオットーを見る。
「羊?」
「少しですが飼っています。候補の中にその家の者がいるかは分かりません」
今のルーエには、できる仕事がまだ少ない。
農業。
炭焼き。
狩り。
木工。
薬草。
荷運び。
人が増えるなら、ただ同じ仕事をする人間を増やすだけでなく、今まで村になかった仕事を持つ人間を選ぶこともできる。
「欲しい仕事から人を選ぶのか」
俺が言うと、村長が頷いた。
「人を道具みたいに選ぶつもりはない。だが、何ができるかを見ないで受け入れるのも違う」
その意味は分かる。
ここで暮らしたい人間を受け入れる。
同時に、その人間がここで暮らしていける仕事も必要だ。
「返事は急がなくていい」
ハインツが言う。
「次に俺が向こうへ回るまで十日ほどある」
「なら、それまでに考える」
村長は紙を畳んだ。
◇
外へ出ると、ちょうど日が山の向こうへ沈むところだった。
新しい家から煙が上がっている。
少し離れた場所では、エドたちの家の柱が立ち始めていた。
開墾した畑には、まだ何も生えていない。
それでも、数日前とは村の形が違う。
人が増えれば、食べ物が要る。
家が要る。
薪が要る。
仕事が要る。
そして今度は、外の村から人を受け入れてほしいと言われた。
ルーエが人を探したわけではない。
ここで暮らしたい人間の方から来る。
それなら、受け入れる側も考え方を変えなければならない。
空いている土地があるから入れるのではなく、暮らせる場所と仕事を用意できる分だけ受け入れる。
俺は開墾したばかりの畑へ目を向けた。
まずは、ここからだ。
この畑が実り、新しく来た六人が自分たちの暮らしを支えられるようになる。
その先に、次の八人の話がある。
急ぐ必要はない。
だが、ラグ村から届いた一枚の紙は、ルーエがもう山奥で忘れられた村ではなくなり始めていることを、はっきり示していた。




