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六話


(ほんとに勝手なんだから……)


 呆然とこちらを見上げて固まってしまったルオファンに、リューリウは、してやったり、と満足気に笑みをこぼす。

 六年も会いに来ず、連絡もよこさなかったくせに急に現れた挙句求婚までして驚かされた仕返しだ。


 おお~っと後ろから声が聞こえてきて振り向くと、さっきまでリューリウたちを取り囲んで勝手に舞と演奏を楽しんでいた見物人たちが揃ってこちらを覗き込んでいる。

 リューリウはハッとして急いで立ち上がり、手を振って彼らを追っ払った。


「ほらほら! 無料見物はここまで! ほら、大事な話するんだから早く行った行った!」


 すると見物人たちはゆっくり歩き始めながら「ええ~」と声を上げる。


「いいとこだったのに~」

「金払ったら続き見せてくれんの~?」

「見せるわけないでしょ!!」


 ピシャッと一喝してようやく全員どこかに行ったのを確認し、リューリウはルオファンを振り返った。

 ルオファンはまだ心ここに在らずだ。


 リューリウはまたルオファンに顔を近づけた。


「ねえルオファン。返事は?」


 ひらひらと目の前で手を振るとやっとルオファンが我に返り、瞬きを二回した。

 それでもまだ動揺は飲み込めていないようで、しどろもどろに言葉を発する。


「いや、えっと、なんで、戦女神にはならないって、」


 当然だ。

 何度も求婚を断ったのはリューリウであるのに、急にそのリューリウから「あんたのものになってあげる」などと言われたら混乱もするだろう。

 リューリウはルオファンの前に座って、正面からその顔を見つめた。


 ただでさえ六年も会っていないのだ。

 これからのために、きちんと話をしなくてはならない。


「あたしは戦女神にはならない。なりたくないの。戦女神になってもあたしにできることは何もない。反対する人もいっぱいいるだろうし、どう頑張ってもルオファンにも負担を強いることになる。どれだけルオファンがそれでいいって言ってくれたとしても、それはあたしの望む生き方じゃない」


 夜の花街で、静かな、芯のある声がルオファンに届く。

 ルオファンも黙ってリューリウの目を見つめ返した。


「五年前、出陣式を見に行ったんだ。そこで初めて皇后様の戦女神を見た。笑っちゃうけど、その時まであたしは皇后様は本当の戦女神なんだってどこかで本気で思ってたんだと思う。正直、がっかりした」


 今思えばあの人数の兵の中、声を響かせるのは並大抵のことではないし、兵の士気を上げることも戦では重要なことだと思う。しかし、それでも昔のように憧れるかと言われれば少しも惹かれない。

 不敬だとはわかっているが、今はルオファンと向き合わなくてはいけないので許してほしい。


「それから、ずっとずっと考えてた。どうやったらルオファンと一緒にいられるだろうって。ルオファン、全然会いに来てくれないし、もう会えないのかなって思ったけど、それでもずっと考えてた」


 どれだけ舞の稽古に打ち込んでも、踊り子として観客を笑顔にさせようと思っても、忘れられるわけがなかった。

 ふとした時に、必ずルオファンの顔を思い出す。

 六年間、ずっと。


 リューリウはルオファンの襟元をぎゅっと握った。

 その手が小さく震える。


「あたしね、楽器を弾くことが好き」


 ルオファンの目が瞬く。

 あまりにも唐突だったため、意味が分からなかったのだろう。

 それでも、ただ静かに続きを待ってくれている。

 リューリウはもう片方の手をルオファンの手に重ねた。


「花街が好き。円華楼が好き。蒼黎国が好き。お客さんの笑顔が好き。踊り子の自分が好き。舞うことが――大好き」


 ルオファンの表情が硬くなる。

 リューリウの手の下にある彼の手が握り込まれた。

 リューリウはその手を解いてそっと自分の指を絡ませる。


 言葉をつなぐ声が、震えた。


「どうしようもなく、ルオファンを愛してる」


 眉尻を下げ、困ったように笑って見せれば、ルオファンの目が大きく見開かれる。


 結局、いつだってその結論に落ち着いてしまうのだ。

 六年間、叶わない恋だと何度も言い聞かせて、いつルオファンの婚約発表がされてもいいように覚悟を決めたつもりでも、一目顔を見れば、すかさず諦めきれない未来に期待してしまう。


「ねえ、ルオファン」


 ルオファンを掴む両手に力が入る。

 リューリウは深く息を吸って、言った。


「あたしをルオファンの側室にして」


 夜風が二人の間を通り抜ける。

 ルオファンの手が、リューリウの手を強く握り返した。

 優しくて大きな手が温かい。


「リウリウはそれでいいのか?」


 確かめるような声にリューリウはうなずく。


「たくさん考えて、それが一番いいって思ったの」


 ルオファンはもう片方の手でリューリウの頭に触れた。


「俺はリウリウが一番好きだ。リウリウ以外なんて考えたことがない。それでもお前は、正妻ではなく側室を選ぶのか?」


 ここまで言うのなら、ルオファンにはもうリューリウの気持ちなんてお見通しなのだろう。

 昔から、ルオファンに頭を撫でられると、どうも気が緩んでしまう。

 我慢しようとしていたのに瞳が潤む。


「……だ」

「うん?」

「嫌だ。ルオファンが他の女の子を見るなんて、触るなんてやだっ」


 ぽろぽろと雫がこぼれていく。

 一度決壊してしまえば、もうなかなか止まらない。


「それでも……それ以上にルオファンの負担になるのは嫌。胸を張ってルオファンと対等に向き合えないのは嫌。……ルオファンとまた、何年もずっと会えないのは、もっと、もっと嫌!」


 泣き顔を見られたくなくて、ルオファンの胸に顔を埋めた。


「我が儘でごめんね」


 ルオファンは「そうか」と言いながら優しく頭を撫で続けてくれる。

 その声がどこか嬉しそうに聞こえた。

 こちらは真剣だというのに、何を喜んでいるんだと文句を言いたいところだが、嗚咽が止まらないせいで声を出すこともできない。


 いつの間にかルオファンの体にすっぽりと収まる形で抱きしめられていた。

 片方の手は、強く握り合ったまま。


 リューリウは、すん、と鼻を鳴らして、また言葉を紡ぐ。


「だからね、ルオファン。あたしを側室にして」

「……」

「ルオファンは今日、皇帝即位の準備に疲れて、花街に遊びに来た。名物だという円華楼の舞踊劇を何の気なしに見て、そこで主演の踊り子の舞の美しさに惹かれたの」

「自分で言うのか」

「踊り子を気に入ったルオファン帝は、いつでも彼女の舞を見たくて、後宮に迎え入れた」


 密着したままリューリウはルオファンの顔を見上げた。


「ね、これならよくある話でしょ」


 そう言って笑う顔に、少し寂しげな色が浮かぶ。

 ルオファンはそんな彼女をじっと見つめて、その頭を自分の懐に戻した。


「たしかにそれなら、やかましい連中も減るだろうな」

「ふふ、でしょ」


 まあ、その後は俺の好きにさせてもらうが。


 ルオファンが低く呟いた言葉は、リューリウにはよく聞こえなかった。

 首を傾げると、ルオファンはもういつもの笑顔でリューリウの顔を覗き込む。


「それじゃあリウリウ。改めて、俺の妻になってくれるか?」


 ルオファンの瞳の奥、リューリウを見る時にだけ浮かぶ愛しい熱。

 それが見れるだけで、リューリウは幸せだった。


「はい……喜んで」


 ずっとずっと会いたくて、なのに六年間も会えなかった。

 

 少年は己の野望を叶えた先に愛しい少女との未来を望んでいた。

 少女は自分の誇りを守りながら愛する少年と共に生きることを願った。


 身分の壁は歳を重ねるごとに大きくなっていった。


 その結末がこうだとしたら、これをハッピーエンドと言わずに何と言う?

 

 リューリウがルオファンの首に腕を回す。

 至近距離で目を合わせ、お互いに笑みを交わす。


「そうだ、ルオファン」

「ん?」

「皇帝即位、おめでとう」

「はは、今なのか。ありがとう」


 つないだ手の指が、きつく絡む。

 ゆっくりと顔が近づいていき――二人のくちびるが重なった。



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