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妹にだまされ、私を無視する婚約者をすてることにした  作者: みみぢあん


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62/65

62話  幸福を前に… 


 田舎の別荘へ愛人と息子をつれて向かう途中、私は心地良く馬車に揺られながら熟睡してしまった。



「助けてくれ! 止め…っ…… ギャアアアアア───ッ!」


 誰かの叫び声で私はふいに目覚めた。


「……っ⁉」

(何だ⁉ 今…… 叫び声が聞こえなかったか? 夢か? それとも気のせいか⁉)


 私の向かい側に座る若い愛人のリリーは、ぐっすり眠る幼い息子を膝に抱き。

 青い顔でジッと窓の外を見ている。


 馬車は木々が生い茂る、森の中と思われる場所で止まっていた。


 リリーが見つめる視線の先に、私も目を向けると……

 馬車の外で護衛騎士二人が、地面に転がる男に剣を突き立てていた。


 思わずハッ! と息をのんだ。


「いったい、何があったんだ⁉」

「……」


 リリーは私の疑問には答えず、黙ったまま窓の外を見ている。


 窓の外の護衛騎士が振り向き、こちらを見たとき。

 騎士たちの足元に転がる男の姿が見えた。


「あれは…… ロンスヴォー伯(うち)爵家の御者じゃないか!」


 護衛騎士に剣を突き立てられ、恐らくすでに絶命している男の顔は見えないが。

 刺された男が着ている服で、ロンスヴォー伯爵家の御者だとわかった。


「なぜだ? なぜ私の護衛騎士が、御者を殺したんだ⁉」

「……」


 騎士の一人が剣を(さや)におさめ、馬車の扉をガチャッ! と開いた。


「リリー、子供を!」


 護衛騎士はなれなれしく私の愛人の名前を呼び、手をさし出すと……

 リリーは迷わず子供を騎士に渡し、自分も馬車から降りた。


 護衛騎士の態度は不快だったが。

 目の前で人が殺されたのを見て、先に無礼を(とが)めるよりも。何が起きたのか、先に知りたかった。

 

「おい、お前たち! いったい、何があったんだ⁉ なぜ御者を殺したんだ⁉」


 私は訳がわからず、馬車を降りながら護衛騎士に怒鳴ると……

 子供を抱いた騎士は私を無視し。もう一人の騎士が疑問に答えた。


「オレたちの命令を聞かなかったからですよ。伯爵」


 私の疑問に答えた騎士は剣を(さや)におさめず。右手に剣を持ったまま、冷ややかな表情で私を見る。


 騎士が手にする剣の刃から、血がポタリとしたたり落ちるのが見え。

 私の背中がヒヤリとして、今まで感じたことのない危機感を持った。


「……命令だと?」 


「ええ、もう少し生かしてやるつもりだったけど。オレたちが行きたい場所に向かうのを拒んだので」


「行…… 行きたい場所? 別荘に向かっていたのではないのか?」


 私の護衛騎士二人は兄弟で、ロンスヴォー伯爵家の傍系の出身だった。


 その伝手で三年ほど前に、他の親戚に頼まれ雇った者たちだが。

 私は信頼してこの兄弟に、リリーの護衛を任せることが多かった。



「ええ。これから四人で隣国へ行く予定です」


「何だと⁉ なぜ別荘に向かわないのだ?」

(……四人?)


「兄さん、こんなところでグズグズしていられないよ。急ごう!」


 私と話す騎士の背後から、子供を抱いた騎士が声をかけて来た。

 ……その時、熟睡する子供を抱く騎士と、子供が持つ色が同じだと気が付いた。

 焦げ茶色の髪に青い瞳。


 兄弟の騎士は傍系の血筋だから。色だけでなく顔つきもどことなく、私と似ている。



『……大丈夫でしょうか? もっと詳しく調査したほうが良いのでは』


 別れぎわにシリルが言った、私を心配する言葉が脳裏をよぎる。


「お前たち、まさか! 私の子の……?」


「ああ、ようやく気付きましたか? あれは弟の子です。あんたがオレの甥を伯爵にしないからダメなんですよ!」


 騎士は私をバカにするように笑う。

 私はたまらず、嘲笑う騎士の背後に立つリリーに怒鳴った。


「リリー! どういうことだ? 息子は私の子ではないのか⁉」

(……弟の子? 甥だって?)


「違います。だってあなたはいつも避妊していたから…… あなたの子ができるわけないでしょう?」


「こいつらが言っていることは本当なのか?」


「あ、あなたが悪いんです! だって私は、田舎になんか行きたくないのに! 無理やり連れて行こうとするから!」


「この尻軽が───っ!」

 カッ! と腹が立った。


 リリーのもとへ行こうとすると……


「うわあっ──っ!」

「まぁ、落ち着けよ伯爵」


 ニヤニヤと嘲笑う騎士に私は肩をつかまれ引き倒された。


 私は抵抗しようとするが…… 地面に転がる私は背中から踏みつけられて、動きを封じられてしまう。


「おいおい、大人しくしろよ。伯爵様」

「うわっ! クソッ… 放せぇ!」



「残念だよ、伯爵! でもリリーにたくさん貢いでくれたことは感謝するよ。これでオレたちは当分、遊んで暮らせるからな」


 騎士のいうとおり、リリーに贈った宝石や高価な貴重品が馬車に積んである。

 それだけではない。


 子供を産んだ褒美をやるつもりで。

 これから暮らす予定の別荘から一番近い銀行に、リリーの名前で口座を開き金を入れた。

 平民なら、一生働かずに暮らせるぐらいの金額だ。


「このっ! お前たちは……っ!」


 目の前で私を殺そうとしている男の計画が読めた。


 私を殺して道の両脇に生い茂る木々の奥にかくし。私の死体が見つかる前にリリーの口座から金を引き出し、宝石と大金を持って隣国へ逃げるつもりなのだ。


 騎士は笑いながら、冷たい地面に転がった私の背中から胸を剣でつらぬく。


 激痛で叫び声を上げた。


「うわああああぁぁ──────っ!」


 目の前が急激に暗くなり、自分の死を悟った瞬間…… 記憶の奥に眠っていた家族の思い出が浮んだ。


『お父様、バイオリンの先生が、私には才能があると褒めてくれたの!』


 青い瞳を輝かせた幼いデルフィーヌが、子供用のバイオリンを持って執務室へやって来た。

 小さな指を一生懸命に動かして、バイオリンを演奏する。


 愛しいと思ったが…… 大きな契約を前にして、娘に取られる時間が惜しかった。

 一緒にいた乳母に命令し、傷ついた表情を浮かべたデルフィーヌを執務室から追いだした。


「ああ……」

(なぜ… 聞いてやらなかったのだろう? 本当は誇らしく思っていたと、なぜ言ってやらなかったのだろう)


『お姉様はいつも不機嫌そうで、怖いわ!』 

 幼い子供のように唇を尖らせ、無邪気に訴えるシャルロットは可愛かったが。

 わがままに付き合うのが面倒で、いつも適当に話を合わせてデルフィーヌに押し付けた。


 あのころからデルフィーヌは笑わなくなったのだ。


 デルフィーヌが結婚式で着ていた、マルグリットのウエディングドレスを見て…… 私たちの盛大な結婚式を思い出した。


『今日の君は誰よりも美しいよ。マルグリット』

『あなたと結婚できて幸せだわ……』


 政略結婚で結ばれたが。私の言葉一つで恥ずかしそうに笑う妻は、本当に綺麗で。

 私はあの時マルグリットを心から愛したはずなのに……



(なぜ、私は………)





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