第51話 あと何人なら養える
新しく来た五人を受け入れられるか。
その答えを出す前に、村長は俺たちを共同倉へ集めた。
朝の倉には、乾いた穀物と麻袋の匂いがこもっている。壁際には村で採れた穀物が積まれ、その反対側には町から試しに買った袋が置かれていた。
俺は入口近くに座り、村長とミラ、ダリオ、ハインツが袋を数えるのを眺めていた。
「人が五人増えるくらいなら、食わせられるんじゃないか」
ダリオが袋を持ち上げながら言う。
村長は頷かなかった。
「今日だけならな」
その一言で、俺にも今日ここへ集まった理由が分かった。
移住者は一日だけ飯を食って帰る客ではない。
来年もいる。
再来年もいる。
子供なら大きくなる。
大人だって病気や怪我で働けない時がある。
「今ある穀物だけ見ても駄目か」
「そういうことだ」
村長はミラへ目を向けた。
「分けてくれ」
ミラが薄板を三枚並べた。
「今食べていい分。次の種にする分。何かあった時のために残す分です」
これは以前、町から穀物を買うか決めた時にも分けていた。
違うのは、今度はその先を考えることだ。
「今年の収穫が予定通りなら、今いる人数は問題ありません」
ミラが記録を見ながら説明する。
「オットーさんとリクスさんを含めても、町からの買い入れを前提にせず冬を越せる見込みです。ただ、余裕が大きいわけではありません」
「五人を増やしたら?」
俺が尋ねると、ミラはすぐに答えなかった。
「食べる量だけなら計算できます。でも、それだけでは決められません」
板の端を指で叩く。
「子供が二人います。今は大人より食べる量が少なくても、数年後には増えます。それに、五人のうち畑仕事ができる人が何人いるかで、来年以降の生産も変わります」
人数だけ数えても意味がないらしい。
食べる人間が増える。
同時に、働く人間も増える。
ただし、増えた人間がすぐ食料を作れるわけでもない。
「畑を増やせる場所はある」
ダリオが言った。
「場所だけならな」
村長が返す。
「開墾する人手と、種と、水が要る」
俺は倉の外を見る。
村の周囲にはまだ土地がある。
空から見れば、畑にできそうな場所はいくらでもあるように見える。
でも実際には、石を除き、木の根を抜き、土を起こさなければならない。
畑ができても、その日のうちに食べ物が生えるわけではない。
「まず、今のルーエがどれだけ増やせるかを出そう」
村長が言った。
「五人を受け入れるための数字じゃない。今後も人が来るなら、毎回勘で決めるわけにはいかん」
◇
食料の次は水だった。
共同の水場へ移動すると、朝の仕事を終えた女たちが桶を抱えて戻ってくるところだった。
水量そのものは足りている。
問題は、汲む人数が増えた時だった。
「今は朝と夕方に少し重なる程度です」
村長から呼ばれた住人が、水場の周りを見ながら言う。
「あと五人くらいなら困りません。でも家が十軒も増えたら、ここだけでは狭いと思います」
「水がなくなるわけじゃない?」
俺は流れを見る。
「今の人数なら、その心配より使う場所の方ですね。桶を置く場所も要りますし、家畜をここへ直接入れるようになれば汚れます」
サイムがいれば、家畜についてもっと詳しく分かったかもしれない。
だが、この頃のルーエにはまだそこまで多くの家畜はいない。
だからこそ、今のうちに決められることもある。
「人が飲む場所と、家畜に飲ませる場所は分けよう」
村長が言った。
「増えてからでは遅い」
水場から少し下流を見て、家畜用に使える場所を確認する。
俺は《魔獣感応》も広げた。
近くに大きな魔獣の気配はない。
岩猿たちの水場とも離れている。
人間側で使う範囲を少し広げても、すぐに衝突する場所ではなさそうだった。
「ここなら問題ないと思う」
「なら候補にしておこう」
村長はそれだけで決めなかった。
雨が降った時の水量も見るという。
最近は、何かを作る前に雨を待つことが増えた気がする。
面倒ではある。
でも、作った後に壊すよりはいい。
◇
昼前には、家を建てられる場所を歩いた。
オットーとリクスも加わった。
二人はもう客ではない。
次に人が増えるなら、受け入れる側になる。
「俺たちの家の西側なら、あと二軒はいけると思います」
オットーが地面を見ながら言った。
「ただ、その先は少し下がっています」
俺も歩いてみる。
昨日まで晴れていたのに、低い場所だけ土が柔らかい。
「家を建てるなら避けた方がいいな」
「俺もそう思います」
オットーは少し先へ進んだ。
「こっちは硬い。ただ、畑まで遠くなる」
「家と畑が隣じゃなくてもいいだろ」
ダリオが言う。
「構いません。でも、道は要ります」
家を建てる。
畑を増やす。
それだけで終わらない。
人が毎日歩けば、そこが道になる。
荷物を運ぶなら幅も必要だ。
雨が降れば水も流れる。
俺は少し高い場所まで上がり、村を振り返った。
オットーたちの新しい家が見える。
その向こうには以前からある家々。
畑。
炭焼き場へ続く道。
今なら、まだ全部を一目で見渡せる。
家を増やす場所を間違えれば、後から道を引き直すことになる。
「次の家は、ばらばらに建てない方がいい」
俺が言うと、村長がこちらを見た。
「理由は?」
「道が増えすぎる。水場からも遠くなる」
オットーが頷いた。
「俺たちの家の近くへ何軒かまとめる方がいいでしょうね。ただ、詰めすぎると火事が怖い」
俺はオットーを見る。
「火事?」
「家が近すぎると、一軒燃えた時に隣へ移ります」
俺は以前、人間の魔法を見て火を扱う練習をした時のことを思い出した。
火を出すことより、消せることが重要だと知った。
家でも同じなのだろう。
「なら間を空ける」
「道が通れて、火が移りにくいくらいですね」
家を置く場所に印を付ける。
まだ建てない。
五人を受け入れると決まってからだ。
◇
午後は森だった。
人が増えれば薪が増える。
炭も焼いている。
家を建てれば木材も使う。
森は広い。
だからといって、全部を人間が使えるわけではない。
俺は《魔獣感応》を広げながら先頭を歩いた。
岩猿たちの気配は北東にある。
近づかない。
別の小さな魔獣が西側にいるが、人間を警戒して離れていく。
「今使ってる範囲なら、五人増えても薪は足りる」
ダリオが言う。
「でも家を増やす木は別だな」
オットーが木々を見上げる。
「一軒なら問題ありません。何軒も続けて建てるなら、切る場所をずらした方がいい」
「炭もある」
「だから全部同じ森から取らない方がいいでしょう」
この辺りは、後のドラゴニアほど細かく管理できていない。
それでも、使い方を分ける必要があることは分かり始めている。
薪。
建築材。
炭。
薬草。
人間が入らない場所。
魔獣が使う場所。
同じ山でも役割が違う。
「人が増えると、森を使う量も増えるんだな」
俺が言うと、オットーが笑った。
「食べるだけじゃありませんから」
その通りだ。
人間は飯だけあれば暮らせるわけではない。
◇
村へ戻った時には、日が西へ傾いていた。
集会に使っている家で、朝から調べたことを並べる。
食料。
水。
家。
畑。
薪。
建築材。
そして仕事。
最後の一つについては、移住を希望している五人からすでに聞いていた。
夫婦と子供二人の家族。
夫は畑仕事と家畜の世話をしてきた。
妻は畑に加え、糸を紡ぐ仕事ができる。
もう一組の兄弟は、兄が猟師、弟が畑と荷運びをしていた。
子供はまだ働き手として数えない。
「大人三人は畑に入れる」
村長が言った。
「猟師が一人増えるのも悪くない」
「狩る場所は先に決める」
俺が言う。
「魔獣の縄張りと重ねたくない」
「そこはヴァルに見てもらう」
村長は薄板へ印を付けた。
「問題は食料だ」
今ある備蓄だけなら、五人増えてもすぐには困らない。
今年の収穫が平年並みなら、冬も越せる見込みがある。
ただし、それは大きな不作がない場合だ。
町から穀物を買えるようになったとはいえ、それを最初から当てにして人数を増やすつもりはない。
「五人全員を受け入れても、今年は回る」
村長が言った。
「だが、さらに十人来たら同じ答えは出せん」
ミラが記録板を見る。
「今の畑と備蓄だけで考えるなら、今回の五人までで一度止めた方がいいと思います」
誰もすぐ反対しなかった。
俺も同じ考えだった。
土地が余っているから、人を入れる。
そのやり方では、いつか食料が追いつかなくなる。
「来年、畑が増えて収穫も増えたら?」
俺は確認する。
「その時にまた計算する」
村長が答えた。
「今決めるのは、今の村が責任を持てる人数までだ」
それなら分かる。
未来の収穫を先に食べるような決め方をしない。
◇
あとは五人の身元確認だった。
夫婦と子供たちは、街道から南へ半日ほど行った小さな農村から来ている。
兄弟はさらに東の集落だ。
どちらもハインツが名前を知っていた。
「商人を通せば確認できる」
ハインツが言う。
「ただ、兄弟の方は少し時間が掛かるな。直接行き来してる商人が少ない」
「待ってもらう」
村長は即座に決めた。
「急ぐ理由はない」
五人にも、そのまま伝えた。
家族の父親は頷いた。
「構いません。確認していただいた方が、こちらも安心できます」
「安心?」
俺が見ると、男は少し笑った。
「俺たちも、どんな村なのか全部知っているわけではありませんから」
なるほど。
確認しているのは、こちらだけではない。
向こうもルーエを見ている。
「数日は仕事を手伝ってもらう」
村長が言う。
「食事と寝床は出す。受け入れが決まらなければ、働いた分として少し食料を持たせる」
「十分です」
兄弟の兄も異論はないようだった。
条件を決めてしまえば、妙な遠慮は減る。
◇
翌日から、五人は村の仕事へ入った。
夫婦の夫はダリオたちと畑へ。
妻は村の女たちに混じって糸を扱う。
兄弟の弟は荷運びへ回った。
兄だけは俺と一緒に森へ入った。
猟師として、どの程度山を見られるのか確かめるためだ。
名をエドと言った。
三十歳くらいだろう。
弓を持っているが、矢をつがえたまま歩くようなことはしない。
森へ入ってしばらくすると、エドが足を止めた。
「この先、何かいますね」
俺はまだ《魔獣感応》を使っていない。
「分かるのか?」
「鳥が静かすぎます」
エドはしゃがみ、地面を見る。
「それと、ここに新しい跡があります。俺の知らない獣です」
俺も見る。
足跡はある。
だが、それが何かまでは分からない。
そこで《魔獣感応》を広げた。
少し先に気配が一つ。
大きくはない。
こちらを警戒している。
敵意は薄い。
「いる。でも、こっちへ来る気はない」
「なら回ります」
エドは迷わず進路を変えた。
「狩らないのか?」
「何かも分からない獣を、わざわざ追う理由がありません」
俺は少しだけ笑った。
「気に入った」
「何がです?」
「今の判断」
狩れるものを全部狩る人間なら困ると思っていた。
エドは違うらしい。
森の中をさらに歩き、岩猿の水場から十分離れた場所で鹿に似た獣の古い足跡を見つけた。
エドは地形と風向きを確かめる。
「ここなら狩り場にできます。ただ、毎日入る場所ではないですね」
「どうしてだ?」
「獲りすぎれば次がいなくなります」
また同じだ。
畑も森も薬草も、使えるから全部使うわけではない。
「その考えなら、村長にも話していいと思う」
俺が言うと、エドは弓を肩へ掛け直した。
「まだ住めると決まっていませんけどね」
「だから確認してる」
「お互いに、ですね」
その通りだった。
◇
身元の返事は、家族の方が先に届いた。
追放でも逃亡でもない。
畑を継ぐ土地が足りず、夫婦で相談して移住先を探していた。
子供二人も間違いない。
元の村から借金を踏み倒している事実もなかった。
村長は、その日のうちに夫婦を呼んだ。
「四人は受け入れる」
夫婦の表情が変わる。
「ありがとうございます」
「ただし、家はまだない。建てるまでは今の寝床を使ってもらう」
「自分たちも建築を手伝います」
「それでいい」
オットーがすでに建築場所を見に行っている。
今度は彼が家を建てる側だ。
数日前まで移住者だった男が、もう次の移住者を迎える準備をしている。
残るのはエドたち兄弟だ。
「俺たちは待ちます」
エドは不満を言わなかった。
「同じ条件で確認すると決めたなら、俺たちだけ飛ばさない方がいい」
村長が頷いた。
俺も異論はない。
◇
その夕方、村の西側では新しい家の位置に杭が打たれた。
子供が二人いるため、オットーたちの家より少し大きくする。
家と家の間隔も取る。
水場への道を塞がない。
雨水が溜まった場所も避ける。
前に一軒建てた経験が、そのまま次へ使われていた。
俺は杭の間に立ち、周囲を見る。
まだ壁も屋根もない。
それでも、ここに家が建つことは想像できた。
少し離れたところで、二人の子供がリナたちと話している。
最初は母親の後ろへ隠れていたが、もう村の中を歩くことには慣れたらしい。
村長が俺の横へ来た。
「これで四人増える」
「兄弟も問題なかったら二人増える」
「ああ」
「その後は一度止めるんだな」
「止める」
村長は迷わなかった。
「断るわけじゃない。待ってもらう。畑を増やして、収穫を見て、水と薪も確認してから次を考える」
俺は頷いた。
人が来るのは嬉しい。
ルーエを選んでくれるのも嬉しい。
でも、歓迎することと、無責任に受け入れることは違う。
ここへ来た人間には、明日も飯を食わせなければならない。
冬になれば寒さをしのぐ家が要る。
病気になれば休めるだけの余裕も必要だ。
人数を増やすこと自体が目的ではない。
「村長」
「何だ」
「人が増えたら、村は大きくなるのか?」
村長は少し考えてから、建築予定地を見た。
「家の数なら大きくなる」
「それだけじゃないだろ」
「そうだな」
村長は笑った。
「今みたいなことを考える奴が増えれば、たぶん村も強くなる」
俺はその言葉を聞きながら、オットーが別の男と柱の長さを相談している姿を見た。
ダリオは新しく来た男と畑の話をしている。
ミラは食料の記録を書き直している。
俺が全部を決めているわけではない。
村長一人でもない。
できる人間が、それぞれ必要なことを考えている。
それなら、もう少し増えても大丈夫なのかもしれない。
ただし、今すぐではない。
今のルーエが無理なく養えるところまで。
それを越える前に、一度止まる。
初めて、村の側から増える速さを決めた。
その判断ができたことの方が、家が一軒増えることより大きな変化なのかもしれなかった。




