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第八十五話 その目は嘘りを見抜き、その口は恋慕を騙る

 今回は少しだけHなシーンが含まれます。

 苦手な方はご注意ください。

 レイテルカルテより歩き続けること三日目。

 小さな洞穴を見つけた。

 奥行はまあまあ、雨風は凌げる。

 今日の野宿の場所が決まった。


 雷帝を屠って以降、追っ手の数が激増した。

 それにどういうわけか、すぐに見つかる。

 当初は俺の魔力が濃すぎるせいかと疑ったが、どうも違うようで、カグヤの匂いを嗅ぎつけているようだった。

 その証拠に、アルストロメリア軍は魔獣使いを差し向けている。

 来る度湧き潰してはいるものの、得物が無い関係上、大規模魔術が使用できない。

 精々が虹蜺級の一部。

 まあ、上位魔術を使用出来るだけマシと思わなければならない。


「うむ…」


 地図とにらめっこが続く。

 前述を踏まえた上で、次の目的地はどうすべきか迷う。

 罪人として箔がついた為、セレスティアに戻るのは得策では無い。

 安全地帯を目指すならレグリクス公国。

 緑豊かな自然地形を切り開いてできた、世界でも有数の軍事大国だ。

 この国は自国防衛に余念が無く、番犬育成やら諜報やら何でもやる。

 殊更厄介な革命軍を生み出した国でもある。

 

 過去俺もそこに在籍していたわけだが、正直に言うと、もう戻りたくない。

 革命軍は癖の強い化け物揃いで、内輪揉めは日常茶飯事。

 その度、軍部が大騒ぎだ。


 …でも、もしテトラが一緒ならカグヤの反対を押し切ってでも選択していた。

 今となっては詮無い話だが。


「レグリクス公国って妖魔に寛容?」


「うーむ…妖魔というより、魔族全体に寛容だ。喧嘩っ早い革命軍の二割が魔族で構成されているからな。民衆も下手に弄れないんだ」


「こわぁーい魔族も平気なの?」


「その、こわぁーい魔族が革命軍に集中してるんだ。集団で向かってくれば俺も危ういレベル」


「うわお」


「なんだその反応は」


 でも一応、知り合いが居るにはいる。

 ツテとなりうる者が2、3人。

 あ、でも寿命か。

 恐らく、みんな死んだな。

 となると一人か。


「行ってみるか? レグリクス」


「うん…行ってみたぁい」


 なんか今日のカグヤ、少し変だ。

 顔が林檎のように赤い。

 いつも以上に色気がある。

 それに、この激甘な匂い。

 明らかに普通の香水では無い。


「ん…っと」


 カグヤが膝に跨ってきた。

 丹念に、じっくりと擦り合わせてくる。

 嫌な予感がしたので、先手を打っておく。

 唇を重ねとけば治まるだろう。


「これじゃ足らないよ…」


 そう言って耳を齧られた。

 えらいくすぐったい。

 舌で執拗く舐められてる。


「ほら、地図見よう。地図」


「…うん」


 カグヤがシャツを脱いで、薄い衣一枚になった。

 そこから更に減らして、下着のみに。

 胸だけ隠してる状態。

 幸いスカートと、スカートの下は履いている模様。


「レグリクス公国は多種多様な種族が入り乱れる未宗教国家。セレスティアと違い、崇拝するものが何も無いのが特徴だ。俺の知る頃と変わらなければ、まず平和が先に出る程、街の治安は良い。先の大公の評判もそう悪く無いから、話をつければ匿ってくれるかもしれん」


「……そうなんだ。ならいいね」


 カグヤの反応が鈍い。

 安堵な様子は伺えるが、どうも気乗りしていない感じがする。


「行き当たりばったりでも構わんが、アルストロメリア軍がのさばっている以上、安息は無いだろう」


「みんなやっつけたら…?」


「不可能では無いが現実味の無い話だ。あれを滅するということは、それ即ちアルストロメリアを陥落させると同義。無辜の民に火の粉が飛ぶぞ」


「それはやだなぁ…」


「みすみす流星王国と同じ愚道を辿る必要はあるまい。一先ずは、ほとぼりが冷めるまで待とう」


「ほとぼりが冷めるまで? 何時まで待てばいいの…?」


 顔が近い。

 蝋燭の火と同じくらい、不安定な明るさだ。


「無理でしょ。法輪の副団長を殺したのに」


 カグヤの推察はごもっとも。

 アルストロメリアの領域から出れば、次に待ち受けるのは法輪。

 法輪の尖兵に手を焼くだろう。

 それに、神殺しの罪は重い。

 主神が万の軍勢を引き連れ、侵攻してくる可能性も視野に入る。

 

「……」


 最適解が導き出せない。

 蹴散らすのは容易いが、カグヤを危険に巻き込む。

 それだけは避けないと。


「私ってその程度の女?」


「…どういう意味だ?」


「だからさ、お荷物かって聞いてんの」


「そんなことは断じて無い。あの時、お前が雑兵を引き受けてくれなければ、俺は雷帝相手に活路を見い出せなかった。集団戦では多様な対策が想定されるからな。ほんと…お前の機転に助けられたよ」


 微笑んでみた、耳たぶに親指を滑らせてみた。

 しかし、カグヤの傾いた機嫌を立て直すことは出来なかった。


「アビルは嘘つかないけど隠すよね。あーあ…。もしこれがテトラだったら、俺が絶対守るとか言うんだろうな」


 不貞腐れてる。

 いや、舌を鳴らして怒ってる。


「テトラが居たら、もう少し堅実に作戦を練るさ。そもそも身の安全が保証出来ん長旅に、彼女を同行させるリスクは果てしなく大きい」


「……」


 少しだけカグヤの顔色が戻った。

 ふう…これでようやく一安心だ、と。

 その油断が激情を招いた。

 俺は冷たい床に押し倒された。

 暗闇を裂く深紅の瞳が接近する。


「アビル今、嘘ついたね」


 挙動はこけおどしだが、目は本気だった。


「嘘じゃない。本当だ」

 

「ふーん…あっそ! じゃあ証明してよ。嘘か誠か、私が精査してやる」


 カグヤが指をパチンと鳴らした。

 光に包まれるカグヤが明かりとなり、一瞬だけ洞窟が照らされた。

 包む光は収縮し、一人の少女を重ねた。

 これは変身魔術の一つ、追憶体現。

 かつての面影を消し去り、テトラが今、俺の目の前に。


「どうです? アビル様」


 悪戯が過ぎるぞ…。

 表情から仕草まで、完全なる模倣だ。

 僅か一年足らずの付き合いで、ここまで知り尽くすとは…。


「その再現度は驚嘆に値する。さあ、もういいだろ。早く戻れ」


「真偽を確かめてからね。アビルったら、動揺しちゃって…可愛い」


「そいつはどうも。嬉しくないな…」


 カグヤが俺の膝に座り、胸に手を当てて眠りについた。

 フリをした。


「あの日はこう。次の日はこう」


 テトラの座り方、体勢を完全に記憶しているらしい。

 末恐ろしい記憶力だ。

 カグヤが次々と体勢を変えて、確認してくる。

 そして俺の両足に跨った。

 この体勢は初めて。


「おいおい。流石に、このような大胆な体勢…体位か。体位になったことは無い」

 

「ありゃりゃ、忘れちゃったんだ。これは、アビルがテトラの未来を覗いた日の体勢だよ」


「…ん? いや、あの日はいつも通りだったぞ。って、ちょっと待て。何故俺が彼女の未来を見たと…」


「あー、その辺は一旦置いといて。というかそうか……寝てたもんねぇ…」


 カグヤが、テトラの姿で蠱惑的に言う。

 声帯の使い方が上手い。

 本物と見分けがつかない。


「テトラの未来が無いと知り、アビルは酷く落ち込んだ。気を紛らわすように寝てしまった。そこから10分、いや15分ぐらいか。15分くらいしてテトラが起きた。あの日は夜会があったから、誰も書斎なんて来ない。テトラは知ってた。起きて脱いで、アビルの身体に張り付いて、耳元でぶつぶつと愛を囁いてたよ。それがこれ」


「ちょっと……まっ」


 カグヤが俺の左耳を塞ぎ、右耳に口を近付けた。


「アビル様…アビル様。もっと、もっと…。テトラをたぁくさん愛してください」


 カグヤの演技は、形容し難い魔術だった。

 胸が張り裂けそうになった。

 聞けなかったテトラの声が、偽りの声が、俺の身を焼く松明になりうる。


「……ほらやっぱり。アビルは嘘つきだ。あの日と同じだ。私が注ぎ込んだ、あの日の顔と全く同じだ」


 あの日…カランド領で仮住まいをしていた時期か。

 こんな話の引き合いに出されるとは思わなかった。


「それはつまり、俺がテトラに目をかけていた事実。と、お前はそう言うんだな」


「理解が早くて助かるよ。同時に、頭にもきてんだけどさ」


 カグヤが露骨に誘惑してくる。

 嫉妬とは違うな。

 聡いカグヤが、こうも直情的になるにはわけがあるはずだ。

 

「譲歩はしたよ。なんたって未来が無いんだ。憐れむのは自然な話で、テトラを応援してた自分もいたから。でもさ、そのせいでアビル死にかけたじゃんね。まんまと敵の術中に嵌められたじゃん。それなのに、まだ未練あんのおかしくなぁい?」


「未練なんて…そんな」


「レグリクス公国を選択した理由もきっとそれだよ。もしあの子を懐柔出来たなら、絶対の安置に据えておきたい…なんて考えてたんでしょ」


「当たらずとも遠からず、かな。凄いなお前」


「あんま私を舐めんなよ…」


 勢いで首筋を吸われた。

 この強さなら、跡が残るな。

 気が済んだのか、変身魔術が解けた。

 カグヤがカグヤに戻った。

 何処か、すっきりしたような顔をしている。


「目は口ほどに物を言う。だから私は観察する。近景遠景に向ける視線、通常異常時の瞬きの回数、異種異性を捉える眼球の動き、涙膜の塩分量。瞳が教えてくれる膨大な情報の中から、微細な心境の変化を割り出して虚を見抜くんだ。常人よりも、アビルは感情が如実に目に現れているから、隠そうとすると逆に不自然。あ、でも、傍目から見れば気丈顔かもしれない。でも私には通用しない。興味が愛に昇華されると人は物事の分別がつかなくなるから、必ず何処かでボロが出るものだけど、アビルは初っ端からミスを犯した。テトラに恋を教えてしまった。優しいアビルは有耶無耶にして、若干距離を近く置いた。その結果、あの子の存在が足枷になって剣が鈍ったんだ」


 カグヤから賜る初めての説教。

 ぽたぽたと、水滴が落ちてきた。

 俺は彼女を不安にさせていたのかもしれない。


「仮に手が届いても、一緒に落ちたら元も子も無いじゃん。私の手だって…そんなに長く伸びないよ……」


 カグヤに泣かれた。

 胸を何回も叩かれた。

 通り一遍の、怠惰を呟かれた。

 

 嬉しくなった。

 俺のために、彼女がこんなにも熱くなってくれるなんて。

 夢なら覚めないで欲しいし、(うつつ)ならもっと抱き締めて欲しい。

 もっと近くで、体温を感じていたい。


「テトラの死は確かにショックだった。正直に告白すると、俺はまた塞ぎ込むところだった。でもお前が傍にいて、考えてくれて、泣いてくれたから、そんな気はどこかへ行ってしまった。嬉しかったよ…すごく」


「ばか…ばか……あほ」


 反応がいちいち可愛い。

 あざとさに見合うルックスを持つだけはある。


「俺が信じれるはお前だけだ、カグヤ。だから…これからもずっと一緒に居てくれ」


 気紛れか、俺はカグヤを押し倒していた。

 心身共に成長した彼女の色に、惑わされてしまったようだ。


 ……待って。

 どうしよう。

 ヤバい、ヤバい、ヤバい。

 勢いでやってしまった。

 カグヤが受け身の体勢に入ってしまった。

 練習したとしか思えない程、洗練された上目遣いだ。

 もうその気だ。


「…? シないの?」


 ああもう、そんな蕩けた顔で見ないで。

 助けて! コウ!

 あ、居ないんだった…。


 いや、居ても困るけどさ。


「あ、いや…その」


 これって、レディーに対する最大の無礼だよな。

 ここまでしておいて、ふざけんな。

 もう嫌い。

 とか言われたらどうしよう。

 心臓がバクバクで、変なことしか考えられない。

 ま、それは、カグヤが振り撒いた香水のせいでもあるけど。


「もっと…自分を大事に」


「押し倒したのアビルなんですけど」


「それはその…悪かった」


「エッチしたいんでしょ? なら…シよ?」


 いかんいかん、ペースに呑まれるな。

 顔を見てはダメだ、身体を見てもダメだ。

 俺は頭に治癒魔術をかけた。

 煩悩に効くかは知らんが、解毒魔術もかけた。

 しかし、一向に良くならない。

 色欲の船が頭の中を航海してる。


 咄嗟に転移魔術で逃亡を図ったが、直前でカグヤに阻止された。

 下半身を必要以上に触られ、右手の自由を奪われた。

 カグヤを守る布一枚の下には、俺の右手が封入されている。


「だぁーめ。アビルの弱気は、私を抱けば治るんだから」


 一大事。

 未だかつて無いほどの高揚感。

 俺は、カグヤをめちゃくちゃにしたいのか。

 抑えろ、抑えろ自分。

 こんなことは間違っている。

 何処かもわからぬ洞窟の中で、簡易的なベッドで二人、達するなど。

 シチュエーションが獣族。

 獣族の方には本当に申し訳ない。

 でも、他に例えようがない。


「リンファ師匠にしたことと、同じことしてよ。ほら…舌で舐めるやつ」


「あー……覚えてないです」


「なんで敬語? まあいいけど。アビル超上手いって聞いたからさ、気になったんだよ。姦淫の舌使いだって言ってた」


 リンファは何を考えているのだろうか。


「てか俺、まだ身体洗ってないし」


「私は洗ったよ。私が洗えば十分だよ。アビル、そんな汚くないもん」


「いやダメだ。いやー、良くない」


「嫌なの…?」


 カグヤが悲しげに囁く。

 嫌なわけあるか。

 こちとら限界を超えて我慢中だ。


 でももう、我慢できそうにない。

 抱きたい。

 己の身体に従いたい。


「…舌だけなら」


 そう言うと、カグヤが野獣のような息遣いで押し倒してきた。

 男が喜ぶ反応だ。

 

「はぁ…はぁ…早くちょうだい」


 カグヤの淫らな吐息が耳を湿らせた。

 とにかく俺は、彼女の喜ぶことをした。

 夜は、思ったよりも短かった。


---

 

 翌朝。

 俺は一人歯を磨いた。

 土属性魔術で簡素な浴槽を作り、身体を洗って風呂に入った。

 そして何故か、カグヤも入ってきた。


「おはようアビル…」


「お…おはよう」


「……」


「……」


 気まずい。

 会話が続かない。

 本当に話しずらい。

 本番以外の全てをしたもんな。

 今でも鼻と耳に残ってる。

 カグヤの愛液の匂いと、絶頂の喘ぎ声が。


「舌で……シたね」


 カグヤがやかましい事を言う。

 事実だけど。


「痛くなかったか…?」


「全然。むしろ気持ち良すぎて頭がおかしくなりそうだった。身も心も犯されたって感じ」


「…そうか。それは良かった」


 良くないだろ。

 自問自答になるが、カグヤの身を穢したんだぞ?

 これ以上ないくらい猥褻だろ。


「続きしたい」


 カグヤが真剣な眼差しを向けてきた。

 曇り無き澄んだ瞳だ。

 本心でそう思っている可能性がある。

 もしそうなら、お前の負けだな。

 

「レグリクスに着いたら考えよう。それまでは我慢してくれ」


「えー、あんなに気持ちいいの忘れられないよ。止められないよ」


「あの、そういう刺激的な発言は今後自重してくれ。頼むから…ほんとに…」


「とか言って本当はシたいくせに。私がイクたび、アビル妙に私の事気にかけてたよね。ここがいいのかーとか、我慢してたんだなーとか、言葉責めのオンパレード。かけられた時の目なんか、すんごくいやらしかったよ」

 

「……眼帯付けようかな」


「付けたらまた暴いてあげる。アビルの仮面の内側は、私だけのものだから」


 カグヤの身体が密着する度、込み上げてくるものがある。

 昨夜、合間を縫って消費したが、それでもまだ残ってる。

 というよりカグヤの声、匂いで蓄積していく。

 まるで、内部から侵略されてるみたいだ。


---


 風呂からあがり、戦闘型のローブを羽織った。

 滅多なとこでは着用しない、魔術師殺しのフル装備だ。

 悲しくも得物は無いが、無いなら無いで対策はある。

 最も、俺は魔術だけでも神を殺せるから問題ない。

 奥の手に魔装を三つ残してるからな。

 第一魔装とは比較にもならない、本当の絶技を隠し持っている。

 状況に応じて使い分けるこれは、総じて強い。

 中には、最強ならぬ最凶。

 そう囁かれる凶悪な魔装も含まれている。

 後は、それを使う日が来ないことを願うのみ。

 

「さて行くか」


「うん」


 出発の準備は整った。

 いざ、レグリクス公国へ。

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