55話 シャルロットの宝箱
私のお腹が丸みをおびて、目立ち始めたころ。お母様が箱を三個持ってモンパトワル子爵邸へやってきた。
「赤ちゃんは順調そうね?」
お母様はおだやかにほほ笑みながら、私のお腹を見る。
「はい。お医者様からも順調だと聞いています」
「そう」
「あの…… それでお母様? この箱は何ですか?」
子爵邸の居間の床につんだ箱を、指をさしてたずねると。お母様のおだやかだった表情が急に曇った。
「うん。実はね、デルフィーヌ……」
お母様はソファから腰をあげ、床においた箱の一つを開けると……
中には子供が好みそうなピンクのリボンやネックレス。その他にもいろいろな物がギッシリと詰まっていた。
「これはいったい、何?」
「あなたに謝ることがあるの」
お母様は残りの二個の箱も開けた。三個目の箱を開けたとき、私は「あっ!」 ……と声をあげた。
「これは…… 私の誕生日のときに、お祖母様にいただいたブローチだわ! ……それに!」
ブローチ以外にも、私が大切にしていたセルジュから贈られたリボン。ブレスレットに指輪。私の見覚えがある物が、次々と箱から出てきた。
シャルロットに奪われて、悔しい思いをした物がたくさん入っていた。
「これは全部、シャルロットがクローゼットに隠していた物なの」
「ああ…… やっと私の手にもどってきたのね。ずっと、あきらめていた物が……」
「どれがあなたの物か、シャルロットの物かわからなくて。全部もってきたわ」
「そうだったの……」
なにげなく一つ目の箱に入っていた、子供っぽいピンクのリボンを手に取り見ていると。ふいに子供のころの記憶がよみがえった。
「そうだわ! このリボンは乳母が私に作ってくれた物だわ。キラキラと輝くビーズがお気に入りだったのに、どこかで失くしてしまって。乳母といっしょに捜したけど…… 結局、見つからなかった」
「シャルロットがデルフィーヌから盗んで隠していたのね」
「ええ、懐かしいわ。まさか今になってコレが見つかるなんて」
乳母はシャルロットにも色違いでリボンを作ってくれたのに。きっと自分がもらった物だけでは満足できなかったのだ。
「本当にごめんなさい、デルフィーヌ。母親の私が気づかなければいけないことなのに……」
お母様の顔に後悔が滲み出ていた。本当に反省していて私に悪いと思っているのだ。
私がお父様に似ているから『愛せない』と言った時でさえ、お母様は私に一言も謝罪しなかったのに。
「お母様……」
「ごめんなさい。コレを見つけるまで…… あなたはかまって欲しくて、大袈裟に言っていただけだと思っていたの。でも先日、話を聞いた時はあなたからそんなふうには感じなかったから」
幼いころは病弱だったシャルロットを、熱心に看病していたお母様に何度か訴えたことがあったけど。相手にしてもらえなかった。
やっとお母様は私の相手をする気になったのだ。
「今さら何を言ってもおそいでしょうけれど。あなたに箱の中の物を受け取ってほしいの」
箱の中にはシャルロットの宝石箱も入っていて、私はお母様に返そうとすると……
「お母様、この宝石箱はシャルロットの物よ」
「ええ。それもあなたに受け取ってほしいの」
「どうして? 私の物ではないわ」
「シャルロットはもう、こういう物が必要のない場所へ行くから」
「どういう意味?」
「お父様がシャルロットを神学校へ入れると言っているの」
「神学校⁉」
(とても厳しくて有名な? セルジュが学園を卒業したあと、進学した場所よね?)
お母様は疲れた顔でうなずいた。
「パスカル卿に婚約式で逃げられて、あの子はいよいよ結婚が絶望的になってしまったの」
「……」
(それは予想していたわ。たぶん、私よりもずっと厳しいことになると)
「男色家に夢中になったうえに、人前で求婚を受け入れるような常識破りをした。そのうえ、今度はその人に捨てられて……」
そんな問題児を妻にしたがる貴族はいない。
「お父様は貧乏で借金があるけど。シャルロットと結婚しても良いと言ってくれた、適齢期の男爵を苦労して見つけてきたけれどね」
「そういう男性はシャルロットの持参金が目当てなのよね?」
「ええ。でも結婚できるだけ良いと、その人と見合いをさせたら…… シャルロットは癇癪をおこして」
「ああ…… シャルロットなら、やりそうだわ」
伯爵邸にきた見合い相手の顔を見て、シャルロットはテーブルにならんでいたお茶をひっくり返した。そしてお父様とお母様に猛烈に抗議したらしい。
『私にふさわしい相手は高位貴族出身で、ユベールお義兄様よりも背が高くてステキな男性だけよ! あんな貧乏くさい男性の妻になるぐらいなら、結婚しないほうが良いわ!』
それであっけなく縁談は流れたそうだ。
「愚かだわ……」
(たぶんシャルロットは私と張り合おうとして、ユベールよりもステキな男性を求めたのね)
ユベールよりもステキな男性なんて滅多にいないのに。
「それで、お父様は激怒してしまってね……」
『シャルロット、お前がそこまで言うのなら。もう結婚はしなくて良い!』
「でも次々と醜聞騒ぎをおこしている、シャルロットが伯爵家に残ると。次のロンスヴォー伯爵になるシリル卿にとって、都合が悪くなるでしょう?」
「ええ」
「そこでお父様は、高位神官への道が開かれる、神学校へシャルロットを入れて、女神に仕える道をすすませることにしたの」
「うまく行くとは思えないけど?」
「でもシャルロットは、高位神官になれば貴族たちから尊敬される存在になれると説得したら。神学校へ行くと言ってくれたわ」
「う~ん……」
(シャルロットも怒りにまかせて、パスカル卿のように自分からこのチャンスを捨てなければ良いけれど)
これからシャルロットが行く道は。
もしも私がユベールと出会えなかったら、私が進んでいた道かも知れない。




