第15話 夜中の攻防
その夜、エルセラムの壁内は戦乱の巷と化していた。
賊たちは新市街地で狼藉の限りを尽くしながら、南門から壁内に侵入した、
南門の衛兵は、これを防ごうとしたが突破され、勢いに乗った悪党たちは壁内の街に侵入し掠奪を始めたので、領主は軍を動かし、冒険者ギルドも冒険者に動員を掛けた。
街の治安部隊である衛兵隊が1000人、領主軍は騎士団300人と歩兵兵団800人の編成で出撃したが、5万人の人口を擁する壁内市街地に散らばった賊を追うには人手が足りなかった。
冒険者ギルドでも、冒険者に強制召集を掛けて、緊急依頼を出した。その内容は、Eランク以上の者は、街の治安に当たること。掠奪犯を見つけた場合は許可なく殺していいという内容だった。
エヴァも私も、冒険者としては何の実績もないFランクなので、招集の対象になっていなかったが、Eランク以上の冒険者、およそ1000人がこれに応えた。
こうして、この夜は壁内の市街で、大掛かりな討伐戦が繰り広げられた。
兵隊たちと違い、少人数パーティでの活動を得意としている冒険者は、やはり少人数に別れた賊たちの討伐と相性がよかった。
数パーティが組になり、路地に入り込んだり、建物の裏口から侵入しようとする賊たちを見つけては、呼子で加勢を呼んで討ち取っていった。
一方、正規の兵隊たちは、大きな商店や飲食店に押し入って、乱暴狼藉を働いている賊どもを斬り伏せていった。
なかには、魔法で抵抗する者もいて、建物が半壊したり、兵士に重傷者が出たりしたが、ほぼ10倍の戦力差に賊たちの戦力は次第に削り取られていった。
エヴァが借りている家にも、賊が入り込もうとしたが、5体のデビルアイの麻痺ビームと冷凍ビームで殺された。エヴァがそれを密かに収納に入れて回収していったので、翌朝には、襲撃の痕跡はなくなっていた。
その夜の領主軍は、壁内に入り込んだ賊の対応に追われて、新市街地まで手が回らなかった。
夜が明ける頃には、壁内の討伐はほぼ終わり、次は、昨夜の汚名挽回と、南門を抜けて新市街地に兵を進めた領主軍だったが、新市街地の商店や飲食店に押し入った賊は、ほとんど姿を消していたので、領主軍の兵士たちは戸惑うばかりだった。
エルセラムの冒険者ギルドのギルドマスター、トレイルも首を捻っていた。
ギルドには、昨日の緊急依頼を受けた冒険者たちが、続々と戻って来ていた。
その中には、新市街地の救援に向かった者たちもいて、そのうちの1人に声を掛けた。
「ご苦労だったな。新街地は落ち着いたか?」
彼が声を掛けたのは、「夜警団」というCランクパーティの1人だった、
「昨夜は凄い数でしたが、いつの間に移動したのか、朝になってみると、賊はほとんど残っていませんでした」
この報告に、トレイルは首を捻りながら、騎士団の本営が置かれた、街の中央広場に向かった。
街の中央広場に設けられた臨時の本営の天幕前に並べてられている死体は300を数え、領主代理と騎士団長、歩兵団長、衛兵隊長が死体を検めていた。その後ろにトレイルも控えている。
「こ奴らは何者だ?見知った顔はあるか?」と領主代理が聞く。
「いえ、全く見覚えがございません」
「それがしも、同じです」
と領主軍の騎士団長と衛兵隊長が首を横に振る。
「トレイル、そちはどうじゃ?」
死体の間を行ったり来たりして、ときには立ち止まって顔を覗き込んでいたトレイルは、
「何人か賞金首の者がおります」
「何だと、こ奴らは犯罪者か?」と領主代理。
「賞金首が、こ奴らを謀って謀反を起こしたというのか?」と騎士団長。
「他に知っている者はおるか?」と、再び領主代理。
その問いに対してトレイルは、首を小さく横に振って、
「知っているのは、この3人だけです」と答えた。
「ただの殺し屋か?それとも政治犯か?」と領主代理は、詳細を求めた。
「もしくは、他国の間者か?」と騎士団長。
「はっきり覚えていませんが、手配があったのは、どれも10年以上前のことです。確か、強盗殺人犯どもです。もう死んだのではないかとされていました」とトレイルが古い記憶を思い起こしながら答える。
「なるほど、それが生きっておったとはな。すると、隠れていたのは、地獄の揺り籠か」と領主代理は、いきなり結論を出した。
「「「地獄の揺り籠」」」と、トレイルを除く周りの者が驚く。トレイルが驚かなかったのは、彼もその可能性を考えていたからだ。
スラムの端にある死体捨て場の周囲に出来た、無法者の巣。
打ち捨てられた無数の死体が生み出す瘴気が渦巻く土地。
その瘴気を吸った者は、魔物に変わり果てる呪われた土地。
その瘴気を恐れて、領主も冒険者ギルドも手を出さず、無法者や反逆者や死刑囚が逃げ込む最後の土地。
彼らにとって、地獄の揺り籠とは、そういった土地だった。
「そうすると、こ奴らは、地獄の揺り籠から這い出して来た奴らということになりますな」と騎士団長。
「これほど多くの犯罪者が、地獄の揺り籠に、潜んでおったのか」と歩兵団長も相槌を打つ。
「それが迷宮から溢れ出してきた。まるでスタンピードですな」とトレイルが思ったことを言葉にすると、
「人間スタンピードか」と領主代理が呟き、この呼び名が巷間に伝わった。
この日の事件は、世間一般には、事実よりも小規模なものとして認識されている。
その理由は、壁内に侵入して討伐された賊の数が300体ほどだったことと、新市街地で発見された賊の死体が100体ほどだったことから、『地獄の揺籠』から溢れ出してきた賊の数は、400人前後と見積もられたからだ。
新市街地の住人や新市街地で戦っていた冒険者からの報告では、賊はもっと多かったという証言が数多く上がったが、夜の闇の中で、誰にも確かなことは分からず、その多くの賊は、もし居たとしても壁内に入らず、森に逃げ込んだのだろうと噂された。
私の収納には、この夜に殺した600人ほどの賊の死体が入っているから、住人や冒険者の証言は正しかったわけだ。
もっとも、領主は、賊の数は400前後とし、逃げ延びた賊はいない、いたとしても少数であると公表した。
そして、今回の人間スタンピードについては、『地獄の揺り籠』の中で大きな権力争いがあり、敗れた者たちが逃げ出してきたのだろうということで、誰もが納得した。
だからといって、『地獄の揺り籠』に調査隊を出そうと言い出す者はいなかった。
『地獄の揺り籠』には、まだ、大勢の犯罪者と危険極まる魔物が残っていて調査は不可能だと、誰もが考えていたからだ。




