第14話 人間スタンピード
スタンピードは、迷宮から魔物が溢れ出すことを言うらしいが、その人間版とでも言うべきものが、ここエルセラムの街で起こった。
後世に云う「エルセラムの人間スタンピード」。
私が擬態スライムと朱雀蜘蛛を迷路に送り込んだ日の夕方、『地獄の揺り籠』から大量の人間が溢れ出したのだ。
私は、あの後、バルバトスがアジトにしている酒場の地下室に籠り、『地獄の揺り籠』に送り込んだ擬態スライムと朱雀蜘蛛が、地下迷宮を殲滅するのを待っていた。
すると、私の予想に反して、『地獄の揺籠』に居た賊たちは、女郎蜘蛛の魔物とは戦えても、擬態スライムや朱雀蜘蛛とは戦えないと判断して、戦わずに逃げ出したのだ。
これが、後世に云われる人間スタンピードとなった。
『主殿、人間が逃げ始めている』
第一報は、地獄の揺り籠の最奥に残してきた、眷属の擬態スライムからの念話だった。
擬態スライムは、魔の森の深奥の強者であり、当然、スペックは高く、戦闘力だけでなく、知能もすこぶる高く、複雑な意思疎通も出来る。
『何、逃げ始めたって?よく連絡してくれたわ。そこで待機していて』
と労いの声を掛けて、すぐにスラムの上空に転移し、12体のデビルアイに、地下から溢れ出した賊どもに麻痺ビームを浴びせろと命令した。
しかし、迷宮から逃げ出した悪党たちは、この時点で既に多過ぎて、ほとんどがデビルアイのビームをすり抜けて数百人が新市街地に入り込んで、略奪を始めた。
仕方がないので私は、収納から新しい擬態スライムと朱雀蜘蛛を10体ずつ出して蘇生支配し、賊を殺せと命令した。
『地獄の揺り籠』に送り込んだ擬態スライムと朱雀蜘蛛各10体は、迷宮の制圧を続けさせている。
『地獄の揺り籠』からは、賞金首の極悪人、他国のスパイ、何らかの理由がある逃亡者、ただの悪党から暗殺者や盗賊などが逃げ出し、最後には、いくつもの暗殺ギルドまでが組織ごと逃げ出して来た。
問題は逃げ出してきた人数で、まず、数百人がエルセラムのスラムに逃げ込んだ。
スラムの人口は元々が2千人ほどしかいない。そこに、数百人の賊が逃げ込んだので、スラムで何とか生きている弱者たちは、怯えてスラムから森に逃げ出した。
スラムには、掠奪出来る物は何もなかったので、賊たちは、次に新市街地に雪崩れ込み、幾つもの酒場や娼館を占領して、暴飲暴食と姦淫、掠奪の限りを尽くした。
『地獄の揺り籠』から逃げ出してきた賊たちが何故、これほど狂暴化していたのかは分からない。擬態スライムと朱雀蜘蛛に襲われたときに、恐慌のデバフでもかかったのかもしれない。
冒険者ギルドが異変に気付いたのは、日が暮れる少し前だった。
新市街地で飲んでいた冒険者の一人が、「新街地が襲われている」とギルドに駆け込んで来たのだ。地元の人間は、新市街地のことを新街地と呼んでいる。
ギルドマスターのトレイルは、すぐにギルドに居た何人かの冒険者に緊急依頼を出して、新市街地の状況を探りに行かせた。
冒険者たちは、新市街地に向かったが、新市街地に出る南門で足止めを食った。
ちょうどその頃、新市街地で盗賊に占拠された酒場や娼館から大勢の者が逃げ出して、南門の前で衛兵と揉み合いになっていたのだ。
被害を受けた店から逃げ出した多くの者が、南門の衛兵詰所に助けを求めて殺到していた。
「助けてくれ〜」
「女将さんを助けて〜」
「店が壊された」
「早く助けてくれ。何のための衛兵なんだ」
南門の前は、詰め掛けた人々が押し合い、怒号が飛び交かっていた。
「これから助けてやるから、道を開けろ」
衛兵の隊長らしき、飾りの着いた兜を被った男が、衛兵の詰め所から出て来て怒鳴った。
その勢いに、門前に詰めかけていた群衆が僅かに道を開く。
その間を、短槍を持った衛兵の分隊が進んで行き、新市街地に向かった。
しかし、その衛兵の数は僅かに6人。衛兵を見送る群衆の目には不安しかなかった。
衛兵隊は、新市街地に入ってすぐ、店を壊している数人の賊に出逢ったので、直ぐに戦闘になり制圧した。これに気をよくした衛兵隊がさらに進むと、剣を片手に持った5〜6人のボロ布を着た男たちが走って来たので、衛兵たちは槍を構えて迎え打ったが、ボロ布を着ていたのは、相手を油断させるためなのか、この男たちは意外に強く、この戦闘で衛兵隊の分隊は壊滅した。
剣を片手にしたボロ布の男たちは、そのまま南門の前に集まっていた群衆に斬り掛かり、群衆が逃げ惑う中、門を護っていた衛兵たちと男たちが斬り合いになり、駆け付けていた冒険者も衛兵に加勢した。
このとき、衛兵の一人が半鐘を打ち鳴らした。
カンカンカン、カンカンカン、カンカンカン。
3拍ごとに鳴らす打ち方は、敵国の襲撃、もしくは内乱を表す打ち方だ、
この半鐘を聞いて初めて、エルセラムの街の住民は異変が起こっていることを知った。半鐘を聞いて、街の数箇所に設置されている衛兵詰所の衛兵たちが、南門を目指して走り出した。
しかし、そのときには、壁内に賊たちが次々と入り込み、勢いに乗って壁内の街で掠奪を始めた。
半鐘の鐘が鳴らされる異変が起きたことは領主の耳にも届き、領主は麾下の騎士団を動かし、冒険者ギルドも冒険者に動員を掛けた。
新市街地のバルバトスの酒場にも、賊たちは現れた。
私からそのことを知らされていたバルバトスたちは、酒場の外に出て待ち構え、やって来た賊たちを問答無用で斬り捨てた。
そのままバルバトスの酒場の前は戦場になった。賊は次から次へと押し寄せ、バルバトスたちだけなら早々に押し負けていたところだが、上空を飛び回るインビジブルのデビルアイが各種ビームを打ちまくり、ビームが一閃するたびに死体の山が築かれていった。
弓や魔法などの遠距離攻撃の持ち主も、デビルアイのビームが一掃する。
そのビームを掻い潜って来た敵には、擬態スライムが突起で、朱雀蜘蛛が単分子の蜘蛛の糸で、次々と賊を殺していった。デビルアイの攻撃も合わせて、ここでの賊の死者は、すぐに100人を超えた。
戦闘が1時間も続くと、辺りが暗くなった。
バルバトスの酒場の地下に居た私は、最初はデビルアイを使って戦況を確認しつつビームで迎撃させていたが、暗くなると同時に、死体の回収に飛び出した。
新市街地では、私が蘇生支配した擬態スライムと朱雀蜘蛛が、街のあちこちで、『揺り籠』から出て来た賊たちを殺しまくっている。
死体が積み重なって通れなくなっているところもある。私は、そんな死体をごっそり収容に入れて、また次の眷属のところへ転移する。
建物に火がつけられ煙が上がるが、デビルアイに火が出たら消せと命令しているので、火が出たところにはデビルアイが転移して冷凍ビームで火を消して回っている。
インビジブルと幻影のせいで、冷凍ビームが何処から撃ち出されたのかは誰にも分からないだろう。
そして私自身も、殺された悪党を回収して回りながら、その夜の間に、12体のデビルアイを操って、強そうな悪党や暗殺ギルドの構成員を探し出しては、ビームで殺し、そこに転移して収納に入れていった。
私の眷属が賊を殺して回ったので、この混乱は一夜で収束した。
とはいえ、私が賊を殺したのは壁外だけで、壁内に逃げ込んだ賊には手を出していない。
壁内の治安には、領主の騎士団が出てくるし、冒険者ギルドもある。私が手を出さなくても大丈夫だろう。それに、人目の多い壁内で、私の眷属を動かすのは不味いと判断したからだ。




