52話 婚前契約
成人した時にあたえられた自分の屋敷で、シャルロット嬢を喜ばせるために詩を書いていると。
父上に呼ばれ、コンブルー公爵家の執務室を訪れた。
執務机についた父上から書類の束を渡された。たぶんシャルロット嬢との婚前契約書だ。
「今すぐ契約書に署名をしろ、パスカル」
「ずいぶんと機嫌が悪そうですね、父上?」
(まぁ、それも仕方ないか)
僕は父上の機嫌とは反対に上機嫌でニヤニヤと笑った。
ロンスヴォー伯爵邸のお茶会へ行き、招待客たちの前で僕は劇的にシャルロット嬢に求婚した。
そのことが次の日には社交界で噂となり。今では一番の話題となっているから。
そのせいで僕はどこへ行っても、ヒソヒソと噂されるようになり。今日も自宅で大人しくしていた。
「ふふふっ……」
(面倒だけど。これで僕は金の心配なく、一生遊んで暮らせるのだから。ちょっとした醜聞ぐらい我慢してやるさ)
「無駄口をたたいてないで、早く署名をしろ。パスカル!」
父上は額に青筋を立てて怒鳴った。いつものことだが、本当に激怒しているようだ。
「待って下さい、父上…… 僕の初めての結婚ですからね。契約内容ぐらいは記念に読ませてくださいよ」
「愚か者! お前はいつまで子供のようなことをしているんだ。恥ずかしくはないのか⁉」
僕が学生時代にユベールに一目惚れして、彼を誰にも渡したくなくて。
ユベールが僕の恋人だと偽りの噂を流して以来、父上はずっと僕に怒り続けている。
「僕は他の貴族たちとは違い、自分に正直な人間ですから」
(今まで僕が関係をもった男色家たちはうまく自分の性癖を偽り、女性と結婚しているしね)
でも僕はそんなウソつきなやつらとは違って、むりやり自分を偽りたくない。
父上はそんな僕が気に入らないのだ。たぶん子供のころに決められた婚約者と、結婚しなかったからだと思う。
「そんなに怒らないで下さいよ、父上。どうして褒めてくれないのですか? 僕は裕福な女相続人を捕まえたのに……」
お茶会で学生時代に流した、僕とユベールが恋人だったという話が全部でたらめだったと。
ユベール自身にばらされるというアクシデントはあったけど。
「……」
ハァ───… と父上は大きなため息をつき、黙りこんだ。
「僕は次のロンスヴォー伯爵になるのですよ? なぜ父上は、一緒に喜んでくれないのですか?」
僕は執務室におかれている応接用のソファセットに座り。
机に契約書をひろげてゆっくりと味わうように内容を読みはじめた。
「まずは自分がどれぐらい裕福になるか、しっかりと確認しないとね」
婚前契約書を読みはじめて、僕は自分の目を疑った。
契約書の隅から隅まで確認したけど……
「……どういうことだ? 僕がロンスヴォー伯爵家の婿養子になる条件に関する項目がない。なぜ何も書いていないんだ?」
書いてあるのは、シャルロット嬢が僕に嫁ぐ時の持参金についてだけ。
「パスカル、お前から取り上げた土地とビオンヌ男爵位をやる」
僕が目を皿のようにして書類を見ていると、父上が声をかけてきた。
「は⁉」
「ビオンヌ男爵位と領地だ! それにシャルロット嬢の多額の持参金も入る。これからお前たちは領地を運営しながら、そこからの収益で暮らせ」
「コ、コレはどういうことですか⁉ 僕は将来のロンスヴォー伯爵に……」
「だからお前は愚か者だと言ったのだ! ロンスヴォー伯爵は自分の甥のシリル卿を、養子にして後継者に指名した」
「何、何ですって⁉ そんなの話が違う!」
「話とは誰との話だ?」
「ですから、それはシャルロット嬢と伯爵夫人と話し合って……」
「お前は貴族の常識を破り。求婚状を出して伯爵家の当主の許可をえることさえ省いて、人前でシャルロット嬢に求婚した」
そしてシャルロット嬢は僕の求婚を受け入れた。社交界で誰もが知る周知の事実となった。
「ですからそれは……」
(確かに伯爵とは話し合っていない。でもそれは伯爵夫人が、うまく夫を説得すると言っていたから。僕はそれを信じて……)
「これではお前が相手の条件に不満を持っても、シャルロット嬢との結婚は避けられない。先方のロンスヴォー伯爵家がわもそれは同じだ」
普通は婚前契約書をかわすときに、お互いの条件に納得できなければ。社交界に婚約発表をする前に破談にできるが……
僕たちの場合は先に発表してしまった。
どちらも引けない状態に追い込んだのは、僕とシャルロット嬢自身だ。
「そんな…… 僕は伯爵家に騙されたのですか?」
「先に騙し討ちをするようなマネをしたのはお前だろ、パスカル───ッ!」
これ以上ないというほどの大声で父上に怒鳴られ。僕はビクッ! と身体を強張らせた。
「今後はコンブルー公爵家からの支援金は、いっさい出さない。覚悟しておけパスカル!」
「待って下さい、父上!」
(それでは今までのように暮らして行けない!)
シャルロット嬢の持参金なんて、すぐに無くなるだろう。
大金が手に入ると思ったから、僕はシャルロット嬢(女性)と結婚しても我慢するつもりだったのに。
これでは話が違う。




