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一話


「なぁ、リウリウ。俺と結婚しないか?」

「丁重にお断りします」


 蒼黎国一と謳われる娼館、円華楼(えんかろう)。

 容姿の美しさだけではなく、教養と芸を備えた娼婦たちが揃っており、男であれば一度はここで夜を明かしたいと思う桃源郷。

 その一角、客間から少し離れた小さな私室に突然現れ求婚してきた男に、リューリウは紅を塗る手を止めて白い眼を向けた。


「というか、次期皇帝の皇太子殿下がどうしてこんなところに? 今忙しい時なんじゃないの?」

「ああ、即位の礼やらなんやらの準備が立て込んでいるな。飽きたんで抜けてきた!」

「うわ……ルオファンの下でだけは絶対に働きたくない……」


 ドン引くリューリウに、ルオファンはぐっと顔を寄せ、耳元で囁いた。


「『俺の下』なんて……俺はお前には隣にいてほしいんだ。俺の下で頑張ってもらうのは寝j……」

「お黙り」


 遠慮なくルオファンの頭をはたいて、リューリウは鏡に向き直る。

 後ろでルオファンが何か言っているが、すべて無視して化粧を再開することにした。



 リューリウは齢十九の踊り子である。

 円華楼は高級娼館であると同時に、大衆向けに舞踊劇も行っている。

 円華楼の娼婦であった母を幼い頃に病気で亡くし、ずっと円華楼の人々に育てられたリューリウは、その専属踊り子として活躍していた。

 十六で成人するときに、身請けすることや娼婦になることも考えてはいたが、その頃には彼女が出演する演目は発売するなりすべて完売するような売れっ子になっていたため、純潔のまま舞台に立たせた方が金になると踏んだ円華楼の主の判断により、今も踊り子を続けている。

 今ではすっかり貫禄もつき、この国で彼女の右に出る踊り子はいないだろう。


 対して、ルオファンはこの蒼黎国の第五皇子であった。

 齢は二十二。側室の子であり、皇位継承の見込みはほとんどなかったものの、幼いながらに皇帝になるという野望を抱き、文武両道を極め、時に残忍にもなりながら、この度皇帝の座を得ることになった。


 身分が大きく異なる二人がここまで砕けた関係になったのは、ひとえに二人が身分の壁を知らなかった頃に出会った幼馴染だからである。

 ルオファンだけがリューリウを「リウリウ」と呼ぶのは、出会ったばかりの頃、舌足らずなリューリウが自分を「リウリウ」と名乗ったことに由来する。

 二人は親友であり、互いの最大の理解者であった。

 少し大きくなってリューリウが言葉遣いを改めようとした時、ルオファンは断固として拒否し、リューリウは喧嘩しても絶対に不敬罪で罰したりしないという念書を書かせて受け入れた。

 ルオファンが城を抜け出して花街の一角で剣や楽器の練習をする時間や、各々好きなことをしながらも共に過ごした時間は幸せな思い出だ。

 しかし、五年前に隣国・華煖(かなん)と少し大きな戦争が起こり、第一皇子が戦死したことで本格的に後継者争いが始まると、多才なルオファンも候補として注目を集め、城下に来ることが難しくなった。

 リューリウもまた朝から晩まで舞に打ち込むようになり、二人は今日、突然のルオファンの訪問により、六年ぶりの再会を果たしたのだった。


 久しぶりだというのに、長年再会したら何を話そうかと考えていたことはすべて消し飛んで変わらず軽口をたたけるというのは何とも不思議だ。


(会って五分で求婚されるとは、さすがに思わなかったけど)


 無意識にこぼれた笑みは、鏡越しにルオファンに見られてしまったようだ。

 彼もまた優しく微笑み首を傾げる。


「それは戦女神の衣装か?」

「そう。最初は旅をしている娘の姿だから質素だけどね」


 化粧を終え髪を整えて振り返ると、正面からルオファンと目が合った。

 彼はふと真面目な顔になって、口を開く。


「本物の戦女神になる気はないか?」


 リューリウはその瞳をしっかりと見つめ返して、首を振った。


「あたしは踊り子だもの。戦女神にはならないよ」



 内陸にあり、度々戦が起こる蒼黎国には、古くから伝わる伝説がある。

 初代皇帝が大国に反乱を起こして今の蒼黎国を建てようとした際、戦女神の加護を受けたという愛と正義の物語だ。

 これが由来で皇后となる者は戦の際、戦女神として戦場に赴き兵を鼓舞する役目を担う。

 蒼黎の民はこの伝説を魂に刻み付けており、新たに皇帝が立つ度に、二言目には「誰が戦女神になるのか」という話題で盛り上がるのだ。

 男子であれば戦場で武勲を立て戦女神に認めてもらうことを、女子であれば皇帝に見初められ、戦女神として表に立つことを一度は夢見るものだった。

 

 演目としても人気の物語で、円華楼でも何度も公演されており、リューリウはここ三年戦女神の役を演じて、そのはまり具合から彼女の代表作、特に花街では彼女の代名詞にすらなっている。


 ルオファンが言葉を返そうとしたとき、部屋の扉が叩かれた。

 そのまま返事も待たずに引き戸が開け放たれる。

 艶っぽく芯のある声が部屋に響いた。


「リューリウ! そろそろ時間だよ!……ってあら、お客さん?」


 胸が大きく開いた服を着た美女が顔をのぞかせる。

 彼女の名はレイラン。

 リューリウの五歳上くらいのような見た目をしているが、実際はリューリウの母と同じ生まれ年で、円華楼で一番リューリウを構い倒し……かわいがっている円華楼五大美姫の一人だ。琴が得意で、彼女の演奏を聴くだけでも大金を積む価値があると言われている。


 レイランはルオファンを見て、目を瞬かせた。


 普段一日中舞のことしか考えていないリューリウが小間使い以外の男といるのはめずらしい。

 しかも、私室にまで入れて、ずいぶんと親しい仲のようだ。

 さらに言えば、体つきはたくましく、顔も男らしく非常に整っている上に、今まさに城下で話題の高貴な方と見た目がそっくり。


 楼主が知ったら卒倒しそうな状況ではあるが、リューリウを年の離れた妹のように想っているレイランはすぐに目を輝かせた。


「リューリウ! この方は……」

「はいはーい、もうすぐ時間なんだよね、すぐ行くよ」


 そのまま部屋に突っ込もうとしたレイランを押し戻して、リューリウはルオファンを振り返った。


「ね、ルオファン、あたしの勇姿、見てくでしょ?」


 彼女はパチンッとウインクをした。


ここまで読んでくださりありがとうございます!

次話は10/9の18:00更新です!

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