47話 私の心
結婚してもうすぐ母親になる私を一人の女性として認めたからか。
お母様はお父様と結婚してから、ずっと胸の中に押し込めてきた不満をいっきに吐き出した。
「お母様が…… あんなにお父様を憎んでいるななんて思わなかったわ」
(お父様に似ている私を愛せないほどなんて)
私が聞かなければ良かったと思うような真実まで、お母様は何もかもぶちまけた。
お母様は話し終えると。呆然とする私を置いて、どこかスッキリした顔で帰って行った。
お母様がお父様を憎悪する理由は、愛人に対する嫉妬が大きかった。
「お母様と愛情を育むヒマも無いほど、お父様は次から次へと……」
(女性のもとを渡り歩いてきたらしい)
結婚前からお父様には何人も愛人がいたとか。
「なんて汚らわしいのかしら」
(本当に口に出すのも汚らわしい。そんな人と同じ寝室で眠るのかと思うと…… 心底、ゾッとしてお母様に同情するわ!)
お母様の話を聞くうちに、お父様に嫌悪感を感じた。もう二度とお父様を尊敬できない。
大きな事業を手掛けて、多額の利益を生んで来たお父様を尊敬していたのに。もう無理だ。
「でも、お母様の私への仕打ちも許せない」
(私はお父様の娘だけど、私は何も悪いことはしていない。やっぱりシャルロットばかり溺愛するお母様には、納得できないわ)
日が傾きかけて空が赤くそまりはじめても。私はガセボに一人取り残されて、ぼんやりと座っていた。
──不意に声をかけられた。
「フィーヌ?」
名前を呼ばれて顔をあげると……
乗馬服の上着を脱いで襟を大きく開き、白いシャツの袖を肘までまくったユベールが立っていた。
ユベールが着る白いシャツが薄汚れているから。
きっと今まで領民たちと一緒に、果樹園で作業を手伝っていたのだろう。
「ユベール……」
(今すぐ抱きしめてほしい! あなたに甘えたいの!)
両手をのばして名前を呼んだ。それだけでユベールは私が何を求めているのか、すぐにわかってくれた。
「フィーヌ…… 義母上が来たと聞いたけど。大丈夫だった?」
ユベールは私の望みをかなえて抱き上げ、膝の上にのせて椅子に座った。
「いいえ、あまり大丈夫ではないわ。とても怒っているの」
「おや?」
あたたかい腕につつまれ、ホッとため息をついた。
「お父様がね…… 自分と愛人の子を傍系から養子をとると偽って、ロンスヴォー伯爵家に受け入れると言っているらしいの」
「それはまた、大胆なことをするね。義父上も」
「パスカル卿とシャルロットの婚前契約をまとめる前に、後継者を決めておけば…… パスカル卿を次のロンスヴォー伯爵にしなくてすむということらしいわ」
「なるほど。伯爵も考えたな」
「急場はしのげても、結局は上手くいくとは思えないわ」
(どうせなら、本当に傍系の優秀な人を選んで養子にすれば良いのに)
ロンスヴォー伯爵家の事業を手伝う、傍系の人たちはいっぱいいる。
「まぁ…… 間違いなく、引き取られた愛人の子は苦労するだろうね」
きっと周囲の人たちに愛人の子供だと、冷遇されるだろう。それは私の子供時代よりもずっと辛辣で無慈悲なものになる。
「ええ。子供がかわいそうだわ! 大人の事情で振りまわされて。本当にお父様はどうしようもない人だわ! それにお母様も!」
私は怒りが急激に込みあげて来て、ユベールの膝の上で怒鳴った。
優しいユベールの前だから、甘えて癇癪を爆発させてしまった。
「フィーヌ、落ち着いて」
「わかっているわ。……でも、お父様のことを考えると怒りをおさえられないの!」
お母様に愛されなかったのも、根本的な原因は…… 薄情なお父様の浮気グセのせいだ。
「落ちついて、フィーヌ。子供のために…… ね?」
「ああっ! そうだったわ。赤ちゃん、ごめんなさい…… 私ったらビックリさせて。ううっ…」
今度は私の目からポロポロと涙があふれた。ユベールは心配そうに私の額にキスをした。
「君は怒っているというよりも、傷ついているように見えるよ?」
「そうかしら?」
「うん。今日は義母上に何を言われたんだい? 話してごらん」
「それがね、ユベール……っ…」
私は声をあげて泣いた。
「よしよし、フィーヌ…… 嫌なものはぜんぶ、吐き出すと良い」
「うううっ…… 本当はお母様の前で泣きたかったけどぉ…… バ、バカみたいなプライドが邪魔をして泣けなかったのぉ」
すごく悔しくて悲しかった。
「うん。それで?」
「シャ、シャルロットのようにぃ…… 泣けば良かったのにぃ…… 私は昔からこんなふうだから、『お父様に似ている』とお母様に嫌われたのぉ…っ…」
「君は義父上には似てないよ。フィーヌは美人で優しいし、人に対して誠実な人だ。少しも似ていないよ」
「ううっ…… ユベール……!」
「義母上は間違っているよ。フィーヌのどこが義父上に似ているのか理解できないな」
「ユベール…… 愛しているわ!」
「私もだよ、デルフィーヌ」
ユベールには単純な私の心なんてお見通しだった。




