6話 婚約解消
セルジュのことを相談したくてロンスヴォー伯爵家の執務室で、私は両親と向き合った。
「だが、デルフィーヌ。少しケンカをしたぐらいで婚約を解消するなんて……」
「でもお父様。セルジュとはもう、何ヶ月も口をきいていません」
「そんなにお前たちのケンカは深刻だったのか?」
「はい。私は何度も彼と話しあおうとしたけれど…… 彼が聞く耳を持ってくれなくて……」
ケンカの原因になったシャルロットのウソを、両親に話した。
「それならシャルロットがウソをついていると、私からセルジュ君に話してやろう」
両親は妹が自分の不注意で、扉に手をはさんでケガをしたことを知っている。
「いいえ、お父様…… 私にとってこの問題は、そんなに簡単に終わることではありません。彼とはもう、結婚したくないの」
「だがセルジュ君はシャルロットのわがままに、振り回されているだけだろう?」
私はお父様にハァ―─…… とため息をつきながら首を横にふり、率直に気持ちを伝えた。
「私を学園で孤立させても無視を続けるセルジュを、これからも信じて行くことは出来ません」
「もう少し様子を見てはどうだ?」
「いいえ、お父様。学園じゅうの生徒たちからシャルロットの方が、セルジュにはお似合いで。まるで婚約者のように仲が良いと言われているのよ?」
(ここまで悪い状況になってからでは、セルジュと元通りになるなんて思えない。私は彼を信頼することができないから。そんな人と一生を共に生きるなんて嫌よ!)
「ねぇ、デルフィーヌ。なぜこんな深刻になる前に、私たちに相談しなかったの?」
お母様は早く相談しなかった私が悪いと言いたげにたずねてくるけど……
「……」
(どうせお母様は今までと同じように。私の方が姉だから、悪くもないのにシャルロットに折れて謝罪しろと言うからよ)
姉ならもっと妹を大切にしろと。
思わずお母様の言葉にフンッ! と鼻を鳴らしそうになったけど。反抗的な態度を見せたら責められるだけだから我慢した。
私は両親に何かを期待することを、とっくの昔にあきらめていた。
(結婚するセルジュにだけは、私を信じて話を聞いて欲しかったのに。だから絶対に今回だけは私を曲げたくないの!)
「デルフィーヌは少し大袈裟に考えすぎだ。いつものように適当に合わせて、シャルロットのわがままを聞き流してやれば良いだけだ」
お父様はシャルロットがウソをついていると知っている。
それでもシャルロットに大騒ぎして泣かれるのが面倒で、私が謝罪して折れろと言っているのだ。
いつものように。
今まで何百回、何千回と…… こんなことをくり返して来た。
「……」
(やっぱりダメなのね? どうしても私には譲れない問題なのだと、理解してくれない)
私にとってこんなに深刻な問題なのに。
両親は妹の味方だから取るに足らない問題だと、軽く考えている。
婚約者に裏切られて傷ついている私に、両親は少しも同情する様子さえない。『こんな些細なことで婚約を解消すると騒ぐのか?』と私を責めてさえいる。
「そうよ、デルフィーヌ。そうやって意地になるのは、あなたの悪いクセよ?」
「お父様とお母様がシャルロットを甘やかすから、いけないのよ!」
(もう、耐えられないわ!)
私はたまりに溜まった怒りを爆発させた。
長女だからと厳しく躾けられて素直に甘えられない私よりも。甘え上手で身体が弱かった妹を、両親が溺愛するのはわかる。
けれどコレはあまりにもひどすぎる。
「私だってシャルロットと同じ実の娘なのに……」
「まぁ…… デルフィーヌ! あなた親にむかって、何て乱暴な口のききかたをするの?」
お母様は顔をしかめて、私を諫めようとするが。
お父様は気まずそうな顔で、私の手をトントンッ…… となだめるようにたたいた。
「お前には悪いと思っているが。あの子は身体が弱くて、幼い頃から好きなことを我慢して来た。そんなかわいそうな子だから、少しぐらいのわがままは姉のお前が受け入れてやらないとだな……」
過去に何度も両親から聞いた言葉だ。そう言えば私が自分たちに従うと、知っているから。
──でも今日の私は違う。
「お父様、お母様…… 私はセルジュと結婚すれば不幸になるとわかったの。だって私は、このままだと彼のことが嫌いになりそうだから。他の男性に嫁がせて下さい」
「嫁ぐだって? デルフィーヌ…… お前がセルジュ君を婿養子にとって、2人でロンスヴォー伯爵家を継ぐことを忘れたのか?」
「もちろん、わかっています。ずっと覚悟して勉強してきたから」
(そのために学園で領地の経営に関する講義を、私は自分から受けると両親に頼んだぐらいだもの)
普通は男子しか受けない講義でも。知識と教養を身に付けてロンスヴォー伯爵家を継ぐ、婿養子のセルジュの良き相談相手となろうと。妻としてセルジュを支えて行きたかった。
その努力が無駄になってしまうのは残念だけど。
「セルジュは私よりも仲が良い妹のシャルロットと結婚して、この家を継いでくれれたほうが良いと思います」
「何を言っているんだデルフィーヌ」
「身体の弱いシャルロットが他家へ嫁ぐよりも。このままセルジュと結婚して家に残り…… 私が他家へ嫁いだほうが良いと思いませんか?」
(シャルロットは身体が弱いフリをしているだけでも。今はそんなこと、関係無い)
「それは…… だが、しかしだな……?」
「まぁ、デルフィーヌ…… あなた、何を言っているの?」
両親の顔色が変わった。
ようやく両親は私がどれだけ本気で、絶対に気持ちを曲げる気がないのだと知った。
「お願いします。お父様、お母様。どうか私の幸せを少しでも願ってくれているのなら、このわがままを叶えて下さい」
(この家にいるかぎり、私は大切なものをシャルロットに奪われ続ける。だから自分から出て行きたいの!)
「デルフィーヌ……」
「お願いします! お父様、お母様!」
私は泣きながら懇願した。
いつもシャルロットが使う汚い手だけど。滅多に泣かない私の涙は、両親の心を動かした。




