第19話 Aランク冒険者ブール
王都で活動しているAランク冒険者ブール・ケイオスが、エルセラムの街の冒険者ギルドに着いた。
ちょうどそのとき、ギルドマスターのトレイルは、領主代理から、『地獄の揺り籠』の調査を命じられ、誰を派遣するかで頭を痛めていたところだった。
そして、ブール・ケイオスの来訪を告げられ、『いいところに来てくれた』と、内心小躍りしたのだった。
「わざわざ足を運んでもらって済まない。ブール・ケイオス卿、貴殿を歓迎する」
トレイルは、受付嬢に案内されてギルマスの部屋に入って来たAランク冒険者が差し出した握手の手を、思わず両手で握るという歓迎ぶりを演じた。
Aランク冒険者は騎士爵に叙せられるが、ギルマスのトレイル自身も元Aランクの騎士爵であるため、身分的には同格の相手だ。
「この度の調査は宰相殿からの依頼です。気になさらずに」とブール。
「とにかく掛けて下さい」とトレイルはソファを勧めた。そして、自分もその向かい側に座った。
受付嬢が測ったようなタイミングでお茶を持って部屋に入って来て、ブールとトレイルのそれぞれの前にお茶を置いて出ていった。
「早速だが要件に入ろう」とブールが促した。無駄な世間話はする気がないらしい。
「最初はトロールの目撃がいくつか報告された。それから何日かして、今度はトロールの死体が見つかった。しかも、トロールが何者かに食い散らかされていたのだ。信じられるか?」
とトレイルは、状況を話し始めた。
ブールは、その話を頷きながら聞いた後、地図を見せてくれと要求してきた。
トレイルが地図を見せると、ブールはローテーブルの上に広げて、エルサレムの街と緩衝地帯とロッシム砦の位置関係を確認した。
「実は、」とトレイルが言いかけると、
「他の依頼はお断りする」とブールに機先を制された。
「私は、宰相殿からの依頼で緩衝地帯に行く。ここで、他の依頼を同時に受けるのは信義にもとるというものです」
そこまで断言されると、トレイルには返す言葉がなかった。
ブールが他の依頼を断ったのは、『地獄の揺り籠』の事件を知っていて、巻き込まれたくなかったからだろう。
「トロールを食う魔物か。この目で確かめるしかないな」
そう言うとブールは椅子から立ち上がった。
トレイルも立ち上がり、
「それでは、宜しく頼む」と言って、トレイルはブールを部屋から送り出した。
エルセラムの街から、サラマンハム王国との国境の緩衝地帯まで、徒歩で3日かかり、緩衝地帯のど真ん中にあるロッシム砦まで、さらに3日掛かる。
馬で行けばその半分の時間もかからないが、ブールが足早に進むともっと早い。
ほぼ1日で緩衝地帯の端に到着し、そこで野営をした。
次の日からは、ロッシム砦を目指して緩衝地帯の森の中を進んだ。森の中は静かで、何処にでも居る筈のゴブリンの気配さえ無い。
生き物の気配が全く無い不自然さに警戒しながら進んでいると、いきなりグルルッと唸り声がした。
ハッと、して腰の剣に手を添えて身構えるが、敵の姿は見えない。
再びグルルッと唸り声が聞こえるが、前から聞こえているのか、後ろから聞こえているのか、Aランクの感覚を持ってしても分からない。
前に後ろに、そして左右に気を配りながら、大樹を背に出来る位置に移動しようとしたブールは、いきなり身体を前に投げ出した。
その瞬間、ブールが居た背後の空間が割れて、丸太のような何かが空を切った。
ブールは前に身を投げ出した後、そのまま身を丸めて回転し、既に抜刀して片膝を着きながら警戒する。
敵の姿は、相変わらず見えず、グルルッという唸り声だけが時折聞こえる。
姿も見えず、気配もない。それは、幻影獅子が自分の周囲に展開している幻影空間に入り込んでいることの証だった。
幻影獅子は、幻影空間で自分の存在を隠蔽しなから、一方的に攻撃してくる厄介な魔物だ。
そして、ブールが自分の周囲の気配に集中していると、いきなり足下から光が天に向かって駆け抜けた。
この光速の攻撃にブールは反応出来ず、直撃を受けて即死した。
攻撃の正体は、雷皇熊の遠隔攻撃、地面から天に向かって稲妻が駆け抜ける、帰還雷撃だった。
幻影獅子と雷皇熊が、何者かを殺したと、監視役のデビルアイから念話があった。
私は、その場に転移して、どうすべきか考えたが、すぐに、殺された男の死体を死者蘇生して、蘇生者支配を使い、男が何者で、ここで何をしていたのかを聞き出した。
男は、この国の宰相の依頼で派遣されたAランク冒険者ブールだと名乗った。
何故、Aランク冒険者が派遣されたのか聞くと、トロールが食い散らかされた死体が発見されたので、トロールを捕食した魔物を調べに来たということだった。そして、その魔物を隣国に誘導せよという命令を受けていたことも分かった。
何故、そんなことをするのかと聞くと、隣国との力関係を有利にするために、ここの魔物を利用しようとしているのだとわかった。
それを聞いて私は腹が立ったが、だからといって国に喧嘩を売る気はない。
今は、手に入れたばかりの新市街地の支配で手一杯だ。
だが、予期しないカタチでAランク冒険者が手に入ったのは幸運だった。
これまでは、この世界の支配者層とは接点がなかったので、当然、情報もなかったが、ブールから色々聞き出せるだろう。そうすれば、壁内にも支配の手を伸ばす道が見えてくるかもしれない。
そこで私は、ブールとこれからのことを話し合った。
まず、トロールを捕食した魔物についての報告をどうするか、というのが一番の問題だった。
宰相の命令であるから、いい加減な報告は出来ない。かといって、事実を全てさらけ出す必要はない。知られても構わない情報を、少しだけ与えることにしよう。
「私が遭ったのは、どういう魔物なのですか?」
「唸り声は聞こえるけれど姿が見えず、気配もしないのは幻影獅子だわ。次に、ブールの命を奪ったのは雷皇熊だったわ。帰還雷撃という遠隔攻撃で、かなり離れたところからでも、必中で当たる雷撃を撃ってくるの」
「2匹は連携してたのですか?」
「どちらも私の支配下にあるから当然だわね」
「ということは、私は、イヴ様に殺されたようなものですね」
「恨んでる?」
「いや、それはないです。イヴ様に殺されて、私は生まれ変わった。昔の私と今の私は別人です」
「それは、良かったわ。恨まれてたら、もう一度殺すしかないものね」
「恐ろしいことを仰る」
「そんなことより、トロールを捕食した魔物については、魔物は確認出来たけれど、隣国への誘導は出来なかったということにしましょう。ここを縄張りにして動かないとでも言えばいいかもしれないわね」と私。
「あの魔物のことを報告してもいいのですか?」
「構わないわよ。どのみち、軍隊でも討伐出来ない魔物だから。そういえば、ブールは鑑定を持っていたわね。雷皇熊を鑑定して、分かったことを報告すればいいわ。幻影獅子は報告から省きましょう」
この会話の後、ブールに雷皇熊を鑑定させて、街へ帰らせた。
ブールは、宰相に雷皇熊の鑑定結果を伝え、隣国への誘導など出来る魔物ではないと、報告した。




