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☆12 「まるでストーカーみたい」

 澄み渡る青空に白い海鳥が飛んでいる。

 つくしは波打ち際に立って海を見ながら、腰に手を当てて風呂あがりの牛乳よろしくヒールポーションをがぶ飲みしていた。

 

「ぷぅー。おなかたぷたぷになった気がする」


 そう言ってぽんぽんとお腹を叩く。

 あれからわかったのは、(大失敗)のステータスが付いたヒールポーションは回復量が激減するということだ。つくしが減ったHPを回復するためには何本も飲む必要があった。

 もっとも、ゲームの仕様上、薬であるポーションはいくら飲んでもHP等に還元されるだけでお腹が膨れることはないのだが。

 

「錬金術やったとき爆発してたのって、あれ失敗っていうことだったのかなあ。つくし、100個も作ったんだけど」


 インベントリにずらりと並んだヒールポーションには、全て(大失敗)の文字が付いていた。

 

「わー、全部大失敗って書いてある。でもたくさんあるし、回復するまで飲めば一緒だよね。だって100個もあるんだもん」

 

 気を取り直したつくしは、ふたたびグレートクラブへ戦いを挑んでいった。ダメージを受けながらもグレートクラブを数匹倒し、HPが危なくなってきたところで砂浜に腰をおろす。盾を使うことに慣れてくると、戦いながら攻撃をガードすることも少しずつできるようになってきた。

 

「とれたアイテムはー、〈カニの甲羅〉と〈カニの爪〉、あと〈カニ肉〉かあ。錬金術の材料になるかなあ」


 つくしはポーションを取り出すついでに、新しくインベントリに追加されたアイテムを確認していた。

 つくしの錬金術のレシピブックに載っているアイテムは、〈ヒールポーション〉と〈キュアポーション〉の2つだけだ。手に入れたアイテムは調合の材料には入っていない。

 レシピに指定された材料以外のものを入れると調合の成功率が下がってしまうのだが、そうと知らないつくしは次の調合のときにカニ由来の材料を入れようと心に決めながら3本目のポーションを飲み干した。

 

 

 そんなつくしの姿を遠くから見つめる一人のプレイヤーがいた。

 名前はジャスミン。以前、リスポーン地点でつくしに話しかけられて逃げ出してしまった少女である。

 そのときのことを、ジャスミンはひどく後悔していた。

 

「せっかく話しかけてくれたのに、なんで逃げちゃったのよ……」


 一緒に遊ぶ友達が欲しくてオンラインゲームを始めてみたのに、いざ始めてみたら人の輪に加わることができずソロプレイを繰り返す毎日。そんな中で初めてジャスミンに話しかけてきたのが、つくしだった。

 だがジャスミンは逃げた。

 見ず知らずの自分に話しかけてくれた優しい女の子。しかし、自分がはじめましての挨拶すらろくにできないコミュニケーションのゴミであることがバレてしまったら……。この女の子は、がっかりするのではないだろうか。想像すると、とても耐えられなかった。

 だからジャスミンは逃げた。自分を守るために。

 しかし女の子はそんなジャスミンの名前を呼んだ。ジャスミンは振り返り、そのとき初めて女の子の顔を見た。〈つくし〉それが女の子の名前だった。

 結局また逃げてしまったのだが、そのあとが散々だった。無くした装備を回収したいのに、見つけられなくて何度も殺された。死んで戻る度につくしがいるかもしれないと探すのだが、結局会うことは叶わなかった。

 もしも名前を呼ばれたときに引き返していたら、あの子と友達になれたかもしれない。そう思うと、タイムマシンを作ってでもあの場所、あの時間に戻りたくなる。

 失った時間は戻らない。

 未練を断ち切るつもりでリスポーン地点を変えて、たまたま近くにあったビーチにやって来たジャスミンは、我が目を疑った。つくしがいたのだ。

 見間違いではないかと思って少し近づいて名前を確認してみたが、やはりプレイヤーネームは〈つくし〉に間違いない。ジャスミンの胸は高鳴った。

 話しかけたい。話しかけなくては。そう自分を奮い立たせるジャスミンだったが、ちょっと待って、と冷静な自分が足を止める。自分はつくしのことを覚えているが、つくしは覚えているだろうか。全く自信がなかった。あのときは装備を着けていなかったから印象が違うかもしれない。

 もし話しかけてつくしが覚えていなかったら、そのときのことを考えるとぞっとする。そもそもなんと言って話しかければいいのか、ジャスミンにはさっぱりわからなかった。

 

「ひ、ひさしぶり……? 違うわよね、だって、会話も殆どしてないのにそんな知人みたいな物言い。それこそ変な人だわ。こんにちは? ううん、そんなことよりも、あのときちゃんと話せなかったことを謝らなくちゃ……。でも忘れられていたら、すごく痛い人じゃない。そんなの無理無理、もうっ、どうしたらいいの……?」


 シミュレーションを繰り返せば繰り返すほど、ジャスミンの中でつくしに話しかけるためのハードルが上がっていく。

 そうこうしている間につくしは立ち上がってカニと戦い始めてしまう。休憩している間ならまだ話しかけやすかったのに、と後悔しても、もう遅い。

 じっと見ていると不意に目が合いそうになって、慌てて体ごと向きを変える。

 

「……こ、これじゃまるでストーカーみたいじゃない。ち、ちがうから! わたしはここにソロ狩りをしにきただけ。あの子を見つけたのはただの偶然なんだから」


 実際、ここでつくしを見つけたのは本当に偶然なのだが、言い訳をしているうちに後ろめたい気持ちがわいてくる。

 横目でつくしを追いかけながら、狩りをしにきたという大義名分のためにジャスミンもグレートクラブに戦いを挑んでいく。

 右手に持つ武器はブロードソード。ジャスミンの職業である戦士(ウォーリアー)の初期装備だが、ロングソードよりも重く、攻撃力が高い。グレートクラブのような硬い敵でもそれなりのダメージが通る。さらに左手に装備したレザーシールドで相手の攻撃を防ぐこともできる。ジャスミンにとっては問題にならない相手だ。

 それだけに、つくしの危なっかしい戦い方を見ていると手助けに行きたくなってしまう。だが、危なっかしいとは言ってもやられそうなほどではない。一応盾も持っているし、連戦できるくらいには余裕があるようだ。下手に手を出せば『横槍』という、他のプレイヤーが戦っている相手を横取りする迷惑行為と取られかねない。

 ジャスミンは悶々としていた。

 

 

 一方、つくしがグレートクラブを倒してドロップアイテムを回収しようと手を伸ばしたそのとき、空からカモメのような白い海鳥が舞い降りてきた。つくしは突然のことにびっくりして手を引っ込める。そのスキに海鳥はグレートクラブの死骸をさらっていってしまった。

 

「あーっ! それつくしが倒したやつなのにっ。待ってー! 返してー」

 

 つくしは両手を上げて追いかけるが、鳥は獲物を持ったまま海の向こうへ飛んでいってしまう。それ以上追うこともできず、つくしは諦めるしかなかった。

 モンスターの中には、モンスター同士で争ったり協力したりするものがいる。中にはずる賢いモンスターがいて、自分で直接戦うことなくプレイヤーが倒したモンスターの死骸をさらってしまうのだ。

 つくしは頬を膨らませながら、近くにいたラージラットに不満をぶつけていく。森で相手をしていたときよりもつくしのレベルは上がっているし、盾もあるのでグレートクラブ以上に簡単に倒すことができた。

 しかし、その死骸めがけてまたしても白い鳥が降りてくる。だが今度はつくしも警戒していたので見逃さなかった。海鳥が地面に降りてラージラットをつかもうとするのを見て、つくしは攻撃を仕掛けた。

 

「だめーっ、それつくしのっ」


「ピィーーッ」


 攻撃を受けた海鳥――バードがけたたましく鳴いて戦闘が始まった。地面に降りたバードの動きは鈍く、ときどきくちばしで突く攻撃をするだけで、それも大した威力ではない。

 

「ひとの物とっちゃだめなんだよ!」

 

 つくしは勝ちを確信する。だが、頭上に異変が起きていた。付近を飛んでいた数羽のバードがつくしの方へ集まっていくのだ。

 バードたちはぐるぐるとつくしの上を旋回し、やがてつくし目掛けて急降下した。

 

「いたいっ! えっ、なに?」


 空からやってきたバードが鋭い爪でつくしを引っ掻いた。そしてそのまま空へ戻っていく。

 飛んでいくバードを唖然としながら見ていると、別の方向からまたバードが飛んできてつくしを引っ掻いていく。

 

「いたあいっ! なんで? つくし攻撃してないのにっ」


 焦るつくしをあざ笑うかのように、バードは一撃を加えては空へ逃げていく。

 

 

「うわっ、あの鳥リンクするのか、危ねえ」


 ジャスミンの近くにいたプレイヤーがつぶやいた。

 リンクというのは特定のモンスターが持つ厄介な性質で、そのモンスターと戦っていると、近くに居る同種のモンスターとも敵対してしまう。

 ジャスミンはリンクと聞いてもピンとこなかったが、つくしがピンチになっていることだけは理解した。

 いまこそ助けに行くべきだ。でも、本当に行っていいのか、迷惑に思われないか。ジャスミンは葛藤していた。

 

「きゃーっ、やあーっ」

 

 つくしは悲鳴を上げてやたらめったに短剣を振り回している。そんな攻撃が空を飛ぶ鳥に当たるはずもない。その間にも鳥たちはつくしに容赦のない攻撃を加え続ける。

 痛々しいつくしの様子を見て、ジャスミンはぐっと歯を食いしばった。

 

――なにを迷っているの。わたしなら、戦士なら、あの子を助けられるでしょう? 行かなくちゃ。行くのよ! わたしがあの子を……守ってみせる!


 ジャスミンは自分を鼓舞し、体の震えを抑えるようにぐっとブロードソードの柄を握りしめた。そして、つくしの前に飛び出した。

 

「助太刀するわ!」

 

 一瞬、つくしと目が合った。つくしは空に向かって届くはずもない短剣を振っていたが、目の前に現れたジャスミンを見て動きを止めた。

 ジャスミンは視線を振り切ってつくしをかばうように前に立ち、掲げた盾を剣で力いっぱい叩いた。

 自らの剣で盾を叩き、音を鳴らすことで、周囲の敵を自分に引きつける戦士のスキル〈挑発〉が発動する。

 

「かかってきなさいっ、わたしが相手よ!」

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