45話 沈黙の理由
お茶会の翌日。
王都で流行りのお店で買ったエクレアと、お茶会で出したバラ色の茶葉を手土産に。
お母様がモンパトワル子爵邸にやってきた。
私の妊娠が本当なのか確かめに来たのだろう。
裏庭のガセボに案内して、お母様が持って来たバラ色のお茶とエクレアをさっそく出した。
「ユベール卿は?」
「果樹園で何か問題がおきたらしいの。それで管理人に呼ばれて朝から留守にしているわ」
「そう……」
お母様はひどく落ち込んでいるように見える。
(そんなに私の妊娠がショックだったの?)
ほんの少し傷ついたけど。今さら落ち込んだりしない。
「ありがとうございます、お母様。昨日お茶をいただいたとき手に入らないか、お母様にお願いしようと思っていたので」
お母様が持ってきてくれたバラ色のお茶を飲みながら、私が手土産のお礼をいうと……
見るからに憔悴しきっていたお母様がうっすらと笑った。
いつもの高圧的な態度がどこかへ消え、お母様は疲れ果てた顔をしている。
「お母様、お疲れのようですね?」
「ええ。少しだけね」
「……」
(お茶会でパスカル卿が求婚したり。私が妊娠をあかしたり。ユベールの男色家疑惑をはらしたりと…… たった数時間のあいだに盛りだくさんのできことが、続けておきたから疲れていて当然ね)
「あなたがこのお茶を美味しそうに飲んでいたから。お茶会が終わったら持たせてあげようと思っていたけど。昨日はユベール卿と先に帰ってしまったから……」
「ごめんなさい、お母様。妊娠がわかってから、ユベールが過保護になってしまって」
(本当はあのあと大騒ぎになるとわかっていたから、私たちは巻き込まれないよう逃げ出したのよ)
お母様たちの思惑通りに順調に進んでいたお茶会を。
私たちはぶち壊してその後の混乱から逃げ出したから、さすがに罪悪感がある。
ティーカップを皿におき私は自分のお腹をなでた。お母様は私の手の動きを目でおい、お腹を見つめる。
「デルフィーヌ…… あなた、本当に妊娠しているのね?」
「ええ」
「ユベール卿は子爵家の義務で、あなたを妊娠させたのでしょう?」
思わず私はギョッ… とした。
「……えっ! 義務⁉」
(義務というと…… つまり? ………ああっ! 後継者問題のことかな?)
「違うの?」
ジッ…… と私の真意をさぐるように、お母様は私を見つめる。
私はお腹の赤ちゃんには絶対に聞かせたくない会話だと、本能的に赤ちゃんの耳を塞ぎたくて手のひらをお腹にあてた。
「違います。私とユベールが愛し合っているから、妊娠しました」
「そうなの?」
お母様はずっとユベールが男色家だと決めつけていたから。私の言葉に驚いて目を見張った。
「はい、義務などではありません。妊娠は自然の成り行きで、私たちが愛し合っているからです」
(まさか、お母様がこんなことを考えていたなんて! ユベールと赤ちゃんの名誉のために、しっかりと伝えなければ!)
「本当に? 恥ずかしくて嘘をついているのではないの?」
「いいえ。でも、正直にいうと…… こんなに早く妊娠するとは、私もユベールも想像していなかったわ」
(このことに関しては、私自身が一番驚いている)
まだまだぺったんこのお腹の中に、私たちの赤ちゃんがいるなんて本当に信じられない。
──でも、よくよく考えると初夜をむかえた日から。私たちは一緒の寝室で毎晩、仲良く眠っている。
新婚夫婦がそんなふうに夜をすごしていれば、お医者様も妊娠するのは自然なことだと言っていた。
「ユベール卿は…… 嫌々、あなたを妊娠させたのではないのね?」
「もちろんです。ユベールはとても情熱的な人ですから」
(だって、昨夜もユベールは………)
頬がカッ! と熱くなり、手のひらでパタパタと顔をあおいだ。そんな私をお母様は目を丸くして見ている。
「それで、デルフィーヌ。ユベール卿がパスカル卿に言っていたことだけど……」
「好意を寄せられていたことですね?」
「ええ」
「結婚相手をさがすために、従兄のシリルお兄様とジョルヴィル伯爵家の舞踏会に出席したとき。ユベールとパスカル卿がそのことで言い争う姿を見て、男色家の噂は全部ウソだと知りました」
「つまり…… あなたは最初から男色家ではないと知っていて、ユベール卿と結婚したというの?」
予想どおりお母様は驚いた。次はきっと私が黙っていたことで責めるだろう。
「はい」
「なぜ、そのことを話さなかったの?」
私は静かにスゥ──… ハァ──… と呼吸をととのえてから、お母様の質問に答えた。
「セルジュのように、ユベールまでシャルロットに奪われたくなかったからです」
「……何を言っているの、デルフィーヌ?」
「強欲なシャルロットは、私の大切な物を奪うのが好きだから」
「いくら何でもそんなことは……」
いつもの高圧的なお母様なら、私の話に耳をかたむけることなんて無いけれど。
落ち込んでいる今なら、少しは聞いてくれそうな気がする。
「私のお誕生日にお祖母様にいただいたブローチを、癇癪をおこしたシャルロットに貸せとお母様が言ったことを…… お母様はおぼえていますか?」
「……ええ。手首を扉にはさんでケガをした時ね?」
その手首のケガをセルジュに見せて、私が虐待しているとウソをつき醜聞になったのだから。
簡単に忘れられては困る。
「はい。一度あの娘に渡せば戻って来ないと知っていて、私は拒んだわ。でもお母様がそれを許さなかった」
「シャルロットにブローチを、返して欲しいと言えば良いでしょう?」
そんな簡単なことの何が問題なのかと。お母様は本当に理解できないと戸惑っている。
(もちろん私だって、あの後シャルロットにブローチを返して欲しいと頼んだわ。でも……)
「いいえ、シャルロットは『失くした』と私やお母様には言い訳をして。私の物を平気で友人にあげてしまうような娘です」
「そ、そんなことは、ないはずだわ。そんな……」
「シャルロットが前もって隠さないよう。あの娘の宝石箱を内緒でのぞいてみればわかります。私から奪った戦利品であふれているはずだから」
「……信じられないわ」
溺愛するシャルロットの可愛いところしか見えていないお母様には、理解できないかもしれない。
でも…… この機会を逃せば、きっとお母様にこのコトを伝えることはできない。
「私はセルジュをシャルロットに奪われたときに思ったの。あのままロンスヴォー伯爵家に…… シャルロットのそばにいたら。大切な物を奪われ続け、けして幸せになれないと」
「デルフィーヌ、あなた…… そ、そんなことはないわ」
「……」
(やっぱりダメなの?)
「……きっとあなたの勘違いよ。そうに決まっているわ」
「……」
(私の言葉はお母様の心に、少しも響かないの?)
「ねぇ、デルフィーヌ。あなたは昔から頭がよかったから、考えすぎるところがいけないのよ?」
「……」
「あなたはとても簡単なことを、難しく考えてしまうから」
「……そうね」
(やっぱり理解してもらえない)
私はハァ──…… と落胆のため息をついた。
「ねぇお母様。ずっと理解できないことがあるの。私が長女だから厳しく育てられるのは仕方ないと思うわ。でもね、お母様……」
「……何かしら?」
「なぜ、お母様は私を愛してくれなかったの? 私もシャルロットと同じ、お母様の娘なのに」
「……っ」
「お母様……?」
「……」
お母様は私から目をそらし、黙りこんでしまった。
私は気まずい空気の中で、冷めてしまったバラ色のお茶を静かに飲んだ。




