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『ドラゴンに転生したので、人間の国を育てることにした ~黒パン半分の恩返しから始まる竜王建国記~』  作者: あちゅ和尚


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第49話 畑の外から人が来た

 ルーエに見知らぬ人間が来たのは、街道沿いの待機場所へ最初の雨が降った翌朝だった。


 雨そのものは大したものではない。


 夜半に屋根を叩いていた音も、朝には止んでいた。


 俺は村を出て、ダリオたちと山道を下っていた。


 役人のロイドから、待機場所を本格的に整える前に雨水の流れを確認するよう言われていたからだ。


「ここは駄目だな」


 現地へ着くなり、ダリオが言った。


 杭で囲った場所の南側に、浅い水溜まりができている。


 街道そのものには水が上がっていない。


 だが荷車を待たせる場所としては使いにくい。


「全部?」


「いや、北側は平気だ」


 俺も地面を踏んでみる。


 南側は靴が少し沈む。


 北側は硬い。


「二台なら北側だけで置けるな」


「今はそれでいい」


 ダリオは水の流れを追った。


「ここを掘って水を逃がすこともできるが、先にロイドへ見せた方がいい。勝手にやって街道側へ流したらまずい」


「分かった」


 以前の俺なら、溝を掘るくらいならすぐやればいいと思ったかもしれない。


 今は違う。


 水は自分たちの場所から消せば終わりではない。


 流した先に誰かの道や畑があれば、そちらが困る。


 俺たちは濡れた地面の位置だけ記録し、村へ戻ることにした。


 その途中だった。


 《魔獣感応》ではない。


 人間の声が聞こえた。


「誰か来てるな」


 ダリオも気づいたらしい。


 山道の下から、二人の男が歩いてくる。


 商人には見えない。


 荷馬も荷物もない。


 片方は四十歳前後、もう一人は二十歳くらいだろう。


 服は汚れているが、旅装としては普通だ。


 武器は腰の短剣だけ。


 二人とも俺を見た瞬間に足を止めた。


「……本当にいた」


 若い方が呟く。


 俺はダリオを見る。


「知り合い?」


「いや」


 ダリオが前へ出る。


「ルーエに用か?」


 年上の男が頷いた。


「そうです。村長に会いたい」


「何の用だ?」


 男は少し迷ってから答えた。


「ここで暮らせないか、相談したいんです」


     ◇


 二人を連れて村へ戻ると、広場に人が集まり始めた。


 騒ぎにはしない。


 だが、知らない人間が来れば皆が見る。


 村長は二人を集会に使っている家へ通した。


 俺とダリオも入る。


 少し遅れてハインツも来た。


「名前から聞こう」


 村長が言う。


 年上の男が姿勢を正した。


「オットーです。こちらは甥のリクス」


「どこから来た?」


「南東にあるラグ村です」


 ハインツが反応した。


「知ってるのか?」


 俺が尋ねる。


「ああ。街道から東へ少し入ったところだ。ここより大きい」


「そこで暮らせないのか?」


 村長の問いに、オットーは首を振った。


「暮らせないわけではありません。ただ、畑を増やす余地がほとんどない。兄の家には息子が三人いて、リクスは三男です。俺には妻も子もいないので、二人で別の土地へ移ろうかと考えていました」


「それで、なぜルーエなんだ」


「街道で聞きました」


 オットーはハインツを見る。


「山の村が炭を売っている。町から穀物や布を買っている。商人が何人も通うようになった、と」


 俺たちは顔を見合わせた。


 話が外へ出ている。


 隠していたわけではない。


 商人が出入りしているのだから当然だ。


「それだけで来たのか?」


「いいえ」


 オットーが続ける。


「土地が余っているとも聞きました」


 今度は村長の表情が変わった。


「誰からだ?」


「名前までは。街道の酒場で、ルーエから炭を買ったことがあるという荷運び人です」


 村長はすぐ答えなかった。


 俺にも理由は分かる。


 ルーエには土地がある。


 だが、空いている土地なら誰でも勝手に使っていいわけではない。


 畑に向く場所。


 薪を取る場所。


 薬草を採る場所。


 岩猿が使う水場に近い場所。


 人間がまだ使っていなくても、今後必要になる場所もある。


「何ができる?」


 村長が尋ねた。


「俺は畑仕事と木工です」


 オットーが答える。


「家の修理、柵、荷車の簡単な修理くらいならできます。リクスは畑が中心です」


「家は?」


「自分たちで建てるつもりです。最初から立派なものは無理ですが」


「食料は持ってきたのか?」


「今日は話を聞きに来ただけです」


 その答えは悪くないと思った。


 いきなり荷物を全部持ってきて、住ませてくれと言われるよりいい。


「すぐには決められない」


 村長が言った。


「分かっています」


「今日は村を見ていくか?」


「許していただけるなら」


 村長が俺を見る。


「ヴァル、どう思う?」


「俺が決めることじゃない」


 自然に答えていた。


 少し前なら、俺が守る村だから俺が決めなければならないと思ったかもしれない。


 でも、住むのは人間だ。


「ただ、住む場所を決めるなら魔獣が使っている場所は避けた方がいい。そこは俺が確認できる」


「それは頼む」


 役割はそれで十分だ。


     ◇


 オットーとリクスには、まず村の畑を見てもらった。


 案内したのは村長とダリオ。


 俺は少し離れて付いていく。


 春から耕している畑。


 新しく広げた場所。


 まだ手を付けていない土地。


 リクスは畑へしゃがみ込み、土を手に取った。


「思ったよりいい土ですね」


「全部じゃないぞ」


 ダリオが答える。


「向こうは石が多い。北は水が溜まりやすい」


「ここの収穫は?」


「それを聞くなら村長に聞け」


 リクスはすぐ村長を見る。


 村長も隠さない。


 作物の種類と、おおよその出来を説明する。


 今年は人が増えた分だけ必要な食料も増えている。


 町から穀物を買えるようになったが、畑を減らすつもりはないことも話した。


「買えるのに減らさないんですか」


 リクスが尋ねる。


「道が塞がれば買えん」


 村長の答えは短い。


「それに、町の値段がずっと同じとは限らん。自分たちで作れる分まで捨てる理由はない」


 リクスは納得したように頷いた。


 次に炭焼き場へ行く。


 オットーはこちらの方に興味を示した。


「これだけ焼くなら、薪もかなり使いますね」


「だから勝手に切らない」


 俺が答える。


 オットーがこちらを見る。


「場所を決めているんですか?」


「使う森と、あまり入らない場所を分けてる。薬草も同じだ」


「山なら木はいくらでもあると思っていました」


「なくなるまで切れば、なくなる」


 俺がそう言うと、オットーは少し笑った。


「それはそうですね」


 言葉にすれば当たり前だ。


 でも、遠くから見れば山は木だらけに見える。


 俺も以前なら同じように考えたかもしれない。


     ◇


 昼を過ぎた頃、村長が皆を集めた。


 オットーたちを住ませるか決めるためではない。


 もし今後も人が来るなら、何を確認するべきか決めるためだった。


「今回の二人だけなら、空いてる家に入れて終わりでもいい」


 村長が言う。


「だが、街道でルーエの話が出てるなら、また来るかもしれん」


 ハインツが頷く。


「商人が増えた時と同じだな」


「帳面を作る?」


 俺が言うと、ミラがこちらを見る。


「人まで帳面にするんですか?」


「駄目か?」


「駄目ではありませんけど、何を書くんです?」


 俺は少し考える。


 名前。


 出身。


 何ができるか。


 何人で来るか。


 それだけでは足りない。


「食料?」


 村長が反応する。


「そこは要るな」


 人が二人増えれば、食べる量も増える。


 家も必要になる。


 畑を与えるなら、どれだけ使うのか。


 薪も水も使う。


 商人とは違う。


 来て帰る人間ではなく、ここで暮らす人間だ。


「家族がいるかも確認した方がいい」


 ミラが言った。


「後から妻や子供が来るなら、最初から人数が変わります」


 オットーが手を上げた。


「俺たちは二人だけです」


「今回は分かっています」


 ミラが答える。


「次に来る人の話です」


 もう次を考えている。


「畑仕事ができるかどうかだけで決めるのも違うな」


 ダリオが言う。


「人が増えれば家を直す奴もいる。服を縫える奴もいる。家畜を見られる奴が来るかもしれん」


「でも、仕事ができれば誰でもいいわけじゃない」


 村長が続けた。


「揉め事ばかり起こす奴を増やしても困る」


 そこは帳面だけでは分からない。


「前にいた村へ聞く?」


 俺が尋ねる。


 ハインツが俺を見る。


「できるならな」


「商人に聞けば?」


「それも一つだ。だが、噂だけで人を決めるのも危ない」


 オットーが口を開いた。


「ラグ村の村長へ確認してもらって構いません」


「いいのか?」


「追い出されたわけではないと分かるでしょうから」


 その言い方で、逆に一つ気づいた。


「追い出された人も来る?」


 部屋が少し静かになる。


 村長が腕を組んだ。


「来るだろうな」


 土地がないから出る者。


 仕事を探して出る者。


 家族と揉めて出る者。


 罪を犯して逃げる者だっているかもしれない。


 人が来るというのは、働き手が増えるだけではない。


「確認する仕組みが要るな」


 村長が言った。


 ミラが新しい薄板を取り出した。


     ◇


 その日のうちに決めたことは多くない。


 移住を希望する者は、いきなり家財を持ってこない。


 まず話をする。


 名前と出身。


 家族の人数。


 できる仕事。


 以前の土地を離れる理由。


 可能なら元の村や町へ確認する。


 受け入れる場合も、最初から好きな場所へ家や畑を作らせない。


 水場、畑、薪を取る場所、魔獣の行動範囲を見てから決める。


「面倒ですね」


 ミラが書き終えた板を見る。


 オットーが苦笑する。


「俺たちが来たせいで仕事を増やしてしまったようで」


「違う」


 俺は首を振った。


「二人が来なくても、いつか必要になった」


 商人の時もそうだった。


 人が増えてから初めて見える問題がある。


「それで、俺たちはどうなります?」


 リクスが村長を見る。


「今日は泊まっていけ」


 村長が答える。


「明日、ハインツにラグ村へ話を通す方法を聞く。確認が取れたら決める」


「ありがとうございます」


「まだ住んでいいとは言ってないぞ」


「分かっています」


 リクスはきちんと答えた。


 焦っている様子はない。


 俺は二人を見た。


 悪い人間には見えない。


 だが、見た目だけで決めない方がいい。


 俺には魔獣の敵意なら分かることがある。


 人間の嘘まで見抜けるわけではない。


     ◇


 夕方、俺は一人で村の北側へ飛んだ。


 オットーたちを受け入れる場合、家を建てられそうな場所を確認するためだ。


 《魔獣感応》を広げる。


 岩猿たちが使っている水場はもっと北東。


 そこへ近づく必要はない。


 以前、薬草を採らないと決めた場所も避ける。


 村の西側は薪を取る人間がよく入る。


 南は街道へ続く道がある。


 残る場所の中で、人間が暮らしても魔獣とぶつかりにくく、水にも遠すぎないところを探す。


 空から見れば土地は余っている。


 地上へ降りて歩くと、そう単純ではない。


 傾斜がある。


 石が多い。


 雨の後に水が集まっている場所もある。


 少し離れれば畑から遠くなる。


 家を二軒建てるだけなら困らない。


 でも、十人、二十人と増えれば話は変わる。


 俺は村を振り返った。


 最初にリナから黒パンをもらった頃とは、もうずいぶん違う。


 家が増えた。


 畑が増えた。


 炭を売るようになった。


 町から塩や布が来る。


 薬草も売り始めた。


 商人が村の名前を知るようになった。


 そして今度は、その話を聞いた人間が住みたいと言ってきた。


 物が動けば、噂も動く。


 噂が動けば、人も来る。


 当たり前のことなのかもしれない。


 ただ、来た人間を全部受け入れればいいわけではない。


 村を閉じてしまうのも違う。


 誰を受け入れ、どこで暮らしてもらい、何を一緒に使うのか。


 これからは、そういうことまで考えなければならない。


     ◇


 二日後。


 ハインツが町から戻ってきた。


 ラグ村へ直接行ったわけではない。


 だが町に出入りする商人を通じ、村長へ確認を頼める相手を見つけたという。


 返事には数日掛かる。


「オットーたちは?」


 俺が尋ねる。


「待つそうだ」


 村長が答えた。


「その間は村の仕事を手伝ってもらう。働いた分は飯と寝床で返す」


「畑?」


「今日は柵の修理だ」


 見ると、オットーはすでに村の西側で壊れた柵を調べていた。


 リクスはダリオと畑へ出ている。


 まだ住人ではない。


 でも客でもなくなり始めている。


「もし確認が駄目だったら?」


 俺が尋ねると、村長は少し考えた。


「何が駄目かによる」


「追い出された人だったら?」


「追い出された理由を聞く」


「罪を犯してたら?」


「それも中身による」


 すぐに決めつけないらしい。


「人間は面倒だな」


 俺が言うと、村長が笑った。


「今さら気づいたのか」


「魔獣の方が分かりやすい」


「なら村長を代わるか?」


「断る」


 即答すると、村長は声を出して笑った。


 俺も少し笑った。


 この村を守るのは好きだ。


 でも、人間同士の細かい揉め事まで全部決める役目は遠慮したい。


     ◇


 その日の夕方、ミラが新しい板を壁へ掛けた。


 まだ名前は二つしかない。


 オットー。


 リクス。


 出身、ラグ村。


 希望、移住。


 できる仕事。


 家族。


 確認中。


 商人の記録板とは別だ。


 薬草や炭の基準とも別。


 村へ入ってくる人間の記録だった。


 俺はその二つの名前を眺めた。


 少し前まで、ルーエは外へ物を売る方法を考えていた。


 次に、外から物を買うようになった。


 今度は人が来た。


 村が外と繋がるというのは、欲しい物が買えるようになるだけではない。


 こちらが選ばれることでもあるらしい。


 住んでみたい。


 働いてみたい。


 ここなら暮らせるかもしれない。


 そう思う人間が現れた。


 悪い気はしない。


 ただし、嬉しいからといって急いではいけない。


 畑には作れる量がある。


 森にも使える量がある。


 水場にも限りがある。


 人間と魔獣が互いに避けて暮らしている場所もある。


 増やせる人数は、空いている土地の広さだけでは決まらない。


 俺は板から広場へ視線を移した。


 オットーが直した柵を、村の男が確かめている。


 少し離れたところでは、リクスがダリオと話していた。


 二人がこのまま住人になるかは、まだ分からない。


 でも、これから同じように山道を上がってくる人間は増えるかもしれない。


 炭と薬草を売り始めた村は、いつの間にか物だけではなく、人まで呼び始めていた。


 ルーエはもう、山の中で誰にも知られず暮らすだけの村ではなくなりつつある。


 だったら、来る者をただ歓迎するのでも、ただ警戒するのでもない。


 ここで一緒に暮らせる相手かどうかを確かめる。


 村を大きくするなら、そこからだった。



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