第50話 二人を受け入れたら、次は五人来た
オットーとリクスの身元について返事が届いたのは、二人がルーエへ来てから五日目だった。
朝、ハインツと一緒に山道を上がってきたギレスが、一通の書面を村長へ渡した。
「ラグ村からだ。町の商人を二人挟んでるから、少し時間が掛かった」
村長が受け取り、広場の端にいたミラを呼ぶ。
俺も近くへ寄った。
オットーとリクスはまだ畑へ出ている。身元確認を待つ間、食事と寝床の代わりに村の仕事を手伝っていた。
村長が書面へ目を通す。
途中で眉が動いた。
「何かあったか?」
「いや。むしろ逆だ」
村長は最後まで読んでから、俺たちにも内容を説明した。
オットーはラグ村で生まれ育った農民で、木工もできる。
リクスは兄の三男という話で間違いない。
二人とも罪を犯して追放されたわけではなく、土地を巡って村と揉めた事実もない。
移住の相談をしていたことも、ラグ村の村長は知っていた。
「なら問題ない?」
俺が聞くと、村長は書面を折り畳んだ。
「身元についてはな」
「まだ何かあるのか」
「ここで暮らせるかは別の話だ」
確かにそうだ。
悪人でないことと、ルーエで生活できることは同じではない。
「本人たちを呼ぼう」
◇
二人は畑から土の付いたまま戻ってきた。
リクスの袖には泥が付き、オットーは腰に小さな木槌を下げている。午前中は畑の柵を直していたらしい。
集会に使っている家へ入ると、村長が書面を見せた。
「ラグ村から返事が来た」
オットーの顔が少し硬くなる。
「何と?」
「二人の話と合ってる。向こうも移住を止めるつもりはないそうだ」
リクスが息を吐いた。
大げさに喜びはしないが、緊張していたのだろう。
「それで、ルーエとしても二人を受け入れようと思う」
「ありがとうございます」
オットーが頭を下げる。
リクスも続いた。
「ただし、最初に決めることがある」
村長はすぐ本題へ入った。
「家と畑だ」
机の上には、村の周囲を大まかに描いた板がある。
畑。
水場。
薪を取る場所。
炭焼き場。
薬草を採っている範囲。
魔獣が使っているため、なるべく人間を入れない場所。
細かい位置までは描いていないが、人間が使う範囲は以前より分かりやすくなっている。
「二人なら、空いてる家へ押し込むこともできる」
村長が言った。
「でも、それだと次に誰か来た時にまた困る。今回は新しく家を建てる場所から決めたい」
オットーが地図を見る。
「俺たちだけで建てます」
「全部を二人でやる必要はない。村の家なんだから、必要なところは手を貸す」
「でも――」
「代わりに、次に誰かの家を建てる時はお前たちも手伝え」
オットーは一度黙り、頷いた。
「それなら」
俺はそのやり方が気に入った。
一軒目を皆で建てる。
次は、その一軒目に住む人間も手伝う。
人が増えるほど、家を建てる人手も増える。
「場所はここを考えている」
村長が板の西寄りを指した。
既存の家から離れすぎず、畑にも近い。
俺も昨日、《魔獣感応》で周囲を確認している。
「魔獣の行動範囲とは重なってない。少なくとも今は、大きな群れが使っている場所じゃない」
「水は?」
オットーが尋ねる。
「共同の水場まで歩ける。家ごとに井戸を掘るほど遠くない」
「畑はどこを?」
「家のすぐ横を全部畑にはしない」
村長が別の場所を示す。
「今年から使える畑を少し。それと、来年に向けて開ける土地を分ける」
リクスが地図へ身を乗り出した。
「今年から?」
「今から全部開墾しても、作物によっては間に合わん。今ある畑の一部を任せる方がいい」
「分かりました」
村長はさらに続ける。
「最初の収穫まで食料も要る。二人が持ってくる分と、村から出す分を先に決める」
そこまで考えていたらしい。
人を受け入れるというのは、家を建てれば終わりではない。
住み始めたその日から腹は減る。
◇
オットーたちは、一度ラグ村へ戻ることになった。
家財と当面の食料を持ってくるためだ。
全部を運ぶ必要はない。
寝具。
衣服。
道具。
種。
保存できる食料。
オットーが使っていた木工道具も持ってくる。
「荷車で来られないのが痛いな」
オットーが山道を見ながら言った。
「街道までは荷車で来られる」
ハインツが答える。
「そこから荷馬に積み替える。炭と同じだ」
「家財も?」
「大きすぎる物は持ってくるより作った方が早い。机や棚まで山道を上げるつもりか?」
オットーは少し考えた。
「木工道具があれば作れます」
「なら道具を優先しろ」
移住にも運ぶ順番があるらしい。
俺なら家財くらい持って飛べる。
けれど、それを前提にはしない。
今回は俺も手伝うが、次に来る人間が同じ条件とは限らないからだ。
「重くて人間では運びにくい物だけ言ってくれ。必要なら俺が運ぶ」
俺が言うと、オットーが少し困った顔をした。
「竜に家具を運んでもらうのも、ずいぶん贅沢な話ですね」
「家具は作れ」
「はい」
真面目に返され、ハインツが笑った。
◇
二人がラグ村へ戻っている間に、家を建てる準備を始めた。
最初に動いたのはオットーではなく、村の大工仕事に慣れた男たちだった。
土地を平らにする。
排水を見る。
柱を立てる位置を決める。
俺は太い木材を運ぶ時だけ呼ばれた。
「そこへ置いてくれ」
「ここか?」
「もう少し右だ。……そこ」
木材を下ろす。
力仕事は簡単だ。
だが、俺が全部をやれば早いわけではない。
どの長さに切るか。
どこへ穴を開けるか。
どの木を柱に使うか。
それは人間が決める。
俺は運ぶだけだ。
以前なら、何か役に立とうとして余計なところまで手を出したかもしれない。
今は、自分に向いている仕事だけやればいいと分かってきた。
昼頃、ミラが建築場所へ来た。
「村長からです」
薄板を一枚持っている。
「何だ?」
「二人へ渡した物の記録です」
食料。
建築用の木材。
縄。
共同で使う道具。
「金を取るのか?」
「全部ではありません」
ミラは板を見せた。
「家を建てるために村が出す分と、後で返してもらう分を分けています」
「返す?」
「例えば種です。収穫後に同じ量を共同倉へ戻す。食料も、全部ただで渡すのではなく、村の仕事をした分と合わせます」
なるほど。
助けることと、何もかも無料にすることは違う。
「木材は?」
「家一軒分は村で出します。今後、住人として共同作業へ参加してもらうので」
それなら分かりやすい。
俺は薄板を見る。
「こういうのも残すんだな」
「残さないと、次の人が来た時に条件が変わりますから」
ミラはそう言って、建築中の家を見た。
「最初の二人だけ特別扱いしたら、後で揉めます」
人間は本当に、先の揉め事まで考える。
でも、必要なのだろう。
◇
三日後、オットーとリクスが戻ってきた。
街道までは小さな荷車を使い、そこから荷馬二頭へ積み替えている。
同行してきたのは、ラグ村の男が一人。
荷物を運ぶ手伝いらしい。
俺たちは街道との合流地点で待っていた。
「ずいぶん減らしたな」
ハインツが荷を見る。
「家を一軒空にするほど持っていませんでしたから」
オットーが笑う。
衣服。
鍋。
毛布。
農具。
木工道具。
保存食。
種。
小さな箱が二つ。
それだけだ。
「箱は?」
「母の形見と、兄からもらった物です」
俺はそれ以上聞かなかった。
人間には、重さや値段では決まらない荷物もある。
「重い物は俺が持つ」
木工道具の箱と農具の束を受け取る。
残りは人間と荷馬で運ぶ。
全員で山道を上がった。
村へ着くと、まだ家は完成していなかった。
屋根はある。
壁も半分以上できている。
だが戸がない。
「もうここまで?」
リクスが驚いている。
「住むのはもう少し待て」
村長が言った。
「雨風を防げるところまでは仕上げる」
オットーは家の周囲を一周した。
柱を見る。
屋根を見る。
壁の組み方を見る。
それから何も言わず、木工道具の箱を開けた。
「何をする?」
俺が尋ねる。
「戸を作ります」
「着いたばかりだぞ」
「自分の家ですから」
そう言って、オットーは作業を始めた。
その日の夕方には、戸の枠ができていた。
◇
家が完成したのは、さらに二日後だった。
立派ではない。
大きくもない。
それでも二人で暮らすには十分だ。
家の前には小さな空き地があり、その先に畑が見える。
オットーは戸を何度か開け閉めし、歪みがないか確認している。
リクスは荷物を運び込んでいた。
村長が二人へ言った。
「今日から、ここを使え」
「ありがとうございます」
「明日からは客じゃない。村の共同作業にも出てもらう」
「もちろんです」
「収穫が少なければ、皆と同じように食料を調整する。豊作なら皆と同じように蓄える」
「はい」
「揉め事があれば話し合う。勝手に土地を広げるな。森へ入る時は、今決めてる範囲を守れ」
「分かりました」
難しい誓いはない。
長い儀式もない。
でも、それで二人はルーエの住人になった。
ミラが記録板の「確認中」という文字を消し、その横へ新しい文字を書く。
受入。
それだけだった。
俺は少し離れたところから見ていた。
村に人が二人増えた。
数字だけなら小さい。
けれど、外から来た人間がここを選び、家を持ち、畑を耕す。
ルーエでは初めてのことだった。
◇
変化はすぐに出た。
オットーは木工ができる。
家を建て終わった翌日には、壊れかけていた荷馬用の柵を直した。
その次の日には、炭を運ぶための木箱の留め具を作り直している。
「これなら揺れても外れにくい」
オットーが木箱を持ち上げる。
ダリオが横から見る。
「釘を増やしたのか?」
「いや。木の組み方を変えた」
金属を余計に使わず、壊れにくくする。
こういう仕事ができる人間は村にもいたが、いつも建築や修理に追われている。
一人増えるだけでも違う。
一方、リクスは畑へ入った。
こちらは派手な変化はない。
ただ、朝から夕方まで土を見ている。
「ラグ村と違う?」
俺が尋ねると、リクスは鍬を止めた。
「少し。こっちの方が石が多い場所と、逆に水が残る場所の差が大きいです」
「作物は育つ?」
「育ちます。ただ、同じ畑でも場所を見た方がいいですね」
それだけ言って、また鍬を振る。
分からないことを大げさに言わない。
この二人なら大丈夫そうだと、少しずつ思えるようになった。
◇
それから四日後。
俺は岩猿たちの水場から少し離れた森を確認していた。
《魔獣感応》で伝わってくる気配は落ち着いている。
人間の活動範囲が急に近づいた様子もない。
村へ戻ろうと翼を広げた時、下の山道に人影が見えた。
商人ではない。
荷馬もいない。
だが一人や二人でもなかった。
俺は高度を落とした。
五人いる。
大人の男が二人。
女が一人。
子供が二人。
大きな荷物を背負っている。
道に迷った様子ではない。
ルーエへ向かって歩いていた。
俺は少し先へ降り、人の姿が見える場所で待った。
こちらへ来た五人は、俺を見ると足を止めた。
子供の一人が女の後ろへ隠れる。
男たちは武器へ手を伸ばさなかった。
先頭の男が緊張した顔で頭を下げる。
「ルーエの守り竜、ヴァル様でしょうか」
「そうだ」
「村へ行きたいのですが、道はこちらで合っていますか」
「合ってる。商売か?」
男は首を振った。
「移住の相談です」
俺は五人を見る。
また来た。
「誰からルーエを聞いた?」
「街道の荷運び人です。土地があり、炭と薬草を売り、町から穀物も買える村があると」
前より話が増えている。
噂は、動くたびに詳しくなっているらしい。
「すぐ住めるとは約束できない」
「承知しています」
「前にいた場所も確認する」
「それも構いません」
答えを聞いて、俺は頷いた。
「なら村まで案内する」
五人の横を歩き始める。
飛んで先へ知らせてもいい。
でも、今日は一緒に行くことにした。
◇
村へ着いた時、最初に気づいたのはリクスだった。
畑から顔を上げ、俺の後ろにいる五人を見る。
その表情だけで、何が起きたか分かったらしい。
村長も広場へ出てきた。
「今度は五人か」
「移住したいらしい」
村長はため息をつかなかった。
驚きもしない。
ただ、ミラを呼んだ。
「板を頼む」
「もう出してあります」
ミラは薄板を抱えていた。
準備がいい。
五人には広場で水を出し、まず名前と出身を聞く。
俺は少し離れて座った。
オットーが自分の家から出てきて、こちらを見ている。
目が合った。
「俺たちの時と同じですね」
「今度は五人だ」
「家も一軒では足りませんね」
「そうなるな」
オットーは少し考えてから言った。
「受け入れることになったら、建てるのを手伝います」
俺は思わず笑った。
「村長と同じことを言うな」
「俺たちの家を建ててもらいましたから」
最初の二人を皆で助けた。
その二人が、次に来た人間を助ける側へ回る。
たった十日ほどで、それが始まっている。
◇
夕方。
五人はまだ移住を認められていない。
今夜は空いている場所へ泊まり、明日から詳しい話を聞く。
元の村への確認も必要だ。
家族三人と、別の兄弟二人。
事情も仕事も違う。
全員を一緒に決める必要はない。
俺は広場の端から村を眺めた。
新しく建ったオットーたちの家から煙が上がっている。
畑ではリクスが道具を片づけている。
その向こうで、今日来た子供たちが水を飲んでいた。
少し前まで、俺はルーエに何が足りないかを考えていた。
食料。
道。
炭を売る相手。
布。
塩。
農具。
足りない物を一つずつ埋めれば、暮らしは良くなると思っていた。
それは間違っていない。
ただ、暮らしが良くなれば別のことが起きる。
ここで暮らしたいと思う人間が現れる。
人が増えれば、畑だけではなく家が要る。
水を使う。
薪を使う。
道を使う。
子供がいれば、大人二人を受け入れる時とは必要なものも変わる。
働き手が増えるだけではない。
暮らす人間が増えるのだ。
それでも、悪い変化には見えなかった。
黒パン半分から始まった村が、外から人を呼ぶ場所になっている。
問題が増えるなら、その都度考えればいい。
ただし、何人でも受け入れるわけにはいかない。
今のルーエが、どれだけの人間を無理なく養えるのか。
次に考えるべきなのは、そこだった。
広場ではミラが五人分の名前を書いている。
その板の横には、オットーとリクスの名前が残っていた。
最初は二人だった。
今度は五人。
この先も同じ調子で山道を上がってくるなら、ルーエはもう「人が来たら考える」だけでは追いつかなくなる。
誰を受け入れるかだけではない。
何人までなら受け入れられるのかを、村の側から決めなければならない。
俺は新しく増えた家の煙を見上げた。
村が育つというのは、家を増やすことではない。
増えた人間が、明日もその次の日も食べて暮らせる場所にすることだ。
次に家を建てる前に、まずそこを確かめよう。




