64話 その後…
妊娠、出産を乗りこえて私の体調と体型も元に戻り。夫婦二人で仲良く社交活動を再開した。
「さすがにジャルヴィル公爵家の舞踏会は、他とは格が違うね」
ため息まじりで感嘆の声をあげるユベールに、私も同じようにうっとりと舞踏室を眺めながら答えた。
「ええ。本当に…… 何もかもが豪華で煌びやかだわ。高価なシャンパンを惜しげもなく招待客たちにふるまっているし。素晴らしいわ!」
ユベールの男色家疑惑は、すべてパスカル卿のウソだったと社交界でも知れ渡り。
貴族たちから届く夜会の招待状が徐々に増えている。
その中には以前なら目も合わせてもらえなかった、王国の重臣をつとめる高位貴族からの招待状もあった。
今夜、私たちが招待されたジャルヴィル公爵家もその一つで。今の王妃陛下の実家でもある。
私たちは新たな人脈作りのために、なるべく貴族たちの招待を断らずに出席するよう心掛けていた。
「本当に今までユベールがどれだけ、パスカル卿のせいで損をしていたかわかるわ」
「ふふふっ…… そうだね。フィーヌがこうやって瞳を輝かせる顔を見れただけでも、男色家疑惑を晴らせて良かったよ」
ついつい子供のようにはしゃいでしまいそうな気持ちをおさえて。
私たちは給仕に手渡されたシャンパンを飲みながら、知人たちにあいさつをして回った。
「……モンパトワル子爵夫人」
「はい?」
ふいに声をかけられ振り向くと、そこには若い男性が立っていた。学園生時代に見たことのある顔だ。
確か元婚約者セルジュの友人で、オルム伯爵家の長男だったはず。私は立場上、あまり話したことがなかったけど。
何度かセルジュのことで嫌味を言われ、その場で睨みつけてやった覚えがある。
「学園にいる時は…… 君にひどい態度をとってすまなかった」
「え?」
「神学校へいったセルジュから、手紙を受け取って。シャルロット嬢がウソをついていたと…… それで君は何も悪くなかったと知って、その…… 謝罪したかったんだ」
「ああ」
(最後に会った時に、セルジュが別れ際にそんな話をしていたわね。出産や子育ての忙しさですっかり忘れていたけど)
「それで、その…… 罪滅ぼしと言えるかどうか、わからないけど。僕も学園の友人たちに、君は何も悪く無かったことを伝えるつもりだよ」
「そうですか、わかりました。あなたの謝罪を受け入れます」
「あ、ありがとう! デルフィーヌ嬢…… じゃない。モンパトワル子爵夫人! 君の寛容さに感謝します」
「はい」
正直…… 許す、許さないの問題ではない。
今はユベールの立場を考え謝罪を受け入れて、貸しを一つこの人に作っておいた方が賢明な選択だと思うから。
それに潔く自分の非を認め、女性に謝罪する貴族の男性は珍しい。その誠意には、謝罪を受けとるだけの価値があると思った。
「あの…… 夫人。和解の印と言っては図々しいですが、オルム伯爵家の晩餐会に夫妻を招待してもよろしいでしょうか?」
私は隣に立って黙って話を聞いていたユベールに、チラリと視線で『招待を受けても良い?』とたずねた。
ユベールは微笑みながらうなずく。
「喜んで出席させていただきます」
「そうですか、ありがとうございます。きっと僕の母も喜びます!」
オルム伯爵家の令息はホッと安堵のため息をつき、私たちのもとを去って行った。
「良かったね、フィーヌ」
「ええ」
「確かオルム伯爵夫人は華やかな女性で。王都の貴婦人たちは流行に乗りたければ、“オルム伯爵夫人から見て盗め” ……とまで言われている人だよね?」
「デビュタントの時にシリルお兄様もそう言っていたわ。あの時の私は虐待騒ぎが広まっていたから、オルム伯爵夫人に紹介されなかったけど」
つまり社交界の中心になりたければ。
オルム伯爵夫人に気に入られるのが、一番の近道らしい。
(別に私は社交界の中心になりたくないけどね)
……でもモンパトワル子爵家の新しい事業を成功させるなら、オルム伯爵夫人は仲良くなって損はない相手だ。
「もしかするとオルム伯爵家の令息は、フィーヌを伯爵夫人に会わせて虐待の醜聞はデタラメだったと。社交界に早く広めて訂正したいのかもしれないよ?」
「ふふふっ…… そうなったら嬉しいわね」
「うん。それよりもフィーヌ、そろそろ私たちもダンスを踊ってさっさと帰ろう?」
「ええぇ~? もう、帰るの⁉」
「ダンスを踊ったらね」
「もう少しいたいわ」
「でもモニークが今頃、私を恋しがって泣いているかもしれないだろう?」
娘のモニークを溺愛するユベールは、自分が毎晩モニークを寝かしつけることを重要な役目だと思っている。
乳母がいるのに。
「もう、甘やかしすぎよ?」
「父親なら、あれぐらいは普通だよ。もしかして、君…… 娘に嫉妬しているのかい?」
「していないわ!」
ユベールは嬉しそうにニヤニヤと笑い、私を揶揄う。
「モニークを寝かしつけたら、君も私が寝かしつけてあげるから。そんなに拗ねないでくれ」
「拗ねてないわ!」
「ふふふっ…… 愛しい妻よ。フィーヌは母親になっても可愛いね」
結局、この日は子煩悩なユベールを尊重して。二度目のダンスを踊ってから私たちは帰った。
ユベールは私を寝かしつけると言ったけど。情熱的な夫に朝まで寝かせてもらえなかった。
私たちの仲の良さを見て、周囲の人たちは二人目の子もすぐだろうと予想している。
オルム伯爵夫人の影響力は絶大で。
社交シーズンが終わるころには、私が妹を虐待していたという醜聞は消えていた。
かわりにシャルロットが仕掛けた悪ふざけの犠牲者と言われ、同情を集めている。




