☆11 「(大失敗)って、どういうこと?」
砂浜が日差しに照らされて白く輝いている。
湾の内側に位置する砂浜に打ち寄せる波は穏やかで、一定の間隔を置いて、寄せては返す波の音が響いている。それに加えて、吹き抜けていく潮風がより一層の爽やかさを演出していた。
「海だあーー!」
つくしは、ぱあっと顔を輝かせると砂浜を蹴って駆け出した。
近くにいた他のプレイヤーたちは、一人はしゃぎまわる幼女のようなつくしの姿を見て、微笑ましげに表情を和ませる。
つくしは一直線に海へ向かい、濡れた砂を踏みしめる。そしてそのまま波をかき分けて海の中へと体を踊らせた。
海の水はよく澄んでいて、遠くまで見渡すことができる。沢山の魚の姿がくっきりと見えた。
現実でも泳ぎは得意なつくしである。すぐそばをすり抜けていった魚の後を追いかけて、まるで魚の仲間にでもなったかのようにすいすいと泳いでいく。
つくしは潜りながら当然のように息を止めていたが、泳いでいても苦しくならないことに気が付いた。よく見ると視界に白いゲージが表示されていて、時間とともにその総量が減りつづけている。ゲージはもう残りわずかだ。つくしは興味本位でゲージが切れるのを水中で待ってみた。すると、ゲージが切れたと同時にHPがぐんぐんと減っていくではないか。さすがのつくしも、これは死んじゃうと水面へ上がっていく。
「ぷはぁっ……。危なかったー。時間で息切れちゃうんだ。そこはゲームって感じ」
立ち泳ぎをしながら波に揺られていると、陸のほうから声が聞こえた。
「――おーい! 危ない――海には――――が出る――上がって――」
見ると、数人のプレイヤーが波打ち際に集まってつくしに何事か叫んでいた。しかし波の音で声がかき消されてしまって肝心のところが聞こえない。
「えー? なんてー?」
「後ろ! 後ろ――」
プレイヤーたちはしきりにつくしの方を指差している。
「うしろ? なにかあるの?」
水面でくるりと向きを変えたつくしが見たものは、海水面から飛び出した特徴的な三角形の影だった。それは水しぶきを上げてつくしの居る方へと突き進んでくる。
「サメがきてるよー! にげてー!」
今度はプレイヤーの声がはっきりと聞こえた。
「さ、サメだあー! きゃー」
つくしは慌てて逃げ出したが、泳ぎが得意と言っても所詮は人の子。水中生物であるサメに泳ぎで勝てるはずもない。
必死にバタ足をするつくしの脚がぐいと引っ張られ、水中に引きずり込まれる。同時にHPがガクンと減った。
「んぐむーー!」
水中で言葉にならない声をあげるつくし。
なすすべもなく手足をめちゃくちゃに振り回してもがいていると、不意に引っ張られていた脚が開放されて体の自由が戻った。つくしは咄嗟に後ろを振り向いたが、しかし、そこにサメらしい姿を見ることはできなかった。代わりに見えたのは、真っ赤な口と、周りを縁取るギザギザの白い歯だけだ。限界まで開かれた口はつくしの身長がすっぽりと収まってしまうほど大きかった。口だけでこの大きさなのだ。全身はどれほどのものか。
つくしは逃げることを思い出したが、もう遅い。ばくんと噛みつかれると、つくしのHPは消し飛んで視界も真っ暗になってしまった。
リスポーン地点へと戻ってきたつくしは大きく息を吐いた。
「ふはー。びっくりしたー。いきなり死んじゃった。復活場所変えといてよかったよー」
つくしが戻ってきたのは町の東。海に近いリスポーン地点である。いままで設定していた森近くの北側からは歩いて10分ほどの距離だが、つくしの場合は道に迷わず来れるかどうかが怪しいところなので、時間の節約という意味ではかなりの効果があった。
そこから10分ほど歩いて海辺に戻ったつくしは、砂浜の真ん中にぽつんと建つ自分の墓石を見つけたのだった。
「あっ、お墓ー。目立つところにあってよかった―。海の中だったらどうしようかと思った」
アイテムを回収しながら、つくしはほっと息をつく。ゲームの仕様で、水中や空中で死んだ場合は最後に足をつけて立っていた場所に墓が建つようになっている。今回はそれに助けられた形になる。
つくしは周りを見回したが、さっき声をかけてくれたプレイヤーはもうどこかへ行ってしまったようだった。
いま砂浜にいるプレイヤーはほとんどがソロプレイのようで、広い砂浜でカニやネズミなどのモンスターと戦っている姿がちらほらと見える。
「でも残念だなー。せっかく泳げると思ったのに。あんなサメが居るんじゃ、危ないよねえ」
つくしでは太刀打ち出来ない相手だ。ましてや水中ではプレイヤーの行動が大きく制限されてしまう。陸地で戦えば勝てるレベルの相手ですら、無策では勝ち目がない。
だが幸運なことに、このあたりのサメは陸地までは上がってこない。海に入りさえしなければ襲ってくることはないのだ。
砂浜は森などと比べて見通しの良いエリアだ。いい景色な上に低レベル帯のモンスターも多いので、ゲームを始めたばかりのプレイヤーにとっては魅力的な狩場となっていた。
「やっぱり海きれいー。蘭ちゃんも一緒に来れたらよかったのに」
残念ながら、蘭は部活の用事で朝から外出しているので今日は一緒にゲームができない。ちなみに蘭はバレー部、つくしは帰宅部である。「部活に入ったらゲームする時間がなくなっちゃう」とはつくしの談。
「そーだ。こんど蘭ちゃんが来たら、つくしが案内してあげよう」
つくしはうきうき気分で装備を整えると、他のプレイヤーを見習って波打ち際をうろついていたカニ――グレートクラブに攻撃をしかけた。
「てやーっ」
つくしの振り下ろしたナイフがグレートクラブの甲羅に当たって鈍い音を立てる。まともに刃が通らないので与えたダメージは低かったが、戦えないほどではない。武器の重さが有効に働いている。
そして何より、つくしはいままでになかった新装備を用意していた。
グレートクラブがハサミを振りかざしたのを見て、つくしは木でできた小盾を構えた。当たった瞬間、がこん、と音が鳴って盾を持つつくしの左腕にしびれが残る。
「くう~っ、じんじんする~。でもダメージはゼロ! 盾ってすごいね! 買ってよかったあ~」
厳密に言えばゼロではないが、それも微々たるものだ。
つくしは誰に見せるわけでもなく、自慢げに盾をかざしてかっこいいポーズを決めた。しかしそのスキにグレートクラブは大きなハサミを鈍器のように振り回して無防備なつくしを叩く。つくしは手痛いダメージを受けた。盾は持っているだけでは意味がないのだ。
「ぁいたーいっ! やーったなー! このー」
盾でダメージを防ぐには、攻撃の当たる位置に構えなくてはいけない。しかし残念ながら、つくしは攻撃しながら相手の動きを観察するなどという器用なことができる子ではなかった。
結局、ダメージを受けつつ攻撃をする、いつもの戦い方に戻ってしまうのだが、それでもときどきは盾が役に立つ場面もあった。
「うー。結構くらっちゃったー。でも大丈夫っ。つくし、ポーションたくさん持ってるもんねー。回復し放題なんだよなあー」
グレートクラブを倒したつくしは、アイテムのインベントリを開いて自作のヒールポーションを1つ取り出した。本来のヒールポーションの透き通った赤色とは異なり、ヘドロのような色をしている。とても飲み物には見えないのだが、つくしは気にせずポーションの瓶をあおって中身を飲み干した。しかし、つくしのHPは殆ど回復しなかった。
「あれ? おかしーな。なんか違うの飲んじゃったのかな」
そう言ってつくしは再度インベントリからヒールポーションを取り出して飲んだ。だが回復量は変わらない。つくしのHPはまだ減ったままだ。
「なんでー? なんでなんで? もう一本飲んで見よっ」
今度は〈ヒールポーション+2〉をぐいっとあおる。しかし回復量は殆ど変わらず、以前飲んだヒールポーションの1/10程度の効果にとどまっている。
「えー? おかしいよー! つくしの作ったポーション全然回復しないんだけど」
もう一度〈ヒールポーション+2〉を飲むが、何度飲んでも回復量に大差はなかった。
つくしは、どうしてと混乱しながらもポーションを取り出して、アイテムの説明文に目を通した。
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ヒールポーション+2 (大失敗)
薬草を煮出して作った飲み薬。使用者の傷を癒やし、HPを回復する効果がある。
重量 1
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「えー………………(大失敗)って、どういうこと?」




