第8話 幽霊
声を掛けてきた人を見る。赤褐色の肌に角が額から二本生えている。見た目は少女のように小柄で俺よりもかなり低い。小学生のような体格だ。服装は和服に近いと思う。この世界の民族衣装なのだろうか。俺の知っている知識では少なくとも赤褐色で角が生えた人間というのはいない。つまり、目の前にいる少女は原住民ということになると考えたほうが良さそうだ。
「お前、もしかして人間か?」
少女が問いかける。
「ああ、そうだ。その肌に角といい、お前こそ人間なのか?」
「いや、私は鬼族のルーだ」
「鬼族? ここに定期的に出入りしていたのは君か」
「うん、そうだよ。祭壇でお祈りをしなきゃいけないんだ」
「お祈り?」
「そう、お祈り」
少女は少し暗い顔をした。
「この街にはどうして人がいないんだ」
「わからない。ここは遺跡なんだよ」
「遺跡?」
「そう、遺跡。大昔に別世界から流れてきたって爺ちゃんに聞いた」
「爺ちゃんということは、他にも君の仲間がいるのか?」
「いないよ。皆死んじゃった。だから、私は一人なんだ」
ここで何があったかまで聞くのは失礼だ。しかも、初対面でこういうデリケートな話は地雷を踏むようなもの。それに、俺が剣を構えているのにも関わらず怯えているように一切見えない。多分だが、この鬼の娘は強いのだろうと俺は思う。ここで戦うというのは危険だ。
「そ、そうか。お気の毒に」
「お前、人間だろ? どうしてここにいるんだ? どこからやって来たんだ?」
「俺もわからん。俺が知りたいくらいだ」
「ふーん、兄ちゃん名前はあるの?」
「え、あ、凛城って呼ばれている」
「リンジョウ? 変な名前だね」
少女が笑いだした。少しムカッと来たが大人の対応としてスマートに対応するのが最善だろう。
「ルーは俺が恐くないのか?」
ルーは不思議そうな顔をする。何かを考えているようで、小首を傾げながら目がキョロキョロと動く。
「うん、恐くないよ。兄ちゃん、人間だもの」
「人間だから、恐くないってどういう理屈なんだよ」
「人間はね、珍しい生き物で出会ったら優しくしなさいって爺ちゃんから言われているんだ」
「いやいや、人間って言うのは人それぞれで危ない奴もいるんだぞ」
「そうなの?」
「そう」
「お兄ちゃんは危険な人?」
「わからん。だが、身の危険を感じたら危険になるかもな」
「そうなんだ」
ルーが何を考えているのか、さっぱりわからない。話を聞いている限り敵意や悪意は感じられない。あくまでも俺が見て話を聞いてみて、ルーという少女から読み取れる印象だ。相手からしても俺がどういう人間なんて知らないことが多いだろう。幸いなのは、ルーが人間に対して敵意を剥き出しにしていないということだ。ん? まてよ。話? 会話?
「ルー、お前はなんで、日本語を話しているんだ?」
「え? この言葉のこと? ニホンゴというのは知らないけれど、私たちはいつもこの言葉で会話しているよ」
「その言葉って昔から使われているのか?」
「そうだと思うよ。私が知っている範囲では」
「そ、そうか」
俺は恐かったが、剣を鞘に収めた。いつまでも少女に剣を向けているのは良心が痛い。だけど、警戒は怠らないように注意する必要がありそうだ。その瞬間、ルーが抱きついてきた。一瞬、襲われたかと思ったが、敵意はない。ただ、無邪気に抱きついている。人間を初めて見るとのこと。この街のことを聞いてみたら、大昔からあるから詳しくは知らないということだ。
大昔? という割には、電気は通っているし、空調も動いている。外観も古びた印象は無い。むしろ、しっかりとメンテナンスされている印象が強い。だけど、ルーが言うには、住宅街に思念が蠢いているとのこと。
俺が感じた不気味な感覚は良心の呵責から来るものではなく、恐らく住宅街に棲まう何かに見られていたということだ。恐いというより怖い。つまり、幽霊みたいなものがいたということになるじゃんかよ。こえー。




