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ファミリーラヴァーズ  作者: シンタグマ
第三章:天王山の冬休み
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 触れた隆哉の肌は予想していたよりも冷たくなめらかだった。もっと硬くてはじかれるような質感を予想をしていたのだけれど。

 自分のものじゃないように指がこわばり、うまく動かない。

 あれだけの啖呵を切ったのに、格好悪い。すごい変な汗が出てきた。

 やっぱり自分のキャラに合わないことはするものじゃない、しみじみそう思う。

 とりあえず隆哉の腹筋のあたりにそれらしく手を這わせてみたけれど、さてこれからどうしよう。


 制止するか逆上するはずだと思っていた予想に反して、隆哉は完全に無反応だ。

 仰向けに倒れた姿勢のまま私の下で固まっている。

 たとえ好意を持っている相手だとしても、いきなり罵倒されたあげく押し倒されてセクハラまがいの行為をされたら呆然とするのも納得だろう。

 弟に当たり散らすなんて、最悪だ。

 ふがいない。情けない。不安も恐怖も、自分で飲み込まないといけないのに。私自身でどうにかしないといけないのに。

 眉を寄せて、顔を伏せた。睡眠不足と受験のプレッシャーと隆哉に当たり散らした情けなさで、私はきっとひどい顔をしている。

 完全なる八つ当たり。

 私たちは喧嘩をし慣れていなかった。

 関係の修復の仕方ってどうすれば良いんだろう。言った事は、取り返せない。

 耳の下で打つ通常より相当早いリズムの鼓動を聞いていたら、いつの間にか激情は収まっていた。


 とにかく、仲直りの第一歩は謝ることからだろう。

 でも、謝罪の言葉は声にならずに唇の中に飲み込まれた。

 隆哉の手がゆっくり私の背に重ねられたからだ。

 収まりつつあった動悸が再び激しくなる。そのまま隆哉の手は、子どもをあやすかの様な軽い力で肩甲骨の辺りをぽんぽんと数回叩いた後、急に力強く私を抱き込んだ。

 骨がきしむ、苦しい。 

 隆哉の胸を必至で押し返すけど、それよりずっと強い力で抱えられ、本気で痛みを感じた。

 無言のまま少しの間押し合っていたけど、息が思うように吸えないし力の差はどうしようもなくて、あっさり私は負けを認め、体から力を抜いた。

 それを見計らったかの様に、腕の力は緩められた。ゆるく背中に腕を回されたまま、ささやかれる。

「そんなに挑発されたら、こっちも限界なんだけど」

 頭元で、聞いたことが無い位低い声がした。

 背筋がぞくりとして、体がこわばった。

 怒っているのだろうか。

 瞬きしつつ、恐る恐る首を上げて私の体の下の隆哉を見たら、怒っているというより困っているような、どことなく情けない顔をした隆哉がいた。

「あのさぁ、あーもー、ほんと!」

 本当にあきれ返ったのか。

 後に続く言葉は彼の唇から語られない。

 私を体の上に乗せたまま、顔を両手で覆って何やら呻いている。

「……ほんとに、の次は何?」

 しばしの間そんな彼を観察した後私からそう問いかけたら、隆哉は不機嫌そうに息をついた。

「さっさと、降りてくれない?」

 そうだった、まだ私は隆哉に馬乗りになっているんだった。

 紅潮した顔を見られないように顔を伏せ気味にして、慌てて滑り降りるようにして横の床に膝をつき、制服のスカートの飛騨をなでつけて整えつつ立ち上がる。

 睡眠不足が祟ったのか、立ちくらみがして少しよろけた。

「庸ちゃん、弱りすぎ」

 苦笑交じりの隆哉の言葉に、私は力ない笑顔を返した。

「……そうかもね。八つ当たりしてごめん」

 謝罪の言葉は、するりと自然に口から出た。

「成績が思うように伸びなくて焦ってた。もう少し眠るようにするね」

「そうして。……あとさ」

 勢いよく腹筋をするように上体を起こして、隆哉は目を合わせることなく早口で私に言った。

「あのさ、庸ちゃんがどういうつもりでさっきみたいなことしてきたか分かんないけど、好きだからしないよ。……俺のこと、そういう意味で好きじゃないうちは絶対」

 照れたような、あるいは拗ねたような声音で言われた言葉を聞いて、私は強く目を瞑った。


 私は試していた。隆哉も、自分自身をも。

 そうするまでの覚悟があって好意を露わにしたの。

 一時の肉欲に流されるような薄い感情なの。

 相反した二つの試し。

 隆哉が私を選んだら、その先の道は無いと思った。

 大学が決まってもそうじゃなくても、高校卒業と同時に行く先を誰にも言わず家を出よう、真剣にそう思っていた。

 家族からも隆哉からも勉強からも、逃げる。

 しかも、私が被害者という形をとって。

 問題のすり替えだ。 

 選ばなかったら、隆哉の気持ちは無視して生きていこうと思った。

 一番近くに居る異性に対する一時の勘違いということにしようと思った。


「ごめん」

 隆哉を見下ろし力なく笑った。

「ごめんね」

 こんな卑怯で価値が無い人間を好きだなんて、おかしいとしか思えない。初めから、私のことなんて好きにならなければ良かったのに。心から申し訳なく思う。

 隆哉は口を引き結んで、私を見上げた。

 視線が絡む。隆哉の潤んだ様な瞳に射抜くように見つめられて心臓が跳ねた。

「受験が終わったら、ちゃんと色々考えるから」

 先のことを、具体的に。

「ちゃんと、真剣に考えるから。今は、受験でいっぱいいっぱいで……」

 つかれた。

 つかれてる。

 ちゃんと私、今は正常に隆哉と話せてるよね。

 激情はすっかり引いて静かに話しているつもりなのに、ごまかせないくらい涙声になっていた。

 隆哉の前ではヒステリー起こしまくりだ。


 気が付いたらソファーに二人並んで座って、指先まで伸ばした制服カーディガンのリブニットに顔を埋めて泣いてた。伸びるとか鼻水つくとか、どうでもいい。

「もう、疲れたよ」

 泣きながら、取りとめの無い愚痴をぽろぽろ零した。隆哉は私の背中に手をまわしてあやすようにしながら相槌を打ってくれた。

 成績が伸びないこと。失敗することへの恐怖。熟睡できないストレス。

 お父さんとお母さんに認められたいこと。

 隆哉の目つきは時々怖いしと言ったら、背中をぽんぽん叩いてくれていた手が一瞬止まったけど。

「頑張らなくてもいいよ、って言っても聞く耳持たないだろうけど」

 隆哉は優しく私に語りかけてくれる。

「がんばってもがんばらなくても、……庸ちゃんが庸ちゃんなのは変わらないし……」

 甘い、欲しい言葉をくれる。

 自信をくれる。

「好きになってごめん」

 かすれ声で言われた謝罪に、苦い笑みが浮かんだ。

 謝るのは私だ。

「私こそ、ごめんね」

 私みたいな人間が姉で、ごめんね。

 傷つけて試して、ごめんね。

 隆哉の事拒絶出来ないくらい、好きでごめんね。

 でも隆哉が思ってくれるのと同じくらい強い気持ちを返せる自信が無くて、ごめんね。


 私はいつの間にか隆哉の腕に抱え込まれ、深い眠りに落ちていた。

かなり放置してしまいすみません。

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